今日のネクタイ~壹佰貳拾肆本目。~泳ぎ続けないと死んでしまう?[2016.5]

こん**は、染井吉野ナンシーです。

各地で夏日を記録するようになってきましたが、北海道は雪が降ったりしているという今日この頃。熊本・大分の地震は先が見えず、せっかくの観光シーズンだというのに残念なことです。ただ、その一方、箱根は帰省が少し緩和されたようで、こちらは徐々に通常営業に戻りつつあるようです。

この数年の日本列島はそこら中で大きな地震ばかり。専門家は無関係と言っていますけど、地学的な時間感覚で言えば、日本列島は地震多発時代に突入していると見てよいのではないでしょうか?

さて、そんなモヤモヤした気分を払拭するために、いや、払拭できるのかわかりませんが、とにもかくにもこちらです!

久々に赤いブラウス!

最近、「あら、ナンシー、地味じゃない?」と言われることが多くなったので、ちょっと頑張ってみました。いかがでしょう? ペイズリー柄、好きよね、あたしって。ブラウスでもネクタイでも、この柄を目にすると欲しくなっちゃうのよね。悪い癖だわ(汗)。

そしてネクタイがこちら。サメです。たぶん、ホオジロザメ。でも、そんなに怖い感じはしないですよね。

JAWSのネクタイ

本当は上のようなネクタイが欲しかったのですが、現在品切れのため購入できませんでした……(涙)。

日本のことなのか中国のことなのか?

中国 消し去られた記録』を読んでいます。時事通信の記者である著者が中国赴任中に配信した記事と、その解説、背景説明などを織り交ぜたノンフィクションです。

まだまだ最初の方を読んでいるだけなので感想は控えますが、冒頭から習近平政権になって締め付けが厳しくなっているという話題の連続です。しかし、こういった記述を読んでいるときに、ふと思うのは、自民党の憲法草案です。個人の権利よりも国を優先し、「国民は黙って言うことを聞いていればよいのだ」といった高圧的な態度。ちょうど前日に報道特集で取り上げていたこともあり、本書を読んでいると、これはいったい中国のことなのか、それとも日本のことなのか、わからなくなってきます。

どうして、こうも同じような方向へ向かっているのでしょうね、東アジアの両大国は。

満月のくちづけ

ちょっと前にWOWOWで放送されていた「満月のくちづけ」を視聴。

1989年の作品だそうですが、当時こんな作品が公開されていたなんて、まるっきり記憶にありません。今も昔もそうなのですが、あたしがあまり深津絵里に興味がないからかもしれません。

で、本作はホラーというよりは、アイドル映画の一種なのではないでしょうか? だってプロデュースが三宅裕司ですし、小倉久寛も出てくるし、そもそもほとんど怖くないので。

ストーリーは、深津絵里扮する女子高生が寺脇康文扮する学校の美術教師に淡い恋心を抱くという、ピュアな純愛ストーリーっぽいのですが、だったら、その線で行けばよかったのに、中途半端にホラーにしてしまったからずっこけてしまってます。冒頭の湖のシーン、あの少年は何だったのか? 友達と一緒に呼び出した悪霊は本当に呼び出せていたのか? 何人も死んでいるのに、死体が一切見つからないのはなぜか?

といった疑問が多々あります。フツーの感覚として、クラスメイトがいなくなったとして、一時間程度ならサボリと考えるでしょうが、その後一切現われなかったら、警察に相談するものではないでしょうか? 主人公たちは仲良し四人組のようですが、その中の一人がいなくなっても特に日常に変化があったようには思えません。

プールに浮いていたウサギの死体だって、当然警察が動く案件のはずです。もちろん私学ですから、学校のイメージダウンを気にして、あえて外部には漏らさないというのはありでしょうが、先生がいなくなっているのに(悪霊に殺された?)、学校がいつもどおり運営されているのもおかしなものです。挙げ句の果てに、教室内で火を焚いている寺脇康文。

結局、悪霊っていたの? 主人公たち以外の生徒にとって、この一連の事件はどう受け止められていたのか、まるでわかりません。もし、これで多感な時期の少女の揺れる心の内を表現しているのだとしたら、あまりにも雑な描き方だと思います。

これは熱烈な深津絵里ファンなら見逃せない、若かりし深津絵里の想い出でしょうが、ホラー映画ファンとしては、これをホラーにカウントするのは無理です。やはりアイドル映画ですね。深津絵里の若さは弾けていますし、確かにかわいらしく撮れているとは思いますが。

西と東のシンクロ?

天使とは何か』を読んでいて気づいたことがありました。

同書89ページに音楽の快楽について述べている箇所があります。若干ニュアンスは異なるのですが、このあたりの記述は、孔子がすばらしい音楽に感動して食事をしても味を感じなくなってしまったというエピソードを彷彿とさせます。

そしてもう一つ。

91ページ以降の楽器を手にする天使たちの記述。記述はともかく、同書に収められた図版を見ているだけでも、日本人なら誰しも平等院鳳凰堂の「雲中供養菩薩」を思い出すのではないでしょうか? 残念ながら本書はキリスト教世界における天使に関する書籍なので、こういった東西文化のシンクロについては何の言及もありませんが、これはこれで調べてみたら面白いテーマになるのではないでしょうか?

そう思いました。

俺たちは天使だ!

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入門どころではない!

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家族の手紙は要らない

もう何年もプロ野球はほとんど見ていません。朝晩のニュースのスポーツコーナーで取り上げられるのを見る程度です。そんな中、今朝のトップニュースは、広島の新井選手が二千本安打を記録したというニュースでした。

2000本安打、すごい記録です。まだ百人いませんよね? 結構達成している選手がいそうで、意外といないところを見れば、やはり偉大な記録だということがわかります。だから、新井選手はすごいと思います。

で、ここまではよいのですが、どこぞのスポーツ紙の紙面に新井選手の家族の自筆(?)の手紙掲載されていました。あれ、必要なのでしょうか? あたしとしては興醒めです。

別に家族愛を否定するつもりはありません。選手の記録を支えた家族の存在はとても大切なものだと思います。でも、それは公共のメディアを使って伝えることなのでしょうか?

今回の手紙に限らず、オリンピックや選手権などで好成績を収めたヒーローインタビューで、インタビュアーはしばしば「今の気持ちを誰に伝えたいですか?」と尋ねます。そこで「応援してくれたファンに」と答えて、ファンへの感謝の言葉を口にするのであれば理解できます。だってファンはたくさんいるので一人一人に感謝を伝えることはできませんから、こういうメディアを利用するのは効率的だと思います。

でも、家族とか近しい人の場合、少なくともあたしなら直接伝えたいと思います。テレビ画面を通じて伝えるなんてしたくありません。ですから、家族に電話をかけ、マイクの前で家族と話しをさせるなんて演出も、あたしには白々しく感じられて、とてもイヤな気分になるのです。

まあ、それをいったら、新人賞を取った女性アイドルなどもマイクを握りしめて「お母さーん」と叫んだりしてますよね。十代の女の子ならまだしも、大の大人がやるのは、やはり見苦しいと思います。

独裁者は続くよ!

来月の新刊に『金日成と亡命パイロット』という本があります。その名の通り、金日成時代の北朝鮮のノンフィクションです。著者はブレイン・ハーデン、『北朝鮮 14号管理所からの脱出』の著者です。

そして「あれ、こんどは金日成ですか?」と思った方も多いのではないでしょうか? だって、あたしの勤務先、これまでにもアジアの独裁者ものとして『毛沢東(上)』『毛沢東(下)』、そして『ポル・ポト』を出してきましたから。

 

独裁者ものはアジアのみならず、『スターリン 赤い皇帝と廷臣たち(上)』『スターリン 赤い皇帝と廷臣たち(下)』『スターリン 青春と革命の時代』の三部作に、『ムッソリーニ(上)』『ムッソリーニ(下)』という第二次大戦時の巨頭の大部な評伝を出していまして、このほど、ついに真打ちとでも呼ぶべき『ヒトラー(上)』『ヒトラー(下)』という巨冊を出すからです。

  

 

 

そして挙げ句の果てに金日成! まあ、これは評伝ではありませんので、これまでの評伝の流れとはちょっと異なりますが、それにしてもまあ、よく出すものです。独裁者といったら、あとは誰が残っているのでしょうか?

でも独裁者ばかりではありません。5月の就任式に合わせて『蔡英文 新時代の台湾へ』を出します。蔡英文はご存じのように、台湾初の女性総統。しなやかな政治手腕が楽しみなリーダーです。