Nancy Sensual World
新着ニュース
まもなく自著も刊行予定

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。
この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論
』です。
フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。
最近のRockfield's Diary
夜中、わが家に泥棒が入りまして……

夜中、寝ていると窓を叩く音が。
窓の外に置いてある何かが風に揺れて窓ガラスにあたっているのかな、と思い気にも留めていなかったのですが、すると窓ガラスが横に滑りました。
「窓」と書きましたが、床からあるもので、いわゆる掃き出しの窓とでも言うのでしょうか、そんな窓です。
その窓が音も立てずにスーッと開いたのです。そして、誰かが入って来ます。
その時点であたしは夢を見ているのだと思っていたのですが、人影は二人、部屋に入ってきて、あたしが寝ているのに気づいているのかいないのか、抜き足差し足で部屋の中を歩き回り始めました。
えっ、もしかして泥棒?
と思ったあたしは「泥棒ー!」と声を挙げようとしたのですが、寝起きだからなのかわかりませんが、とにかく声がうまく出せません。「ど、ど、ど……」という音が漏れるばかりです。
辛うじて「泥棒」と叫んだ声も、とても叫んだとは言えない声量で、囁いたよりはちょっと大きい程度、声もかすれ、とにかく家族、といってもわが家には母しかいませんが、その母に泥棒がいることを伝えなければと必死でした。
しかし、必死になればなるほど声は出ず、とにかく母だけでなく、近所の家にも声が届いてくれないかと、あたしは精一杯の大声で「泥棒」と叫ぼうと奮闘しました。
次の瞬間、あたしの目が覚めたのと、「お前、どうしたの?」と母から声をかけられたのがほぼ同時でした。
今朝になって母に聞いたところ、あたしがとにかく大きな声を出していたとのこと。近所中に聞こえるくらいの声だったとそうです。母は、寝言ではなく、あたしが突然夜中に具合が悪くなって唸っている、苦しんでいるのではないかと思ったようです。
夢の中では声が出なかったのですが、実際にはとんでもなく大きな声が出ていたようです(汗)。
今日の配本(18/07/09)

物語の枠を超えて……?

ある小説の続編が発売されるというのはよくあることです。続編はおろか遠大なシリーズになっているものすら珍しくはありません。あるいは、ある登場人物がその作家の別の作品にも登場するということもしばしばあることです。
しかし、別な作家の作品に同じ登場人物が出現することってあるのでしょうか? もちろん誰もが知っている歴史上の人物ならそういうこともあるでしょう。しかし、そうではなく、ある作家が作品の中で造型した人物が別の作家の作品の中に出てくるというパターンです。
もちろん、小説の数など数え切れないほどありますから、似たような登場人物なんていくらでも出てくるでしょうし、小説家だって人の子ですから、他の作家の作品に影響を受けることだって十二分にありえます。ですから、これは全くあたしが感じただけにすぎない感想なのですが……
さて、お陰様で新刊『十三の物語』が好調なミルハウザー。そのミルハウザーの『バーナム博物館』の中の一編「幻影師アイゼンハイム」が映画化されていたのを覚えていらっしゃるでしょうか? 書籍の方は残念ながら現在ほぼ品切れで、どうしてもお読みになりたい方は店頭で見かけた時に買っておかれることをオススメします。まだ在庫している書店は探せばあると思います。
それはさておき「幻影師アイゼンハイム」はその名の通り、手品師と言いますか、昨今ならマジシャンとかイリュージョニストなどと呼ばれる男の話で、舞台は19世紀末のウイーンです。
映画と小説とでは、ストーリーが多少異なっているようですが、なかなかミステリアスな作品で、果たしてアイゼンハイムは種も仕掛けもある手品を見せていただけなのか、それとも悪魔と契約し本当の超能力を操っていたのか。そこのところが作品の魅力の一つだと思います。
そして、アイゼンハイムは忽然と舞台から姿を消してしまいます。彼はどこへ行ってしまったのか。映画では牧歌的な結末になっているようですが、あたしは消えてしまったアイゼンハイムを、数十年後の台北で見かけました。
そうです、『歩道橋の魔術師』という作品の中にです。この作品の中では建物を繋ぐ歩道橋(日本で日常的に目にする歩道橋ではなく、やや貧弱なペデストリアンデッキをイメージしていただけるとよいかと思います)で道行く人に手品を見せている男が登場します。普段はごくごくありきたりな手品を見せているのですが、ありえないようなマジックを子どもたちに見せることが時々あります。
それが幼心ゆえの幻想なのか、本当に超能力を使ったものなのか、本作でも実ははっきりしません。そのあたりの加減が「幻影師アイゼンハイム」とよく似ているのです。台北の魔術師は正体がわからないままです。主人公が大人になってから当時の思い出を集めるというスタイルの作品ですが、その時点で幼いころに見た魔術師がどうなったのか、どうしているのか、知っている者は誰もいませんし、当時においてすら、そんな魔術師がいたことを記憶している人は多くはないようでした。
19世紀末のアイゼンハイムだとしたら、当然、生身の人間が生き続けられる時間の隔たりではありえません。だからこそ、幻影師、魔術師と呼ばれる所以なのだと思いますが……





