Nancy Sensual World

このたび、「染井吉野ナンシーの官能世界」は引っ越しました。新しい世界はこちらになります。今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。 自動では新しい世界に飛びませんので悪しからず……

新着ニュース

まもなく自著も刊行予定

今日も朝日新聞です。

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。

この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』です。

フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。

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最近のRockfield's Diary

キラキラネームと「子」

キラキラネームってここ数年言われるようになりましたが、どのあたりまでを指すのでしょうか? 珍しいとか、漢字が難しいだけではダメですよね? キラキラしてないから。でも、キラキラって、個人差もあるので、何をもってキラキラと言うのか……

その反面、女の子の名前に「子」が付かなくなって久しいとも言われます。少し前に、いや、かなり前かも知れませんが、松嶋菜々子、常盤貴子、竹内結子、矢田亜希子などなど、活躍している女優に「子」の名前が多いというので、「子」が少し復権した時期もあったように感じたのですが、最近の女優はまた「子」が減っているような気もします。

これがアイドルだともっと顕著ですが、AKB48のかつての2大エース、前田敦子と大島優子は、考えてみると二人とも「子」が付いていますね。でも、それ以外、特に最近のメンバーはほとんど「子」が付いていないようです。

で、あたしの箱推しの乃木坂ちゃん、一期生・二期生合わせても現在のメンバーでは北野日奈子と佐々木琴子の二人しかいません。二人とも二期生ですから、一期生(OGを除く)には「子」の付いた名前の子はいないということです。ちなみに、昨年選ばれた三期生ですが、12名のうち「子」が付くのは暫定センターに選ばれた大園桃子ただ一人です。やはり、アイドルを目指すには「子」はダメなのでしょうか?

そして欅坂46です。欅坂46とけやき坂46の全メンバーを合わせて32名ですが、「子」が付くのは齊藤京子の一人だけです。もう一人、長沢菜々香が「ななこ」と読むのですが、この「こ」は「子」ではないので、グレーゾーンでしょうか?

と、ここまでですと、「やっぱりアイドルには○○子なんて名前はダサいのか?」という気もしてしまいますが、彼女たちのブログを読んでいると面白い現象が見られます。特に欅坂46のブログでしばしば目にするのですが、ニックネームなどにあえて「子」を付けて呼んでいる、書いていることがあるのです。

たとえば、最年少センターとして何かと話題の平手友梨奈は「てち」と呼ばれていますが、ブログの中では他のメンバーからしばしば「てちこ」と呼ばれ(書かれ)ています。今泉佑唯は「ずーみん」というニックネームが基本なのですが、これもしばしば「ずみこ」が登場します。長濱ねるなどは「ねる」という名前からして既に異色、これはキラキラなのか否か、あたしには決められませんが、ブログでは「ねるこ」と呼ばれることがままあります。

このように、全員ではないのですが、ニックネームなどに「こ」を付けて呼ばれる子が何人もいるのです。これってなんか不思議です。親は「子なんてダサい」と思って命名したのでしょうが、子どもたちはそこに「こ」を付けて呼び合っている。なんとなく社会学の研究対象にでもなりそうな現象にも思えます。ただ、音声として「ko」をつけて呼ぶぶんには、それが「こ」なのか「子」なのか判明せず、ブログでも上記の例で「子」と漢字表記しているのは見かけません。こんなところに、この現象を解く鍵があるのかもしれませんが、あたし的には最近ちょっと気になっていることです。

いろいろ出てます@朝日新聞

今朝の朝日新聞の一面下欄、広告が出ています。

掲載書目は『鬼殺し(上)』『鬼殺し(下)』『美女と野獣[オリジナル版]』『アブサンの文化史』、そして文庫クセジュの『レジリエンス』でした。

 

  

どれもピチピチの最新刊ですので、よろしくお願いします。そして読書欄です。

今回は残念ながら取り上げていただけたものはありませんが、情報フォルダー欄で『カラー版 神のかたち図鑑』を紹介いただきました。

 

なお同書は既刊『神の文化史事典』の姉妹編ですので、併せて是非!

 

ところで今回の書評欄に載っていた『ロックフェスの社会学』が気になります。ミネルヴァ書房のサイトには

「ロックフェスティバル」と呼ばれる音楽イベントが日本で存在感を放つようになって久しい。ロックフェスはそれまでのコンサートやライブとはどう異なるのか、本書は豊富なフィールドワークの知見をもとにその構造と新奇性を分析するとともに、2000年以降の日本社会の変化とフェスの隆盛を関連づけ、現代の祝祭をめぐる個人と共同体のパラドキシカルな関係を問う。

とありますが、あたしの勤務先から出ている『音楽祭の戦後史』と併売したら面白いのではないかな、なんて気がするのですが如何でしょう?

最後は別刷beの記事。泉京鹿さんが中国のベストセラーを紹介していますが、その中に『父を見送る』があります。あたしの記憶が間違っていなければ、本書は中国ではずーっと売れ続けていますよね。龍應台はもう一冊ランクインしていますし、あちらでは相当な売れっ子のようです。

このランキングに同じく二作品がランクインしている大冰って、たぶん日本では全く紹介されていないと思うのですが、すごい人気なのでしょうか? あたしも初めて目にする名前です。

総統って誰だ?

新刊の『総統は開戦理由を必要としている』が配本になりました。早いお店ではもう店頭に並んでいるでしょうし、週明けには各地のお店に並ぶだろうと思います。

 

ところで、このタイトルにある「総統」って誰のことかわかりますよね? 店頭ではタイトル(正題)だけでなくサブタイトル(副題)とか、オビの文章とか、いろいろヒントがありますし、そもそも置かれている棚を見れば一目瞭然かと思いますが、ヒトラーのことです。

ヒトラーの「総統」という呼称は、あたしも正確なところは知らないのですが、確かあの当時のドイツには大統領がいたはずですし、単なる首相ではなかったので、ヒトラーにだけ与えられた呼称だったと思います。いや、単に呼称というのではなく役職だったのだと思います。

現在の日本語で「総統」とだけ言えば、十中八九、ヒトラーを指しますが、『蔡英文 新時代の台湾へ』を刊行しているあたしの勤務先的には台湾の蔡英文「総統」も忘れてはならないところです。ついでに言えば、もうじき『蔡英文自伝』なんていうのも刊行予定ですから。

閑話休題。

そうです、この台湾のトップについても、日本語では蒋介石以来、「総統」という呼称が使われていて、管見の及ぶかぎり、「総統」を使うのは台湾のトップとヒトラーくらいだろうと思います。ヒトラーにつきましては上に簡単に触れましたが、台湾の場合は単純に中国語で「総統」と言うので、そのまま同じ漢字だから日本語でも「総統」と言っているわけです。

が、台湾へ行ってみると、アメリカのオバマも「総統」と呼ばれます。つまり中国語の「総統」は「大統領」という意味なのです。となると、同じ漢字だからそのまま「蔡英文総統」と表記し、そのまま「さいえいぶんそうとう」と日本語読みもしていますが、もしきちんと翻訳しようとしたら「ツァイ・インウェン大統領」という表記にすべきなのではないでしょうか? 少なくとも同じ漢字を使っていない他国の元首に対してはこのような措置が執られているはずです。

そこで感じるのは語感です。あまり意識していない日本人が多いのかも知れませんが、台湾のトップに対して「総統」という呼称を使うのは、どうしてもヒトラーとナチスを連想させて、あまりプラスの印象を与えないのではないかということです。それほど「総統」と言えばヒトラーと結びついてしまっているということですが、この際、台湾のトップについては「総統」ではなく、「大統領」という呼称に変えてみては如何かと思う次第です。

もちろん台湾で名称変更が行なわれて、大陸でも使っている「主席」となれば、日本もそのまま「主席」を使うように変わるのでしょうが、台湾が大陸の真似をすることはありえないでしょう。台湾のニュースで、この「総統」という呼称を聞くたびに、あたしは毎度そんな風に思ってしまうのです。

まあ、日中・日台間に関しては「総統」に限らず、同じ漢字なので、翻訳せずに、なんでも漢字のまま使ってしまう傾向があり、あまりにも日本語として通用しているものは別として、果たしてそれでよいのだろうかと思うこともたびたびなのですが……

2017年1月7日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー