今日の配本(14/03/06)
今月のおすすめ本[3月]
世界の同志よ、ペンを執れ!
昨日に引き続き、『逃亡派』から。
ヤスミンは感じのよいイスラム教徒だ。かつてふたりで、夜どおしおしゃべりした。彼女はわたしにあるプロジェクトについて語った。それは、自分の国の国民がみな本を書くようしむけること。彼女は言った。本を書くのに必要なのは、仕事のあとの、ほんのすこしの自由な時間。パソコンさえ、かならずしもいらない。勇気を出してやってみる価値はある。ベストセラーも夢じゃない。そうなれば、社会的にひろく知られて、書いた努力も報われる。ヤスミンは、これは貧しさから抜けだすもっともよい方法だと言った。そして、ただしみんながおたがいの本を読みあえばの話だけど、とため息をついた。
読書を、親しいひとに対する兄弟姉妹の義務とするなんて、わたしはすごく気に入った。(P.74)
なんか、とっても面白そう! あたしもペンを執ろうかしら?
どこにでもいる、どこにもいない
このところは毎晩寝る前に、エクス・リブリスの新刊『逃亡派』を読んでいます。
なんとも一言では言い表わせない作品です。基本は短編集なのですが、それぞれの話が繋がっているような、いないような、いきなりテイストの異なる作品に変わったり……。前作『昼の家、夜の家』を読んでいないので、これが著者の持ち味なのか否か、なんとも判断できません。
が、そんな中、とても光る文章が散見されますので、まだ読み終わってはいませんが、ご紹介いたします。
彼女はわたしに時間についての講義を始めた。彼女が言うには、定住し農耕する民族は、循環する時間を好む。そこではあらゆる事象が、かならず初めに戻る。胚にかえる。そして、成熟と死のおなじプロセスをくりかえす。いっぽう、移動を常とする遊牧民や商人たちは、自分たちのため、旅にもっとふさわしい、べつの時間を考えなくてはならなかった。それが線的時間で、こっちのほうがずっと便利だ。なぜならこれは、目的までの達成度や、成長の割合をはかるから。一秒はそれぞれちがう一秒であって、けっしてくりかえされたりしない。つまり、リスクだって、精一杯生きる望みだって、ほんの一秒も無駄にしないで、それを受けとめる。でもじっさいのところ、これはつらい発見だ。推移した時間がもとに戻らないとすれば、喪失と哀悼は日常になる。だから、こういう人びとの口からは、「むなしい」とか「尽きた」とか、その種のことばは聞かれない。(P.53、「どこにでもいる、どこにもいない」より)
なかなか考えさせる文章です。哲学的とも言えるのではないでしょうか?
これにつづく「空港」という作品もなかなか面白いです。そして61頁からの「臆病者の列車」はとっても不思議な作品です。そんな列車、ちょっと乗ってみたくなります。
橋本愛は美少女か?
WOWOWの2月のプログラムには橋本愛特集があり、彼女の出演作品を集中的にオンエアしておりました。「アバター」「アナザー
」「さよならドビュッシー
」などが放送されました。
で、とりあえず最初の二作を鑑賞。
「アバター」は、うーん、原作はどうなのか知りませんが、こんなことにはまり込んでしまうのでしょうか、今どきの高校生って。それが最初の感想です。ただ、かなり極端な事例かもしれませんが、もう少し現実よりの事柄で考えてみれば、こういうことってあるんだろうなあ、とも思えます。スクールカーストがかなり極端な形で現実化した世界と考えればよいのでしょう。
ただ、やはり設定が荒唐無稽すぎるので、橋本愛の演技がどうなのか、わかりません。少なくとも、ああいうふうに大勢の前で声を張り上げ演説を行なうようなキャラクターは似合わないな、と思います。もう少し、気持ちのドロドロとしたところを描いてくれればよかったのに、と少々残念です。
「アナザー」はもう少しミステリアスな橋本愛が堪能できます。こちらの方が美少女ぶりを遺憾なく発揮していると思いますが、途中からは割と普通の女子生徒になってしまっていました。内容を簡単に紹介しますと、主人公の男子が東京から橋本愛のいる田舎の中学に転校してきます。新しい学校に登校すると、橋本愛はクラスメートのはずなのに、クラスメートは彼女をいないものとして扱っています。それは担任の先生も同じです。
ここであたしは、橋本愛は主人子にしか見えない霊的存在なのかと思ったのですが、それはすぐに種明かしがされますが、つまりはこの学校の奇怪なルールなのです。橋本愛は霊でもなんでもなく、現実のクラスメートです。過去に起こった忌まわしい出来事以来、この中学ではクラスメートの一人を「いない」ものとして扱い、それによって怪奇現象(生徒や家族が次々に不可解な死を遂げる)を防ごうとしていたというのです。そんなルールを知らずに橋本愛に話しかけてしまった主人公のせいで不審死が始まり、なんとかそれを食い止めようと主人公と橋本愛が尽力するというストーリー。
ネタばらしをすると、この学校のこのクラスには毎年必ず死者が一人混じっている、死者は生者の記憶を書き換え、さも存在しているかのように振る舞っています。この生者の中に紛れ込んだ死者をもう一度殺せば、不審死の連鎖は止められるというのが解決策。この時、紛れ込んでいた死者というのが主人公のおばさん(死んだ母親の妹)であり、クラスの副担任をしている加藤あいだったとは、ちょっとありがちでもあり、意表を突いていた感じもしました。
最後にもう一度振り出しに戻る的なラストはこの手のホラーのお約束ですが、そもそもなんでこのクラスに死者が一人混じるのかはまるっきり明らかにされずじまい、せめてヒントくらいは与えてくれてもよいのでは、と思います。
というわけで、橋本愛です。「あまちゃん」でもそうでしたが、この子はやはり能年玲奈の天真爛漫に対し、ちょっと影のある役どころの方がはまりますね。もちろん能年玲奈も、あたし的には「動物の狩り方」のようなミステリアスな美少女がとてつもなく魅力的だったりしますし、橋本愛だって、NHKドラマ「ハードナッツ!」の時のように、ちょっととぼけたコミカルな魅力もあるのですが、やはり基本はクールビューティ路線ではないかな、と感じます。
で、「アナザー」を見ていると、やはりこの子は基本的に美少女なんだなと改めて認識しました。
自伝と《反》自伝のあいだ
接続過剰?(「しゃべりすぎてはいけない」を承けて)
何が欲しい?
『私の欲しいものリスト』読了。本国では映画も公開されているとか。大人の苦い味わいの作品になっているのではないでしょうか?
ネタバレ的に書いてしまいますと、主人公は40代後半のごくごく平凡な主婦です。若い頃から手伝っていた手芸店をそのまま引き継ぎ、その傍ら、自分の手芸作品などをブログに書いていたら、それが多くの女性の支持を集める人気サイトになっていて、雑誌の取材を受けるようになります。そんな彼女が近所の友達に勧められるまま宝くじを買ったところ、それが高額賞金を当ててしまいます。
さて、このお金をどうするか。夫にも打ち明けず、一人悶々と悩む主人公。ノートに自分の欲しいものややりたいことを書き出します。それらすべて、このお金があればかなうわけですが、主人公は逡巡します。当選金額が描かれた小切手をクローゼットの中に隠し、何事もなかったように日々を過ごし、時々小切手を取り出してはため息をつく。そんなある日、夫が仕事の研修と称して出張に出かけますが、その留守中、小切手がなくなっていることに気づきます。夫が持ち出したことは明らか。出張先に連絡を入れるも、そのような人は来ていない、そもそも研修などやっていないと言われてしまいます。
で、ここまではフランスだろうと日本だろうとありがちなストーリーです。夫は小切手を持ち出したはよいが、贅沢なことをしてみても心の空虚がますます広がるばかり。そして妻に対する裏切り行為の代償が重くのしかかってきます。妻も平凡で幸せだった生活が崩壊し、手芸店を譲渡し旅に出ます。たぶん、日本の小説であれば、子供を鎹に夫婦をもう一度お互いを認め許し合い、温かな家庭を取り戻すという結末が予想されますが、そこはフランス小説です。そうはなりません。
夫は酒浸りとなり、妻への罪の意識にさいなまれつつ、ぼろ雑巾のようになって寂しい最期を迎えます。妻は旅先で知り合った男性と新しい恋を始め、これからの生活を考えます。なんとたくましい女性でしょう、と思わされます。日本だったらこうはならないな、と思います。それにこの夫婦の危機に二人の子供はまるっきり役割を演じることなく終わります。「子は鎹」というのは日本だけのものなのでしょうか?
こういう終わり方が幸せなのかどうか、日本人であるあたしには断言できません。あたしのように感じる日本人は多いのではないかと思います。ただ、こういう生き方もあるのか、というふうに納得できるところも多々ありますし、お金で幸せは買えるのか、手に入れられるのかという命題は日本もフランスも変わらない気がします。
そして、そういうことよりも、こういう結末に行き着くというのがフランス小説としては普通なのだとしたら、このようなフランス人的人生を知ることができるという意味で、この小説を読む愉しみ、異文化を知るという意味での海外小説の味わい方が堪能できる作品ではないでしょうか?