Nancy Sensual World

このたび、「染井吉野ナンシーの官能世界」は引っ越しました。新しい世界はこちらになります。今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。 自動では新しい世界に飛びませんので悪しからず……

新着ニュース

まもなく自著も刊行予定

今日も朝日新聞です。

元フィギュアスケート選手の町田樹選手が本を紹介している記事です。

この町田選手、近々あたしの勤務先から書籍を刊行いたします。それが『アーティスティックスポーツ研究序説 フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』です。

フィギュアスケート選手時代の写真ではありません。タイトルからもわかるとおり立派な研究書です。アーティスティックスポーツというと、少し前から名称が変わったシンクロナイズドスイミングが有名など思いますが、こういった、誰にでもわかりやすい数値で順位や勝ち負けが判定されるのではなく、芸術性や表現力などを競う競技はなかなか奥深いものがありますね。

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最近のRockfield's Diary

自然と友達に?

土曜の晩はたいてい日本テレビ系の「斉藤さん2」を見ています。今し方まで見ていたのですが、あたしの大好きな桐谷美玲ちゃんがだいぶ日焼けしたなあと感じた回でした。あれだけの炎天下、たぶん埼玉のレイクタウンでやっているとおぼしきロケ。あれではどんなにUVケアをしても日焼けは防げないでしょうね。

そんな「斉藤さん」で、桐谷美玲ちゃんはここ数回、自分は果たして斉藤さんの友達になれたのか、斉藤さんは自分のことを友達として見てくれているのか、不安に感じています。で、今回、エンディングに近いところで桐谷美玲ちゃんの夫役・田辺誠一が「子供の頃はいつの間にか友達になっていただろ。友達かどうかなんて考えないだろ」というようなセリフで美玲ちゃんを励ましていました。

うーん、美しい夫婦の愛、と感心している場合ではありません。あたしには納得できません。

確かに、子供の頃はそんなことは考えなかったというところは正しいです。でも、あたしはその小学生の頃にいじめられたり、嫌われたりしていました。その時、こちらが友達だと思っているだけでは友達にはなれないんだと実感しました。必ず相手からの承認を取り付けないと、友達だと思っているのはあくまでこちらの一方的な気持ちでしかなく、双方向で友達であるという認識が共有されているわけではないんだと。

それ以来、小学校卒業まで、そして卒業後もずっと、あたしは他人に対して友達であるか否かを確認したことはありません。確認したいとも思いません。答えを聞くのが怖いと言ってもいいかもしれませんが、その一方で、あたしなんかを友達と思ってくれるような人はいないだろうなあという諦めの気持ちも混じっています。確認してやっぱり相手はそう思ってくれていなかったら悲劇です。それにいったいいつまで友達と思ってくれているのかの保証もありません。そんなあやふやなもののために自分の感情をかき乱されるのはたくさんです。

だから、あたしには小学校以来、友達と言える人は存在しないのです。知り合いなら、これだけの年数を生きてきましたから、仕事もしていますし、それなりに増えましたが、どれも知り合い、顔見知りであって、友達ではないですね。田辺誠一みたいな脳天気なセリフ、あたしにはとても口にできないと感じだ視聴後の感想です。

 

どうして人文書が売れないのか?

どのジャンルも売れてないと言ってしまえばその通りなんですが、「人文書は売れない」という台詞もこの業界の人口に膾炙して久しいものです。でも、ふと思いました。いまの日本の政治と同じなのか、と。

どういうことか? 民主党政権って、異論はあると思いますが、あたしの印象では青臭い理想を掲げた政治をやろうとしていたんじゃないかと思います。官僚から政治を取り戻す、金権体質の自民党政治に訣別などなど、少し前の日本だったら馬鹿にされそうなくらい青臭いセリフだったと思います。でも、国民はそれに乗ってみることにしたわけです。

でも、結局、それでは腹の足しにはならない、誰がこの国の舵取りをやってもいいから、とにかく満足に食べられるようにしてくれ、という国民の声が強くなり、結局は何を食わせてくれるのかわかりませんが、とにかく腹に入るものを出すと約束してくれた自民党に、国民は再び賭けてみたわけです。

で、あたしの感覚では、民主党時代は哲学を語ろうとした時代だったのではないか、という印象なんです。その哲学の中味がどういうものであったか、後世の人の検証に耐えるほどの中味を持っていたのか否かは今は問いません。とにかく民主党は哲学で政治をやろうとしていたのではないか、少なくとも前半においては。

それが国民にそっぽを向かれたわけで、それってつまり国民は哲学なんて求めていない、もっとすぐに役に立つような本が読みたいんだという動きとシンクロしているような気がするんです。ダイエットなんかの本は相変わらず売れていますから。

でも、逆に考えると、民主党の掲げた哲学が稚拙だったから国民はそっぽを向いただけで、もし哲学と呼ぶにふさわしい内容を備えていたならば、こうも早々と自民党に政権を奪還されなかったかもしれないとも思えます。つまり、人文書も本当によいものなら売れるはずだという、もう何十年も言われ続けている、ありきたりの結論に行き着いてしまうわけですが……(爆)

やはり、腰が痛いとろくなことを考えませんね。