ライト点灯要請
まだ7時前ですが、今朝は、ちょっと荷物を取りに会社へ行って来ました。
朝4時に起き、4時半に出発。まだ最寄り駅までのバスが走っていない時間なので自家用車です。
この時間帯は空いていますので、およそ1時間で到着、荷物を運び出し、すぐに会社を出発。6時半帰宅。
まだ外は真っ暗な時間帯。クルマも少なめでしたが、散歩やランニングをしている人はチラホラ見かけました。皆さん健康を考えているんだなあ、こんな暗いうちから、寒い中、偉いなあ、と思いながらハンドルを握っていました。
そういう方たちに対しては微笑ましく、温かい眼差しを向けられるのですが、頭にくるのは自転車です。
別に自転車そのものを憎むつもりはありません。あたしだって自転車は乗りますから。
困るのは、無灯の自転車です。帰路は徐々に東の空が白み始めたとはいえ、ほぼ全行程真っ暗な「ザ・夜」という状態。ライトに照らされなければ、歩行者だっているのかいないのかわからないような暗さです。
にもかかわらず、無灯で走っている自転車が意外と多いのにビックリしました。自分たちはクルマが見えているし歩行者もわかるから大丈夫、なんて思っているのでしょうか? ライトは前を照らす以上に、自分の存在を知らしめるという意味があるということを理解していないのでしょうか? 運転しながら、何かがライトに反射して、「あっ、自転車だ」と気づいたことがしばしばありました。
無灯火の自転車、郊外でも都心でも、どちらでも見かけました。が、あえて言えば都心の方が多かったでしょうか? わが家の近所、東京の郊外は、そもそも周囲からして暗いので、自分でも見にくいからライトを付けている自転車が多いのでしょう。それに対して都心は、夜中でも周囲がそれなりに明るいので、自分が自転車を運転する限りにおいてはライトを付けていなくても困らない、と思っているライダーが多いようです。
しかしながら、やはり暗いとき(もちろん明け方や夕方も)、ライトは付けてもらわないと困ります。クルマを運転しているこちらが怖いです。逆にバイクは、昼までも点灯という習慣がほぼすべてのライダーに浸透しているようですね。
こういう感覚、自分が免許を取り、クルマを運転するようになって初めて気づく、というところがあります。あたしも、自分が免許を持っていなくてクルマを運転していなかったら、恐らく無灯火で自転車を走らせるような人間になっていたかもしれません。自分がクルマを運転する立場だからこそ気になるものです。
やはり自転車も免許制にして講習を受けさせるべきなのではないでしょうか?
人間の醜い部分
朝日新聞の夕刊に載っていた広告です。あたしの勤務先とは何ら関係ありませんが、ちょっと気になったので。
小林秀雄の講演集の広告です。昨今はどうなのか知りませんが、あたしが受験生のころ、現代文の問題では小林秀雄の登場率は群を抜いていたと思います。物語だといろいろな作品が出題されていましたが、論説文の場合、かなりの確率で小林秀雄の文章でした。
で、それはともかく、この小林秀雄の写真です。タバコをくゆらせている氏の写真です。タバコが好きだったのでしょうか? そうでしょうね。しかし、嫌煙権が叫ばれ、タバコの広告やドラマでの喫煙シーンがかなり制限されている昨今、この写真はどうなのでしょう? むしろ逆効果なのではないか、そんな気がします。
さて、本日の朝日新聞ネタ、本題です。
映画評、「フランス組曲」です。映画は先日来公開されていて、それなりに評判のようですね。いわゆるハリウッド大作ではありませんが、口コミでよさが広がるタイプの映画だと思います。
で、今回の紹介文、恋愛ドラマとしてはともかく「人間観察の妙」に注目しています。映画は、あたしも観ましたが、確かに恋愛ものとしてはやや陳腐と言いますか、もう少し紆余曲折、乗り越えるべき困難があってもよいのかな、という気がしました。そのあたり、未完の作品ということも関係しているのかもしれません。
が、恋愛ドラマとしてではなく、極限状態における人間の行動、その愚かさというか醜さというか、そういったものについては実によく描けている作品だと思います。実は本来のテーマがこちらだったのではないでしょうか? 生き延びるためだったら、平気で人を裏切る。裏切ったのに裏切っていませんよという顔を平気でする。そんな人間の性がよく描かれている作品です。
翻訳の『フランス組曲』ではどんな感じなのでしょうか? ちょっと気になります。
香港が向き合っているもの
ミニチュアの妻とはどんな妻か?
小国の気概?
今年こそ乃木坂?
成人の日の祝日です。
とはいえ、あたしのような世代には「成人の日は15日でなくちゃ」という意識がまだまだ残っているものですが、いつであろうと「お休みは嬉しい」というのが正直な感想です。
さて成人の日と言えば、例年、芸能ニュースでその年成人を迎える芸能人のお宮参り(?)が話題になります。特に振り袖姿もあでやかな女性アイドルがテレビでも多数取り上げられるわけですが、この数年はAKB48グループの神田明神詣でがほぼ定例と化していましたね。
ところが、今年に関してはちょっと様子がおかしいようです。とりあえず日刊スポーツをはじめ、各種メディア、テレビでも取り上げていないことはないです。しかし、このページにあるように「今年の新成人メンバーはさらに知名度が弱い」という状況です。30名以上が参加しているのにこの言われ方はちょっとかわいそうな気もします。
一方の乃木坂46。
そもそもメンバーが30数名しかいませんから、今年の成人メンバーは3名。人数だけ見ると比べものにならないくらい寂しい感じですが、こちらのページのように「最近の乃木坂46の勢いを感じさせる大勢の報道陣がつめ掛け、晴れ着姿の披露が行われた」と書かれています。
いや、「大勢の」と言っても、たぶんAKBと大差ないのでしょうけど、昨年一気に人気に火がついた感のある乃木坂46、今年は一般の人への浸透をいかに図るか、それが肝心なのではないでしょうか? オタがそう願っているのかはわかりませんが……
フェア壮観!
大阪のMARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店の語学書売り場で、「ニューエクスプレス」と「言葉のしくみ」シリーズのフェアを開催中です。
上の写真がその様子です。売り場の壁面を大きく使っての展開です。シリーズですから装丁が揃っているので、こうやって集めて展示するとなかなか壮観です。
別方向からの写真です。中央に鎮座する看板は、世界地図の白地図に、どの本がどの国・地域で使われているのかを示したものです。こうして世界を見回すと、まだまだ偏りがありますね。埋められるところは埋めていきたいと思いますし、編集部に奮起を期待したいところですが、あまりにもマイナーな言語の場合、商売になるのか……
それはともかく昨年からスタートしたこのフェア、お店の方の話ではなかなか好評だそうで、当初は年末までと聞いていたのですが、いまだに継続中で、まだしばらくは続くそうです。
そして、せっかく大阪へ行きましたので、こちら、『みんなの山本彩』です。買っちゃいましたよ。それにしても、プロのカメラマンではなく、一般の人やメンバーがスマホやケータイで撮った写真だけで写真集が作られるなんて前代未聞では? そして、そんな写真集が出来てしまう、販売されてしまうほどさや姉の人気がスゴイということでしょうか? いや、事務所の強力な「推し」もあるのでしょうけど、人気がなければこんな企画、実現しませんよね? AKBグループ内では初どころか、アイドル界でも初ではないでしょうか?
で、上に「せっかく」と書きましたが、本書はジュンク堂書店の千日前店で買いました。「なんで千日前店?」と思う方も若干はいるかと思いますが、千日前店の地下が、さや姉のホームグラウンド、NMB48劇場なんです。だから、本書を買うならここでと決めていました。あわよくば、劇場がある縁でさや姉のサイン本でも売ってないかな、と淡い期待もありましたが、あったとしてもとうの昔に売り切れていたことでしょう(爆)。
悪魔は棲んでいたのか?
WOWOWで録画しておいた「悪魔が棲む家666」を視聴。
これ、タイトルからは「悪魔の棲む家」の亜流のような感じですが、まるで違いました。
ストーリーは、アメリカには実際にこういうところがあるようですね、宗教コロニーというのでしょうか、世間と断絶した、自分たちだけの共同体で信仰を守って暮らしている団体、そこで起こった殺人事件です。ですから「悪魔の棲む家」と言うよりは、むしろM・ナイト・シャマランの「ヴィレッジ」の方が近いかもしれません。
さて、このコロニー、十数年前の6月6日に6人の女の子とが生まれます。「666」という悪魔の数字。オーメンですよね? 言い伝えでは、この子たちが成人すると悪魔が復活するということで、共同体の長老は赤ん坊を殺そうとしますが、母親の一人の気がふれ、生まれたばかりのわが子を殺し自殺してしまいます。そして時は流れ、残りの5人の少女たちは姉妹のように美しく成長し、あと数日で18歳の誕生日、6月6日。それを前にして、一人また一人と少女たちが何者かに殺されていくのです。
前半、共同体を支配する長老がいかにも胡散臭く、人々を洗脳して自分の思いのままに支配している感がありありとしていて、日本人であればオウムなどの新興宗教団体の活動を思い出す人も多いのではないでしょうか? そして殺人事件も悪魔の仕業であるというオカルト的なところは微塵もなく、この長老、あるいは長老の意を受けた取り巻きが起こしているように進みます。なぜそんなことをするかといえば、悪魔の復活を阻止するためです。
それに対して、ようやく共同体の偽善に気づきはじめた主人公。彼女は6人の少女の一人なのですが、父親は彼女たちが生まれたときに長老の暴挙を止めたため、なんとなく長老から嫌われていて、なおかつ彼女を産んだ奥さんは、その後共同体の信仰を捨てたために追放となってしまい後妻をもらっていて、主人公と継母とは険悪な仲。
6人の少女が同じ日に生まれたことによる言い伝え、共同体の噂を知れば知るほど、何の根拠もない、非科学的な話だとわかるのですが、とりあえずこのあたりまでは本当の殺人事件を主軸としつつも、オーメン的な悪魔の存在を匂わせた、共同体の不可思議さがよい塩梅で描かれています。そして主人公は追放された母親が街で生きていることを知り、会いに行きます(ずっと母親は死んだと聞かされていたのです)。
ここへきて、娘を因習に囚われた共同体から助け出したい実の母、そして共同体の外の一般社会に暮らすボーイフレンドなども動きだし、共同体解体へ、殺人事件の犯人捜しに向けてストーリーが動いていきます。少女たちは次々に殺され、ただ一人残された主人公も誕生日が間近。伝説では、6人のうち5人が死に、ただ一人残った少女が悪魔の強大な力を身につけてこの世を支配するとのこと。
主人公を殺そうとする長老、そして共同体の人々から間一髪救い出し、外の世界の病院で誕生日を迎えた主人公。何も起こらない、結局は伝説は噂に過ぎなかったと思いきや、彼女には悪魔の力が備わり、ボーイフレンドを殺し、共同体に戻って長老らを皆殺しにするところでジ・エンド。
ちなみに、これまでの少女連続殺人の真犯人は実の母。理由は、自分の子に悪魔の力を宿らせたいがために、他の5人を殺し、生き残るのは自分の娘にさせるためでした。いや、オカルトに見せかけて実は人間による殺人事件というストーリーが、最後の最後で悪魔の話に戻っちゃって、うーん、どうなのでしょう?
結局のところ、長老たちは本当に信仰に熱いだけの人であって、悪魔に魂を売り渡したのは実の母の方だったわけです。となると、コロニーを追放されたのも納得です。




