未体験

梅雨は明けていませんが夏本番のような天気です。

このところ、書店を回っていると、仲良しの書店員さんから「こんど○○○へ行くんです」といった話を聞くことが多くなってきました。「ああ、夏なんだなあ」と感じます。

やはり、夏と言えば旅、なのでしょうか?

なかなか休みが取れない書店員さんに比べると、年に4回から5回は出張があるあたしは、あっちこっち旅行しているように思われがちですが、旅ではありません。あくまで出張です、仕事です。遊びに行っているわけではありません。

もちろん、あたしの出張はアリーナ・ツアーですし、行った先の書店では最高のパフォーマンスを披露できるよう万全の準備で臨みます。そんじょそこらの出張とは違います。

って、何が? という感じです。

ところで、書店員さんの「○○○へ行く」という場合はまさくし観光旅行なのでしょう。全国チェーンの書店でもない限り、研修旅行というのはあまり聞きませんから。家族旅行(子供が大きくなってしまいこれが最後の家族旅行、なんて話もたまに聞きます)の方もいるでしょうし、夫(妻)や恋人と出かける人もいるでしょうし、男同士、女同士で出かける方もいるでしょう。もちろん一人旅の人も。

他人のプライバシーを詮索するつもりはないので、どこへ誰と行こうと構いませんが、ふとわが身を省みた場合、あたしって、たぶんこの十数年、出張以外の旅行って行ってないなあ、ということに気づきました。じゃあ、十数年前はなんだったかと思い返してみると、家族(母と妹)といった中国旅行が最後だと思います。2007年ですから、10年はたっていませんね。すみません。記憶違いでした。ただ、それでも7年から8年くらいになりましょうか。

で、さらに思い返してみますと、あたしって家族旅行以外の旅行って、社会人になってからの出張を除くと、学生時代には合宿や修学旅行くらいしか行ったことがなく、いわゆる友達と旅行をするという経験がありません。もちろん一人旅もないです。

この歳になって、友人と旅行したことがないというのは珍しいでしょうか? だって友達がいないのだから仕方ありません。別に行きたいとも思いませんし。

言うまでもないことですが、生まれてこの方恋人がいたことがないので、恋人と旅行というのも未体験です。

Bluetooth

タイトルのBluetoothという言葉、聞いたことない人もいるかもしれません。スマホなどで周辺機器と無線でやりとりできる規格のことです。

これがなに? と言われそうですが、いま、Bluetooth対応のヘッドホンを買おうか、買うまいか、思案しているところです。事の発端は、iPodで使っているヘッドホンが壊れたためです。もう何個目でしょうか? 物理的には特に問題ないように見えるのですが、ケーブルの中で断線が起こっているようで、右あるいは左だけ聞こえなくなってしまうのです。確かに、カバンに仕舞うときにはiPodに巻き付けていますので、きつく折れたり、あるいはカバンの中で無理な力がかかっているのかもしれません。が、その症状はある日突然やってくるのです。

で、ケーブルが問題ならば、できるだけケーブルレスにしようということでBluetoothです。ただ、iPodはBluetooth対応ではないので(少なくともあたしの所持しているものは)、Bluetooth対応ヘッドホンはiPodでは使えません。となると、スマホで聞くことにすればよいわけですが、スマホのバッテリーはどうなのでしょう? 通勤電車の中を見回すと、スマホで音楽を聞いているとおぼしき人、増えましたね。それだけスマホのバッテリーが長持ちするようになったのでしょう。

あたしもそうしてみようかなと思案中です。ただ、そうなると、いまiPodに入っている音源をスマホに移さないとなりません。これがまた面倒です。特にネットからダウンロードした映像(MusicVideo)も結構あるので、それもうまいこと移せるのかどうか……

もうしばらく思案してみます。

リセット

Facebookの「友達」をすべて削除してみました。

特にSNSに疲れたとか、誹謗中傷されたとか、そういった理由ではありません。まったくもって「なんとなく」で、これといった理由はありません。ただ思うのは、相手はあたしが友達から削除したことに気づくのかな、ということです。

あたしが誰かを友達から削除したら、その誰かのタイムラインなどに「某某さんの友達から削除されました」といったメッセージが表示されるのでしょうか? それがあれば誰でも気づきますよね? そして中には「なんで?」と聞いてくる人も何人かはいるのではないかと思います(メッセージまで拒否していなければ送信は可能なはず)。でも、いまのところそういう気配はありません。だから、そういったメッセージが表示されることはないのでしょう、未確認ですが。

友達になったときは「某某さんが某某さんと友達になりました」という表示がタイムラインに出ますけど、友達でなくなった場合には出ないのでしょうね。となると、友達が数名しかいない人であれば気づくのかもしれませんが、数十人や百人単位でいる人であれば、友達が一人、二人消えていても気づかないままでしょう。合計人数が表示されるようになっていますが、それが減っていても誰が消えたのかなんて、すぐにはわからないのかもしれません。

「あれ、最近、簿某某さんの書き込みを見ないなあ」といったところから気づくのでしょうか?

というわけで、一昨日の晩にすべて削除してほぼ48時間たちましたが、メールもメッセージも、友達リクエストも一切ありません。SNSって、そんなものだろうな、という社会学の実験をしてみた気分です。あたしとしては特に困っていませんし、困らせてもいないと思うので、こちらから再び友達リクエストをするつもりはなく、しばらくは過ごしてみようと思います。

いや、たぶん友達0人という人も、このSNSの中にはたくさんいるでしょう。ちなみに、あたしはTwitterはやっていません。アカウントはありますが、Facebookの書き込みが自動で転載されるようにしているだけです。それでも、リツイートされたり、お気に入り登録されたり、ときにはフォローされたりしています。でも、あたしは一切誰もフォローしていません。Twitterの方に届いたものはすべて無視状態です。これもTwitterの使い方としては特殊なのでしょうか?

三度なんて贅沢は言わない

夏ドラマが始まりだしています。特にこれといって注目の作品はないのですが、とりあえずTBS系の「同窓生」を録画して視聴しました。稲森いずみはカワイイなあと思いますが、取り立てて好きな役者さんが出ているドラマではありません。アラフォーの級友が同窓会をきっかけに再会して、というシチュエーションに期待しての視聴です。

まずは同窓会ですが、実はあたしは出たことがありません。正確に言いますと、同窓会の案内が届いたことがありません。嫌われていたの(?)と言われれば、たぶんそうでしょう、と答えられるくらい、嫌われっぷりには自信があります。自慢することではありませんが……

以前にもこのダイアリーに書いたかもしれませんが、中学に入ると小学校のクラスメートとは付き合うことなく、高校に入ると中学のクラスメートとは付き合うことなく、大学に入ると高校のクラスメートとは付き合うことなく、という学生時代を送っていて、大学時代にわが家は一家揃って引っ越しをしたので、その時点で高校までのクラスメートとは完全に切れてしまったのです。彼らからすると、あたしは行方知れずになっているはずです。

大学時代の友人も卒業後はほぼまるっきりつきあいがありませんので、あたしの場合、いわゆる「地元の友人」とか、「学生時代の仲間」というものは存在しません。社会人になってからは、すべてが仕事上で知り合った人なので、はっきり言えば「友達がいない」ということです。

で、学生時代のクラスメートについて付言すれば、あたしはかなり以前からウェブサイトをやっているので、そしてFacebookなどもやっているので、たぶん検索すればあたしを発見することは難しくないと思うのですが、これまで約20年近い期間で、かつてのクラスメートから連絡が来たことは2、3回しかありません。この一事をもってしても、あたしが嫌われていたこと、誰からも関心を持たれていなかったことは自明だと思われます。

さてドラマに戻って同窓会です。

そんなわけですから、そもそもあたしが同窓会に出席するということが考えられません。たぶん、この先も二度とないと予想されます。あたしの辞書に「同窓会」という文字は存在しないのです。

となると、このドラマのようなシチュエーションは訪れることはありえません。万が一、どこからかあたしのメアドなり住所を調べて同窓会の案内が来たとしても、たぶん欠席で返事を出すでしょう。いや、返事も出さず放置しておくだろうと思います。そんなあたしがこのドラマを見て楽しめるのでしょうか?

当時も今も、友達と呼べる対象もなければ、もちろん恋人なんてのもいなかったあたしですから、焼けぼっくいに火が付いて、という事態は考えられません。それに、もし同窓会があったとして、いまだに結婚もしてないのなんて、あたしだけではないでしょうか? ドラマのように離婚して独り身に戻っている人はいるかもしれませんが……

ただ、あたしだってもし同窓会があったら再会したいなあと思う子の一人や二人はいます。でも、誰もが悩むところでしょうが、果たして意中のその子が同窓会に来るのか否かです。その子が参加しないのであれば、同窓会に行く意味はほぼありません。いまさら当時のクラスメートに会ったからといって(男女を問わず)つきあいが復活するとは思えませんし、復活させたいとも思いません。はっきり言って面倒です。同窓会に行くか行かないか、それはひとえにこの点にかかっています。

それにしても、このドラマのサブタイトルは「人は、三度、恋をする」です。一度目が初恋、二度目が結婚相手、そして中年にさしかかるころ人生の転機となる三度目の恋が訪れる、ということのようです。あたしみたいに人生で一度も恋人がいない人間には、三度なんて贅沢です。とりあえず一回恋愛をさせていただければそれで充分です。

お金の使い方

午後から人文会の行事で、吉祥寺にある成蹊大学図書館を見学に行きました。

半年ほど、いや、一年ほど前でしょうか、同じく吉祥寺と西荻窪の間にある東京女子大学の図書館を見学に行ったことがあったので、中央沿線の大学図書館二つ目になります。(そう言えば、小平市の白梅学園の高校の図書室の見学もこの間に行ってました!)

さて、成蹊の図書館です。

立派です。一言で言えばこれに尽きます。建物も立派なのですが、設備も立派です。蔵書としては、大学の図書館としてはごくごく一般的だと思いますが、館内にある自習室やゼミ室的なスペース。パソコンを置いてあるブースもあれば、コンセントや端末の充電用とおぼしき端子まで一通り揃っているようです。

これだけの設備が揃っていれば学習にも身が入るというものです。あたしが学生のころは大きな机が置いてあるだけ、個人で使う机は薄暗い部屋に蛍光灯が置いてあるだけの机が並んでいるだけ、という有り様で、勉強すると言うよりは寝るための設備と呼んだ方がふさわしいくらいでした。

それが現在の図書館は、まるで学生の待ち合わせスペースのようです。メインスペースは談笑オーケーということらしいので、かなりざわついていますが、それでもバカ騒ぎをしている学生はいません。ほどほどの節度をもって利用している感じです。むしろ、図書館にこれだけ学生が集っていることの方が衝撃でした。たまたま前期末試験の時期だからというのもあるようですが、それでもオープンスペースの机も自習スペースの机もほぼ満席で、予約の取り合いが起きているらしいです。

で、この図書館を見て、スゴイという感想と共に、図書館の予算の大半が、こういう施設やシステムに使われているんだなあ、という感想も抱きました。たぶん、あたしの学生のころの意識だったら、こんなフリースペースを設けるくらいなら書架を並べ、できるだけたくさんの本を並べる方がよい、という考えが主流だったでしょう。パソコンが普及していなかった時代と今とを比べるのはナンセンスですが、余計なことに使うよりは、できるだけ予算は書籍の購入に充てようという意識が高かったのではないかと思います。

しかし、現在はどうなのでしょう。本の購入予算と、設備やシステムにかかる予算、どちらの方が多いのでしょうか? そんなことを考えながら見学していましたが、逆に、ここまでして上げないと、いまは学生が集まらないのでしょうか? ここまでお膳立てをしてやらないと学生は図書館を利用しないのでしょうか?

本末転倒とまでは言いませんが、釈然としないものを感じるのは、あたしが古い人間だからでしょうか?

元気を取り戻せるのか?

昨日の紀伊國屋サザンシアターでの、紀伊國屋書店社長・高井昌史氏講演会。紀伊國屋の社長がしゃべるとあって会場は出版社のお偉方もそれなりに顔を揃えた盛況ぶりでした。講演の内容は、たぶん部外秘的な数字・データもあるでしょうからここには書きませんが、講演内容のあらましだけ載せておきます。

1.出版業界の市場動向と紀伊國屋書店の現状
2.読書離れ~本の未来を揺るがすもの
3.出版業界の問題
-ネット書店・公共図書館・新古書店・万引き問題・電子書籍(消費税問題)他
4.再販制について
5.正味改善について
-日販「パートナーズ契約」、トーハン「アライアンス契約」、計画販売制
6.紀伊國屋書店の取り組み~出版会に元気を取り戻そう

以上です。個々のテーマ自体はそれほど目新しいものではなく、この数年間、否、十数年来言われてきた問題ばかりではないでしょうか。あえて言えばネット書店などの問題が比較的新しい話題と言えるでしょうか?

で、この講演会を聴きに来ていた人たち、それぞれに感じるところ、考えるところがあったと思います。既にそのための施策を行なっている社もあるのではないでしょうか。あたしも講演を聴きながら、足りない知恵で考えたことを備忘録代わりに書き留めておこうと思います。

まず、図書館です。

図書館からの注文、個々の図書館や出入りの書店、TRCなどからの注文ですが、出版社からするとほぼ返品のない注文なので実は非常にありがたいものです。全国の図書館、公立から学校図書館まですべて合わせると数千から万近くあると思いますが、もしその図書館すべてが一冊ずつ購入してくれたなら、専門書出版社など初版の部数が飛躍的に大きくなり、定価もグッと下げることが出来るでしょう。

ただ専門書を入れられる図書館は限られていますので、そんなにうまくいきませんし、いま図書館のことで問題となっているのは複本のことでしょう。ベストセラーですと、一つの図書館で数冊はおろか十数冊、あるいは数十冊も購入していることがあるそうです。人びとの税金で運営されている公共図書館の場合、利用者の希望を叶えるのはもっともではありますが、特定の本だけに予算をつぎ込むのは税金の使い方として問題ないのか、そういう議論もあると思います。

あたし自身は複本よりも、新刊は刊行後半年、ないし3ヶ月は図書館に納入しないという形にすればよいと考えています。映画などDVDの発売は公開から数ヶ月後ですし、CSなどの有料放送での放映も更にその後、地上波での放映となると更に後になります。これは映画公開と同時にテレビで放送されたら映画館に見に来る人が減ってしまうという理由からでしょう。だったら、書籍も地域の書店のことを考え、まずは本屋で買ってもらう、ということを優先してもよいのではないかと、あたしは個人的には考えています。

公共図書館の住民サービスはどうなるんだ、と言われそうですが、「図書館に未来永劫、書籍を納入しない」と言っているのではありませんから、住民サービスを無視していることにはならないと思いますし、数ヶ月のタイムラグは民業を圧迫しないためにも十分賛同を得られるのではないかと思います。

あと、個人的には、文庫・新書は図書館では扱わない、というのも前向きに考えてもよいのではないかと思います。やはり図書館は高くて個人ではなかなか買えない本を揃えるべきであって、文庫や新書は借りるのではなく買ってもらいたいと思います。

あと、再販制については政府でも議論されているようですが、刊行後一定期間を過ぎたら自由価格にするという時限再販は一考の余地ありだと思いますが、そうなると買い切りにするのか、委託のままなのかといった問題も起きてくるでしょう。あと、何年たっても売れているロングセラーの場合、時限再販になじむのか、あたしにはまだよくわかりません。

やはり出版社や書店の経営者の方々は、日々の業務に追われているだけでなく、こういう問題も腰を据えて考えないとならない時代なのでしょうね。とはいえ、この不況では各社そんな余裕はなさそうですが……