今日の配本(13/01/24)
今日の配本(13/01/23)
今日の配本(13/01/22)
あぽやん
先週から始まったTBS系ドラマ「あぽやん」を見ました。
なんてったって、あたしの大好きな桐谷美玲ちゃんが出ていますから見ないわけがありません。それに見てみたら、これまたあたしの好きな女優さんの一人、中村ゆりちゃんも出ているではないですか! あの透明感、いいですね。
それはそうと、この第一回の中で、あたしにはとても印象的なシーンがありました。主人公の伊藤淳史と桐谷美玲ちゃんが初めて出会う場面です。ぶつかって美玲ちゃんの鏡を割ってしまう伊藤淳史ですが、その時の美玲ちゃんは出勤時なので私服です。髪も下ろしています。そしてしばらくたったシーン。配属となり、スタッフに紹介される伊藤淳史が再び美玲ちゃんと顔を合わせるシーンです。
その時の美玲ちゃんは制服を着て、髪はひっつめた感じと言ってわかっていただけるでしょうか?
美玲ちゃんの顔を見た伊藤淳史は思わず「あっ」と声をあげますが、これが疑問です。
服装も全然違う、髪形も全く異なるのに、すぐわかるものでしょうか? いや、直前に逢っているでしょうと言われそうですが、そうはいっても、これだけかわってしまったら同一人物だと認識できないのではないでしょうか? あたしなら確実に認識できません。自信があります。
そんなシーンが非常に印象に残っています。
こんな街の賑わいが苦手
Facebookにも書きましたように、昨晩はとなる書店員さん(女子!)の結婚披露パーティーがありまして、夕方から外出しました。若干頭が痛かったのは昼過ぎに風邪薬を飲んだので徐々に和らぎましたが、朝からお腹の調子がよくなくて、そちらの方が心配でした。なので、立食パーティーではありましたが、食事は一切せず、乾杯のビールを一杯いただいただけにしておきました。
さて、会場は池袋サンシャインシティの水族館、こういう場所でこんなパーティーを開くことができるなんて知りませんでした。食事込みでいったいいくらくらいするのでしょうね? 上述のようにお腹の調子が悪かったので食事は楽しめませんでしたが、水族館の動物たちは楽しめました。この水族館には初めて来ましたが、そもそも水族館なんて、何年ぶりでしょうか? いや、そもそも生まれてこの方、水族館って来たことがあるのか、そこからして記憶が定かではありません。動物園ならまだしも、水族館は何十年ぶりになると思います。
さて、版のパーティーでしたから自宅を出たのは5時すぎでした。休みの日に、こんな時間から外出するなんていうのは何年ぶりでしょうか? 基本的に外出は早々と済ませ、特に日の短い冬ですから、寒くならないうちに帰宅するのがパターンで、わざわざ暗くなってから出かけるなんて、いつものあたしからすれば、ほとんど狂気の沙汰です。
わが家からですと中央線で新宿経由、山手線あるいは埼京線で池袋というルートになります。土曜の晩の新宿や池袋って、やはり人が多いですね。全員が全員とは言いませんが、だいたいが二人連れだったりします。夫婦、恋人同士もたくさんいますが、友達同士というのも多いです。仲よさそうにワイワイと楽しげに週末の夜を過ごしている姿は、どうも馴染めません。
昔から友達がほとんどいなくて、従って、休みの日に友達と出かけるなんてことを、ほとんど全くしたことがないあたしには、休みの日の寒空にわざわざ街へ出かけてくるなんて理解できません。なんか街にあふれるそういう人たちを見ていると、心が荒むと言いますか、荒れてくると言いますか、ささくれ立ってきてしまいます。一年後や数年後、否、半年後に、まだその相手と楽しい関係が続いているかどうかもわからないのに、どうしてそんな刹那的な快楽に溺れることができるのでしょう?
金曜の晩や土曜の晩は特に享楽的な空気が繁華街には充溢するので、そういったものが苦手なあたしは出来るだけ近づかないようにしてきました。苦手と言うよりもそういったものに縁がないと言った方がより正確かもしれません。いずれにせよ、今回みたいな、出かけなければならない用事でもない限り、わざわざ外出するなんてことはありえないわけで、目的地へ向かう途上、徐々に心にトゲが生えてくるのがわかる、そんな晩でした。
幸せな二人の門出を祝福しなければならないはずが、向かう途中で既に心に悪魔が棲みついてしまっていました。
通過しそうな勢い
ふだん乗っている東京の大動脈、JR中央線。いま「大動脈」と書きましたが、恐らく山手線と双璧をなす、東京で最も大切な路線でしょう。基本的に10両編成で走っていて、あたしは通勤にはほぼ中程の車両に乗っています。ところが、このたび、たまたま前の方の車両に乗る機会がありました。
それがどうした、と言われそうですが、これはこれで新鮮な驚きでした。
何に驚いたのか。
それは駅に着くたびに感じました。
列車のスピードです。
いつも乗っている当たりの車両ですと、ホームに滑り込んだ時、いかにも駅に停まるな、というくらい減速しています。もう何年も毎日のようにその車両に乗り慣れているので、だいたい駅に着く時のスピードもわかっているつもりです。
ところが、前の方の車両ですと、駅のホームに滑り込んでいく時のスピードがかなり速いのです。「えっ、こんなスピードで入線して、停まれるの? もしかして、この駅、通過?」と思えるような速度でした。
まあ、考えてみますと、10両ある電車の前の方と中程では、駅のホームに入ってきた時のスピードが違うのは当然のことで、頭で考えればすぐに理解できることです。でも、やはりふだん乗り慣れてしまっていると、こういうとっさの時に、頭で考えるよりも先に体が感じてしまっていると、対応できないものです。
たぶん、こんどは電車の後ろの方に乗ったら、また違った感覚を味わえるのでしょう。
今日の配本(13/01/18)
自動発注
不景気なので書店も人が減っているのはこの数年来の傾向です。大手書店も街の小さな書店も同じです。どこも数年前に比べ、ずいぶんと人が減りました。もちろん出版社も減っています。出版社の人数が減ると、営業に外へ出る人の人数が減り、そうなると一人当たりの担当する書店の数が増え、その結果、書店を訪問する頻度が少なくなります。数年前までは一ヶ月一度は顔を出していた書店に、一ヶ月半に一度、あるいは二ヶ月一度しか行けなくなります。地方出張も以前なら年に6回行っていたのに現在は3回になった、あるいは地方や県、都市によっては数年に一度行けばよい方、という事態も生じています。
話は戻って書店の場合、出版社の立場から見ますと、以前ならレジはバイトが担当し、棚担当(たいていは正社員や準社員)の人は自分の担当する棚のあたりで書棚をいじくっていることが多かったものです。そこへお邪魔して、並んでいる本を眺めながら、ああでもないこうでもない、こうしようかああしようか、と話に花が咲いたものです。
それが最近は、棚担当の人がレジに入っていることが多くなりました。お客様あっての商売ですから、レジの仕事を投げ出して我々出版社の営業と話し込むわけにはいきません。それでも、比較的空いている時であれば(レジに何人も張り付いていなくても済むような時には)、レジからちょっと出てきて話をすることもできますし、そうしてくれる書店員の方も大勢いらっしゃいます。ただ、年々、そういうケースは減り、レジから出られない、ということが増えているようです。
書店の仕事はレジだけではなく、入ってきた本を棚に入れる、要らない本を棚から抜くという作業があり、本来、書店員の仕事のメインはこれだと思いますし、何をどこに入れ、何を抜くかが書店員の棚作り、腕の見せどころだと思います。結果的にこの時間が減ってしまい腕も見せることもなく、とにかく本を空いているところに差し込むだけ、という事態になっている書店も多々あるようで、バイトにやらせているお店も見受けられます。
そうなると、新刊は入ってきているけれど、本来棚に置いておくべき商品が抜けてしまっていても気づかない、ということになります。気の利いたベテランのアルバイトなら十分社員のフォローもできるでしょうけれど、そうでなければ、棚はどんどん荒れ放題です。
この状況を少しでも効率化しようという試みの一つに自動発注という仕組みがあります。商品が売れると、その記録が取次に転送され、取次の倉庫から自動的に補充されるという仕組みです。取次の倉庫になければ出版社に注文が来るわけです。うん、これは便利、これなら売れてから入荷するまでの数日の空きはできてしまうけど、棚のラインナップは自動的に維持されます。
と思いたいところですが、そうは問屋が卸さないのです。
書店を回っていて棚を見ると、自分のところの基本的な本が抜けているお店がよくあります。お店の方に指摘すると、対応はだいたい4パターンです。「あ、では補充してください」「いま、自動発注で回っています」「もう棚に入らないのでいいです」「売れないからいいです」というもの。最後の返答の場合、返品したのでもない限り、売れたから棚にないわけで、そういう本は棚に置かれるべき商品であり、「売れない」という返答がそもそもおかしなものだと思います。そして、こういう返答をされると、こちらとしては営業する気力が萎えます。
「棚に入らない」というのは、書店によって判断は異なるでしょうけど、棚に置くべき、揃えるべき銘柄の選択は正しいのか、そこが問題です。たとえば語学書の場合、あたしの勤務先は主として英語以外の語学を出していますが、うちとしてはどんなに売れていると主張しても、その語学はその店では扱っていないのであれば仕方ありません。昨今は中国語や韓国語が売れているのが全般的な傾向ですが(尖閣・竹島以降、ちょっと変わった?)、お店によっては中韓はさっぱりでフランス語やイタリア語が売れるというところもあります。
で、実は一番の食わせ物が二番目の「自動発注」で、次に行った時にはきちんと補充されているお店も多いのですが、補充されていないお店もやはりそれなりにあります。もしかすると、その間にちゃんと入ってきたけれどまた売れてしまったのかもしれませんが、そうかどうかはお店の雰囲気や店員さんの様子を見ればだいたいわかります。そもそも、そんなに売れる本なら一冊ではなく常に二冊棚に置いておいた方が、売り逃しがなくなるというものです。
それでも、出版社の営業としては「自動発注で回しています」と言われてしまうと、相当仲のよい書店員さんではないと、次の効果的な一手が打てません。それに仲良しの書店員さんなら自動発注で回しているなんて言い方はしないものです。
この自動発注という言葉、この五年から十年くらいの間に急送に使われるようになった気がします。それにはもちろん出版流通の改革、効率化という事態があったからですが、効率化はともかく、果たして状況は「改善」されているのでしょうか?
新聞の読書欄のこと
この前の日曜日は、あっちこっちの新聞の書評欄で、あたしの勤務先の書籍が取り上げられ、注文も増えました。でない時はパッタリ出ないこともあるのに、出る時はこうして何紙にも同時に出てしまうとは……
で、次回は朝日と読売で出ることが既に予告されております。
何紙にも書評が出るということは、いろいろな本を出しているから、という点もありますが、ある本ばかりがあっちにもこっちにも出るということもあります。それだけ評価が高いわけで、こちらとしても嬉しいですが、ただ個人的には、一読者としては、それでは各新聞の個性というものが消えてしまわないだろうか、という気もします。
出版社のたちからすれば、どの新聞にも出るのが一番嬉しいですが、読者からすると、あの新聞が取り上げたならうちは取り上げないぞ、という気概があってもいいのではないか。そんな気がします。