Nancy Sensual World

このたび、「染井吉野ナンシーの官能世界」は引っ越しました。新しい世界はこちらになります。今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。 自動では新しい世界に飛びませんので悪しからず……

新着ニュース

まもなく自著も刊行予定

今日も朝日新聞です。

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。

この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』です。

フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。

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最近のRockfield's Diary

ヘ、ヘ、ヘ、ヘビが~

今年は言うまでもなく巳年、つまりヘビ年です。だからなのでしょうか、ヘビの出てくる夢を見ました。

あたしと母と、あと誰か、妹家族だったのか、他の親戚だったのか、夢なのではっきりしないのですが、何人かで歩いていました。初詣に向かっていたのか買い物に行っていたのか、そんなこともわかりません。とにかく歩いていて、一列になって歩いていたわけではないのですが、母が一番最後を歩いていました。で、突然母親がギャーという叫び声を上げました。何かと思って振り返ると、母親の前に大きなヘビがとぐろを巻いているような巻いていないような態勢でいるのです。あたしや他の人はどうして気づかなかったのかと思うほどのヘビです。もちろん、アナコンダと呼ぶほどの巨大さではなく、普通に日本で見かけるヘビのやや太め、長めのサイズです。

   

そのヘビがいきなり飛びかかってくるのではなく、母の腕から首に巻き付いてきたのです。噛みつくとか威嚇するといった行為はなく、ただおとなしく(?)母の体に巻き付いてくるだけで締め上げるわけでもありません。それでも母はパニクってますし、我々もどうしてよいかわからず右往左往するだけです。夢はそこでプツンと終わります。そして次の場面ではまたどこかを歩いているのです。そしてまたしても蛇が現われ母親に巻き付きます。

そんなパターンの夢が繰り返されること数回、ようやく目が覚めました。蛇に襲われたという感じではなく、かといって懐かれたという感じもありません。危害こそ加えられなかったものの、取り立てて得をしたわけでもありません。むしろ気味が悪いですし、母などは卒倒しそうな様子です。

ネットで調べると、白い蛇は吉夢だということで(夢に出てきたのは真っ白ではなかったですが、白っぽい蛇でした)、たぶん全体としても吉夢なのだろうと自分を納得させております。

孫文という人は……

もうだいぶ前にNHKで放送された「シリーズ 辛亥革命100年」全3回をHDDに録っておいたのですが、それをDVDに焼きました。その時、録画モードなどの関係で高速ダビングができなかったので、何気なくその番組を見ておりました。第一回が孫文、第二回が溥儀、第三回が蒋介石という放送で、孫文の回を見ながらダビング作業をしました。

孫文は台湾でも中国でも国父として仰がれ、国共両方から尊敬されている人物として稀な存在です。ただ、最近はそれほどの聖人君子だったのか、革命の理想に燃える好漢だったのか、疑問を呈する論評なども増えてきていると感じます。例えば『覇王と革命 中国軍閥史1915-28』などでも当時の軍閥たちと比べて格段に優れた人物だとは描かれていません。むしろ人物としては数段劣っていたのではないかと思われるような印象すら受けます。

個人的には、たぶん大言壮語癖があり、何かを思い定めたら他のことには一切関心がなくなって猪突猛進してしまう、周囲の人間から見たらはなはだ迷惑な人物だったと思います。人間の器としてもそれほど大きかったという感じはしませんが、当時の軍閥の中では格段に弁が立ち、未来への情熱が一頭抜きんでていたことは確かだと思います。

もちろん、上に器のことを書きましたが、犬養毅をはじめ多くの日本人、中国人が助力したように、ひとかどの器であったことは確かで、人間的な魅力も相当なものがあったと思います。ただ、途中で離れて行ってしまった人たちも大勢いたわけで、そういう人には孫文の欠点が目に留まったのでしょうし、多くの人がやられた魅力から、魔法が解けたように、ふっと冷めてしまったのではないかと思います。

もし癌で死んでいなければ、もう少し長生きしていたら、もしかすると革命勢力が孫文によって引っかき回されてしまっていたのではないかという危惧も覚えます。なかなか台湾や大陸の研究者ではそこまで孫文を悪く見ることは難しいのかもしれませんが、そろそろ客観的な歴史の評価が出てきてもよいのではないかと思います。あと、時代が異なるから仕方ないのかもしれませんが、孫文は医術を捨てて革命へと進み、魯迅は同じく医術を捨てて文学の道を選んだ、この二人の救国の手段の差について比較研究ってなかったでしょうか?

タイトルと内容が……

この数年、冬に訪中しなくなってからというもの、お正月はのんびりと自宅で過ごすのが定番となっています。初詣にも行かず、年始のあいさつにも行かず、郵便受けまで新聞や年賀状を取りに行くのと、年賀状の返事をポストまで出しに行くくらいしか家から出ないで過ごしております。

というわけで、ずいぶん前にとっておいたスカパー!の映画を鑑賞。

たぶん日本では劇場公開されていないのではないでしょうか。B級とも言えないホラーです。タイトルはアパートなのですが、大学の学生寮。昔はアパート(マンション?)として使われていた築100年のかなり老朽化した建物です。休みになってほとんど学生が帰省する中、主人公となる同室の女の子3人と、そのうちの一人の彼氏一人、それからあまり他人と打ち解けない男子生徒一人の五名が寮に居残っています。あとは門衛のおじさん。

ストーリーは、恐ろしい霊が現われて一人また一人と殺していく、主人公たちは必死に逃げ、最後はまあ主人公とあと一名が生き残るという、この手のホラーではありがちな内容です。最初に現われる少女の霊が殺人を犯すのではなく、自分は殺されたということを訴えたかっただけというのも、まあありがちでしょうか。そうとは知らない主人公たちは交霊会を開いて、その少女の霊を呼び出そうとしますが、出てきてしまったのは少女を殺した男の霊。この男、同じくこのマンションに住んでいた連続殺人鬼で、既に数十年前に捕まって電気椅子にかけられた刑死しているのです。そんな殺人鬼の霊をなぜ呼び出すことができたのか、名前を呼んだからなのでしょうけど、ちょっと理解不能。例えばこのアパートで殺されたとか、そういうのであれば、この場所で呼び出せるのも理解できるのですが……

くだんの殺人鬼の霊、結局、見事倒せたつもりのようなエンディングですが、エンドロールの合間の最後のワンシーンで、実はまだやられていないことがわかります。別の人間の体に乗り移ってうまいことこのアパートから外へ出ることができました。この後どうなってしまうのでしょうね? もちろんこんなB級とも言えないような映画では、パート2が作られることもないでしょうし、現に数年たった今でもパート2が作られた気配はありませんね(笑)。

そして、これが一番肝心なことですが、ホラーなのに怖くありません。迫ってくる恐怖とか、得体の知れない恐ろしさ、逃げられないという絶望感、そういったものが全く感じられません。だったらグロいシーンで見せるのかと言えばそんな殺戮シーンはほとんどなく、この手のアメリカの学生主人公映画にありがちなエッチシーンや裸も皆無と言っていいでしょう。何に期待してみればよいのかわからない映画です。主人公の女の子も飛びきりの美人でもなければブスでもなく、ごくごく普通にカワイイ女の子で、取り立てて魅力的という感じではなかったです。