乳母日傘?

午後から喉のいがらっぽさが抜けません。咳が出て出て止まらないです。風邪の初期症状(?)といった感じです。もう明後日から仕事だというのに、こういうタイミングで具合が悪くなる子って、小学校や中学校ではいましたね、もちろん、あたしは違いましたけど。

思い当たる節はあるんです。Facebookにも書きましたが、午前中に国分寺へちょっと買い物に行って来ました。百均で年賀状を入れるファイルとか駅ビル内のお店で新年からカバンに入れる匂い袋とか、そんなものを買いに行ったのです。それだけなので昼前には帰宅しましたが、それ以来です、喉の調子がおかしいのは。

数週間前にも喉の調子がこんな風におかしくなることがありました。昨年の話です。今年の風邪は喉に来るのでしょうか、と思いつつ、薬を飲んで早めに寝るようにしましたが、今回も帰宅後ちょっと寒気がしました。今シーズン一番の寒さとは言え、それほど風もなく、日が照っていましたから、片道約30分の道のり(←少しは健康を考えて、ふだんなバスのところ往復歩きました)でしたので、汗をかくまではいかなくとも、体はそれなりに火照ります。それが帰宅して一気に冷えたのでしょうか?

それにしても年末年始、ほとんど家から出ることなく過ごしていたので、久しぶりに人混みへ出ただけで、こんな風に体調を崩してしまいました。別にわが家が無菌状態と言えるほどきれいなわけではありません。単に自宅の雑菌には既に免疫ができていると言うことなのだと思います。一歩外へ出ると何人の敵がいるのか知りませんか、簡単に喉をやられてしまいました。

その後はぬくぬくと自宅に籠もっていましたので、今は喉の具合も落ち着いております。

そもそもが荒唐無稽なので

寒い一日。自宅で映画鑑賞です。って、いつも通りですね(汗)。

  

「リアル鬼ごっこ」の3・4・5です。以前、パート1、2は見ていたので、こんどはその続きというか最新作を鑑賞しました。

 

まずパート1とパート2はしっかりとした続きものです。ストーリーは繋がっています。そして2のラストは、さらにパート3、パート4もあるぞという期待(?)を持たせる終わり方でした。ところが、このパート3からパート5までは、前二作とは全く関係がありません。いや、近未来の東京が「王様」と呼ばれる独裁者に支配されていて、その王様が突然命をかけた鬼ごっこの開催を宣言するという設定自体は同じですが、話は全く異なります。

パート1とパート2ではパラレルワールドが存在し、そのパラレルワールドで鬼ごっこが行なわれているという設定でした。パラレルワールドですから、向こうの世界にもこちらの世界と同じ人間が存在していて、こちらで死ねば向こうでも死ぬ、向こうで死ねばこちらでも死ぬという具合です。ただ、主人公だけは特殊な状況下で生まれたためにパラレルワールドにはいない、たった一人の存在として位置付けられ、それがこの世界を救う救世主としての役割にリンクしていく設定でした。

対してパート3からの三部作にはパラレルワールドは出てきません。現実に数世紀後の東京を独裁者が支配しているという設定です。三作は同じリアル鬼ごっこに放り込まれた人たちを、それぞれ三つの場所で描いた連作のような作品で、主人公たちがニアミスしています。なんでB型の人間ばかりを狩るのか、その種明かしはパート5で明かされますが、そういう意味ではこの三部作はパート3からパート5というタイトル付けが間違っていて、「新・リアル鬼ごっこ」1~3とした方がよかったのだろうと思います。

鬼に捕まると頭にボルトを打ち込まれて殺されてしまいますが、これも捕まってすぐに打たれて死んでしまうその他大勢と、捕まっても抵抗してなかなか打たれず、間一髪で逃げ延びる主人公たちという都合のよいシーンが満載です。パート5まで見て種明かしがされるので、パート3と4では、何のために鬼ごっこが始まったのか、そして本当に鬼ごっこは終わったのか、よくわかりません。せっかくの連作なのだし、主人公が各作品でニアミスしているのだから、最後に全員が一緒になってもよかったのではなかったかという気もしますが……

パート5で主人公は王様の宮殿(?)に乗り込みますが、サラリーマン時代にあれほどドジでダメな社員だった男が、あれだけのことができるとは到底思えません。愛の力というにしては説得力がなさすぎるでしょう。それに助け方、最後に王様の騙す手段も、とても彼が思いつくとは思えないし、思いついたとしても実行できるとは思えない方法です。

登場する主人公たちはどれもパッとしません。若手アイドル予備軍といったタレントさんたちなのでしょうけど、男は格好良くないし、女もかわいくないです。だからといって華があるわけでもなく魅力にあふれているわけでもありません。どうしてこういうキャスティングになったのか疑問です。ただ唯一、パート5の仲間リサはきれいです。カワイイです。

ヘ、ヘ、ヘ、ヘビが~

今年は言うまでもなく巳年、つまりヘビ年です。だからなのでしょうか、ヘビの出てくる夢を見ました。

あたしと母と、あと誰か、妹家族だったのか、他の親戚だったのか、夢なのではっきりしないのですが、何人かで歩いていました。初詣に向かっていたのか買い物に行っていたのか、そんなこともわかりません。とにかく歩いていて、一列になって歩いていたわけではないのですが、母が一番最後を歩いていました。で、突然母親がギャーという叫び声を上げました。何かと思って振り返ると、母親の前に大きなヘビがとぐろを巻いているような巻いていないような態勢でいるのです。あたしや他の人はどうして気づかなかったのかと思うほどのヘビです。もちろん、アナコンダと呼ぶほどの巨大さではなく、普通に日本で見かけるヘビのやや太め、長めのサイズです。

   

そのヘビがいきなり飛びかかってくるのではなく、母の腕から首に巻き付いてきたのです。噛みつくとか威嚇するといった行為はなく、ただおとなしく(?)母の体に巻き付いてくるだけで締め上げるわけでもありません。それでも母はパニクってますし、我々もどうしてよいかわからず右往左往するだけです。夢はそこでプツンと終わります。そして次の場面ではまたどこかを歩いているのです。そしてまたしても蛇が現われ母親に巻き付きます。

そんなパターンの夢が繰り返されること数回、ようやく目が覚めました。蛇に襲われたという感じではなく、かといって懐かれたという感じもありません。危害こそ加えられなかったものの、取り立てて得をしたわけでもありません。むしろ気味が悪いですし、母などは卒倒しそうな様子です。

ネットで調べると、白い蛇は吉夢だということで(夢に出てきたのは真っ白ではなかったですが、白っぽい蛇でした)、たぶん全体としても吉夢なのだろうと自分を納得させております。

孫文という人は……

もうだいぶ前にNHKで放送された「シリーズ 辛亥革命100年」全3回をHDDに録っておいたのですが、それをDVDに焼きました。その時、録画モードなどの関係で高速ダビングができなかったので、何気なくその番組を見ておりました。第一回が孫文、第二回が溥儀、第三回が蒋介石という放送で、孫文の回を見ながらダビング作業をしました。

孫文は台湾でも中国でも国父として仰がれ、国共両方から尊敬されている人物として稀な存在です。ただ、最近はそれほどの聖人君子だったのか、革命の理想に燃える好漢だったのか、疑問を呈する論評なども増えてきていると感じます。例えば『覇王と革命 中国軍閥史1915-28』などでも当時の軍閥たちと比べて格段に優れた人物だとは描かれていません。むしろ人物としては数段劣っていたのではないかと思われるような印象すら受けます。

個人的には、たぶん大言壮語癖があり、何かを思い定めたら他のことには一切関心がなくなって猪突猛進してしまう、周囲の人間から見たらはなはだ迷惑な人物だったと思います。人間の器としてもそれほど大きかったという感じはしませんが、当時の軍閥の中では格段に弁が立ち、未来への情熱が一頭抜きんでていたことは確かだと思います。

もちろん、上に器のことを書きましたが、犬養毅をはじめ多くの日本人、中国人が助力したように、ひとかどの器であったことは確かで、人間的な魅力も相当なものがあったと思います。ただ、途中で離れて行ってしまった人たちも大勢いたわけで、そういう人には孫文の欠点が目に留まったのでしょうし、多くの人がやられた魅力から、魔法が解けたように、ふっと冷めてしまったのではないかと思います。

もし癌で死んでいなければ、もう少し長生きしていたら、もしかすると革命勢力が孫文によって引っかき回されてしまっていたのではないかという危惧も覚えます。なかなか台湾や大陸の研究者ではそこまで孫文を悪く見ることは難しいのかもしれませんが、そろそろ客観的な歴史の評価が出てきてもよいのではないかと思います。あと、時代が異なるから仕方ないのかもしれませんが、孫文は医術を捨てて革命へと進み、魯迅は同じく医術を捨てて文学の道を選んだ、この二人の救国の手段の差について比較研究ってなかったでしょうか?

タイトルと内容が……

この数年、冬に訪中しなくなってからというもの、お正月はのんびりと自宅で過ごすのが定番となっています。初詣にも行かず、年始のあいさつにも行かず、郵便受けまで新聞や年賀状を取りに行くのと、年賀状の返事をポストまで出しに行くくらいしか家から出ないで過ごしております。

というわけで、ずいぶん前にとっておいたスカパー!の映画を鑑賞。

たぶん日本では劇場公開されていないのではないでしょうか。B級とも言えないホラーです。タイトルはアパートなのですが、大学の学生寮。昔はアパート(マンション?)として使われていた築100年のかなり老朽化した建物です。休みになってほとんど学生が帰省する中、主人公となる同室の女の子3人と、そのうちの一人の彼氏一人、それからあまり他人と打ち解けない男子生徒一人の五名が寮に居残っています。あとは門衛のおじさん。

ストーリーは、恐ろしい霊が現われて一人また一人と殺していく、主人公たちは必死に逃げ、最後はまあ主人公とあと一名が生き残るという、この手のホラーではありがちな内容です。最初に現われる少女の霊が殺人を犯すのではなく、自分は殺されたということを訴えたかっただけというのも、まあありがちでしょうか。そうとは知らない主人公たちは交霊会を開いて、その少女の霊を呼び出そうとしますが、出てきてしまったのは少女を殺した男の霊。この男、同じくこのマンションに住んでいた連続殺人鬼で、既に数十年前に捕まって電気椅子にかけられた刑死しているのです。そんな殺人鬼の霊をなぜ呼び出すことができたのか、名前を呼んだからなのでしょうけど、ちょっと理解不能。例えばこのアパートで殺されたとか、そういうのであれば、この場所で呼び出せるのも理解できるのですが……

くだんの殺人鬼の霊、結局、見事倒せたつもりのようなエンディングですが、エンドロールの合間の最後のワンシーンで、実はまだやられていないことがわかります。別の人間の体に乗り移ってうまいことこのアパートから外へ出ることができました。この後どうなってしまうのでしょうね? もちろんこんなB級とも言えないような映画では、パート2が作られることもないでしょうし、現に数年たった今でもパート2が作られた気配はありませんね(笑)。

そして、これが一番肝心なことですが、ホラーなのに怖くありません。迫ってくる恐怖とか、得体の知れない恐ろしさ、逃げられないという絶望感、そういったものが全く感じられません。だったらグロいシーンで見せるのかと言えばそんな殺戮シーンはほとんどなく、この手のアメリカの学生主人公映画にありがちなエッチシーンや裸も皆無と言っていいでしょう。何に期待してみればよいのかわからない映画です。主人公の女の子も飛びきりの美人でもなければブスでもなく、ごくごく普通にカワイイ女の子で、取り立てて魅力的という感じではなかったです。

 

暮れらしい?

年末だからといって、特にいつもと変わった過ごし方をするわけでもなく、ふだんの休日とあまり変わりません。あえて違いを言えば、土日二日間よりも休日が格段に長いということくらいでしょうか。そんな大晦日、少し前にスカパー!でやっていた映画を録っておいたので視ました。

 

往年の名作アニメ、ヤマトです。最後の作品では沖田艦長も復活し、地球を水没から守るためにヤマトは自爆して地球を救ったというラストでした。それから十数年後の設定というのが今回の復活篇です。ネットの情報によると、この復活篇は三部作になっていて、現時点では第一部のみが製作、公開されています。既に公開から数年たっていますが、キムタク主演の実写版、オリジナルのリメイク版など、このところヤマトが再び盛り上がっている(?)のでスカパー!でも放送されたのでしょう。これ以外にもオリジナルのテレビ版ヤマトもスカパー!で放送されています。

さてこの復活篇。オリジナル版とディレクターズカット版の二種類があり、そのどちらもが放送されました。この二つ何が違うのかって、結末が違うのです。三部作の第一部なのに結末が違っては第二部はどうなるのでしょう、という疑問も沸きますが、これまたネット情報によると、最初に公開した時にこの両者を流し、ファンの人にどちらを採用するか投票してもらったそうです。それで決まったのが通常版で、ボツになったのがディレクターズカット版だそうです。

ストーリーの基本は同じです。宇宙の彼方に移動型のブラックホールが出現し太陽系に向かっている、このままでは地球は飲み込まれてしまう。科学者がいろいろな方法を考えたがどれも技術的に困難で、結局、別の惑星へ移住するという選択をした地球人。その移民船団が移送の途中に何者かに襲われ、極秘裏に建造が進められていたヤマトに古代進が艦長として乗り込み、敵と戦いながら移民船団を守るというストーリーです。

敵の正体は、意味先の惑星近辺の宇宙国家連合。地球人の移民を侵略と思い込んで攻撃してきたわけですが、国家連合の盟主的な国が邪悪な心の持ち主で他の国家にこれは地球人の侵略だと信じ込ませていたというわけで、この邪悪な国家にヤマトは闘いを挑みます。で、ここからがオチになるのですが、先に述べた移動型ブラックホールは、実は生命体のようなもので、邪悪な国家(劇中ではSUSとアルファベットで呼ばれています)に操られている模様。そのSUSも別次元の世界からこの世界に入り込んできた生命体で、ヤマトに敗れ、ひとまずは自分たちの次元へ戻っただけです。

オリジナル版では、ブラックホールが敵の操るものだとわかったので、ブラックホールの中心付近に力の切れ目のようなものを発見し、そこへ波動を打ち込んでブラックホールを消滅させて地球を救う、という結末です。この闘いの中でヤマトのデータ解析担当女性クルーが死んでしまいます。ディレクターズカット版は、そういったブラックホールの正体には触れられず、地球はそのまま飲み込まれて終わりです。ヤマトのクルーは誰も死にません。いかにも、まだ続きますというエンディングです。

通常版とディレクターズカット版は、その他にも細かなシーンでいろいろ違いがあるようですが、ストーリー全体に影響するほどのことではありません。まあ、ファンの人が地球が亡びないバージョンを選択したのは納得できますが、地球が飲み込まれても、飲み込まれた先の世界へヤマトも向かい、敵を倒して地球を取り戻すというストーリーを制作者側は考えていたのかもしれません。

あたし自身は、両方を視て、松本零士ではない絵のタッチに馴染めず、そのくせ登場人物の描き方は、特に女性などは松本零士的で違和感がぬぐえませんでした。ストーリーも石原慎太郎が原案とありますが、何を描きたいのか理解不能です。もうあのじいさんはボケていますね。(まあ、これまでのヤマトも作品を続けるための強引な設定でしたけど)

最大の謎というか不可解は、古代と結婚した森雪が最初の方で行方不明になります。死んだのかどうか定かではありません。たぶんこの三部作は新たな敵との戦いの他に、いなくなった森雪を探すというのも大きな柱になると予想させる出だしです。ところが三部作の第一作だからなのか、その後森雪の行方のヒントになるようなシーンは一切ありません。結局、森雪はどうなっちゃったの、というフラストレーションが残ったまま終わります。敵が異次元の生物ということで、戦闘の際に何かの弾みであちらの次元に転送されてしまったのではないか、それをヤマトが、古代が救出に行くという展開が予想されますが(勝手に予想したのですが)、ストーリー上はそのヒントすら見えません。

森雪はどこへ行ってしまったのでしょうか?

 

セクハラおやじ?

昨晩見た夢の話です。今年は例年よりも忘年会が多かったからなのでしょうか、業界内の忘年会の夢を見ました。

とある出版会の忘年会。ちなみにあたしが担当者として参加しているのはヤングアダルト(YA)出版会人文会なのですが、比較的若い女性が大勢参加していたところを見るとYA出版会の忘年会とおぼしき様子なのですが、知った顔が見当たりません。業界の忘年会と書きましたが、もしかすると、間違えて紛れ込んでしまった合コンだったのかもしれません。ただ、顔は知らないのに、その人のことは知っているような態度をあたしが取っていたのは覚えているんです。いったいどういうシチュエーションの夢だったのか……

とにかく、そんな忘年会的な飲み会の会場でした。上にも書いたように、女性陣は比較的若い世代もいて、男性陣にはおじさんと呼ばれる世代も混じっているというメンツ。お互い顔見知りなのか仲良く楽しく飲んでいたのですが、だんだん酒が回ってきて、あるおじさんが一人の女性に絡むようになってきたのです。「もう、酔ってるんですか?」といった感じで最初のうちはあしらっていた女性。すでにこの時点でうるさい人ならセクハラと騒いでいたかもしれませんが、その女性はとりあえずその時点では押さえていました。

で、あたしは困ったおじさんだと思いつつも、別のテーブルで別の参加者たちとワイワイ楽しくやっていたのです。そうしたところ、突然悲鳴、もちろん女性の悲鳴です。声の主は絡まれていた女性。どうも、先ほどから絡んでいた酔っ払いオヤジがその女性に抱きついたようなのです。それも首に手を回してキスをするかの勢いで迫ったらしく、その女性は悲鳴を上げて突き飛ばし、オヤジはテーブルの上のグラスなどをいくつかなぎ倒しながら、ソファーにつんのめっていました。

オヤジは完全に酩酊状態。たぶん気がついた時には自分がどこにいるのか、いったい何をしていたのか、まったく覚えていないのは明らかです。とりあえず何やら叫びつつもソファーに伸びているので放っておくことにして、襲われた女性が心配です。怒っているというよりも、ちょっと震えていて、目にもうっすら涙を浮かべています。いくらなんでも飲み会の席でそこまでされたことはなかったのでしょう。まあ、たいていの女性はそうでしょうけど。

で、何故かあたしはその会の幹事だったのか、その場を納めなくてはならない立場に追い込まれていました。こんなことがあったので、既に座はしらけきっています。これ以上飲むという雰囲気ではありません。そこでまずはあたしは、その襲われた女性は帰すことにし、お店の出口まで送っていきました。まだ震えているし、泣いている感じなので、何か声をかけてあげたいところですが、男性からの暴力におびえている状態ですから、あたしが何を言ってもダメでしょう。その女性と仲のよさそうな女性に頼んで一緒に帰ってもらいました。

と、ここまでで夢は終わりです。その後、残った参加者がどうしたのか、ソファーに伸びているおっさんはどうなったのか、まるっきりわかりません。そもそも、あたしがその後どうしたのかすらもわかりません。とにかく後味の悪い飲み会、否、夢でした。

あんなおっさん、誰が誘ったんだ?

静か

午前中というか朝というか、どっちでも構いませんが、会社へ行って来ました。Facebookの方に載せたように、一昨日の最終日に会社で使っている湯飲みなどを流しで漂白剤につけて帰ったので、その回収というか処理をしに行ったわけです。その他に、最終日に持って帰れなかった荷物がちょこっとありましたし。

会社にはいつもよりは少し遅く8時に到着しましたが、日曜日でもありますので、中央線の車内はいつもとはガラッと変わっています。目立つのはやはり大きな荷物を抱えた旅行客です。目立ったのは家族連れというよりもカップルや若い夫婦といった感じの二人組でした。あたしが「カップルで旅行なんて羨ましいなあ」という気持ちを抱いているから目に入りやすかったのでしょうか?

そして、そういうカップルですが、荷物は武骨なスーツケースというよりもボストンバッグを方から背負っているパターンが多かったです。年末年始を国内の温泉で過ごすのか、スキーへ行くのか、はたまた彼氏か彼女の実家へ向かうのか、いずれにせよ、韓国や台湾など近場へ二泊くらいというケースを除けば、とても海外へ行くような感じには見えないカップルばかりでした。少なくとも、カップルも家族も含め、今朝の中央線の車内に海外旅行へ行きそうな人は見つけられなかったというのがあたしの印象です。

もう一つ見かけなかったのは会社へ出勤するような人です。たぶん今日も明日も仕事、という人はたくさんいると思いますが、そういう人はサービス業でしょうかね、もう少し出勤時間が遅いのでしょうか、とにかく車内には土日でも見かけるようなスーツ姿のサラリーマンを見かけませんでした。あたしの視界の中には入ってこなかったです。

そんな中、新宿から乗り込んできた女性、今日も出勤のOLさんという感じでしたが、お人形さんのようにきれいな顔立ちの女性でした。乃木坂46の白石麻衣をもう少し大人にした感じの女性でした。あたしと同じくお茶の水で降りましたが、どこへ向かったのでしょうか? また逢えるでしょうか?

休息

先週の土曜日からやってきていた妹家族が帰りました。朝の10時前には出たのですが、あいにくの事故と帰省渋滞にはまってしまい、3時頃着いたようです。空いていれば、2時間ちょっとで着く距離なんですけどね。やはり、盆暮れの帰省シーズンには出かけないのが一番です。

というわけで、本日午前より、ようやくいつもの暮らし。母と二人の年末年始です。出かけるところもなければ、遊びに来る人もいませんから、静かなものです。そうそう年賀状を書かなければと、ようやく夕方になって書きました。とはいえ、こちらから出さないとならない、ごくごく少数のお世話になった方のみで、数通です、片手に余る枚数です。それも、文面はPCで作ってありましたし、自分の住所氏名はハンコを押してありますので、宛名だけを書けばよい状態でしたから、ほんの数分で作業終わりです。

それにしても、決して嫌ではないですが、小さい子供が三人もいると家の中が散らかります。少しは片づけることをしつけないとなりませんが、まだまだそういう歳でもありませんし、こちらのいうことを百パーセントわかるような年齢でもありません。あと数年は辛抱ですね。

ですので帰った後、ようやく掃除と片づけができました。本来のわが家復活です。

 

打ち上げない

仕事は今日で終わりですが、意外と注文の電話が鳴った日でした。書店の方も、もう年内に届かないのは織り込み済みなので、面倒な頼まれごともなく、無事に終わりました。本日は午後3時までで、その後、社内で簡単な打ち上げがあると、社長から全社員に通達がありましたが、雨も降ってきそうなのと、わが家に来ている妹家族もいますので、あたしは3時半には退社です。

会社を出た時には軽く雨が降っていましたが、折り畳み傘を出すのも面倒なので、コートのフードをかぶりながら駅へ向かいました。地元の駅を下りると、こちらは降っていなかったのでラッキーでした。こういうものすごく小さいラッキーばかりで、大きなラッキーが起こらないのがこの数年、否、十数年のあたしです(涙)。

そして、打ち上げに参加せず帰宅したのは正解でした。帰宅後、宵から晩にかけて中央線が人身事故か何かで停まっている、あるいは動き出したというニュースが入ってくるではありませんか。最終日に、持って帰らないとならない荷物をたくさん抱えて、満員電車よりも混んでいる電車に乗りたくはありませんから。こんなところも、小さなラッキーなんですよね。今年のあたしを象徴していると感じます。