また地震

夕方、地震がありましたね。ちょっと大きくて長い地震でした。

あたしはちょうど、とある書店で営業していて、仲の良い書店員さんと話をしているところでした。

最初は店内をドタドタと走っていた数人の高校生のせいかと思いました(←別にその書店が、そんなに安普請の店舗だと思っているわけではありません)。ただ、それにしては長いし揺れも大きいので、「あ、地震だ」と認識した次第です。

書店の人たちは、やはり3・11で棚から本が落ちてきたり棚が倒れたりした記憶が思い起こされるのか、一様に怖がっている感じを受けました。あたしはと言いますと、3・11以前も以降も、別に地震は怖くないです。3・11だってもちろん体験していますが、それほど怖い思いをしていないので、多くの人よりもあの地震が大きかったという印象がないのです。

なんどかブログにも書きましたが、あの日あたしはトーハンの桶川の倉庫にいました。仕事で何度か行ったことはありますが、日常の仕事とはかなり異なりますし、日常仕事をしている環境ともずいぶんと異なる場所であります。つまり、そもそもが非日常的な状況に置かれていたので、地震によって一瞬にして日常が壊れる、という体験をしていないのです。なおかつ、比較的頑丈に作られている倉庫ですから、物が倒れてきて下敷きになる、といった怖さもありませんでした。

というわけで、あたしは幸いにも3・11を、ある意味、体験していないのです。余震が揺れようが、あの時の怖さを思い出すということはありません。ここに、東北や東京の多くの人との断絶を感じます。

 

オシャレ路線

今日は午後からYA出版会の例会、そしてそのまま晩は忘年会でした。

なんか、このところ忘年会が続いているような気がします。もちろん、毎日ではありませんが、毎週なにかしらあります。そんな季節なんですよね。たぶん、この忘年会がなければ、別に師走だからといって特別忙しいわけでもないのだろうと思います。とはいえ、それ自身では停まることなく流れているのが「時間」ですから、どこかで区切りを人工的につけて、リセットしないと人間は生きていけないのでしょう。

さて忘年会ですが、今年はイタリアンでした。神楽坂と江戸川橋の中間のあたり、「ラ・レッテラ」というお店です。総勢で40名弱になりましたので、お店は貸切です。だからなのか、とても楽しい会になりました。コース料理でしたが、野菜をふんだんに使っていて、パスタも美味しく、デザートのロイヤルミルクティーのアイスが特に絶品でした。

一般に、こういった業界の忘年会は居酒屋で膝つき合わせて飲みまくる、というものを想像しがちだと思いますが、YA出版会も担当者の女性率がこの数年高くなり、オッサンぽく居酒屋でドンチャン騒ぎというわけにもいかないだろうと考え、お店をチョイスしました。

ちなみに昨年は市ヶ谷の日仏学院(最近はアンスティチュ・フランセ東京と言うようですが)の中のレストランが会場でした。これもあたしのチョイスです。二年続けてちょっと小洒落たお店を選んだわけですが、お陰様で皆さまの感想もよかったのではないかと、勝手に推測しているのですが……

好調に推移

ここへ来て、書評が出始めたので動きがよくなり注文が続いているのがこちらです。

主要全国紙ではなく地方紙にこのところ毎週のように載ったので、各地の書店から注文が来ます。この本、出た直後から書店の方の反応はよかったのですが、実売になかなか結びつかず書評が出ないかなと期待していたのですが、こういう地方紙書評の波状攻撃がここへ来て効果を上げているようです。

次に、これは間違いなく全国紙に出たからですが……

これは全くの海外小説です。音楽書でもなければ、音楽関係のノンフィクションでもありません。週刊朝日にも書評が載ったので、俄然売れ行きに弾みがつきそうです。高額の化け物『2666』の陰に隠れがちですが、本書もガイブンとしてはかなりいい線いってます。

それと、最後に出たばかりなのに出足好調なのがこれです。

中国の近代史、それも一番馴染みのない時代だと思いますが、これが実に面白いです。この十数年がこんなに面白いなんて迂闊にも知りませんでした。軍閥たちの離合集散、あまりにも自分のことしか考えないバカさ加減というか愚かさには、当時の日本軍でなくとも呆れてしまいます。それでも一所懸命に時代と格闘する彼らは格好いいです。

 

凍りの掌

一部で話題のコミック『凍りの掌』読了。

絵のタッチはほのぼのとして、ある意味、映画「火垂るの墓」を思い出させます。が、内容はその「火垂るの墓」と同様、かなりキツイものです。

 

最初に驚かされたのは、主人公が東洋大学生だったということ。なんだ、先輩なのかと感じました。

シベリア抑留体験の中ではもっと厳しい体験をした人もいたかも知れませんが、この主人公が味わったものもかなり壮絶です。日常的に人の死と向き合うなんて現在の我々にはあり得ませんし、それに対して何の感慨も催さなくなるなんて信じられない感覚の麻痺だと思います。

本書を読んで感じることは、結局敵味方の違いはあれど、どちらにしてもうまく立ち回ってうまい汁を吸う人間がいて、一番底辺の人間は常に虐げられるだけなんだということ。関東軍や満鉄の偉い連中は終戦間際のうのうと帰国したはずなのに、何も知らされることなくソ連軍に蹂躙された下級兵士はこんな目に遭ったわけなのですね。

そして、中国人にしろ朝鮮人にしろロシア人にしろ、たとえ敵味方とはいえ個人レベルでは友情までは行かなくともそれなりの交流が生まれるということに多少の救いを感じました。どうして国レベルにこの気持ちを活かせないのか……

最後に、やはり共産党は一筋縄ではいかない存在であるということです。極限状態の日本人捕虜に徹底的な洗脳を施し、日本へ送り込む、それを待ち受ける日本人の偏見、差別。これも哀しい現実だったのでしょう。

それにしても、著者が直接体験していないことなので、ストーリーがかなりアバウトです。たぶん語り手である著者の父(主人公)の記憶も曖昧なところが多いのでしょう。それを小説的な脚色で補わなかったところにむしろ共感を覚えます。やろうと思えばいくらでももっと悲惨な物語にも哀しい物語にもできたはずです。それをせずに聞いたままを淡々と絵にした著者の態度は立派だと思います。

 

笹子トンネル

中央道の笹子トンネルで大きな事故がありました。関東や中部以外の地域でどれくらいの報道になっているのかわかりませんが、東京のニュース番組では今日の昼以降、最初に取り上げるのはこの事故のニュースです。

笹子トンネル。通ったことは何度かあります。最近は中央道を走る機会もなく、ほとんど記憶はありませんが、笹子に限らず、どこの高速のトンネルでも起きる可能性があるのではないかと考えると非常に怖いです。そもそも車を運転しているときにトンネルの天井が落ちてくるとか、対向車がセンターラインを飛び越えて突っ込んでくるなんて予想しながら運転している人は皆無でしょう。そんなことを常に考えていたら逆に怖くてハンドルなんて握れません。

今回はトンネルの天井でしたけど、しばしば土砂崩れに巻き込まれたとか、これからの季節ですと雪崩に巻き込まれたというニュースも聞かれます。土砂崩れや雪崩は多少の前触れのようなものがあるみたいですが、地元の人ならともかく、高速では誰もそんなこと気にして走っているわけではありませんから怖いです。

走っていて、脇の壁や斜面が崩れてきたら、トンネル内の天井ではなくとも上から物が落ちてきたら、しばらくは車を運転するときにそんなことを考えてしまいそうです。それにしても、各高速道路会社には、まずはすべてのトンネルの再点検を望みたいところです。

キンドルで読むか?

何度も触れているように6600円もする高額な海外小説『2666』がよく売れています。

あの厚さ、内容はとても面白くてどんどん読んでいけるのですが、とても通勤通学の電車内で読むような大きさではありません。寝しなに布団に横になって読むのも30分くらいが限度です。手が疲れてしまいます。Twitter上でも腱鞘炎と闘いながら読み進めているかたがたの報告がつぶやかれているとか。そんなにまでして読んでくれるなんて、とてもありがたいことです。

ところで、こんな記事がありました。

なぜ日本は「電子書籍の墓場」なのか(下)

ここに書かれている内容はともかく、コンパクトな筐体に書籍何百冊、否、1000冊程度収納してしまう電子書籍端末はとても便利、という声が当初聴かれていました。端末の普及の度合いはともかく、確かにあれ一台でたくさんの本を持たなくて済むというのは魅力ですし、それはようやく商品が出揃った今でも変わらないことだと思います。

で、思うのですが、そういう時、この『2666』なんて、電子書籍端末で読むにはうってつけのボリュームではないでしょうか? 実際、この本は1.2キロの重さがあります。とても日常的にカバンに入れて持ち歩くような重さではありませんし、大きさもかなりのものです。

でも、これが電子書籍化されたら、あのコンパクトなキンドルとかコボに入ってしまうわけです。とても気軽ではないでしょうか? 値段設定の問題はありますが、これなら今以上に普及すのではないかとも思えます。

 

ただ、どうでしょう?

この本が電子書籍になったら買いますか?

あたしは、この本を買ってくださっている方々、たぶん電子書籍だったら半分も売れないのではないかという気がするのですが……

午前様?

本日は、多摩地区の某書店の人文書勉強会。テーマは仏教について、でした。

都心部の大型店と異なり、地元密着の小規模店にとって、人文書をはじめとした専門書をどう売るかはなかなか難しい問題だと思います。正直に言ってしまえば、しっかり揃えるだけのスペースが取れないのであれば、全く置かないというのも一つの選択肢だと思います。それでも書店の側がそのジャンルを強化したいというのであれば、協力したいと思うのが出版社の「さが」です。

さて、その仏教のお話。広く宗教と考えてもいいかと思いますが、そうなるとキリスト教やイスラム教などをどこまでフォローするかという問題にぶつかります。最近は若い僧侶のエッセイのようなものも売れていますが、あれらは宗教のコーナーでよいのか、という悩みもあります。

個人的な印象から言ってしまえば、宗教の教義について知りたいというのであれば専門書、人文書のコーナーだと思いますが、宗教に癒やしを求めたいというのであれば自己啓発や文芸・エッセイのコーナーでよいのではないかと思います。もちろん仏教の場合なら、日本史の棚に入れ込んでしまうというのも中小規模店ならではの並べ方だと思います。逆にキリスト教やイスラム教も昨今の中東情勢などと絡んでくると、むしろ時事、国際問題のコーナーの方がフィットするのではないでしょうか?

たぶん、1000坪クラスのお店でなければ、宗教だけを切り取ってしっかりとした棚作りをするのはスペース的に難しいと思います。それよりも、上に書いたように他のジャンルとの親和性や関連性を考えて並べる、棚を作っていく方がお店の人も仕事をしていて楽しいのではないでしょうか?

若い僧侶のエッセイなど、主たる読者は女性だと思います。「女性エッセイ」という棚の分類にしてしまうと漏れますが、「女性向けエッセイ」という分類なら作家、評論家、エッセイストの作品と一緒に並べられるでしょう。そういう工夫も楽しいのではないかと思いました。

とまあ、そんなこんなで打ち上げにも出ていたら、あやうく午前様になるところでした。

今日の配本(12/11/29)

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