Nancy Sensual World

このたび、「染井吉野ナンシーの官能世界」は引っ越しました。新しい世界はこちらになります。今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。 自動では新しい世界に飛びませんので悪しからず……

新着ニュース

まもなく自著も刊行予定

今日も朝日新聞です。

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。

この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』です。

フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。

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最近のRockfield's Diary

「ザ・リング」を三連チャン

「ゴールデンウィークはどこへも出かけずに自宅でNetflix三昧」といったCMが流れていますが、あたしもほぼ出かけずにゴールデンウィークの前半を終えました。ただし、テレビばかり見ていると言うよりは、主に読書をしていましたが……

ただ、気分転換に、少し前にWOWOWで放送していたハリウッド版の「リング」三作を録画しておいたので一気に視聴しました。

まずは第一作目の「ザ・リング」です。日本版「リング」に比べると、おどろおどろしさはかなり少ないですが、ストーリーはほぼ忠実になぞっている感じです。息子役の子供がどうしてもダミアンに見えてしまうのは気のせいでしょうか?

続いては第二弾「ザ・リング2」です。日本版では松嶋菜々子は早々と死んでしまって主人公は中谷美紀だったと思うのですが、本作では第一作と同じくナオミ・ワッツが主人公のままで謎解きに奔走します。なので、これはハリウッド版の独自ストーリーということになるようです。

貞子ならぬサマラの出生の秘密は本作である程度明らかにされますが、養子にもらわれた先で養父に怖がられ、おかしなことが周囲で起きるようになり、精神に異常を来した養母によって殺され井戸に突き落とされる、という展開です。日本版では井戸の中で三十年近く生きていたとされていますが、ハリウッド版は七日とされていて、それがビデオを観てから七日目に死ぬことの理由付となっています。

サマラと交信(?)できる息子がちょっとずつ助け船を出し、その息子の命と引き換えにするかのようなギリギリの方法でなんとかサマラを退治したような主人公親子ですが、果たしてサマラの呪いは終わったのでしょうか?

最後が「ザ・リング リバース」です。日本版では仲間由紀恵演じる貞子がまだ子供のころから青春時代を描いた「リング0」というのがありました。時間軸的には「リング0」「リング」「リング2」という順番になると思います。しかし、本作はそういった時間軸的に「ザ・リング」「ザ・リング2」と並ぶものではなく、独自の物語として作られているようです。

ただし、主人公(?)であるサマラがいて、牧場を経営する養父母のの里子になるも養母に殺され井戸に突き落とされるという設定は踏襲されていますし、サマラの実の母親がエベリンだというのも同じです。前掲2作ではエベリンは精神病院に入院していましたが、本作ではどうやら既に亡くなっているようです。エベリンがサマラを生んだ経緯はその町の司祭に監禁・レイプされて妊娠したようです。

この司祭はサマラをも殺してしまったようですが、それはサマラの周囲でおかしなことが起こるようになったからみたいです。日本版では子供のころの貞子が二人に分裂するような設定がありましたが本作では皆無です。そして、たとえレイプされて産んだ子供とはいえ、どうして周囲でおかしなことが起きるのか、そういうおかしなことを起こす力の依って来たるところは何なのか、それが描かれていないのがちょっと不満です。

大注目の新刊です!

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令和の世に路地裏なんて

路地裏の子供たち』読了。

ダイベックの最初の短篇集と言うだけあって、原書が刊行されたのはかなり以前の1980年になります。時代は昭和ですね。

日本の年号による時代区分をアメリカ作家の作品に持ち込むのはどうかと思いますが、とはいえ、この作品にはどことなく懐かしい、昭和を彷彿とさせる世界が描かれています。

確かに、描かれている街の様子はアメリカです。シカゴには行ったことがありませんが(と言う前に、アメリカに行ったことがありません!)、シカゴを知っている人であれば、作品に描かれている街の様子を思い浮かべながら読むことができるのでしょう。そういう意味では、あたしにはイメージできないところは確かに存在します。

しかし、何と言うのでしょう、作品世界から漂ってくる空気というのでしょうか、そういったものには昭和の風景に通じるものが感じられるのです。下町であったり、町外れであったり、新興住宅街であったり、場所はいろいろイメージできますが、とにかく昭和を感じられる作品です。決して平成や、ましてや令和などではありえない、そんな空気が漂っています。

文体も、これだけで判断できるものではありませんが、最近の作家の文体とはリムと言いますか、言い回しと言いますか、なんかちょっと異なります。翻訳を読んでいるだけでそんな判断を下してよいものかとも思いますが、やはり最近の作品を読んでいるときとはちょっと異なる読書の時間を味わいました。

令和の初日に、昭和の香りのする作品を読み終わるなんて、なんとも不思議なものです。それに路地裏って、今の若い人はどんな情景をイメージするのでしょうか?