さらに欅も!

今日は13日の金曜日。

多くの人は映画「13日の金曜日」を思い出すのでしょうか?

でも乃木坂46ファンならこちらです。

タイトルもズバリ「13日の金曜日」、ノリのよい一曲です。

さて、その乃木坂46の妹分・欅坂46グッズが売り出されました。とりあえず生写真。<初制服>バージョンと<制服のマネキン>バージョンの2種類。1セットで5枚なので、それぞれを各3セットを購入してみました。

すると、上掲写真のように、けやき坂46の長濱ねるの写真が入っていました。けやきざか6と欅坂46って何が違うの(?)という質問はひとまずおいておきましょう。語り出したら長くなりますし、たぶん興味のない人にはどうでもよいことでしょうから。

ちなみに正式な欅坂46のメンバーの写真は、<初制服>では

石森虹花、今泉佑唯、尾関梨香、小林由依、齋藤冬優花、志田愛佳、鈴本美愉、長沢菜々香、土生瑞穂、守屋茜、米谷奈々未、渡辺梨加(2枚)、渡邉理佐

<制服の招き>が

石森虹花(2種)、今泉佑唯(2枚)、菅井友香、平手友梨奈、長沢菜々香、米谷奈々未(2種)、渡辺梨加、渡邉理佐(2種)

という具合でした。比較的よい写真に恵まれたかな、という気がします。

What is Taiwan?

このところちくま新書ばかり読んでる気がします(汗)。

  

現代思想史入門』と『カール・マルクス』を読み終わり、今日から『台湾とは何か』を読み始めました。

ちょうど来週、5月20日は台湾の新総統・蔡英文の就任式です。新書ですから、就任式までには余裕をもって読み終わるのではないでしょうか? 読み終わらなくても、第一章だけでも目を通してみてください。現総統の馬英九がなぜ台湾の人々の支持を失ったのか、そして圧倒的な支持を受けて新総統に就任する蔡英文とはどんな人か、大まかなところはつかめると思います。

そんな同書の巻末、参考文献のページが上の写真です。ここに新総統・蔡英文の著作が二つ載っています。そのうちの一つ『英派』は、就任式当日の配本で、あたしの勤務先から刊行予定の『蔡英文 新時代の台湾へ』です。

日本ではまだあまり知られていない蔡英文ですが、これからの日台関係だけでなく、東アジア情勢のキャスティングボートを握る人物になるかもしれません。注目しておいて損はないと思います。

 

しかし、いくら要注目とはいえ、本が一冊だけでは心許ないと思っていた矢先、あたしの勤務先の本が刊行される一日か二日前に宝島社から『親日派! 「蔡英文」』という本が出るという情報が入ってきました。こちらは蔡英文本人の著作ではありませんが、宝島社ですから宣伝力もはるかに大きいですので、相乗効果を期待したいところです。まずは蔡英文という名前を知ってもらわなくては!

新宿でエクス・リブリス!

紀伊國屋書店新宿本店の2階、文芸書コーナーで《エクス・リブリス》のフェアが始まりました。

これほど大規模な単独フェアは初めてかしら?

同店のTwitterでは「のりにのってる」なんて書いていただいて恐縮ですが、翻訳大賞二年連続大賞受賞というのは紛れもない事実。「ガイブンを読むならこのシリーズ」と多くの方に認めてもらえるようますます頑張らないと!

カンボジアで活躍する日本人

どうやら紙面には載っていなくて、あくまでネットのみのようですが、朝日新聞のウェブサイトにこんな記事がありました。

カンボジアで無農薬野菜「日本流で途上国の農業変える」

海外で日本人が農業の技術指導を行なっているという記事はしばしば目にしますが、無農薬ですから途上国にとっては高級野菜ですよね。

この記事を見て思い出したのは、あたしの勤務先から出ているこの本。

 

カンボジアに村をつくった日本人』です。やはりカンボジアで活躍する日本人ということになりますでしょうか? カンボジアと言えば、多くの日本人はやはりクメール・ルージュの大虐殺を思い出すのでしょうか? 『ポル・ポト』なんて評伝も刊行していますので、ご興味のある方はどうぞ。

でも、やはりまずは言葉でしょうか? 文字も独特なカンボジア語。入門書の定番と言えばこちら、『ニューエクスプレス カンボジア語』です。

迷子札

二年前に行方不明になった少女が東中野で保護された事件が少し前にありました。犯人はたまたま目にした少女の後を付けて自宅を確認し、表札か何かで少女の名前を確認していた、というようなことが報道されていました。事件発生時、自分の名前を呼ばれたので少女も何も疑わず、犯人の言うことを信じてしまったということです。

この事件も典型的ですが、最近は子供の持ち物に名前を書かない、名札を胸に付けない、付けたとしても裏返し、あるいは蓋付きの名札を使用する、といった対策が採られていると聞きました。

たまたま先日遊びに来ていた妹家族。小3、小1、年長という子供を抱えているのですが、人目に付くところに名前を書かないようにしていると妹は言っていました。幼稚園などの道具にはお母さんが夜鍋して名前を付けるのが習慣のようになっていますが、それもパッと見えるところには付けなくなっているようです。

時代は変わった。いまの日本ってそんなに物騒なのか、と思います。「昔はよかった」と主張するつもりはありませんし、かつては隣近所の目があったから、それが防犯にも役立っていた、という意見に頷く点もありますが、見知らぬ人がうろうろしていたら目立ってしまうほど閉鎖的で窮屈な地縁社会を徐々に解体していったのが今の日本ですから、こういう犯罪が起きやすくなるのももっともでしょう。

それにしても、あたしが子供のころ、あたしも、そして上に登場した妹も首から「迷子札」をぶら下げていました。「迷子札」は「まいごふだ」です。最近の若い人には何のことかさっぱりわからないと思いますが、自分の名前と住所、電話番号が書いてあったと記憶しています。

つまり家族で出かけて万が一あたしや妹が迷子になった場合、たぶんあたしたちは親とはぐれて泣いているであろうと思われますが、そんなあたしを見つけた見ず知らずの大人たちが、あたしが首からぶら下げている迷子札を見て、わが家に電話をしてくる、あるいは連れてきてくれる、デパートなどの中ならば館内放送を流してくれる、といったことができるための切り札だったのです。子供は泣き出してしまったら、いくら尋ねても自分の名前を言えなくなってしまうものです。それでも迷子札があればかなり安心、というわけです。

あの当時、誰も迷子札から誘拐だとか、そういった犯罪が引き起こされるなんて思ってもいなかった時代です。いつから変わってしまったのかと思います。

ちなみに「迷子札」をネットで検索すると、昨今は人間の子供ではなく、ペット用が主流なんですね。まあ、ある意味、幼児は動物と変わらないですから、用途としては正しいのでしょうけど。

年に一度の、第60回

今宵は、年に一度の大イベント、岸田賞授賞式です。あたしの勤務先の主催です。

式が始まる前の会場は上の写真のような感じです。燦然と輝く金屏風?

そして、お客様を待つ受付もご覧のとおり。

そして、本日のあたしの仕事は上の写真。

はい、受賞作の会場販売です。受賞者にサインをしてもらえるという絶好の機会、おかげさまでよく売れました!

呪怨

WOWOWで「呪怨 終わりの始まり」「呪怨 ザ・ファイナル」をつづけて放送していたので録画して視聴。

 

とはいえ、佐々木希主演の「終わりの始まり」は以前にも放送され既に視聴済みだったので、今回は平愛梨主演の「ザ・ファイナル」の方を。前後編という作品ではありませんが、「ザ・ファイナル」は完全に「終わりの始まり」の続編、後日談となっています。やはり両方視た方がストーリーはわかりやすいとは思いますが、かつての「呪怨」を視ている人がこの作品を視たらどう思うでしょうかね?

まず「終わりの始まり」の方は念願の小学校教師になった佐々木希、でもクラスに一人、登校してこない生徒がいます。生徒が俊雄くんです。その子の家庭を訪問したりするうちに、佐々木希の周囲でおかしなことが起こり始め云々、というストーリー。いくつかの物語が並行して描かれるところは一番最初の「呪怨」のようです。

が、怖くないです。既にパンツ一丁で真っ白な体の俊雄にしろ、ちょっと貞子っぽい伽耶子にしろ、散々見てしまっているからでしょうか? この家に越してきた佐伯夫妻。子供が出来ないのを気に病むうちにノイローゼになってしまう妻・伽耶子。そしてようやく子供を授かるも、夫はその子が自分の子なのか確信が持てず、伽耶子の言動もあって衝動的に伽耶子を殺してしまいます。そして、たぶん俊雄も……

このあたりのストーリーは最初の「呪怨」をなぞっていると思いますが、なぜか怖くない。おどろおどろしい映像もなく、俊雄も伽耶子も、いくら見ても怖くないです。かといって、追い詰められていく佐々木希たち登場人物の恐怖というか、そういうものもやや不足。

で、「ザ・ファイナル」です。

今回、伽耶子と俊雄の呪いの宿る屋敷は壊されてしまっています。更地になっているのです。これは前作にも出てきた袴田吉彦がなんとか呪いを終わりにしようとした結果なのですが、なんのことはない、おのののかの家が俊雄と伽耶子の新たな棲み家となってしまいました。そして平愛梨が尋ねてくるのですが、結局何もできず、彼氏も取り殺され、ジ・エンド。

今回も怖くないです。ゾクゾクしません。

そもそも怨念って人に憑くのか、場所に憑くのか? これまではその家を訪ねた人に取り憑いてたと思いますが、だったらその家を壊した工事関係者は無事だったのでしょうか? ストーリー的には、取り壊される前に既に俊雄と伽耶子はおのののかの家に移っているということなのでしょうか?

あるいは伽耶子の妊娠ノイローゼ日記が佐々木希の遺品から平愛梨のもとへ巡ってきます。平愛梨とその彼氏の状況を考えると、これを読んだら取り憑かれるようなのですが、だったら佐々木希はこれを学校に置いておいたわけですから、同僚の一人くらいは読んでいないのでしょうか? そもそもあれだけの呪力、読まなくたって周囲に何らかの影響が出そうな気がしますけど。

おのののかの同級生、向かいの病院に入院している少女、どう見ても「あれくらいで取り憑かれるの?」というレベルです。どうしたら取り憑かれるのかのボーダーがはっきりしていないモヤモヤが残ります。そして「ファイナル」とは言いながら、平愛梨の最後のセリフにあるように「終わらない」ラストはどんなものなのでしょう?

一時は世界をリードしたジャパニーズ・ホラーも、ここまでつまらなく、否、怖くなくなるとは……

坂道の少女

前回のダイアリーで渋谷と欅坂46の間柄について触れました。散々指摘されているので触れませんでしたが、彼女たちのデビュー曲のMV、撮影場所が渋谷です。

先に取り上げた朝日新聞の記事で宇野常寛は

同曲のミュージックビデオの撮影場所に渋谷の大規模再開発地が選ばれているのも、極めてコンセプチュアルだ。二流国に転がり落ちた現実から目をそらすように強行されている、見た目だけ景気の良さそうな首都改造は、現代日本の空回りの象徴のように見える。

と述べています。他の論者も、管見の及ぶかぎり、このMVの撮影場所を取り上げる場合、今この時にしか見られない光景、風景といったことを指摘していたと思います。

が、考えてみますと、乃木坂46にしても欅坂46にしても、「自分たちはまだまだ坂の途中にいて、さらなる高みを目指して努力していかなければ」というコンセプトを持っている気がします。となると、渋谷という土地もきわめて象徴的ですね。

なにせ、渋谷も宮益坂、道玄坂など坂には事欠かず、その中心に位置する渋谷駅、まさしくMVの撮影場所がその底になっているわけですから。特に欅坂46のジャケット写真は、この渋谷の底よりもまだ低い渋谷川です。底も底、まさしくドン底から這い上がっていく彼女たちを象徴しているような気がします。

こういう書き方をすると、日本人の多くは司馬遼太郎の『坂の上の雲』を思い出すのでしょうか?

  

近代日本の歩みと乃木坂46、欅坂46の軌跡と重ね合わせるというのは、あまりにも齟齬が大きいでしょうか? あたしなら間違いなくこちらを思い出します。

沢田聖子の『坂道の少女』です。彼女のデビューアルバムのタイトルであり、同アルバム収録曲でもあります。

この曲の坂道は、突然街に現われた大人の女性に夢中になる彼氏を見つめる、まだ幼い主人公(たぶん女子高生?)の目線で描かれた世界です。決して坂道が舞台として出てくるのではなく、この歌における坂道は「まだまだ女性として未熟な幼い自分」と「成熟した大人の女性」との対比、そんな大人の女性という高みを目指しつつも手が届かない今の自分の情けなさと歌っています。

ジレンマ、もどかしさといったところでしょうか? だから、乃木坂、欅坂の坂とはちょっと意味が異なるとは思いますが、やはりこの曲を思い出してしまいますね、あたしは。