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不安の種

テレビ東京は昔から平日の昼間、結構面白い映画をやっていることで有名です。B級と言ってしまえB級なんですが、それだけにマニアックなものも放映されたりして、時々はチェックしておかないとなりません。

そんなテレ東で放映された一つ、タイ映画の「心霊写真」です。

原題が「shutter」というように、心霊写真をモチーフにしたホラーです。内容としては暴力をふるわれ捨てられた女が自殺し、その霊が取り憑くというストーリーで、主人公の男性には多少の同情もしますが、結局のところ、お前の優柔不断さがすべての原因なんじゃないの、という気がします。

孤独な女の子と友達になってあげるのはいいけれど、肉体関係にまで行ってしまえば、向こうも本気なのはわかるはず、それなのに誠実に対応しようとしない態度が一番の犯罪なのだと思います。結局、一番憎い相手は殺さずに生かしておく、つまりは半殺しの廃人同様に追い込むとは、なかなか怖いです。

さて、もう一作。こちらはスカパー!でやっていた作品、邦画の「不安の種」です。

コミックが原作だそうですが、あたし、コミックはまるっきり知りませんでした。主演は石橋杏奈。この子、ホラー映画にはよく出ていますね。ホラー向きの顔立ちなんでしょうか?

さて、内容ですが、いくつかの話が入れ替わり立ち替わり現われるのですが、それも同時に起こっていることではなく、どうも時間がかなり異なる物語が順不同で現われます。最終的には石橋杏奈を中心とした一つの話に収斂していくのですが、それでも最後まで理解できないところが多々あって、謎は謎のまま残っている、という感じです。このスッキリしなさ加減が「不安の種」なのでしょうか?

海へ?

どういういきさつだったかは忘れましたが、社内での話の中で、年に何回くらい海へ行くか、という話題になりました。

あたしって、毎年海に行っているような印象ってあるでしょうか?

実 のところ、海辺を通った、海の近くまで行ったということなら、数年に一家はありますが、ここでいう「海へ行った」は、ほぼ間違いなく「海水浴へ行った」と いう意味でしょうから、その意味でなら「一年に何度どころか、もう十数年、もしかしたら数十年、行っていません」と答えるしかありません。

泳げないわけではありませんが、既に何年も泳ぐなんてことしたことないので、いまも泳げるのか……。いや、昔取った杵柄、たぶん泳げと言われたら泳げるでしょう。ただ、市民プール的なところへも十数年は行っていませんから、なんとも言えません。

つまり、あたしって水着になることが、ここ十数年ないということです。泳げないから行かないのではなく、日焼けが嫌だから行かない、というのが正解でしょう。それと、海の場合、ベタベタするし、砂がつくし、いいことありません。何が楽しくて、みんな海へ行くのでしょう?

と 考えると、そうか仲の良い仲間とか、愛する恋人と行くから楽しいのか、ということに思い当たります。あたしの場合、そうやって一緒に余暇を過ごす友達も恋 人もいないので、海やプールへ行くことがないのでしょう。でも、これって海やプールに限りませんね。あらゆることにおいて、一人だと面倒臭くなって、「ま あ、いいや、無理して出かけなくても。家でのんびりしている方が楽だ」となってしまいます。

そうやって人生は暮れていくのでしょう。

8時に寝る!

朝が早いから夜は早く眠くなるのか、それとも、夜早く寝るから朝早く目が覚めてしまうのか……

最近のあたしは、取り立てて夜に予定が入っていない限りは、9時前には寝てしまいます。8時すぎ、8時半とかに布団に入って、しばらくは本を読んでいるのですが、途中で眠くなって、本を閉じ、電気を消して寝るわけですが、8時半くらいのこともあります。

それ以外でも、頭痛がひどくて気分も悪いので早々と寝てしまうこともあります。だいたい9時前には就寝しているのではないかな、という状態です。

そうすると、まずは10時から11時くらいに一度目が覚めます。さらに2時くらいに目が覚めることもありますが、だいたい3時すぎくらいからは起きているような寝ているような状態になります。夏のころは熱帯夜で寝苦しいので、そのまま3時半くらいに起きてしまうこともありましたが、最近はだいたい4時くらいに起きています。

8時に寝て4時に起きる。

これ、あたしの理想です。観念的な意味での理想です。

何が理想なの、と問われると、つまり午前と午後、同じ時間起きている、ということ、それが理想なんです。

一日は正午が真ん中で、日の入り、日の出はほぼ正午を挟んで等分されます。お天道様が出たら起き、沈んだら休む、それが自然の摂理に従った行き方です。ですから、日の出、日の入りの時刻とはちょっとずれますが、4時に起きて8時に寝るというのは、つまり太陽の動きに合っているということです。

そんな暮らし、ちょっと理想なんです。

声で繋がる?

NTTドコモのCM。

こちらですが、このCMで窓口に相談に来ている堀北真希が「声で繋がっていたい」みたいなことを言うのですよね。

最近の中高生は、常にケータイをいじっていて、そうやって誰かとの繋がりを確認していると聞きます。もちろん、その繋がりというのが極めて薄っぺらなもので、時に、相手の本当の名前や年齢、住所など何も知らないことすらあると聞きます。

こういうのを繋がりと呼ぶのか、呼んでよいのか、あたしにはわかりませんが、ただ、そんな程度でもよいから繋がっていたい(そういう関係を「繋がり」と呼ぶのだとして)という気持ちが理解できません。

いや、もしかしたら、今どきの若者は昔ながらの友情とか親友という関係が重たくて、ケータイやSNSを通じた、上っ面だけのつきあいに居心地のよさを感じるのかもしれませんね。そういう意味でなら、なんとなくわかります、理解できます。

でも、あたしなどはリアルな人間関係もうざったいと感じてしまうだけでなく、ヴァーチャルな関係もうるさく感じてしまうんですよね。ですから、あたしの場合、「住所録」と言うのでしょうか、「アドレス帳」と言うのでしょうか、ケータイやスマホの「電話帳」ですね、あそこには自宅と母と妹くらいしか登録していません。

そんなものでよいのではないでしょうか?

で、声で繋がるって、つまりメールのやりとりではなく、声を聞きたいということなのでしょうか?