Nancy Sensual World
新着ニュース
まもなく自著も刊行予定

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。
この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論
』です。
フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。
最近のRockfield's Diary
声で繋がる?
NTTドコモのCM。
こちらですが、このCMで窓口に相談に来ている堀北真希が「声で繋がっていたい」みたいなことを言うのですよね。
最近の中高生は、常にケータイをいじっていて、そうやって誰かとの繋がりを確認していると聞きます。もちろん、その繋がりというのが極めて薄っぺらなもので、時に、相手の本当の名前や年齢、住所など何も知らないことすらあると聞きます。
こういうのを繋がりと呼ぶのか、呼んでよいのか、あたしにはわかりませんが、ただ、そんな程度でもよいから繋がっていたい(そういう関係を「繋がり」と呼ぶのだとして)という気持ちが理解できません。
いや、もしかしたら、今どきの若者は昔ながらの友情とか親友という関係が重たくて、ケータイやSNSを通じた、上っ面だけのつきあいに居心地のよさを感じるのかもしれませんね。そういう意味でなら、なんとなくわかります、理解できます。
でも、あたしなどはリアルな人間関係もうざったいと感じてしまうだけでなく、ヴァーチャルな関係もうるさく感じてしまうんですよね。ですから、あたしの場合、「住所録」と言うのでしょうか、「アドレス帳」と言うのでしょうか、ケータイやスマホの「電話帳」ですね、あそこには自宅と母と妹くらいしか登録していません。
そんなものでよいのではないでしょうか?
で、声で繋がるって、つまりメールのやりとりではなく、声を聞きたいということなのでしょうか?
今日の配本(14/09/01)
夏休みの宿題
今日は8月31日。夏休みの最終日です。
というセリフは、あたしが子供のころには常識で、冬休みが長い北国の学校を除いては、夏休みは8月31日までというのが日本中のルールでした。でも、最近はどうも違うようですね。沼津に住む、あたしの妹のところの小学一年生の姪っ子は、既に25日から始まっているそうです。うーん、なんか不思議な感じ。
で、それはともかく、夏休みの最終日というと、ドラマやマンガなどでは「宿題に追われる子供たち」という典型的な描かれ方をしますが、実際のところはどうなのでしょう?
あたしは、小学生のころから宿題が多かったという記憶はなく、夏休みの後半にたまった宿題に苦労したという記憶もありません。むしろ、計画的に宿題をこなし、7月中や8月上旬までには終わらせていることが多かったと思います。一部の、毎日記録を付けなければいけない日記などは最終日までやっていましたが、そういうタイプの宿題以外はさっさと終わらせるというのが、あたしのスタイルでした。
そして、高校時代になりますと、さらにそれが進みました。高校というのは試験休みというのがあります。一学期で言いますと、7月の半ば前くらいに期末試験が3日間くらいあり、それが終わると一週間程度の試験休みというのがありました。もちろん部活動はやっていますが、部活に入っていないあたしなどは、まるっきりのお休みです。そして、一週間程度の試験休みが終わって終業式に一日出て、夏休み本番突入というのが夏休み前のスケジュールでした。
あたしの場合、その試験休み中に夏休みの宿題を終わらせてしまうことが多かったです。ですから、終業式には宿題を学校に持っていき、ロッカーにしまって夏休みに突入という塩梅です。夏休み中にはほぼ宿題をすることはありません。自宅に宿題を持ち帰るということもほとんどありませんでした。
そんな学生でした。
ちなみに、日常でも、午前中の授業で出された宿題は休み時間や昼休みにやっちゃって、極力家に持ち帰らないようにしていました。
あたしって、そんな生徒だったんです。





