Rockfield's Diary

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染井吉野ナンシーの官能ダイアリー

今回は文芸寄り?

ブックファースト新宿店で、この時季恒例の「蔵出し本」フェアが始まりました。

出版各社の在庫僅少本を選りすぐって並べたフェアで、あたしの勤務先も毎年参加しております。

その展示の様子が右の写真です。

このフェアが始まった頃は、人文書を中心とした専門書がメインでしたが、徐々に芸術系の書籍も並ぶようになってきまして、今年の場合、あたしの勤務先に関して言えば、ご覧のように「ほぼ文芸」というラインナップになっています。

しかし、今回並んでいる書籍たち、見る人が見れば「あー、これまだ残っていたんだ」と思わず声を上げてしまうような銘柄も散見されるのではないでしょうか?

もちろん各一冊なので、早い者勝ちです。

無花果(今日のネクタイ)

タイトルを見て、「さてはナンシー、便秘になって浣腸でもしたのかしら?」と思った方も少なからずいたのではないでしょうか?

残念でした、ハズレです。

正解は、このブラウスです。

なんと、おフランス製のブラウスです。少々お値段も張ります(汗)。

おっと、その前に、いまだにタイトルが読めないという方、いらっしゃいます? 大丈夫ですよね? 最初にヒントを出しておきましたから。それに写真を見れば一目瞭然です。

でも念のため正解を発表しますと「イチジク」です。

おフランスのイチジクなので、日本のものとはちょっと種類が異なるようですが、まあ見る限り、日本人のよく知っているイチジクに見えますよね。ちなみに、あたしの母は無花果好きです。

で、そんなおフランスのブラウスに合わせたネクタイは「Vivienne Westwood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)」です。どうせならネクタイもおフランスで揃えるべきだったのでしょうか?

日経書評で爆上げ!

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夢をそのまま物語にしたような作品

営業回りをしていると、当然のことながら本のないようについて問われることがあります。

歴史などの専門書に近い商品の場合は、タイトルや目次で書店の方も理解しやすいので、それほど突っ込んで聞かれることは多くないのですが、文芸書、特に海外文学の場合ですと「どんな話?」と聞かれることがしばしばあります。

ここで簡単なストーリーを喋ってしまえばよいのですが、こちらも全部の自社刊行物を読んでいるわけではありませんので、答えに窮することもあります。あとがきを読んだり、企画書を思い出したりして答えることもありますので、時に勘違いして別の本の紹介をしてしまったこともあります(汗)。

さて、最近は、自社の海外文学は比較的読んでいる方なのです、だいたいどの作品も内容を説明することができます。謎解きのような作品がほぼないので「ネタばらし」になる可能性が低いのが幸いです。

で、Uブックスの新刊『カッコウが鳴くあの一瞬』です。

この作品については、どんな作品なのか説明に苦労します。『黄泥街』の残雪の短篇集ですと、まずは最初に説明できますが、その後が続きません。

『黄泥街』もものすごい作品でしたが、一応はストーリーがあったと思います。しかし『カッコウが鳴くあの一瞬』の方が、あたしの力不足なのか、巧く説明できるようなストーリーが見つけられません。

いえ、部分的にはちゃんとした世界があり、ストーリーもあるのです。ただ、全体を俯瞰したときに一貫したストーリーが見えにくいのです。だからといって、まとまりのない、脈絡のない文章の寄せ集めというのではありません。

あたしなりに解釈しますと、この作品は夢を文章化したものではないかと感じます。

ふだん、あたしたちが寝ているときに見る夢は、夢の中では笑ったり泣いたり、喜んだり苦しんだりといろいろなことが起こりますが、起きてからそれを他人に説明しようとすると、いろいろなところで矛盾とか辻褄の合わないところが出てくるものです。だからといって一貫した話にしようとすると、こんどは自分が見た夢からどんどん遠ざかってしまうことになります。

本書は、そんな夢の世界をそのまま、矛盾しているところも、辻褄が合わないところも、前後がうまく繋がらないところも、すべてそのまま文章に書き留めて提示してある、そんな印象を受けました。これをやってのける著者・残雪ってすごいなあとただただ感心するばかりです。

この振り幅!

今日の書店営業回りはやや遠いところへ。

移動時間の友(供?)、カバンにしのばせていたのは『腐敗と格差の中国史』です。ただし、3分の2くらいまで読み進んでいました。今日は移動時間が長くなるのが予想されたので、もう一冊カバンに入れていたのが『キャッシュレス国家 「中国新経済」の光と影』です。

結局、移動の途中で前者を読み終わってしまい、後者も持っていてよかった、という結果になったのですが、同じ中国を扱った新書とはいえ、この両者を続けざまに読むと、果たしてこれが同じ国について書かれた本なのかと思うくらいです。

かたや二千年以上にわたって基本的な社会構造が変わっていないと解いたかと思いきや、一方は日本をはるかに追い越した近未来的な社会に至った現在の姿。本当に中国というのは、いろいろな意味で広い国だと思います。

2019年5月14日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

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