9月 2013のアーカイブ
ブラックジャック創作秘話
フジテレビ系で先日放送された「神様のベレー帽~手塚治虫のブラック・ジャック創作秘話~」を録画しておいたので視ました。手塚作品は『ブッダ』『どろろ』をちょこっとだけ読んだことがあるくらいで、『鉄腕アトム』にしろ、『ブラックジャック』にしろ、『火の鳥』にしろ、読んだことも視たこともありませんでした。
個人的に手塚治虫に興味があったわけでもなく、好きなマンガ家というわけでもなかったのですが、単純にAKBの大島優子が出ているからという程度の理由だけで視てみたわけです。で、個人的な感想を述べますと、手塚治虫が仕事に手を抜かず、妥協することもせず、自分の限界まで努力をして名作を生み続けたということはよくわかりました。もちろん、ドラマでしょうから、相当なデフォルメ、演出はあるのでしょうけど、ああいう感じはよくわかります。わかるというより、あたしも体感したと言った方がよいと思います。
このドラマを視て、そして見終わって、あたしが思い出したのは、恩師である小松茂美先生、そして伊地智善継先生、このお二人の仕事ぶりでした。学生時代から、そして社会人になってからも小松先生のそばでその仕事ぶりを見る機会がありました。ちょうど畢生の大著『古筆学大成』の最後の配本から、著作集刊行の頃の仕事ぶりを、親しく見ることができましたが、このドラマのように寸暇を惜しんで机に向かい、原稿を書いている姿ばかりが思い出されます。
伊地智先生は、あたしが就職し、その生涯をかけた名著『白水社中国語辞典』の担当編集者として、やはり親しくその仕事を見ることができました。今回のドラマでいう大島優子の役回りです。伊地智先生も、それこそ食事を忘れて、朝起きた直後からひたすら机に向かい、それこそ死の直前まで原稿の完成に執念を燃やされていました。
こんなドラマで泣くなんてみっともないことかもしれませんが、あたしはドラマを視ながら、小松先生、伊地智先生を思い出して、ちょっと泣きそうになってしまいました。ドラマの中でも周囲の人たちはかなり振り回され、不可能と言えるような仕事量をこなしていました。あそこまで極端ではなかったにせよ、小松先生も伊地智先生も同じでした。そして、ドラマの中でもそうでしたが、周囲の人もやはり必至になって先生を支え、最後まで離れることなく先生について行っていました。
そんな周囲の人間の一人に幸いにもなれたあたしは、どうしてあんなに振り回されても離れていかないのか、みんながついていくのかがわかるような気がします。それは結局のところ、周囲の誰よりも、真ん中にいる先生が一番努力をしている、仕事をしている、必死になっているからです。「だって、自分の仕事でしょ」と言ってしまえばその通りですが、誰も文句が言えないほど、命を削るようにして取り組んでいる姿を見たら、手伝おうという気になるのは自然なことだと思います。たぶん手塚治虫の周囲の人も同じだったのではないでしょうか。
ドラマの中でも才能という言葉が何度か出てきましたが、自分が信じた道をぶれることなく一心不乱に追及できる能力に関しては、手塚治虫も、小松先生も、伊地智先生も天才と言ってよいと思います。そこまで打ち込める仕事を見つけることができたのも才能と言ってしまえば、そうなのかもしれませんが……
幸運にも、それだけの仕事をしていた人を二人も身近に見てきて、そういうお前は今どうなんだ、と問われたら、とてもあの世で小松先生、伊地智先生に合わせる顔がありません。情けない限りです。
ワーカーホリック?
テレビでとある若いバイヤーの奮闘記を放送していました。デパートの物産展担当の若いバイヤーが、各地を回って出展を依頼するという内容でした。まあ、ありがちなドキュメンタリーと言えば、まさにその通り。なかなか出展のオーケーがもらえなかったり、当日までにいろいろなトラブルがあったり、フェアが始まる前日まで苦労の連続、それをガッツと先輩の助けを借りつつ乗り越えていく、という内容です。
一昔前であれば「頑張ってるな、負けていられないぞ」と視聴者に思わせるのでしょうが、いまの時代、ああいう内容が受けるのでしょうか? 先輩や周囲の協力とか本人の頑張りはいいのです。それはいつの時代でも変わることないと思います。あたしが問題だと感じるのはその働き方です。
そのドキュメンタリーの主人公(?)は朝早くから夜遅くまで働きづめです。夜に出展者の元を訪問し、また会社へ戻って仕事をして、という毎日がフェアまで数ヶ月続いているようです。そんな働き方が果たして正しいのでしょうか? 確かに先方とのアポイントが9時、5時の時間外であれば仕方ないでしょう。でも、それならその分の半代休などをきちんと取っているのかというと、テレビを見ている限り、そんなことはなさそうです。
このドキュメンタリー全体のトーンとして、フェアを成功させるためには勤務時間も関係なく、とにかく粉骨砕身、がむしゃらに働くんだ、という視点が強調されているように感じます。でも、あたしはそうは思いません。やはり仕事は勤務時間内で終わらせるべきであり、残業しないと終えられないというのは、本人の能力が足りないか、上の人間の仕事の割り振りが間違っているかのどちらかだと思います。
別に適当に仕事をしろと言っているのではありません。そうではなく、あくまで会社と自分とは勤務時間内だけ仕事をするという契約で結ばれているのであって、それを超えて仕事する必要はないと言うことです。もちろんこのドキュメンタリーで、残業代がきちんと支払われていたのか、そこまでは描かれていません。たぶん本人もきちんと残業代を請求していないのではないでしょうか?
それはともかく、残業するのが美談のように描かれていることに違和感を感じます。
その一方、最近の人はなにかにつけて忙しい、忙しいと口癖のように言う人が多いようにも感じます。あたしから見ると、それくらい残業なんかしなくても、休日出勤しなくてもできるでしょ、と言えるような仕事量なのに、とにかく「忙しい」「とても終わらない」と言う人が多いです。確かに、仕事量は変わらずに社員だけは減っている現状では、かつてよりも労働過重になっているのは間違いないでしょう。でも、そんなに言うほどの仕事量なのか、という気がします。こういう不景気だからこそ、やはり社員としてはもっと生産性を上げて仕事に励むべきなのではないかと思うのですが……
これぞYA棚?
YA(ヤングアダルト)出版会の仕事で、小平市にある白梅学園高校を訪問してきました。ここは大学、短大、幼稚園、そして中高一貫の清修学校が併設されている学校で、白梅学園高校だけでも約700名の生徒がいるそうです。
なにゆえ白梅学園を訪問したのか。それはYA出版会が毎年作成している「朝読ガイドブック」を全校生徒に配布するために大量購入していただいた学校だからです。毎年、学校で数冊購入していただいているところは何校もありますが、全校生徒へ配布するために人数分を購入してくださるようなところは滅多にありません。果たしてどんな図書館で、どんな活動を行なっているのか、興味津々です。
もちろんYA出版会とはいえ、実際の中高生に接する機会はほとんどなく、こういう機会に高校現場の声を聞かせていただけるのは、会の活動の大きな励みにもなります。そんなわけで勇躍、本日の訪問となったわけです。
学校は西武線の鷹の台駅から徒歩15分ほど。往路は国分寺からタクシーを使いましたが、20分ほどでした。小平の住宅地を抜け、周囲には創価高校、朝鮮大学校、武蔵野美術大学などが固まっており、鷹の台駅を挟んだ向こう側には津田塾大学もある、ちょっとした文教地区です。
学校は敷地内が工事中で、恐らく新校舎などの建設やグランドの整備を行なっているのでしょう。図書館は授業などを行なう校舎とは別で、司書の先生は「プレハブ」とおっしゃっていましたが、保健室と一緒の建物でした。放課後の時間だからでしょうか、建物の入り口は電気が付いていないのでやや薄暗い感じでしたが、図書館は700名の生徒数に対しては手狭かもしれませんが、決して狭すぎるという感じは受けませんでした。
部屋の半分はご覧のように棚が並んでおり、その前に文庫・新書を収納する回転棚が並んでいます。これまでYA出版会の研修旅行では中学校の図書室を見学させていただくことが多く、やはり子供向けの蔵書だなと感じることが多かったのですが、高校の図書室は違います。並んでいる本がほとんど大人向きと言ってもよいものが過半です。近所にある公立図書館の棚を見ているような気分です。
あまり授業の調べもの学習には活用できていないとのお話でしたが、これだけの本があれば、高校の授業向けとの調べものとしては十分ではないでしょうか。ちなみに、これが大学の図書館になると、PCルームがあって、本だけではなくネットでも調べものができるような環境が整えられているはずです。そこまでは求めなくとも、生徒が自由に使えるパソコンが一台でも置いてあれば、という気もしますが、それは帰宅して振り返ってみてわき上がる感想であって、実際に図書館を拝見していた時は、たくさんの本が整然と並んでいて、図書館独特の懐かしい匂いに包まれて、とても気持ちのよい一時でした。
それにしても岩波新書や学術文庫、何冊か中公クラシックスまで並んでいましたが、そこらの小さな公立図書館よりも充実しているのではないでしょうか? 別冊太陽も置いてありましたが、上掲写真に写っているような開架の書籍が1万冊ちょっと、その他に閉架の書籍が3万冊弱あるそうです。
この写真は、入り口の一番近くにある小説の棚です。書店で言う文芸書コーナーです。ここには海外文学は並んでいませんが、日本人の作家が姓の五十音順で並んでいます。
よく書店の方から「YAの棚をどう作ったらよいかわからない」という意見をいただきますが、ひとまず小説に関して言えば、こちらの図書館のこの棚を見ていただければよいのではないでしょうか? 小説だけではなく、ノンフィクションなどさまざまなジャンルが混じっているからYAは棚を維持していくのが難しいと言われますが、とりあえずは小説に絞って作るとするなら、ここの棚はとても参考になるのではないでしょうか?
東野圭吾や万城目学もあれば、宮部みゆき、皆川博子も並んでいます。変に子供っぽくせず、大人向けの本もまぜこぜになって並んでいますが、なんかすごく楽しそうな棚でした。見ているこちらも楽しくなりますが、本が楽しそうに棚に収まっている感じがしました。あたしの好きな宮木あや子さんの作品も数冊並んでいましたが、高校生が読んでも毒のあまり強くないものがセレクトされていて、ブラックな宮木作品は身長に排除されています。
たぶん、実際の書店でこれだけのYAコーナーを作ってしまったら大変でしょうけど、高校生に向けてアピールするにはこれくらいの選書でないとダメなのかな、という印象を受けました。たぶん女子高生には手が届かないほど高い棚、ジュンク堂よりも高そうな棚に床から一気に並んでいるこの棚の迫力はなかなかのものです。それがニコニコしながらこちらに向かってくる感じなのです。
惜しむらくは、先生も指摘されていましたが、校舎と繋がっていたない建物なので、雨の日は傘をささないと来られない、プレハブなのでトイレがなく、向かいの校舎まで行かないとならない、といった難点があって、本が好きな決まった子以外は図書室を利用している生徒はそれほど多くはないようです。
もったいない、と感じるものの、かく言うあたしだって、自分の高校時代を振り返って、図書室が学校内のどこにあったか思い出せないわけですから(←つまり図書室を使っていなかった!)、白梅の生徒さんを責める資格はありません。ただ、それでもこうして偉そうに出版社の人間です、と仕事なんかできているのですから、嘆く必要はないのでしょう。そもそも700名からの生徒がみんな本好きで、本ばかり読んでいたら、それはそれで学校としても問題でしょうからね。
なんとフツーな!
物欲とポイント還元
ちょっとしたPC周辺機器を買いたいと思っています。1万円から、やや性能的な高級品でも2万円も出せば買える製品です。
なら買っちゃえば、と言われるかも知れませんね。はい、あたしもそう思います。
その一方、今すぐというわけではないのですが、パソコン本体も買いたいと考えています。こちらは十数万からの出費になります。よし、買おう、ですぐに買えるような金額ではありません、安月給のサラリーマンにとっては……(涙)。
じゃあ、パソコンはお金が貯まるまで我慢、冬のボーナスが十分にでたら買えば、ということになります。はい、それが最も賢明なやり方だと思います。それなら、最初に挙げた周辺機器の方をとりあえず購入しますか、ということになりますが、これが悩ましいです。
何が悩ましいのかと言いますと、たとえばビックカメラとかヨドバシカメラのように、買い物をするとポイントが付く家電量販店って多いと思いますが、そのポイントというのはセールなどの時を除けば、だいたい10%です。時に型落ち商品やタイムセールで15%とか、20%近いポイント還元になると気もありますが、まあ10%というところが平均です。
で、パソコンですが、こちらも10万円を切る安い製品もありますが、やはり数年間は使えるスペックのものを買おうとなると、十数万、たぶん10万円台半ばの値段になります。仮に15万円としましょう。これのポイント10%は1万5000円です。はい、周辺機器が買えるようなお値段です。つまりパソコンを買えば、周辺機器も買えてしまうのです。
となると、周辺機器もいま買うのは我慢して、パソコン本体を買える状況が整った時に、まずはパソコンを買い、そこに付いたポイントで周辺機器を買うという順番が一番得ですよね。つまり、欲しいもの二つともお預けです。
とりあえず周辺機器の方は今すぐにないと困るというものではありませんので、パソコンを買うまで待つことは可能です。しかし、こういう状況って、多くの人が味わっているのではないでしょうか? そして、もし周辺機器が急を要する製品だった場合、人はいったいどのような選択をするのでしょうか?
とても悩ましいところです。ままよ、という感じでパソコンを一気に買ってしまうのか(周辺機器はポイントで)。それともまず周辺機器を買い、その後パソコンを買うのか(ポイントばかりがたまっていく……)
みんな、悩んでいるのでしょうね。
癌でしょうか?
何も書かないうちに「下書き保存」のはずが「公開」してしまったみたいで、失礼しました。
あたしの地元の市から「がん検診のお知らせ」というDMが届きました。大腸がんの検診を市内の指定病院で無料でやってくれるとのことです。便を取って提出し結果が出るのを待つ、ということのようです。とりあえず無料でやってくれるというのですから、何ら自覚症状もありませんが、受けるだけ受けておこうと思います。
で、検便です。
先日も会社の健康診断で便を提出させられましたが、今回の大腸がんの検診には2日分の便を取る必要があるようです。採便用器(?)を二つ渡されました。会社の健康診断では一回便を取ればよかったわけですので、やはり癌の診断ともなると慎重を期すのでしょうか?
しかし、便でわかるのでしょうか? という素朴な疑問があります。だったら、先日の会社の健康診断では大腸癌の検査ってやってなかったのでしょうか? どうせ便を取ったのですから、合わせてやってくれてもよさそうなものを、と思うのはあたしだけではないでしょう。別に便ですから、いくら提出したって減るものではありません。欲しければいくらでもあげますが、あんなものでいったいどういったことがわかるのでしょう?
大腸癌がわかるのはよいとして、便で性別とかってわかってしまうのでしょうか? あるいは職業とか年齢とか、当たらずといえども遠からずの結果が出てしまうのでしょうか? なんか怖いですね。便は何でも知っている、でしょうか? となると、変な性癖とかまでわかってしまうとか、そんなことないですよね、と言っても当たり前ですが誰も肯定も否定もしてくれません。
それにしても、便を集めて検査官はどんな風に検査するのでしょう? あたしのイメージでは白衣を着ていて、メガネで、マスクをした、化粧っ気のない、ストレートの黒髪を無造作に後ろで一つに束ねている女性が集められた便の山を前にして、一つ一つ丁寧に便を取り出している姿が浮かびます。理科室みたいな部屋で、さぞかし臭い匂いが充満している部屋でしょうね。手元を誤って、便が白衣に付いてしまうこともあるのではないでしょうか?
取り出した便をジッと見て、匂いを嗅ぎ、それだけで被験者の健康状態をズバリ言い当ててしまう、そんな人間離れした技を持つ女性検査官(年齢不詳)が黙々と次から次へと便の用器を処理している図が浮かびます。そして時折、氷のような笑みを浮かべ、心の中でこっそりと「お前はあと半年で死ぬぞ」「ほほお、そんな性癖を持っているのか」と独りごちている状況です。
ちなみに、あたしの父は脳梗塞が進行していたのもありますが、医者の話ではたぶん癌が進行していたらしいとのことです。最後の半年で一気に痩せてしまいましたから、それもうなずける話です。父の姉も父とほぼ同じ60で亡くなっていますが、悪性リンパ腫でした。母方も祖父が癌で亡くなっていると聞いています。
あたしは父方、母方どちらをとっても癌の血統のようです。ある日突然発症し、医者の診断では余命半年、なんていうのもありえるかもしれません。個人的には人々の前から風のように消えていなくなる、というのに憧れているので、それはそれであたしには嬉しい状況なのですが……
今日の配本(13/09/24)
2年縛り
ドコモでも、auでも、ソフトバンクでも多くのケータイ会社が顧客獲得のためにさまざまな割引サービスをしているのは承知のことです。いったいどれが一番安いのか、そして最終的にはお得なのか、ほとんど保険の契約コースと同じくらいややこしいことになっています。保険の場合は最近は保険の相談窓口のようなものがあって、保険会社に関係なく、自分の契約コースがお得なのか否か判断しアドバイスしてくれるところもあるようですが、ケータイの場合は聞いたことがないです。
さて、タイトルにもある2年縛りです。2年縛りは俗称でしょうが、つまりは2年間使い続けることで安くなるという風に記憶している方もいるようですが、あたしも同じです。あたしが使っているドコモのタブレット、Galaxy Tab 10.1は使い始めて1年半くらいですが、契約時に2年使い続けること念押しされた記憶があります。まずは、2年使いづけることによって割引きが受けられるわけです。本音はわかりませんが、ドコモからすれば「2年間は弊社とご契約いただけるわけですね、ありがとうございます」という感じでしょうか? 次に2年間津使い続けることによって商品の代金を2年間の月賦で支払うことができるわけです。これによって初回に大きな金額を払わなくて済みます。数万円しますが、2年間、24か月で割れば、月々の払いは少なくなりますから、なんとなく安くなったような気分だけは味わえます。実際のところ2年契約するということで割引きを受けていますから、月々の払いもそれほどの金額にはならなかったと記憶しています。
理解に誤りがあるかもしれませんが、2年縛りとは上記のようなものだと思います。この2年が長いと感じるか短いと感じるか、あたしの場合、なんだかんだともうじき2年になりますから、それほど長いと感じませんが、新製品が出るたびに物欲を刺激されるタイプの人であれば2年はあまりにも長いかもしれません。確かに日進月歩以上に進化の早いケータイの世界では、1年もたてば自分の買った最新モデルも旧式の陳腐な製品に見えてしまうこともざらです。
その一方、使いこなせていますか、手に馴染みましたか、という観点から見れば2年というのは案外ちょうどよい長さではないかという気もします。あたしの場合、タブレットでその後魅力的な新製品が出ていないこともあり、特に物欲が刺激されることはありませんでした。世は7インチのタブレットが優勢ですが、あたしはやはり現在使っている10.1インチが慣れてしまっているので、7インチに変えようという気は起こりません。10.1インチでもっと軽いものが発売されれば物欲が刺激されるかもしれませんが、今のところそういった製品がどこも意外でも見当たらないので、このままでは2年縛りを優に超えて3年、4年と使い続けることになるかもしれません。
で、あたしが問題にしたいのはこの2年縛りという制度のことではありません。いろいろ意見はあるかもしれませんが、あたしの使い方からして2年が長いとは感じないので2年も拘束されるという感覚はありません。むしろ、その間にドコモから新製品の案内が季節ごとに届くことです。ドコモにはあたしがどの機種をどの店でいつ買ったか、どんな契約コースを結んでいるのか、すべてわかっているはずです。つまり2年間はその機種を使い続けてね、という契約をこちらも結んでいます。
なのに、そんな契約を結ばせたドコモの方から、「こんどこんな新製品が出ますよ」といったアナウンスをするのはいかがなものでしょうか? たぶん、ドコモだけでなく、auもソフトバンクも同じだと思います。これでは2年縛りを破棄しろと迫っているようなものではないでしょうか? そして物欲の旺盛な人や人から勧められるとすぐになびきやすい人はまだ2年経過していないのに機種変更をしてしまうのではないでしょうか? その結果、違約金的なものを払わされるとしたら、ケータイ会社は詐欺のようなものではないかと感じるのですが……
本屋と図書館
今朝の朝日新聞に新作映画が劇場公開になると同時にネット配信を始めるという記事が載っていました。
記事を読むと既に実験的に始まっているようですが、基本的に映画はまずは劇場で公開され、その後、DVDやブルーレイなどの発売、レンタルがあり、スカパー!やWOWOWなどの有料放送での放映があり、最後に一般のテレビでの放送という流れだったはずです。映画公開と同時にネット配信などされては映画館に客が来ない、というのがこれまでの常識だったと思いますが、そういった常識は今や崩れ去り、とにかく映画というものをより多くの人に見てもらおうということがまずは肝要ということのようです。
この記事を読むと、あたしは図書館と本屋の関係を思い出します。いま、新しい本が出版されると本屋にも並びますが、図書館にも並びます。図書館の場合、発売から数日のタイムラグがあることもあるようですが、ほぼ発売と同時に並ぶと言ってよいでしょう。人気のある作品の場合、本屋に注文しても、図書館で貸し出し予約をしてもいずれも長いこと待たされるという状況も同じです。
両者の違いは何かと言えば、本屋ではその本をお金を出して購入するのに対し、図書館は無料で貸し出しているという点です。これまで何度も書店の側からは民業圧迫という意見・苦情が出されていました。特に同じ本を何冊も購入している図書館が非難の槍玉に挙がっていたと記憶しています。
それに対し図書館側も税金で運営している以上、市民の希望を叶える義務があると言います。この理屈もわからなくはないですが、個人的には図書館の役割ってもうちょっと違うのでは(?)と思います。もちろん、失われた数十年のせいで家計も苦しいですから、本を買いたくても買えない、だから仕方なく図書館で借りるという人も多いのでしょう。通勤電車の中で図書館の本を読んでいる人の割合がこの十数年確実に上がってきています。最近は文庫や新書まで図書館の本で済ませている人も目に付きます。
それはさておき、出版社から見るとどうなのでしょうか? 正直に言ってしまいますと、図書館は優良なお客様です。時に予算が足りなくて、とか、この本は図書館の蔵書には向いていない、といった理由で返品になることもありますが、多くの場合返品はほとんどなく、出荷すなわち売り上げになります。それに対して書店の場合、出荷した冊数が全部売れるとは限りません。もちろんほとんど売ってくれている本屋もたくさんありますが、売れずに返品される本の数もかなり多量にあります。この返品問題が出版業界の宿痾にもなっているわけですが、とにかく出版社から見て返品がほとんどないという点だけを見れば図書館は最も優遇されるべき顧客であると言ってもよいと思います。
でも個人的には、あくまであたし個人の意見ですが、出版社は図書館に本を納入するのに一定期間待つべきではないかと思っています。本が出版されて本屋に並び、例えば3か月とか6か月は図書館に納入しないというルールを作れないかと思います。これは上述の映画のやり方を見ていて思ったことです。図書館も税金で運営されている以上住民サービスを疎かにできないのはわかります。ですから図書館に納入しないと言っているのではありません。あくまで一定の猶予期間を設けようということです。
ただ、これで果たして本屋の売り上げが上がるようになるのかはわかりません。多少の効果はあると思いますが、劇的な効果が見られるのかどうか、よくわかりません。では半年の猶予期間を設けた場合、図書館は同じような冊数を購入してくれるのか。これもわかりません。新刊だから100冊の注文があったけど半年先なら30冊でいいや、ということになる可能性も大いにあるでしょう。ならば、その差である70冊は確実に本屋の売り上げでカバーできるのか、ここが読み切れません。全体として本離れがますます進むだけの結果になるかもしれません。そうなったら悲劇です。目も当てられません。
そんなことをたまに考えている矢先の今朝の新聞記事です。いろいろと示唆に富んでいると思います。ネット配信では書籍も始まっていますから、状況は映画と似ているところも多々あります。もっと情報収集していろいろ考えたいと思います。


