Nancy Sensual World

このたび、「染井吉野ナンシーの官能世界」は引っ越しました。新しい世界はこちらになります。今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。 自動では新しい世界に飛びませんので悪しからず……

新着ニュース

まもなく自著も刊行予定

今日も朝日新聞です。

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。

この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』です。

フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。

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最近のRockfield's Diary

アカデミズム

本日は東京駅八重洲北口を出てすぐのところにあるサピアタワーの中にある立命館大学東京キャンパスへ行って来ました。行って見て初めて知ったのですが、このタワーには立命以外にもいくつかの大学のキャンパスが入っているのですね。こんな都心の一等地にキャンパスを構えるなんて、私学はやはりお金を持っているものだと思います。

さて、なんでそんなところへ行ったかと言いますと、立命館孔子学院の公開講座「中国(語)をぼやく」を聞くためです。内容は『白水社中国語辞典』の編集でたいへんお世話になった中川正之、杉村博文、木村英樹の三先生による鼎談でした。このところ、本屋営業が主になり、大学の先生回りだとか学界などへの出展がほとんどなったかので、こういった学問的な話から離れて久しかったです。ですので、なかなか頭がついていかないところもありますが、やはり刺激的で、聞いているのは楽しかったです。我ながら、勉強というか、学ぶこと考えることが好きなんだなと思います。

話柄の中で興味深かった話題はいくつかありましたが、その中から一つ二つ取り上げるとしますと、「漢字不滅、中国必亡」という中国文のこと。「漢字が滅びなければ、中国が亡ぶ」という魯迅の比較的有名な言葉です。識字率とか近代教育だとか、当時の中国のさまざまな困難を前にして、魯迅なりに出した結論の一つなのでしょう。まあ、魯迅以外にも漢字廃止論を唱えた識者はたくさんいましたから、取り立てて奇異なものでも突飛な言説でもありません。

この文章、特に接続詞はありませんが、何々ならば何々というふうに、条件として解釈するのが一般的です。ところが最近の学生は「漢字が滅びることはないが、中国は必ず亡びる」という解釈をすることが多いそうです。これだと逆接に結んでいる構文となります。中国語の場合、逆接に読むためには、それを示す接続詞が必要になるので、この解釈は間違っているというのが教室での教え方になるわけですが、なぜに条件だと接続詞はなくてもよいのに、逆接だと接続詞が必要になるのか、やはり条件とか因果の関係の方が普通の流れだからなのでしょうか?

また中国語の「初恋」には「初めての恋」という意味と「恋愛の初めの頃」という二つの意味があるのに、日本人は得てして二つ目の意味を忘れたり知らなかったりするそうです。言われてみると、「初夏」と言った時、それは「夏の初めの頃」を指すのであって、「初めての夏」という意味で使うことは、日本語ではまずありませんね。「田舎から東京へ出てきて初めての夏]という意味で、日本語の場合、「初夏」という言葉を使うでしょうか? たぶん使わないでしょう。

また、「このレポートを5時までに提出しなさい」と言えば、5時きっかりまでに出さないといけなくて、5時10分でも、5時50分でもアウトです。それに対して「5日までに出しなさい」と言われた場合、4日のうちに出す必要はなく、5日であれば朝一番で出してもお昼に出しても、あとちょっとで6日になるという夜中に提出してもOKです。「時」と「日」の持っている幅の違いが感じられる好例です。

中国を話柄にしながらも、言葉そのものについて考える愉しい一時でした。

 

また地震

夕方、地震がありましたね。ちょっと大きくて長い地震でした。

あたしはちょうど、とある書店で営業していて、仲の良い書店員さんと話をしているところでした。

最初は店内をドタドタと走っていた数人の高校生のせいかと思いました(←別にその書店が、そんなに安普請の店舗だと思っているわけではありません)。ただ、それにしては長いし揺れも大きいので、「あ、地震だ」と認識した次第です。

書店の人たちは、やはり3・11で棚から本が落ちてきたり棚が倒れたりした記憶が思い起こされるのか、一様に怖がっている感じを受けました。あたしはと言いますと、3・11以前も以降も、別に地震は怖くないです。3・11だってもちろん体験していますが、それほど怖い思いをしていないので、多くの人よりもあの地震が大きかったという印象がないのです。

なんどかブログにも書きましたが、あの日あたしはトーハンの桶川の倉庫にいました。仕事で何度か行ったことはありますが、日常の仕事とはかなり異なりますし、日常仕事をしている環境ともずいぶんと異なる場所であります。つまり、そもそもが非日常的な状況に置かれていたので、地震によって一瞬にして日常が壊れる、という体験をしていないのです。なおかつ、比較的頑丈に作られている倉庫ですから、物が倒れてきて下敷きになる、といった怖さもありませんでした。

というわけで、あたしは幸いにも3・11を、ある意味、体験していないのです。余震が揺れようが、あの時の怖さを思い出すということはありません。ここに、東北や東京の多くの人との断絶を感じます。

 

オシャレ路線

今日は午後からYA出版会の例会、そしてそのまま晩は忘年会でした。

なんか、このところ忘年会が続いているような気がします。もちろん、毎日ではありませんが、毎週なにかしらあります。そんな季節なんですよね。たぶん、この忘年会がなければ、別に師走だからといって特別忙しいわけでもないのだろうと思います。とはいえ、それ自身では停まることなく流れているのが「時間」ですから、どこかで区切りを人工的につけて、リセットしないと人間は生きていけないのでしょう。

さて忘年会ですが、今年はイタリアンでした。神楽坂と江戸川橋の中間のあたり、「ラ・レッテラ」というお店です。総勢で40名弱になりましたので、お店は貸切です。だからなのか、とても楽しい会になりました。コース料理でしたが、野菜をふんだんに使っていて、パスタも美味しく、デザートのロイヤルミルクティーのアイスが特に絶品でした。

一般に、こういった業界の忘年会は居酒屋で膝つき合わせて飲みまくる、というものを想像しがちだと思いますが、YA出版会も担当者の女性率がこの数年高くなり、オッサンぽく居酒屋でドンチャン騒ぎというわけにもいかないだろうと考え、お店をチョイスしました。

ちなみに昨年は市ヶ谷の日仏学院(最近はアンスティチュ・フランセ東京と言うようですが)の中のレストランが会場でした。これもあたしのチョイスです。二年続けてちょっと小洒落たお店を選んだわけですが、お陰様で皆さまの感想もよかったのではないかと、勝手に推測しているのですが……