Nancy Sensual World
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まもなく自著も刊行予定

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。
この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論
』です。
フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。
最近のRockfield's Diary
エクス・リブリス!

今日の朝日新聞にこんな記事が……
「蔵書票を作ろう」という記事です。
「蔵書票」って知りませんか? 日本や中国では蔵書印の方が有名かもしれませんね。あたしも詳しいことは知らないのですが、欧米では蔵書票のコレクターまで存在すると聞いたことがあります。趣向を凝らしたものであれば、それだけを持っていたくなるものです。
で、上の写真。記事の下の方に置いてあるのは、かつて京都の恵文社一乗寺店へ行ったときに買った蔵書票です。蔵書票ですから、記事にもあるように本来は個人個人で作るものなのでしょうが、このように市販されているものもあるのですね。蔵書票として機能させるには、ここにあたしの名前なりサインなり、なんらかの目印を付けないと「あたしの蔵書票」にはならないでしょうね。
ところで、インターネットで蔵書票を検索すると、相当数の検索結果がヒットしますし、グーグルの画像検索ならさまざまな蔵書票を見ることができます。が、そんな中、ありきたりではありますが、ウィキペディアでも構いませんけど、蔵書票を検索すると、「エクス・リブリス」というラテン語由来の呼び名が目につくと思います。
そうです。あたしの勤務先の海外文学シリーズ<エクス・リブリス>は、この蔵書票から命名しているのです。
ちなみに、上の写真はあたしの家の書棚、エクス・リブリスを並べている一角です。
特急の奇数と偶数

NGT48の「Maxとき315号」という曲をテレビで見ていて思いました。
歌詞をちゃんと確認したわけではないけど、これって東京から新潟へ向かうという設定なのよね、って。
何故かというと、「315号」だからです。
言わずもがな、JRの特急は、東京から地方へ向かう、東京以外の土地なら一般に下りと呼ばれる方向に走る列車が1号、3号、5号……と奇数番号、逆に東京へ向かう、上り方向の列車は2号、4号、6号……と偶数番号を使うというルールになっているからです。つまり、315号という奇数番号の新幹線は東京から新潟方面へ向かう列車になるわけです。
そんなの当たり前でしょ、という方も、若い人を中心に多いと思いますし、若い方でも特に列車に興味のない方は「へえー、そうだったんだ」という感想かもしれません。ただ、40代以上の人だと、下りは奇数、上りは偶数というのが必ずしも常識にはなっていなかったりします。
何故かといいますと、かつては上りも下りも特急の番号は1号、2号、3号と振られていたからです。つまり東海道新幹線で言うならば、東京発のひかり1号もあれば、東京へ到着するひかり1号もあったのです。
これは新幹線に限らず、在来線の特急でも同じでした。ですから、往年のヒット曲、狩人の「あずさ2号」も新宿発の列車という設定になっています。この曲が発売された当時は、新宿朝8時発のあずさは2号だったのです。たぶん1号は7時発だったと思います。
ということは、逆に今の若い方にはまるっきり信じられないことかもしれませんし、上りと下りで同じ番号があったら混乱しそう、という意見も頷けます。たぶん、そういうこともあって、ある年に一斉に変更したのでしょう。
で、その変更のあおりをうけ、この「あずさ2号」は「このまま歌い続けてよいのか?」などという議論も当時は真面目に語られたりしていたものです。もちろん一斉に変更になる前日、新宿8時発の最後のあずさ2号が新宿駅を発車するところは大きな話題になり、ニュースでも盛んに取り上げられていました。
まあ、そのあたりのところはウィキペディアにまとめられているようなので、そちらをご覧ください。
グータッチ

フジテレビ系の新番組「ライオンのグータッチ」を見てみました。
いや、なに、「なあちゃん」こと乃木坂46の西野七瀬がMCで出ているからなのですが……
で、フジテレビ系と上に書きましたが、この手の休日午前の番組って系列局でも放送されているのでしょうか? もしかしたらフジテレビのみ、つまり関東ローカルなのかも?
それはともかく、なあちゃん、やっぱりカワイイですね。
番組の内容はスポーツをする少年少女たちを応援するってコンセプトなのでしょうか? あるいはスポーツに限らないのでしょうか? 今回は四年間レスリングに打ち込むものの、いまだ公式戦で勝利したことがない少年(小学4年生)が、悲願の初勝利を目指して奮闘するというストーリー。浜口京子に指導してもらったり、大会の初戦対戦相手が全国大会三位の実力者だったり、二年生の弟は既にそのクラスの全日本チャンピオンだったりと、なんか初勝利に向けてドラマのお膳立ては揃いすぎている感じです。
もちろん、そう簡単に勝てるわけもなく、結果は完敗。ただ、これまで試合開始数十秒でフォール負けしていた少年が、全国三位を相手に試合時間最後まで戦い抜いたというのはかなりの成長。監督もこれまでで一番内容がよかったという褒め言葉。
VTRに涙するなあちゃん、カワイイ。
で、土曜の午前に見るには、いかにも健全な番組なのですが、あたしは、ふと疑問を抱きました。
本人が好きでやっているのだから、とりあえずはよしとしますが、この少年にこれからもレスリングをやらせるのでしょうか? 全国チャンピオンの弟はともかく、この主人公の少年は果たしてレスリングを続けるべきなのか、親目線というか、大人目線では悩みどころです。
あたしはレスリングはド素人だからわかりませんが、彼にレスリングの才能があるというのであれば続けさせるのはよいと思いますが、別の才能の可能性を探すというのも方法ではないでしょうか? 四年もやって勝てないのであれば、「向いてない、才能がない」という判断もありだと思います。
そうなると、その子に向いている才能を伸ばしてやるのも親や大人の務めではないのか、そういう気もするのです。弟はスポーツに向いていたけど、お兄ちゃんは文化系だったかもしれないし、あるいは理系なのかもしれませんから。







