多様性が肝要

朝日新聞の読書欄で『共通語の世界史』が紹介されました。評者は出口治明さん。

少し前に、他紙で黒田龍之助さんも紹介してくださいましたが、出口さんの評はいろんな語学が大好きな黒田さんのそれとはガラッと趣の異なるもので、こちらも本書の特徴をうまく紹介してくださっています。

どちらも読んで感じるのは、やはり言葉で意思疎通をし思考する人間にとって言語に関する考察というのは興味の尽きないものだ、ということです。言葉によって人は仲良くもなれるし、諍いも起こせます。言葉が異なるから紛争の原因にもなる反面、多様性を担保しているのだと思います。

ところで、本書はヨーロッパを扱っているわけですが、アジアの言語状況については本書に類するものってあるのでしょうか?

重版2点

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ちょこちょこと顔を出しているようで……

中公新書の『リバタリアニズム』を読み終えるところです。

ところで、この本を読んでいると、あたしの勤務先の書籍がちょこちょこと顔を覗かせているような気にさせられます。

たとえば、9頁には「海賊党」という言葉が出てくるのですが、あたしの勤務先からは『海賊党の思想 フリーダウンロードと液体民主主義』という本を出しています。

同書は、ヨーロッパで勢力を伸ばしていると言われる海賊党というものに迫ったノンフィクションですが、これがアメリカのリバタリアンとどう関わってくるのでしょう?

次に、41頁には「グローバル・トリレンマ」という言葉が出て来ます。

これは言わずと知れたロドリックのロングセラー、『グローバリゼーション・パラドクス  世界経済の未来を決める三つの道』で主張されているところです。

『リバタリアニズム』で解かれているグルーバル・トリレンマは「グローバル資本主義・国家主権・民主主義の不整合」を指していますが、『グローバリゼーション・パラドクス』ではそれを「現今の世界情勢は、グローバリゼーションと国家主権、そして民主主義を同時に追求することを許さず、どれか一つを犠牲にするトリレンマを強いている。教授はこうした基本認識に立ちながら、国家主権と民主主義を擁護するとともに、無規制なハイパーグローバル化に網を掛けることを提言する」と述べているわけです。

リバタリアンはこの三つのどれを選ぶのでしょう?

そして最後、80頁には「鉄のカーテン」という言葉が使われています。これはまもなく刊行予定の上下本のタイトル『鉄のカーテン』です。こちらは

第二次世界大戦の終結から、スターリンの死、ハンガリー革命に至るまでの時代に、ソ連がいかに東欧諸国(主に東独、ポーランド、ハンガリー)を勢力下に収め、支配していったのか、そして各国がいかに受容し、忌避し、抵抗していったのか、その実態をテーマ毎に論じた力作

です。

ついつい気になってしまうものです

あ本日は、もう一点、見本出しがありました。それがこちら。

金子兜太戦後俳句日記』です。

全三巻のうちの第一巻で、第二巻は8月、第三巻は来年2月に刊行予定です。半年に一冊と覚えてください。

ご覧のように函入りの一冊です。お値段も本体価格9,000円とやや高額です。しかし既に全巻予約、定期購読の注文や問い合わせが届いております。金子兜太さんの人気、畏るべし、です。

函から出すとビニールカバーの掛かった上製の本が現われます。月報もつきます。

あれ、ふと思ったのですが、半年に一度出る本なのに「月報」という呼び方は正しいのでしょうか? しかし、まさか「半年報」と呼ぶわけにもいきませんし、こういったものは「月報」と誰もが思い込んでいるわけですし、これで誤解されることもないでしょうから、構わないのでしょうね。

ところで、今回の第一巻は「一九五七年~一九七六年」を収録しています。なんと、あたしの生まれた年が含まれているではないですか!

というわけで、早速、あたしの生まれた日に、兜太さんはどんな日記を書いているのか、どんな句を詠んでいたのか見てみました。それが右の写真です。

うーん、句はないようです。

原爆なんていう言葉が出てきますが、このころですと「もう戦後は終わった」という感覚なのか、まだまだ戦後が続いているという感覚なのか、生まれたてのあたしにはわからないところです。

より身近に感じられましたが……

ヒョンナムオッパへ 韓国フェミニズム小説集』、いよいよ本日、見本出しです。配本は20日ですので、来週後半には店頭に並び始めるのではないかと思います。筑摩書房の『82年生まれ、キム・ジヨン』を買われた、読まれた方には是非お薦めです!

『82年生まれ』の著者チョ・ナムジュさんの作品が「ヒョンナムオッパへ」で、本作の巻頭を飾る作品です。こちらは短篇なので取っ付きやすいのではないかと思います。そして、それ以外にもさまざまな作家の作品が全部で7作品収録されています。タイトルを眺めながらどれから読もうか考えるひとときも、読書(特に短篇集)の醍醐味だと思います。

さて、ここで先入観を与えてはいけないと思いつつも、『82年生まれ』と『ヒョンナムオッパへ』だとどっちが面白い、という営業回りで聞かれそうな問いにあたしなりにお答えしたいと思います。

でも、『ヒョンナムオッパへ』は未刊ですからお読みになっていない方ばかりでしょう(原書で読んでしまった方もいるのでは?)から、裏表紙の帯をご覧いただきましょう。どんな内容の作品なのか、少しはご理解いただけるでしょうか?

という前置きはこのくらいにして、問いに対する答えですが、『82年生まれ』と『ヒョンナムオッパへ』とでは身近さに距離があると感じました、あくまであたし個人の感想です。『82年生まれ』はちょっと遠いです、こういう喩えがわかりやすいかどうかなんとも言えませんが、隣のクラスメートという感じです。顔は知っているし、一回くらいは話したことがあるかもしれないけどよくは知らない人、という感じです。

それに対して『ヒョンナムオッパへ』はよく話をする同じクラスの人です。日常的な会話もあるし、ある程度はどんな人なのかも理解しているつもりという感じです。

なので、だからこそ、『ヒョンナムオッパへ』の方が切実であり、よりリアルに感じられ、読んでいて辛い部分がありました。この気持ち、わかっていただけますでしょうか。いや、わかってもらえなくてもよいです。とにかく読んで何かを感じていただければ、それで十分です。

日向坂46が出来た途端に日陰坂46という言葉が生まれたのが気になる……

けやき坂46が日向坂46に改名したニュース。

「日向」を「ひゅうが」ではなく「ひなた」と読ませ、これまでのハッピーオーラというグループカラーとも相俟って好意的に受けとめているファンが多いのは嬉しいことです。

ただその一方で、欅坂46を「日陰坂46」などと揶揄する一部ファンが現われているのにはちょっと失望してしまいます。

確かに、平手友梨奈の体調に伴うライブの中止とか、歌番組に出た時のやる気のない踊りとか、このところネガティブなイメージばかりが報じられる欅坂46ですが、彼女たちを日陰坂と呼ぶのは間違っていると思いますし、頑張っている彼女たちに失礼だと思います。

個人的には、あえて「日陰坂」と呼ぶのであれば、それは今までの日向坂、つまりけやき坂46のことだと思います。

大きな欅の根元で生い茂っている葉に遮られてなかなか太陽光を浴びることもできず日陰の位置に留めおかれ続けたけやき坂46のメンバーたち。いつかは自分たちも幹の上の方で太陽に向かって葉を広げると思っていたのに、そういうチャンスは巡ってこず、ひたすら根本で落ちてきた葉を養分として実力を蓄えてきたわけです。

そしてこのたびようやく根元から飛び出して、陽の当たるところへ出て来たのがけやき坂46、つまり日向坂46だと、あたしは思うのです。

あたしがそうだから言うのではありませんが、坂道シリーズのファンは乃木坂も欅坂もけやき坂もみんな応援しているファンが多かったと思います。だから一部のファンがこんなふうに対立を煽るようなことをしてしますのは悲しいことだと思うのです。

後れているとかいないとかの問題ではありませんが……

来週には『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者チョ・ナムジュさんが来日し、新宿の紀伊國屋ホールで特別対談が行なわれます。そのタイミングで、あたしの勤務先からも『ヒョンナムオッパへ 韓国フェミニズム小説集』を刊行します。短篇集で、チョ・ナムジュさんも執筆者の一人です。

こんな感じで、韓国の女性作家の作品がちょとしたブームになっていて、先日の関西ツアーの時も、このようなフェミニズム系の作品を集めてフェでもやりたいね、という話を書店の方としておりました。韓国の女性作家という縛りでやるか、フェミニズムという括りにして広く作品を集めるか、そんな話題で盛り上がりました。

ただ、落ち着くところとしては、最近やはり刊行が盛んな台湾の作品なども加えたいとなり、またフェミニズムとかLGBTQを表に出すと拒否反応を示す読者もいるかも知れないから、ぼんやりと「いま読みたい、アジア作家フェア」といった看板のフェアがよいのではないかと、なんて話していました。実際のところは、韓国、台湾、日本の作品で、差別なども含めた女性問題、LGBTQなどを扱った作品を集めてみたら、ということになりました。

しかし、韓国や台湾はそういった作品も出て来ていますが、日本の作家の作品でこういったテーマで並べられそうなものってありますでしょうか? 書店の方と話ながら、ハタと困ってしまいました。パッと思いつくものがないのです。

もちろん、あたしは文芸作品をそれほど読んでいる方ではないので知らなくても当たり前なのですが、書店の方もサッと思いつくものがないなあと悩んでいる様子。もしかして、日本ではこういったテーマで作品を発表するのがまだまだ憚られる社会なのでしょうか? そんな気までしてしまいます。

考えてみますと、韓国と台湾は、評価はともあれ、ともに国のトップに女性を戴く(戴いた)わけで、この点だけを取り上げて比較するのもなんですが、日本はずいぶんと見劣りがします。

ちなみに、大陸中国は共産国家になってからは女性の社会進出が進み、男女共働きは当たり前、実際には差別はあるようですが、表面的には女性の幹部も目につきますし、同じアジアとはいえ、ちょっと異なるようですね。

結局、キーマンはねるなのか?

昨日、シングルデビューと改名が発表されたけやき坂46、もとい、日向坂46。

今朝の情報番組が軒並み取り上げていて、それも結構な時間を割いていたのが印象的でした。口さがない連中に言わせれば、ソニーが一番力を入れているグループだからテレビ局も忖度した、ということなのでしょうが、ファンとしては素直に嬉しいものです。

しかし、あまりの扱いの大きさにファンの方が戸惑っているような様子もうかがえます。果たして今回の改名は吉と出るか、凶と出るか。

改名したということは、事実上、欅坂46からけやき坂46が独立、分離したということですよね?

と言いますか、世間の多くの人が、そんな細かな事情を知るわけもなく、音声で「keyakizaka」と聞いた時に「欅坂」と「けやき坂」の二つを思い浮かべることができる人は極めて限られていることでしょう。

このダイアリーを読んでいる方の中にも「なんのことかサッパリ」という方も多いと思いますが、よろしければお付き合いください。

デビュー曲「サイレントマジョリディー」がいきなりの大ヒットで、一気にスターダムに昇った欅坂46、その歌詞や曲調、ダンスなどから反抗心や大人への反発というのがグループカラーのようにされてしまいましたが、果たして運営側はそれを狙っていたのでしょうか? あたしにはそうは思えません。

キーとなるとのは長濱ねるというメンバーの存在です。

彼女は最終審査まで残っていたのに、親の反対で連れ戻され、欅坂46結成時のメンバーには入っていません。しかし、どうしてもやりたいという熱意に親が折れ、スタッフの説得もあって、特例で最終審査を受けないまま加入したわけです。しかし、それでは既に決まったメンバーとの差がなくなってしまうからということで、ひとまず長濱ねる一人を「けやき坂46」としたという経緯があります。この時点では「けやき坂」は「欅坂」のアンダー、予備軍、研究生的な立場だったと思います。

そして、欅坂が動き出して間もないというのに、たった一人しかいない「けやき坂」長濱ねるのためにメンバーを追加募集して集まったのが「けやき坂」の一期生の面々です。普通に考えれば、次の曲くらいからは「欅坂」「けやき坂」のメンバーをシャッフルして、表題曲を歌うのが「欅坂」で、「けやき坂」はそのアンダーという位置づけになるのかなと、少なくともあたしは思っていました。乃木坂を見てきた者からすれば当然の予想だったと思います。「アンダー」と呼ぶのが可愛そうだから「けやき坂」という名称を付けた、という解釈でした。

しかし、その後も欅坂46のシングル曲は「欅坂46」のメンバーのみが歌唱し、せいぜいのところ長濱ねるが加わったくらいで、「けやき坂46」のメンバーはカップリング曲を歌うだけの存在でした。これでは何のために募集されたメンバーかわかりません。このころ、たぶん運営側は迷走していたのではないかと思います。

以下は、あたしの全くの推量、邪推と言ってもよいものです。

たぶん欅坂46の運営は、長濱ねるをどうしても入れたかったのだと思います。本人が親を説得したようなストーリーが伝えられていますが主導したのは間違いなく運営側だと思います。そうまでして入れたかった長濱ねるを中心としたグループを作ろうというのが運営側の当初の青写真だったのではないでしょうか? ところがデビュー曲で強烈な印書を残した平手友梨奈の存在、そしてその平手を気に入っている秋元康の意向で、欅坂46はよくも悪くも平手友梨奈を中心とした、大人への反抗を歌うグループとしてのレールが敷かれてしまったのだと思います。これは運営側の誤算だったと思います。

そこで、運営側はけやき坂46をアンダーや研究生ではなく、別なグループにする方向に舵を切ったのだと思います。ここで欅坂とけやき坂とで選抜制を導入したって、結局のところ表題曲は平手友梨奈路線にならざるを得ません。ソニー側はそれを嫌がったので、欅坂は当初のメンバー(+長濱ねる)で反抗路線を進ませ、けやき坂には運営側が本来やりたかった路線を歩ませようとしたのではないでしょうか?

だからといって、一気にグループ名を変えたり、独立したりというわけにもいかず、なんとなく宙ぶらりんな状態でグズグズしているうちに、けやき坂46は実力を付け、人気も備わってきて、昨日の発表となったのだと思います。

欅坂もけやき坂も仲良く、ファンも仲良く、というのが理想ですが、秋元康的にはむしろはっきりとカラーを分け、なんなら双方のファンも対立して煽り合うような方が両グループが活性化し、お互いの(ファンの?)競争から売り上げにも増えると計算しているのではないでしょうか?

つまるところ、最初の段階で長濱ねるがすっきりと欅坂46に入っていれば、平手友梨奈センター固定路線にはならなかったでしょうし、大人への反抗路線も既定路線にはならなかったと思います。なにより、あのタイミングでけやき坂46が募集されるということもなく、けやき坂46というグループ事態が存在していなかった可能性が大です。

たった一人のけやき坂から兼任となり、その後欅坂専任となった長濱ねるは今回の成りゆきを心の底ではどう思っているのでしょうね?