Nancy Sensual World
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まもなく自著も刊行予定

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。
この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論
』です。
フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。
最近のRockfield's Diary
国家哀悼日か……
南京大虐殺の記念式典を中国が行なったというニュース。
とりあえず、南京大虐殺があったのか、なかったのか、被害に遭った人数はいったいどのくらいなのか、といった問題はおくとして、衆議院選挙を前になんというタイミングなんだ、と感じました。
歴史的事実がどうあれ、とりあえず12月13日がその日と言われているのは日本政府も知っていたはず。そして、このところの中国政府の言動を見ていれば、抗日戦争を対ファシズム戦として広く世界に訴えていこうとしていることも明らかだったはずです。つまり、この日に大々的に、何かしらセレモニーをやることもある程度は予想できたはずです。
別に嫌中派ということではなく、一般紙やテレビのニュースでも、この式典についてはごくふつうに報道される可能性は高かったでしょう。衆議院選挙の直前に、いかにも一部の日本のナショナリズムを刺激しそうな題材です。
「中国はまた嘘を言っている」「歴史を捏造しているのは中国の方だ」的な言動が勢いを得れば、それはやはり投票行動にも陰に陽に影響を与えるのではないでしょうか?
中国側には日本の選挙に影響を与えようという考えはなかったと思います。むしろ、これによってようやく首脳会談が行なわれた日中関係がまた険悪になるような日本の空気や、そういう空気に乗っかった政治家が幅を利かせるようになるのは望んでいなかったはずです。もしそんな結果を招来するとしたら、中国の首脳陣はむしろ内心では「しまった」と思っているかも知れません。
逆に、中国がこういう式典を行なうことを見越して、そしてそれによって日本国内の空気が動いて、自分たちに有利に働くだろうと予想して、このタイミングに選挙をぶつけてきたのだとしたら、安倍政権そして自民党は大したものです。こういう式典の後では、やはり中国脅威論を唱える側に有利に働くでしょうから。
とりあえず、中国側の中日友好も訴える習近平の演説だったようですが……
シティ・ファーマー増殖中?
新刊の『シティ・ファーマー』が刊行され、書店でもポツポツ売れ始めているようですが、そんな動きをかぎつけたのか(←そんなわけないか?)、今朝のわが家の朝日新聞にこんな広告チラシが入っていました。
わが家の近所にできたのか、前からあったのかは知りませんが、いまはやりのレンタル菜園ですね。近所にこういうものがあるとは、初めて知りました。それにしても、なんというタイミングでしょう(笑)。こういう本が出ている、という世の中の動きを見て、菜園運営側が広告チラシを作ったのでしょうか? まあ、そんなことはないでしょうね(汗)。
ただ、冗談はさておき、なんだかんだといって、こういうレンタル菜園が流行っているのは事実なようです。区や市など行政が用意した市民農園的なものは賃料も安いので申し込み殺到、すぐに締め切りになってしまうそうです。だから、多少高くても、こういう企業などが運営する菜園でも借り手がいるのでしょう。
いや、「多少高くても」と書きましたが、このチラシの菜園に限らず、他の菜園を見ても、その料金、決して安いとは言えません。むしろ「金持ちの余技」ではないかと思われるような値段のところも多々あります。もちろん、値段の差は、企業側・運営側がどれだけ借り主に代わって日常的な菜園のケアをやってくれるか、というサポートの質の差にも表われているようですが、とにかく、あたしの印象と感覚では「(料金が)結構するんだなあ」というのが偽らず感想です。
それでも、自分で土をいじって、口に入れるものを作りたい、という熱意を持った人が多い、増えている、ということなのでしょう。このチラシの菜園のサイトを見ますと、時々にいろいろなイベントやったりして、楽しみながら農業ができるのが売りのようです。このあたりは他のレンタル菜園でも同様でしょうか?
『シティ・ファーマー』もそうですが、「プランターでちょっとトマトを」とか、「出窓のスペースでカイワレ大根を」とか、そんなレベルではないんですよね。気軽に楽しんで、というコンセプトこそ共通ですが、もう少し熱心と言いますか、農民とまでは行かなくとも、決して「趣味で野菜、作ってます」と言うには本格的すぎる感じです。
ジワジワと、そして着実に、決して派手に目立たなくてもいいですから、こういうのが広がっていくといいのかな、そんな風に思います。
本はオシャレアイテムになるか?
待ち合わせの時間までちょっと時間があったのでデパートの店内をぶらり。昨今のデパートの1階はブランドショップと化粧品、ジュエリー売り場がほとんど。ブランドと言っても、若い女性向けのバッグや靴などのブランドがメインでしょうか? そんなデパートの売り場、先日のエルメス展の影響からか、なんとなくバッグを眺めていて思いました。
こういうバッグって、使い勝手といった観点からだと、たぶん女性にとっても、さほどよいものではないのではないでしょうか? それなのに、こんな高い値段でも売れるのはなぜか? それは、ブランドもののバッグを持っていることがステータスだから。
そうか、そうか。別に使い勝手が悪くたって、エルメスか、バーキンか、シャネルか知りませんが、そういった世界的ブランドのバッグを持っているところを見せびらかせたい、という心理なのでしょう。バッグに限らず、洋服や宝石でも似たようなところがありますが、バッグなどはその際たるものなのだと思います。
しかし、高級な、ブランドもののバッグを持っていると、そしてそれを見せびらかしていると、何がよいのでしょう? 本人にとってどういうメリットがあるのでしょうか? 自分へのご褒美ってことでしょうか?
それだけのバッグを買えるほど収入がある、つまりお金を持っているということを世間にアピールしたいのでしょうか? それとも高級バッグを持っていると当人が美しく見えるのでしょうか? 確かに、そういった効果は多少はあるかもしれませんが、逆効果も十二分に考えられます。
あるいは、いい人とか、やさしい人とか、そんな風に見られるのでしょうか? いや、バッグを持つだけでそんな風にはなりませんよね? むしろ、これ見よがしにブランドバッグを持っていたら高慢な人に見られるのではないでしょうか? そこまでとは言わずとも、高級バッグなどのブランド品に熱を上げている人って、それだけの収入を得ている人ならともかく、世間一般にはよいイメージを持たれているとは思えません。
うーん、やはりそういうことではなく、自分へのご褒美、ただそれだけなのでしょうか?
少なくとも、ブランドものを身につけたからと言って、知的に見えるということはあまりないですよね? 颯爽としたスーツをピシッと着こなしていたら知的に見えるかも知れませんが、一般にブランドものと知性とは相容れないもののような気がします。
で、思うのです。たまには、ブランドもののバッグではなく、本を小脇に抱えて街を歩いてみませんか、と。キンドルなどの電子書籍端末ではダメです、きちんとした紙の本でないと。もちろん、週刊誌などの雑誌もダメ、コミックなどもダメに決まっています。
やはり単行本です。ジャンルはなんでも構わないでしょう。海外小説でもいいし、哲学書でもいいし。そう、電車の中で英字新聞を読んでいたり、洋書を読みふけっていたりしたらカッコイイと見えるように、本を手に街を歩く姿がカッコいい、知的だと思われるようにならないでしょうか?
つまり、女子にとって、自分の価値を高める必須アイテムとして、ブランドの服やバッグ、宝石類などと並んで、書籍もそれに伍すような感じです。もちろん、男性でも同じことです。ブランドのスーツや靴、高級腕時計などを身につけるように、本を一冊携帯する、それができる男のダンディズム、なんていうのがスタンダードにならないでしょうか?
いや、その本はとりあえず持っているだけでもいいです、読んでいなくたっていいです。手元にあれば、いつか開くときが来ます。開きたくなる、読みたくなる日が来るはずです。それでよいと思います。
銀座松屋の一階に、バッグ、宝石、化粧品売り場と並んで、書籍のコーナーができないか? 新宿伊勢丹メンズ館に、オトコのための書籍売り場ができないか? そんなことを夢想します。






