Rockfield's Diary
染井吉野ナンシーの官能ダイアリー
あえてなのか、それとも無意識に写り込んでしまったのか?

左の写真は、けやき坂46の二期生、小坂菜緒ちゃんがブログにアップした写真です。先日の握手会の時のスナップです。
16歳という年齢には不釣り合いなほど大人びた雰囲気が写真からは漂ってきますが、二期生期待のエースというポジションのようです。
ただ、あたしがこの写真で気になるのは、彼女の容姿でもスタイルでもなく、もちろん衣裳でもありません。気になってしまうのは足元です。
「段差あり」という注意書きのシールというか、掲示というか、とにかくそれです。
握手会というのは、幕張メッセとか、東京ビッグサイトとか、パシフィコ横浜とか、関東周辺ではそういう場所で行なわれることが多いのですが、お客様や来場者から見える場所はそれなりに飾ってありますが、裏へ回るといかにも作業場という、色気も何もない場所だったりします。彼女に限らず、アイドルが握手会会場で撮ってブログにアップする写真というのは、背景がこういう感じのものであることが多いです。
いろいろと写ってしまうと差し障りのある物が置いてあったりするので、こういったコンクリート打ちっ放しの場所をバックに写真を撮っているメンバーが多いので、これもそんな一枚なんだと思いますが、片足のつま先を意図的に「段差あり」に乗せているようにも見えます。
ブログには他にも同日の写真がアップされていますが、その中の二枚も同じ場所で撮ったとおぼしき写真で、やはり足元に「段差あり」が見えます。
右の写真では少し距離をおいてたたずんでいますが、やはり「段差あり」を意識しているように感じられます。「踏んじゃおうかな、やめようなか……」と言う気持ちが見受けられます。
なんであたしが「段差あり」という言葉が気になるかと言いますと、この曲です。
けやき坂46のデビューアルバム「走り出す瞬間」のリード曲「期待していない自分」です。
道の途中で躓いて
振り返って見ても何もない
わずかな段差でもあれば
言い訳できたのに
という部分があるのです。そう、「段差」です。
小坂菜緒もこの曲に参加していますので、この歌詞は当然知っているはずですし、既に何度も歌っている曲です。
どう考えても、この曲、この歌詞を踏まえて、あえてこの場所で写真を撮ったのではないかと思うのですが、如何でしょう? ブログでは何も触れていませんが……
ちなみに、MVの中では「段差」の部分ではなく、「言い訳できたのに」の部分で映っているのが彼女です。
大江ではなくŌe

朝日新聞に、司修さんが大江健三郎について書いている文章が載っていました。
司さんと言えば、あたしの勤務先からは『本の魔法』や『絵本の魔法
』などがありますが、ここでは『Ōe 60年代の青春
』をご紹介しないとなりませんね。
一見するとタイトルが何を表わしているのか、もしかすると読み方すらわかりにくいかも知れませんが、わかってしまえばなんてことはないでしょう。大江健三郎のことです。
以下はウェブサイトに載っている本書の内容紹介です。
大佛次郎賞を受賞した『本の魔法』では、実は著者と最も関係が深いと思われる大江健三郎について言及されていなかった。370ページを超える本書に目を通せば、読者はその理由がわかるだろう。著者が手がけた装幀で、最多を誇るのが大江の作品である。二人はほぼ同世代。大江10歳、著者9歳のときに敗戦を経験し、同時代を歩んできた。1970年に『叫び声』の装幀を依頼されて大江と出会い、以来、作品の深い読みが反映された装幀で大江の代表作が次々と世に送り出された。大江作品は、小松川高校事件(女子高生殺害事件)、安保闘争、浅間山荘事件、狭山事件、原爆と原発事故による被曝、沖縄、在日朝鮮人の問題など、常に実際の事件や社会問題と想像力が結びついたものである。本書で大きく取り上げる『叫び声』と『河馬に嚙まれる』には、大江が追究してきたテーマのすべてが網羅され、不気味なほど現代につながる。著者は装幀をした時代を振り返り、大江作品を改めて多方面から精読し、国家や組織などと対峙する「個人」の魂の声に突き動かされながら、小説からだけではわからなかった事実を引き出していく。著者ならではの視点と感性で大江文学から現代への鮮烈なメッセージを摑み取る、渾身の書き下ろし!
如何でしょう、朝日新聞の記事を読んだ人であれば、本書を手に取ってみたくなるのではないでしょうか?
ちなみに、あたしの勤務先から刊行されている司修さんの著作は、上記の三冊以外に『戦争と美術と人間 末松正樹の二つのフランス』と『孫文の机
』があります。
他社からも著作が多いですし、装丁を手がけた作品となると膨大な数になりますので、とりあえず紹介はこのくらいにしておきます。
テニスの本も出しています

朝日新聞読書欄の特集ページはテニスでした。やはり大坂なおみ選手の活躍があればこそでしょう。
テニスというと、あたしなどは往年のスポ根マンガ「エースを狙え」を思い出します。そのせいで「女子高生の青春と言えばテニス部」なんていう先入観を持ってしまいます。
それはさておき、あたしの勤務先はサッカーに関する本は何冊も出していますが、テニスに関する本も少し前に出したところなのです。
『ラブ・ゲーム テニスの歴史』です。
副題のとおり、テニスの発祥から説き起こした、テニスファン必携の一冊です。
翻訳書なので少々お値段が張ってしまいますが、テニスの歴史やそれに伴う社会・文化について、これだけまとまった本は他にはないと思います。著者はフェミニズムなどの著作もある社会学者である点も、興味深い視点を提示できていると思います。
個人的には、朝日新聞の特集ページで是非とも取り上げていただきたかった一冊なのですが残念です。
冗談ではありますが、左の写真ような同書の装丁を「テニスの王子様」のキャラに変えていたら載せてもらえたでしょうか?
新書で地方都市について考える

東京一極集中と呼ばれる日本。
だからこそでしょうか、書店の店頭でしばしば地方について取り上げている本を見かけます。もちろん地方再生というのが大きな目標なのでしょうが、戦後の自民党政治は空港と高速道路と新幹線で地方を東京と結びつけることばかりやっていましたから、発想の切り替えはそう簡単ではないはずだと思います。
そんな中、地方再生という漠然としたテーマではなく、具体的な都市や街にスポットをあてた書籍も散見されます。最近も、店頭で『まちづくり都市 金沢
』という本を見かけました。
北陸新幹線の開業、開通で賑わう北陸の都市、金沢を取り上げた一書です。版元のサイトには
北陸新幹線開通後,国内外からの観光客がますます増えている金沢.まちそのものが魅力的,と訪問した人たちが言うのは,なぜなのか.歩いて観光できるまち,緑の多いまちはどのようにできたのか.長年にわたる金沢のまちづくりのプロセス,様々な試行錯誤を描きながら,その答え,そして地方都市のこれからも探っていく.
とあります。「なぜなのか」とは他の自治体の方も感じている疑問ではないでしょうか? 新幹線さえ通せばよいのか、高速道路が延びればよいのか、空港を造ってもらえばよいのか。そんなことではないですよね?
金沢で思い出しましたが、少し前には同じ北陸でお隣の『富山は日本のスウェーデン 変革する保守王国の謎を解く
』という本も出ていました。こちらの内容紹介は
富山県は県民総生産が全国三一位の小さな自治体だが、一人当たりの所得では六位、勤労者世帯の実収入では四位に浮上する。背景にあるのは、ワークシェアリング的な雇用環境と女性が働きやすい仕組みだ。さらに、公教育への高い信頼、独居老人の少なさなど、まるでリベラルの理想が実現しているかのようだ。
しかし、北陸は個人よりも共同体の秩序を重視する保守的な土地柄とされる。富山も例外ではない。つまり、保守王国の中から「日本的な北欧型社会」に向けた大きなうねりが起きているのだ。
一〇年間にわたって富山でのフィールドワークを続けてきた財政学者が問う、左右の思想を架橋する一冊。
とあります。本の主旨は異なりますが、富山が魅力的なところであることをアピールしている点では同じではないでしょうか。決して東京になびくのでもなければ、東京の真似をするのでもなく、かといって独自性を声高にアピールしているわけでもありません。
そう言えば、2年前には『広島はすごい
』なんていう本も出ていました。
三期連続で最高益を更新したマツダ。新球場の設立以来売り上げが二倍になった広島カープ。両者に共通するのは、限られたリソースを「これ!」と見込んだ一点に注いで結果を出したことだ。独自の戦略を貫くユニークな会社や人材が輩出する背景には何があるのか。日経広島支局長が、「群れない、媚びない、靡かない気質」「有吉弘行や綾瀬はるかが体現する県民性」などに注目し、「今こそ広島に学べ」と熱く説く。
版元の内容紹介は上掲のとおりです。
京都や大阪に関する本はたくさん出ていますが、こうして集めていくと、新書だけで47都道府県の本が集まるのではないでしょうか? 無理かしら?
でも、こんな感じの本ばかりを集めたフェアなんて、東京でこそやってみるべきかもしれませんね。
やはりフィレンツェには一度行ってみたいものです

フィレンツェと聞くと、ルネサンスを代表する街、というイメージがあります。
それはそれで間違いないようですが、本書を読むとそれだけではないフィレンツェの一面が見えてきます。
古代から現代までを通して見ると、メディチ家の影響というのが、あたしの想像ほどは大きくはなく、むしろ市民全体の力がフィレンツェという街を作り上げていったのだという印象です。
ただ、やはり街の規模が小さいからか、歴史の中ではしばしば他国の影響を被り、翻弄されもしています。それでもフィレンツェらしらを失わずに現在までなんとか生き延びてきたのはさすがとしか言いようがありません。
フィレンツェどころか、ヨーロッパは一度も行ったことがないあたしですが、昔から「ヨーロッパに行くならどこへ行ってみたい?」と聞かれると「フィレンツェ」と即答していました。本書を読んで、ますます行って見たいと思った次第です。
