記事なのか、それとも宣伝してくれたのか(?)という気がした今朝の朝日新聞

今日の朝日新聞は、なんだか、あたしの勤務先の本を宣伝してくれているように感じました。その本というのは、『中国 消し去られた記録』と『蔡英文 新時代の台湾へ』。

 

もちろん、それは我田引水と言うのか、牽強附会と呼ぶのか、あたしの勝手な思い違い、否、思い込みなのですが、まずは下の写真をご覧ください。

今朝の一面です。アメリカの人権団体が中国の人権運動を支援しているという記事。ただし、この数年中国国内の締め付けが厳しくなり、思うような支援ができなくなりつつあるということを伝えています。

そして中面で、その追加記事。そのあたりのこと、『中国 消し去られた記録』に詳しいです。この数年、本当にひどいです。暴力的なものから、やんわりとしたものまで、実に巧妙です。

さらにこんな記事も。文革に対する論評です。「人民日報」の記事ですから、中国共産党の公式なものですが、この公式見解をはみ出るようなものは一切許さない、ということであり、こうして公式見解を出したのだから、これ以上もう議論するな、という態度表明なのでしょう。文革ですらこうなのですから、六四天安門事件の再評価など夢のまた夢なのでしょう。

そして社説。20日の総統就任式を前に中国共産党がなんやかやとうるさくなってきていることへの朝日新聞なりの論評なのでしょう。とにもかくにも、まずは新総統・蔡英文の演説を聞かないと話になりませんが、『蔡英文 新時代の台湾へ』を読めば、彼女の考え方、何を目指そうとしているのかはわかるはずです。

久々の白シャツ

昨日は午後から早退しました。

体調を崩したわけではなく、実は、伯父さんが亡くなり、その通夜へ出席するためです。今日は告別式なのですが、そちらはパスさせてもらいました。

伯父さんは、母の姉の旦那。十数年ぶり、いや数十年ぶりの再会が棺の中。子供のころの印象では大きな、実際にもやや太った感じの人だったので、顔も体も大きな印象を持っていましたが、棺の中に寝ている伯父さんはかなり痩せていて、そんな記憶と比べると別人のようにも感じられます。

それにしても、久々の親戚との邂逅。いや、邂逅と言うほど話をしていませんが、いとこなんだろうけど誰だかわからない、そんな人が何人も。そのいとこたちが結婚していて子供を連れて来ているわけで、そうなると、もう誰が誰の子供なのか、誰が誰と夫婦なのか、通夜の席ですから、そんなことを根掘り葉掘り聞くのもなんですし、なんとなく昔の面影を思い出しながら、たぶん誰々だろうなあと思うだけでした。たぶん、向こうもあたしのことを見て、たぶん親戚の人なんだろうけど誰だろう、という感想を抱いていたでしょう。

まあ、人によって異なるでしょうけど、いとこも結婚してそれぞれの家庭を持つようになると、だんだんと疎遠になるものです。昨夜会ったいとこたち、たぶん今日、町で会ったとしても、あたしはもう思い出せなくなっていること必定です(汗)。そして、たぶん、また十数年顔を合わせることはないのだろうと思います。

が、そんなことにはならないかもしれません。なにせ、母の姉の旦那が83歳で亡くなったわけですが、その連れ合い、つまり母の姉だってもういい歳です。旦那を亡くして気落ちしているでしょうから、この先が心配です。

男は奥さんを亡くすとすぐに後を追うように亡くなってしまうけど女は旦那を亡くしても長生きする、とは巷間よく言われることで、うちの母がそれを見事に証明していますが、伯母さんはどうでしょう?

それに、伯父さんがそんな歳だったわけなので、母の兄弟、意外と人数が多いのですが、みな70から80絡みの年齢。ここ数年で次々に逝ってしまう可能性だって少なくありません。

うちの母も73です。今のところは元気ですが、いつどうなるか……

いや、ポックリと逝ってくれるならよいのですが(←不謹慎?)、もしボケて寝込むようなことになって要介護となったら、今のあたしでは手に負えないです。

厄介な、そして深刻な問題です。

まだご存命なのです

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駒場で考える。何を? 中国のことを。

午後から東京大学の駒場キャンパスでイベントでした。

どんなイベントだったのかはこちらのページをご覧いただくとして、帰りがけに「とても面白かったです」とか、「第二弾はいつですか?」といった声をかけてくださった方が複数いらっしゃいました。

会場もご覧のように超満員。80名ほどの参加を予定していたのですが、蓋を開けてみたら当日飛び入りの方も含め、なんと100名! 大盛況でした。むしろ時間が足りなかったかもしれませんが、このくらいは話す方も聞く方もちょうどよいのかもしれません。「もう少し聞きたかった」というくらいの余韻を残して終わった方が満足度も高いのではないでしょうか?

また始まるまで、個人的には「フランス系の方ばかりの話で面白いのだろうか? イスラムとか中東関係の専門家も加わった方がより多角的になるのではないか?」という思いを抱いていました。が、よい意味で裏切られました。

ゼミとかではない、こういったオープンな場、なおかつ2時間程度という限られた時間ですので、むしろ「フランスのこと」という縛りが、話が散らからずに、キュッとまとまってよかったのではなかったかと思います。しかも、フランスという共通項はありながらも、四名の登壇者それぞれに興味のあり方が異なるので、ちょうどよい話のまとまり具合、ちょうどよい分析の多角化が図れていたのではないでしょうか?

さて、そんな話の中でヴォルテールの有名な言葉が紹介されました。

私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る。

人によって訳文は多少の違うかもしれませんが、あたしでも聞いたことのある、かなり有名なセリフですね。この言葉がシンポジウムの間中、あたしの頭の中にありました。

そして、このセリフからあたしが頭の中で考えていたことは、現在の中国の言論を取り巻く状況についてです。このヴォルテールの言葉のような境地に中国政府が至るには、あとどのくらいの時間がかかるのでしょうか? そんなことばかり考えていました(汗)。

書棚崩壊

自宅の書棚がもういっぱいで、新しく書棚、本箱を買っても置くところがない状態なので、ホームセンターで板を買ってきて、廊下の壁に設置して本を置くスペースを確保しました。

が、なんとなく不安定です。

棚の右側は壁にL字で固定してあるのですが、左側は窓枠の上に載せているだけ。それも板の半分にしか枠に載っていないので、板(棚)に本がいっぱいになったら落ちてしまうかもしれません。いまはまだ棚の上の本は、棚の半分を少し超える程度の量しかないので、今のうちに左側にもL字で棚を固定しようと思いました。

ただ、無精をしたのがいけなかったのでしょう。本を棚に載せたまま作業を始めたら、その振動で本が崩れ、さらには右側のL字が壁から剥がれ落ちてしまいました。

うーん、結局すべて最初からやり直しです。

そもそも右側のL字は壁に固定してあると書きましたが、昨今の住宅の壁って、耐熱材的なボードの上にクロスを張っているだけなので、ネジを留めようにも、しっかり留まりません。留めたけれど、いとも簡単にズボッと抜けてしまうような感じです。

もちろん壁がすべてそうなっているわけではなく、数十センチおきには柱と言いますか、しっかりとした木材があるわけで、壁にエアコンなどを取り付ける場合、業者の人はきちんとその柱の位置を確かめて、そこにネジを留めています。

あたしもそうすればよかったのですが、なにせ壁を叩いても、どこに柱が通っているのか、叩いた音では判断できません。どこも柱があるような、はたまた無いような、そんな音です。それにそもそも書棚を空いたスペースに作ろうとしたので、ネジを留められる位置もそれほど選択の余地があるわけではありません。

今回、改めて左側は窓枠の壁にL字を付けつつ窓枠にも半分載せ、右側は隣に置いている書棚の側板にL字を取り付けることで、なんとか応急処置を施しました。しかし、この書棚というか簡易な板で作った棚に本がいっぱいになったとき、本の重みに耐えきれるのか。

棚の下は廊下なので、しょっちゅう家族が通ります、家族と言ってもあたしと母だけですが。小さな子供いてドタバタするわけではないので、棚に大きな振動が伝わることはないでしょうが、そもそもがこんな知ろう日曜大工仕事なので、耐久性は限りなくゼロに近く、こんど崩壊したら次はどんな対策を施したらよいのやら……