雪かき

たぶん首都圏の交通網が大混乱になったので、全国的に報道されていると思いますが、昨日の東京は大雪でした。ニュース番組で、街頭インタビューを聞いていると「こんな大雪になるとは思わなかった」と言っている人が多かったです。でも、ニュースや天気予報では確かにまとまった雪になることは伝えていました。きちんと確認していなかったあんたが悪いだけだよ、とテレビに向かってあたしはつぶやいていました。

ただ、街の人をあえて弁護するなら、天気予報では確かにまとまった寮の雪になるとは言っていましたが、降り始めは午後、あるいは夕方からという言い方をしていましたので、それを信じて朝から出かけていた人も多かったのではないでしょうか? あるいは東京から地元へ帰ろうと考えていた人とか。

ところが、雪は午前中から降ってきました。都下にあるわが家の方では9時くらいから雪になっていましたし、10時、11時にはもう本格的な雪、これは積もるぞという勢いで、現に積もり始めていました。この時点で出かけていた人も不要不急であれば帰宅するべきだったかもしれません。昼くらいまでならまだ電車も普通に動いていましたから。

さてその雪ですが、ふつう雪が積もっても、少し小降りになったら雪かきなどするものです。あるいは雪がやんだら家の前とか通りの雪かきをするものですが、昨日の場合、雪がやんだのは夕方でした。この時季ですから夕方もあっという間に暗くなってしまいます。とても雪かきなどするような時間はなかったと思います。それに加え、昨日の場合、雪がやんだのではなく、夕方になって雪から雨に変わっただけで、雨が降っていてはとても雪かきなどする気も起きないというものです。

そのせいか、今朝はあまり雪かきが十分できていないところが多かったです。仕方ない面もありますね。

ただ、わが家の近所、どうも一部の家は、雪かきをしようという考えがないようです。今回に限らず、毎年雪が降っても全くやろうとしません。自分の家の前だけでなく、少しはみんなが通るところも雪かきしておこうという親切心のかけらもない人が多いようです。それでもまだ戸建てはよい方です。自分の家の前はやる人がいます。それが繋がっていけば、いちおうは雪かきされた道ができます。

しかしマンション、アパートなどでは誰もやろうとしないところが散見されます。そういうところの住人って、イマドキの常識知らずの若い人が多いのでしょうか? それとも雪かきなどできそうもないお年寄りが多いのでしょうか?

骨壺

またしても、アイドルB級ホラー映画の視聴。今回は「骨壺」です。

AKBやアイドリングのメンバーがメインを張っている映画で、そういう意味ではそれぞれのグループのファンを取り込もうという大人の事情が透けて見える、あざとい映画とも言えます。ちなみに視聴したのは昨日で、いまこのダイアリーを書いている時に、フジテレビで浅見光彦シリーズが再放送されていますが、そのテーマが遺骨、骨壺であるというシンクロが起こっております。

さて話は戻って「骨壺」です。これも原作は山田悠介で、「リアル鬼ごっこ」もそうですが、基本的には謎解きというほどのミステリーや推理ものではなく、ホラーといっても小中学生や怖がりな人なら驚かせることができるだろうというレベルです。ストーリーも、作者は意識的にこういう作品を書いているのでしょうが、かなり荒唐無稽です。

とある惨殺事件で殺された人(女性)の遺骨、と言うより遺灰を食べると呪われて死ぬという都市伝説があり、遺灰を手に入れた主人公の周りで、誤って、あるいは故意に口にした人々が死んでいくというもの。死に方は突然発作が起きて死ぬ、ということですが、必ず死体の一部がなくなっています。それは惨殺された女性のお腹には子供がいて、その女性がせめて子供だけはこの世に生み出させてあげたいという思いを抱いて死んだからであると説明されます。つまり、体のパーツを集めて、もう一つの人間(?)を作り出し、それを自分のお腹の中の子供に見立てるという寸法です。

なんで何人も殺してパーツを集めなければならないのか理解不能ですし、年齢や性別もバラバラな遺体を集めてつなぎ合わせるという無茶なこともしています。何人か人が死んでいき、最後は一連の事件の原因を作ってしまった罪の意識から、主人公も遺灰を飲み、時分が最後のパーツ、頭部の提供者になります。パーツが揃ったところで呪いは消えたのか、いや、そもそもそんなことで呪いが消えるのか、この点は理解できませんし、謎解きもされていません。

そもそもが理解できない設定ですが、せめて呪いの対象は妊娠している女性にのみ向けられる(=嫉妬)とか、赤ん坊ばかりを狙うとかでないと、惨殺された女性の悲哀や悲しみが伝わらないのではないでしょうか? それに、そもそも恨みを抱いて死んだとはいえ、本来恨むべきは自分を惨殺した犯人でしょう。作品中ではその事件は未解決とされています。一連の呪い殺人が真犯人を暴き出す、追い詰めるとか、犯人に復讐するという目的に向かっているわけでもありません。これもまた共感できないところです。

さて、映画だけを見て、原作を読まずに批判してはいけないと思いますが、もしこの作品が山田悠介の原作に忠実なのだとしたら、あまりにもB級作家という気がしてしまいます。もちろん、主たる読者対象たる中学生あたりにターゲットを絞って書いているということを踏まえれば、そういった年頃の子供たちの気持ちを鷲摑みにする、極めて頭のよい作家だとも言えると思います。仕事柄、ヤングアダルト世代の話を聞く機会がしばしばありますが、彼らの好きな作家では山田悠介の名前が頻繁に挙がりますから、やはり作品作りがうまいんだろうなあ、と思うわけです。

今年は……

年明け最初の一週間が大過なく過ぎました。例年と比べて特に変わったことない新年になっています。業界としても明るいとか暗いとか、そういった感じもなく、あえて言うべきことの見つからない年明けという気がします。そんな感度の悪いことでいいのか、という気がしなくもないですが、これが偽らざる気持ちです。

年々、年賀状を減らしているということは既に書いたと思いますが、年が明け出社すると、会社宛の年賀状も多少は届いております。あたしの場合、社外の出版団体の会にも参加しているので、そういうところのメンバーから年賀状がそこそこ届いています。ほぼ例外なく、会社の社用年賀状に名前を書き添えたり、「ことよろ」的な一句を書き添えたりしただけのものばかりですが、皆さん律儀ですね。こういう年賀状を出す方というのは、たぶん会のメンバー全員に出しているのではないでしょうか? そして、ふだん回っている書店の方にも出しているのではないかと思われます。

あたしですか? あたしは全く出しません。出し始めると際限なく増えてしまうことになりますから、一切出しません。こちらから出さないと向こうからも来なくなりますから、あたしはそれでよいと思っています。それではまあ、あんまりだと思われるかもしれませんので、あたしの個人的な年賀状を画像にして出しておきます。

今年はかなりシンプルにしました。だって、この数十年、年末にこの一年を振り返ることもしなければ、年頭に当たって今年の抱負や目標を立てるようなこともしていませんので。あたしの場合、単なるちょっと長めのお休み、今月から来月に変わるだけのこと、というのが、ここ数十年の年末年始です。

年賀状を出さないからといって、あたしは別に声高に虚礼廃止を訴えたいわけではありません。年が明け、会社ではきちんと新年のあいさつを同僚や出入りの業者の方にはしております。それは当然だと思いますし、大事なことだと思っています。書店の場合、タイミングが悪く逢えない方もいましたけど、新年の数日で主だったところにはできるだけ顔を出すようにしていますので(東京以外の書店員さん、ゴメンナサイ)、それをもって換えさせていただいております。

なんでこうなってしまったか。

たぶん20代の後半から30歳目前くらいのころ、そろそろ結婚だよなあと漠然と考えていて、毎年のように「今年は結婚」のような目標を密かに心の中で立てていましたが、ことごとく虚しい結果となり、いつしか無駄なことはやめようという気分になってしまったのだと分析しております。

ちなみに、当時、付き合っていた異性がいたとか、意中の人がいたというわけではありません。20代後半は、痴呆が進んだ父を、母と二人で介護していましたので、それどころではありませんでした。ただ、そういう言い訳を除いたとしても、生まれてこの方、あたしは恋人ができたことがなく、異性とお付き合いしたこともありませんので、当時の新年の目標・抱負というのは、常に画餅であったわけですが(汗)。

たぶん、今年どころか一生このままなのではないかと思います。

ところでお気づきですか? 上掲の年賀状、「癸巳」の「癸」が「葵」になってしまっているのを!

携帯とはいえ

休みの日の恒例行事と呼んでしまっては、あまりにもあたしの日常が哀しいかもしれませんが、とはいえ、寒い日に出かけるのも嫌ですし、自宅でぼんやり映画鑑賞です。

 

携帯彼氏+(プラス)」と「携帯彼女+(プラス)」の2本です。同じ話の違う立場から見た映画なのかと思っていましたが、それぞれ別の作品でした。ホラーと呼ぶにはあまりにも幼稚なストーリーではありますが、確かにイマドキなテーマであり、シチュエーションだとは覆います。

前者は、女子高生の間で流行っているスマホ・アプリ「家庭教師+(プラス)」に、メーカー純正のアプリとは別のアプリが存在し、それは実は死んだ体罰教師の怨念によって生み出されたものであるという趣向。途中、アドレス帳から友達を選ばせる設問があり、それがこのアプリの伝播の仕方となっていて、そんなところはかつての「着信アリ」的な伝染の仕方に思えますが、「自分が次のターゲットを選んでしまった」という罪悪感を抱かせるところがいっそう罪深い気もしました。

最終的には、合わせ鏡で霊の通り道を作り、それによって邪悪な教師の怨念を追い払い、成功したかに見えてまだダメで、3Dで教師が出現する元となっているARカードを燃やしてしまうことで、その教師を退治するというエンディングです。ARカードを使うなんていうのは、さらにイマドキで、ケータイ(ガラケー)ならできない業、やはりスマホでないと成り立たないアイデアですね。

後者は、同じくスマホ・アプリではありますが、こんどは家庭教師ではなく、バーチャルアイドルの育成です。このアプリのすごいところは、自分のスマホで作り出したアイドルがARカードなしでもスマホ越しに見えるところ、そして、このアプリで他人が作ったアイドルも見えるというところでしょうか。端から見るとアイドルオタクの男子たちがウジャウジャいる場面も、そのスマホ越しに見ると男子一人一人にアイドルが付き添っていうように見えるのは、なんとも不思議というか、気持ちの悪い光景です。

このアプリの場合、主人公のゲームオタクの男子生徒と、中学時代の同級生から突然送りつけられたこのアプリのせいでイライラしているイマドキの女子生徒の、アプリの恐怖を通じて芽生えるほのかな恋模様もストーリーの軸ではあります。この女子生徒役は逢沢りなで、男子生徒のアプリの中野アイドル役は荻野可鈴でした。あくまで映画の中に映るイメージでは現実の女子生徒よりも、バーチャルアイドルの方がかわいかったと感じたのはあたしだけでしょうか?

さて、こちらの映画は、アイドルを育成して点数を稼ぐわけですが、要らなくなったアイドルをスカウトに出す(=捨てる)こともできるというのが、なかなかシュールです。ただし24時間いないに別に人にスカウトされないと、元の主人のところに戻ってきて、さらに点数も減点されるという巧妙さです。点数がゼロになるとプレーヤーは皆自分で首にナイフを突き立てるなどして自殺してしまいます。スマホ越しにはアイドルに殺されるのが見えるのですが、世間からは自殺しているようにしか見えないのです。逆に点数がたまってゲームをクリアすると、バーチャルの世界に行ってしまうようです。この男子生徒と女子生徒も意図したわけではなく、バーチャルの世界に迷い込んでしまいますが、なんとか現実世界との通路を見つけ出し(←これも男子生徒が通常のゲームをやりながらつぶやくセリフにヒントが伏線として隠されています)、無事に戻ってくるのですが、別にそのアプリを壊したとか、バーチャルの世界を潰したというわけではありません。あくまで自分たちだけが逃れてきたというだけのことです。

この両作品、ネット発のさくひんなわけで、非常に底の浅いものです。いかにも中高校生の間で流行りそうな、たわいのない噂話、いわゆる都市伝説的な内容です。いつでも身近に置いておけるという意味では「携帯」というタイトルは正しいのですが、携帯電話という意味で使っているのであれば、既に作品の中でも使われているのはスマホですから、時代はどんどん先へ進んでいることを実感させられます。かといって、「スマホ彼氏」「スマホ彼女」では据わりが悪い気もしますし……

日帰りで

昨日は日帰りで大阪へ行って来ました。なんと、日帰りで大阪におでんを食べに行ったのです。

なんて書いてしまうと、なんと贅沢な、と言われそうですが、そうではありません。大阪で行なわれる取次会社の新年会へ参加したのです。今年も多くの書店さん、そして出版社の人が来ていました。たいへんな混みようでした。

せっかくだから営業してこないの、と言われそうですが、確かに出版社によっては数日前から関西へ行っていたり、あるいは数日居残っていたりと、この機会を使って営業回りをしています。でもあたしはこの数年、日帰りしています。

それには理由が二つありまして、まず一つは、そんな風に営業回りをしている出版社の営業マンがたくさんいるので、十分に営業できない可能性が高いからです。そりゃ、いつ営業出張したって、他の出版社の人はいます。それでもできるだけかち合わない方がお互いにやりやすいというもの。それを避ける意味で前後に泊まって営業回りをするのはやめにしています。

理由の二つ目は、ルーチンの出張が2月末か3月上旬にあるので、どうせ近々また来るという思いがあるからです。ひと月半くらいしたらまた来るわけだから、まあ今回はいいか、という感じです。

もちろん、出版社の中にはこの機会に大阪で書店の人と懇親会(飲み会?)を開き、交流を深めている人もたくさんいます。そういうつきあいも大事だとは思いますが、あたし、苦手なので、どうも打ち解けません。

アルバイトは続けられるか?

こんなニュースがありました。

CS2無償化?は「ぬか喜び」 Adobe「ライセンスないとダメ」

つまりは単なる誤報だったようなのですが、別にあたしが飛びついて狂喜乱舞したわけではありません。あたしはCS2、持っていますから。ただ、そこが問題なんです。

実はあたし、アルバイトをしています。会社は許しているのかって? はい、会社公認です。度量のある会社だなあ、なんて思わないでください。どんなアルバイトをしているかと言いますと、地図製作です。語学書の見開きとかに、その言葉が話されている国や地域の簡単な地図が載っていますが、それを製作しているのです。ごくごく簡単な地図ですから、あたしのような素人でも作れます。それでも業者に発注したらかなりの金額になるのでしょうが、あたしの場合は、たぶんそういった相場から見たらかなりの格安で製作しているのです。それがアルバイトです。

この地図製作にアドビのイラストレーターを使っています。バージョンはCS2です。パソコンのOSはWindows Vistaです。なんとかCS2は動作しています。ただ、パソコン自身がそろそろ寿命を迎えつつあるようです。息苦しく動いている時がままあります。

そこで問題なのです。現在のアドビ製品、バージョンはCS6だったと思いますが、あたしはCS2以降、アップグレードしていませんので、既にアップグレード商品は購入できなさそうです。まるっきり一から買わないとなりません。PCを買い換えるとなると、現在ならOSはWindows7かWindows8で、CS2はまず間違いなく動作しないでしょう。アドビ製品を買わざるを得なくなります。

現時点では、なんとかパソコンも動いていますし、CS2で作業に問題はないので大丈夫ですが、早晩パソコンの買い換えになりそうです。パソコンだけなら買えるでしょうけど、そこにさらにアドビ製品となると、ちょっとした散財です。とてもはい、わかりました、買いましょう、というわけにはいきません。

そうなると、アルバイトも続けられませんね。アルバイトが続けられないのは、金銭的には痛いとはいえ、あたしとしてはそれほどの問題ではありません。むしろ、これまで安く地図を作れていた、あたしの勤務先が困るのではないかという気もします。

次善の策として、コーレル社のCorelDRAWを代替品として使えないだろうかと考えています。安いとは言えませんが、アドビの製品よりははるかに安いですし……。

高い!

本日は毎年恒例の取次会社の新春の会でした。

この業界を二分するトーハン日販という二つの取次がございまして、この数年、前者は椿山荘で、後者はパークタワー東京で行なわれています。あたしはこの数年、ずっと椿山荘の方へ出席していたのですが、今年はプリンスへ伺いました。広い宴会場に大勢の人。目眩がしそうです。そうそう、この会場を地下鉄を降りると目の前に東京タワーがあります。つい先日訪れたスカイツリーに比べ、そんなに低いのでしょうか? 東京タワーはやはりこの距離で見れば十分高いと思いますけど……

新春の会。業界の新年会ですが、つまりは立食パーティーです。せっかく来たのだから、何か食べたいではないですか! なにせ今日のあたしは、朝の4時前から目が覚めてしまい、朝の食事をしたのは4時すぎ、15分頃だったでしょうか。ですから、10時からの新春の会が始まった頃にはかれこれ6時間が経過していたわけです。

お腹も空こうというものですが、いろんな人とあいさつを交わしたり、あるいは人を探したりしていると、なかなか料理にはありつけません。かといって、午後からは書店回りをしようと思っていましたので、酒を飲み過ぎるわけにもいかず、結局、乾杯のビールをコップに一杯、それとオレンジジュースをこちらも一杯飲んだだけの会でした。

せっかくのプリンスなのですから、もう少し料理を堪能したかったです(涙)。

 

諦めが肝心?

仕事が始まりました。ずいぶん休んでいたような気がしますが、たぶん「気」ではなく、本当にいつもより休みが長かったのですから、それもそのはずですね。

さて、午前中は取次会社へのあいさつ回り、その後、午後からは新宿の紀伊國屋書店二店舗とブックファーストへ新年のご挨拶がてら訪問。あいさつが主でしたので、とにかく逢えた人、いた方にだけ新年のあいさつをして回りました。思いのほか、他の出版社の人間は来ていなかったなあという気がしますが、もっと早い時間に来ていたのでしょうか?

新宿だけ回ったのは、夕方から会社の新年会があったので帰社しなければならない事情のせいで、明日は少し郊外の書店へあいさつ回りに行こうと思っています。が、午前中は取次会社の新年祝賀の会がありますので、たぶん昼過ぎくらいまではそれに潰れるでしょうから、2時すぎ、3時前に会社を出られればいいところでしょうか?

ところで、本日のめざましテレビの星占い、かに座は「恋のビッグウェーブ到来。本音での会話を心掛けて。」という、かなりよいご託宣。ところが、特にこれという出来事や出逢いもなく、いつもの年初でありました。新しい出逢いも何もありません。

もう今年は恋など諦めるしかないのでしょうか?

さあ、仕事! 新潟から北陸へ

とうとう年末年始休みも終わりです。

いや、もうとっくに働いているよ、という書店員さんをはじめとしたサービス業従事者の声が聞こえてきますが、とりあえず、あたしは明日から仕事です。

仕事が楽しみということはありませんが、気持ちはもう既に出勤モードに入っているのか、今朝は4時すぎに目が覚めました。ふだん会社に行っている時に起きるような時刻です。明日からは仕事だと意識しただけで体は無条件に反応し、目覚ましなどかけなくともきちんと目が覚めてしまう……

単なる年のせいかもしれませんが、それはそれで哀しいものです。

夢も仕事の話でした。

よく事情はわかりませんが新潟へ出張へ出かけていました。向こうで何かの会でもあったのか、見知った出版社の人間も何人かいたような気がします。ただ、肝心の会だとか、書店営業のシーンは夢には全く出てきません。むしろ夢の中で出てきたのは暴力団的な人たちに襲われかかったシーンです。なんで堅気のあたしが暴力団に襲われるのか。夢の中では、あくまで夢の中の話ですが、数年前に廃業したある書店の廃業の裏には暴力団の暗躍があったという噂です。街の小さな書店の閉店に暴力団が絡んでいるというシチュエーション自体が既に支離滅裂な夢の夢たる所以です。

結局ほうほうの体で魔の手から逃れたあたしは新潟から北陸を営業回りしたようです。「したようです」と書いたのは、夢の中では富山、金沢、福井と経巡った感じなのですが、やはりここでも書店に行ったシーンが全く出てこないのです。でも夢の中のあたしは北陸を回って若狭湾沿いに西へ進み、そこから神戸に出たのです。

いや、敦賀とかそのあたりからなら神戸ではなく京都へ出るのが普通でしょ、京都は素通りしても大阪へ向かうでしょ、というのが一般常識でしょうが、なぜかあたしは夢の中では神戸へ向かう列車に乗っています。それも特急や急行ではなく快速です。夢の中では福井か敦賀あたりから、確か9駅か10駅停車しただけで三宮という、とても快速とは思えない快速に乗っていました。駅名は忘れましたが、車内にはっしっかりと停車駅の掲示があり、ご丁寧にもあたしは夢の中で三宮までの停車駅数を数えていましたから。

たぶん伏線になっているのは、数年前の人文会の研修旅行で山陰へ行った折、最後にあたしだけメンバーと別れ、出雲から陸路岡山経由で大阪へ向かったのですが、その時の岡山までのローカル特急の記憶だと思われます。ですから、今回の夢も福井か敦賀あたりから乗っているのですが、夢の中のあたしの意識としては舞鶴とか豊岡あたりから一気に南下して三宮へ向かっている感じなのです。上に10駅ほどでと書きましたが、所要時間も約1時間という、こちらも誠に快速らしくないスピードです。リニアモーターカーでも開通しないととても無理でしょうが、これも夢です。

さらにおかしいのは、夢の中であたしは確かにその快速に乗って三宮に向かっていたのですが、途中から車内のあたしの意識は空に舞い上がり、中空から自分の乗っている列車を眺めていました。ちょうどジオラマの中を走っているNゲージのようです。ただ、ジオラマなどというステキな風景があるわけではなく、消灯時間を過ぎた夜の病院の廊下のようなところにあたしが立っていて、その足下にNゲージのような列車があるのです。あたしがしゃがみ込んで目をこらすと、廊下にレールがうっすらと見えるくらいです。小さい子供がおもちゃの列車を自分で動かして遊ぶように、あたしはその列車を自分の手で押していきました。しばらく進むとレースはエレベーターの中に向かいました。

子供のように、そのまま列車を押しながらエレベーターに乗り込んだあたしは、なぜだか3階のボタンを押しました。そして誰かがエレベーターに乗ってきた時に、電車遊びをしていると思われるのが恥ずかしくて、Nゲージのような列車を慌ててカバンにしまったのでした。案の定、6階で人が乗ってきました。ちなみに、あたしが乗り込んでのは9階でした。6階であたしは思わずエレベーターを降りてしまいました。特に回数を見ていなかったので、てっきり3階に着いたと思ったのでした。その時、6階から乗り込んできた人が6階ですよと声をかけてくれたので、あたしは慌てて回れ右をしてエレベーターに戻りました。

6階で乗ってきた人、顔は見えないのですが、声はあたしの勤務先の人にそっくりでした。あたしは礼を言った後その人に、ここは三宮ですよねと話しかけました。その人は、はい、そうですよ、と答えてくれました。3階についてエレベーターを降りると三宮の駅近くの雑居ビル。駅から伸びるデッキがこのビルの3階で繋がっているのを知っていたので、あたしは3階で降りたわけです。予約していたホテルを探して駅前を歩いているところで目が覚めてしまいましたが、いったいどういう風にこの夢を解釈したらよいのか、まったく理解できません。