再上演、二つめ! そして映画化

少し前に、乃木坂46の生田絵梨花が舞台「キレイ」のヒロインを演じるということを、このダイアリーに書きました。

上演は今年の12月で、場所は渋谷のシアターコクーンです。この作品の書籍版『キレイ 神様と待ち合わせした女』は、あたしの勤務先から刊行されています。再演を機に、また売れるのではないかと思いますが、乃木坂46ファンのあたしとしては、いくちゃんの写真を帯に使いたいところですが、無理ですかね?

 

と、そんな再演情報に続いてもう一つ、こんどは乃木坂46の卒業生、能條愛未が舞台「グッドバイ」に出演するそうです。こちらは来年1月から再演ですが、東京以外に全国数か所でも上演されるようです。そして、この舞台の書籍版『グッドバイ』も、あたしの勤務先から刊行されているものです。

なお、この「グッドバイ」は映画化もされたそうで、大泉洋と恋池栄子のW主演だそうです。さすがに映画には、乃木坂46メンバーは出ていませんね。

13.5万か、14万か?

朝日新聞土曜日の別刷beの紙面で大きく韓国文学の特集が組まれていました。現在の書店、文芸書コーナーでの韓国文学の隆盛を見れば記事になるのももっともだと思います。

ひところは『82年生まれ、キム・ジヨン』に代表されるような、韓国文学と言えばフェミニズムという紹介のされ方が多かったような気もしますが、ここへ来てフェミニズムとは異なる傾向の作品も増えてきて、そういう現状を踏まえての記事になっていますね。

それに、なんといっても現在の日韓関係の冷え込み、旅行者の数にまで影響が出ているとなると穏やかではありませんが、だからこそ文学作品を読んで相互理解の一助にしようという出版社や書店の心意気の表われなのではないかと思います。

ちなみに、書影入りで紙面に取り上げられている書籍の中では『少年が来る』と『春の宵』以外はすべて読みました。

読んだものの中では『娘について』と『モンスーン』が気に入っています。

その『モンスーン』ですが、UCクレジットの会員向け情報誌『てんとう虫』の最新号で、蜂飼耳さんが取り上げてくれています。

朝日新聞の記事にも書かれていますが、最近の韓国文学はセウォル号事件の影響抜きには語れないところがあるようで、個人的には、読んでいると「喪失」とか「日常の些細な躓き」といったことがテーマになっている作品が目立つなあ、と感じます。日本人にも通じる心象なのでしょうね。

ちなみに、beの記事では『82年生まれ、キム・ジヨン』は13.5万部と書かれていましたが、朝日新聞本紙の中の筑摩書房の広告では14万部となっていました。たった0.5万部じゃないか、と言われるかも知れませんが、つまりは5000部です。海外文学の世界ではこの数字はかなり大きな数字です。記事をまとめた後も売れ続けているということなんですね。

願わくは、このブームが一過性のもので終わらず、ブームとしてはいずれ落ち着くとしても、一つのジャンルとして日本に定着しますように!

きちんとした評伝を読みたい方にはこちら!

以前『帰ってきたヒトラー()』という小説がヒットし、映画にもなりました。

内容は(あたし、小説は未読、映画も未見)、現代にヒトラーがタイムスリップして現われ、いろいろと周囲を騒動に巻き込んでしまう、というものだったと思います。アイデアと言いますか、着想としては取り立てて奇抜なものではなく、古今東西の映画で使い古されたものだと思いますが、これだけ話題になりヒットしたのは、ヒトラーを主人公にしたという点もそうですが、やはり作品として優れていたのでしょう。

それに味を占めたのか、こんどはムッソリーニだそうです。

映画「帰ってきたムッソリーニ」が公開だそうです。

見事にパクった邦題ですね。原題もそうなのでしょうか? こちらの内容も現代にムッソリーニが現われて騒動を巻き起こすという、ヒトラーと同じようなストーリーのようです。まさしく二番煎じです。レーニンやスターリン、チャーチルでもこういった設定の映画ってあったでしょうかね? 「毛沢東が現代中国に現われて……」という映画なら作られそうな気がしますけど。

それはともかく、ムッソリーニって名前だけは聞くけど、日本ではヒトラーほど知られているわけではないですよね?

ということで、ムッソリーについて知りたい方にはこちらをお薦めいたします。

 

少しボリューミーですが、本格的なムッソリーニの評伝です。この機会に如何でしょうか?

8%か、10%か? その差は大きい?

金子兜太戦後俳句日記 第二巻』の見本出しが本日です。全3巻を半年に一巻ずつ刊行の予定でしたが、第二巻は一か月ほど遅れてしまいました。

その結果、なんと消費税アップぎりぎりの刊行となってしまいました。配本予定が27日ですので、都内の大型店ですと28日には店頭に並ぶと思いますが、東京から遠い地方のお店ですと30日に並ぶのかどうか微妙なところです。

30日に買えないと、消費税が10%に上がってしまいます。本体価格9200円の書籍ですから、8%ですと辛うじて一万円札でおつりが来ますが、10%になると一万円を超えてしまいます。

こういった本を買う人ならこれくらいの差は気にしないのか、あるいは大いに気になるのか。どうなのでしょうかね?

掃除婦って何だろう?

寝しなに『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』を一、二編ずつ読んでいます。なんとなく、かつて読んだことがあるような気がする文章です。でも、それが何だか思い出せません。

ところで、「掃除婦」って何でしょうね?

いわゆる企業などでゴミ箱のゴミを捨てておいてくれたりする「お掃除のおばちゃん」のような気もするのですが、本書を読んでいるとそうではなく、むしろ家政婦という感じがします。アメリカにだって、いわゆる家政婦っていうのは存在しますよね? あえて掃除婦と言っている著者の意志は奈辺にあるのでしょう? そんなことを思ったりしながら読んでます。

とはいえ、本書所収の各短篇の主人公は全部が全部同じ人物として描かれているわけではないようですし、掃除婦というわけでもない時もあります。やはり著者自身のことだろうなあと思いながら読んでいますが、その変幻自在なふるまいというか、たたずまいはおかしくもあり、したたかでもあり、生きることに対する力強さを感じます。

やってしまった、これでいったい何本目?

この夏は日傘デビューをしたのですが、その晴雨兼用の折り畳み傘の骨が折れてしまいました。

あたし、昔っからこうなんです。

折り畳み傘を使って畳む時に、どうも雑というのか乱暴というのか、骨を曲げてしまったりしてしまいます。畳んだり広げたりする時にも、なんとなく骨同士が引っかかってうまくいかない時があり、たぶん、そういう時に強引にやってしまうのでしょう、だから骨が折れたり曲がったりするのだと思います。

今回の折り畳み傘は、たぶん5回くらいしか使っていませんが、まあ、だいたいこんなものです。何年か前のことですが、一年で折り畳み傘を3本ダメにしたことがあります。

もうあたしは折り畳み傘を使う資格がないのでしょうか?

併売と言うよりもペア販売?

本日見本出しの新刊『エリ・ヴィーゼルの教室から』は週明けの配本になります。来週半ばには店頭に並び始めることと思います。

 

タイトルを見れば一目瞭然ですが、是非ともみすず書房の『』と一緒に並べていただきますよう、よろしくお願いします。

「一緒に並べて」と言えば、既に並んでいるかと思いますが、作品社の新刊『戦下の淡き光』があれば、こちらも忘れないでください。

 

こちらは同じ著者の『ビリー・ザ・キッド全仕事』がございます。

韓国併合ではなく日本併合の可能性は?

このところの日韓関係のニュースではしばしば歴史を振り返って日本による朝鮮統治について触れているものがあります。日韓併合なのか、韓国併合と呼ぶのが正しいのか、あたしには正確なところはわかりませんが、日本が朝鮮半島を領土化、属国化したことは間違いないでしょう。

その是非だとか、歴史的な経緯とかはおくとして、ふと思ったのは、二千年近い日本と韓国の関係において朝鮮側が日本を侵略する可能性というのはなかったのだろうか、ということです。

朝鮮半島から渡ってきた人が渡来人などと呼ばれていた時代は、まだ日本も国家として生まれたばかりですから、朝鮮人から見たときに「東の海の彼方にある、まだまだ発展途上国」という認識だったと思います。しかし、白村江の戦いのころからは朝鮮半島に軍隊を送るまでになっていたわけですから、それなりに対抗勢力として意識されていたのではないかと思います。

となると、朝鮮にとって正面は中国側だと思いますが、後顧の憂いをなくすためにも日本を支配下に置いておいた方が安心して中国に対峙できますよね。なんで朝鮮は日本を自分の勢力下に置こうとしなかったのでしょうか。それとも、あたしがそういう歴史事実を知らないだけなのでしょうか?

朝鮮から見て、中国とは比較にはなりませんが日本はそれなりに大きな国です。日本を侵略するとなるとそれなりの準備や国力の充実、そして武力が必要になるので、そこまでの力を蓄える余裕が歴史的になかったというだけなのでしょうか?

コンプリートしてるつもり?

李琴峰さんの『五つ数えれば三日月が』読了。

今回の作品は中篇二つ。どちらも舞台は日本で主人公は台湾出身の女性、日本語を勉強して日本にやってきて、日本で暮らしているという設定です。

前作の『独り舞』は、同性愛がもっと前面に出ていて、非常に興味深かったところもあれば、人によっては理解に苦しむところもあったのではないかと思います。頭ではわかっていても、なかなか同性愛への理解って広がっていないですから。

それに対して本作は、同性は後景に退き、うっすらと感じられる(あくまで、あたしには、ですが……)作品になっていました。そういう意味では読みやすいし、作品世界に入って行きやすいとも思います。あたしなりの感想を言ってしまえば、主人公の抱いている感情は同性愛なのか否か、それすら主人公はつかみかねているように感じられました。

同性愛という孤独、異郷に暮らすという孤独、その両者が相俟って近しい誰かにすがりたくなるのかな、それが果たして友情なのか、愛情なのか、淡い恋なのか、あたしにもよくわかりませんが、いずれにせよ主人公はこの後どのような一歩を踏み出したのか、その後が気になる作品です。

李琴峰山の単行本はまだこの二冊だと思いますのでコンプリートしていますが、実はつい先日『黒い豚の毛、白い豚の毛』を読み終えた閻連科さんも、邦訳作品はコンプリートしています。写真は、わが書架の閻連科コーナーです。

雑誌などで発表された邦訳はわかりませんが、単行本としてはこれですべて揃っていると思います。あえて瑕疵を指摘するのであれば閻連科作品も収録しているアンソロジー『作家たちの愚かしくも愛すべき中国』が未読、未所持であるという点でしょうか。

あたし自身は、決して作家を追うという読書ではなく、広く雑多に読みまくるタイプです。ただ、気に入ると他の作品も読んでみたくなるのは人情でしょう。一般にはどうなのでしょう? やはり作家を追うという読書スタイルの人が多いのでしょうか?

ねにもつ? 気になる?

朝、新聞を広げて驚きました。なんと、天声人語に岸本佐知子さんの『ねにもつタイプ』が載っているではないですか!

岸本さんなりのこだわりが満載の同書、とても面白く読んだ記憶が蘇ってきます。ちなみに、同書は筑摩書房の刊行物ですが、あたしの勤務先からも岸本さんの『気になる部分』という、これもまた抱腹絶倒の一冊が出ておりますので、ご興味のある方は是非どうぞ。

そんな朝日新聞の同曜日といえば読書欄です。

今回一番目を惹かれたのは閻連科さんのインタビュー記事です。少し前に『黒い豚の毛、白い豚の毛』が出たばかりの閻連科さん。これまで出ている、いわゆる発禁本とは異なる味わいの作品が多いかな、という読後感です。

あたしとしては、そんな中の一篇「奴児」が傑作だと思いました。これまたあたしの勤務先の刊行物ですが、閻連科さんの『年月日』に通じる味わいがあります。農民と動物という物語の骨子も共通しています。

河出書房新社のことですから『黒い豚の毛、白い豚の毛』はそのままいずれ河出文庫にするのかもしれませんが、個人的には『年月日』と「奴児」を併せて文庫化して欲しいなあと思います。