1月 2015のアーカイブ
東博の隣へ
上野の東京国立博物館の西隣にある黒田記念館へ行って来ました。リニューアルが済んで、これからは開館時間がかなり増えるようですが、とりあえず年明けから今日まで、特別室が開いているので行ってきました。やはり最終日とあって、朝一番でもそれなりにお客さんがいました。
この特別室には黒田清輝の代表作が並んでいます。

上の「湖畔」は、多くの人が知っている、見たことがある作品だと思います。

他にも、やはりこれもよく見かける「読書」などが並んでいました。そして、こちらの三点も。

「智・感・情」ですね。何が智なのか、感なのか、情なのか、あたしのようなド素人にはわかりませんが、力強い作品です。

展示の中で惹きつけられたのは上の「祈祷」という作品です。女性の表情とたたずまいが素敵です。

そして、個人的に気に入ったのがこの作品、「昔語り(舞妓)」という作品だそうです。まだ出来上がっていない作品ですが、男性に寄り添う舞妓の感じが好きです。肩にもたれかかり、片手は男の手をしっかりと握っている、とても女子力の高い舞妓だと思います。この男性は贔屓の客、旦那なのでしょうか? それとも恋人なのでしょうか?
十日戎
昨日の一日出張で参加した会は、正月の10日に開かれるのが決まりです。曜日は関係ありませんので、週の真ん中になることもあれば、今回のように週末になることもあります。
初めて参加したときに、「十日戎の日だから」と言っているのを聞いて、「とおか、えびす?」という状況だったあたしです。「とおか」は、まあ「10日」だよね、じゃあ「えびす」は? そう言えば大阪で「えべっさん」と言っているのを聞いたことがあるなあと思い出しました。ちなみに「えべっさん」はあたしにはそう聞こえたまでで、大阪の方がこの平仮名の通りなのか否か、自信はないです。
で、少しずつわかってきたのは、戎神社のお祭りが毎年正月の10日に行なわれ、それが「十日戎(とおかえびす)」だということです。いま、「戎神社」と書きましたが、東京の人間だとふつうは「恵比寿神社」と書きたくなるところです。東京の人間にとって「えびす」は「恵比寿」であって、決して「戎」ではありませんから。
さて、そんな目で大阪の街を見ていると、笹なんでしょうか、飾りをつけた笹の枝を持っている人をよく見かけます。あれが、たぶん戎神社でもらえるのか、買ってくるのか、そこのところはわかりませんが、とにかくこの日の縁起物なのでしょう。暮れの酉の市で手に入れる熊手のようなものでしょうか?
道行く人の誰もが、というほどではありませんが、それでもやはりこの笹の枝を持っている人は多いです。目につきます。この数年この日に大阪に行っているので、ふと「あれは、どこへ行けば手に入るのかしら?」という気もしてきます。そもそも、その戎神社ってどこにあるのよ、という感じです。
実は調べたことなかったんです。でも、今年はちょっと思い立って調べてみました。いや、わざわざ調べなくたって大阪の人には当たり前すぎることなのでしょうけど、こちらは生まれも育ちも東京なので、そもそもこの数年の出張がなければ「とおかえびす」という言葉すら聞いたことがなかったような人間です。
で、戎神社とは「今宮戎神社」のことのようですね。今宮って確かJRの駅になかったでしたっけ? たぶん、その近くにあるのではないでしょうか? 行ったことがないので、そして今宮というのがどのあたりで、どんな街なのかも知りません。上にリンクを張った今宮戎神社のサイトにある地図を見ると、今宮駅からほど近いというわけではないみたいですね。
しかし、十日戎って、この神社の専売特許なのでしょうか? 他ではやっていないのでしょうか? 少なくとも、あたしもそれほど知識が豊富な方ではありませんが、東京ではほとんどニュースで聞きませんから、関西の年中行事なのでしょうか? それとも関東でもやっているところがあるのでしょうか?
まだまだ日本にも知らないことが多いです。
ただ、あえて書きますが、あたしはお祭りって好きではありません。昔から盆踊りとか縁日とか、そういった町内会のお祭りなども嫌いで行かないタイプでしたので、今宮戎神社を知ったからといって、来年行ってみようとは思っていませんので、悪しからず。
意外と空いていた
日帰りで大阪へ行って来ました。仕事です。出張です。
朝はいつもどおりに起き、暗いうちに自宅を出て東京駅へ向いましたが、三連休の初日だからでしょうか、旅行カバンを持った人が目立ちました。スノボやスキーの板を抱えている若者が目立つのはこの季節だからでしょう。
いいなあ、カップルでスキーか……
いえ、スキーは別にやりたくもないし、生まれてこの方やったことないので興味も何もありませんが、恋人と旅行、あるいは夫婦で旅行というシチュエーションに、やはり独り者としてはジェラシーを感じてしまうわけで、どうあがいてもあたしには訪れない状況だなと、つくづく思います。
北へ向うから東京駅から東北や上越新幹線に乗るのでしょうか? 新宿で降りた人は高速バスでしょうか? 他にもウィンタースポーツではない旅行者も大勢いるようで、東京駅からあたしと同じく東海道新幹線で冬の京都でしょうか? あるいは神田で降りた人は山手線に乗り換えて浜松町からモノレールで羽田、そこから空路で旅立つのでしょうか?
家族連れよりも夫婦やカップル、恋人同士といった二人連れが目立ったのが印象的でした。
そして帰りの新幹線。6時頃に新大阪を出たのですが、意外と空いていました。新大阪始発ののぞみでしたが、京都でも名古屋でもほとんど乗ってくる乗客がいなくて、あたしが乗っていた車両は比較的ガラガラな感じでした。これが金曜日とか、あるいは今回の場合であれば明後日の月曜日なら東京へ向う新幹線はなかなか指定席が取れない状態になるのではないでしょうか?
それにしても一年に何回も往復しているこの経路。プライベートで乗るような機会は、果たしてあたしに訪れるのでしょうか?
一極集中
雑誌の「文学界」が4万部だそうで。
又吉効果と言われていますが、それでは載っている他の作家さんのメンツはどうなってしまうのでしょうか? 又吉野作品は読んだわけではありませんが、かつての水嶋ヒロ、加藤シゲアキと同じように、なんとなくその時だけもてはやされ、あっという間に消えてしまうことにならないでしょうか?
それはともかく、昨今の本の売れ方って、あまりにも一極集中が激しすぎませんかね? 結局、自分では選べない、評価できない、決められないから他人が既に評価してくれているものに走る、といったところなのでしょう。だから、売れ始めると尋常ではないくらいに売れる反面、売れないものは見向きもされないということになってしまって……
と、ここまで書いて思いました。こういう現象って書籍だけじゃないですね。わかりやすいところで言えば、先の総選挙。テレビやマスコミが政権批判を放棄したからなのか、雪崩を打って自民党に行ってしまいました。もちろん死票が増える小選挙区制の弊害とか、相変わらず是正されない一票の格差といった問題もありますが、どうも国民全体が一つのものに集中しすぎているような気がします。
そんな矢先、整備新幹線の前倒しというニュース。
これも東京一極集中の表われではないでしょうか? 高速道路、空港、新幹線と、地方はとにかくこの三点セットを欲しがります。東京に住んでいる人間にはわからない地方の苦悩もあるのでしょうが、こういったものを作ってもらって、結局地方は再生したのか、活性化したのか? もっと真摯に反省してみるべき時だと思います。新幹線が開通して、むしろ東京にどんどん吸われているのではないでしょうか?
そう言えば、かつてインターネットが普及すれば東京にいるか地方にいるかは関係なくなる。地方にいても世界と繋がっていて瞬時にやりとりできるから、わざわざ物価も高く空気の悪い東京に住む必要はない、なんてセリフが聞かれたものです。でも、十数年たって結果はどうでしょう? そりゃ少数の事例はあるものの、結局東京集中は止まらず、むしろますます強まっているのではないでしょうか?
あたしはそんな気がします。
今月のおすすめ本[15年1月]
くだらない(?)ドレスコード
今日の配本(15/01/07)
いつも誰かがあたしの悪口を言っている
「初め」考
いきなりですが、このダイアリーのタイトル、何て読みますか?
「ぞめこう」と読みました? それとも「はじめこう」ですか?
個人的には「ぞめこう」と読んでいただきたいのです。
この時季、テレビのニュースなどでも各地の出初め式や書き初めなどのニュースが流れますね。この時、「出初め」にしても「書き初め」にしても「初め」は「ぞめ」と読んでいます。たぶん、これはほぼ日本人共通の読み方だと思います。
ただ、これ以外の単語になりますと、「○○初め」と書いているのに「○○ぞめ」ではなく「○○はじめ」と読んでいるアナウンサーが多いのに気づくことがあります。上記2例以外は「ぞめ」とは読まないのでしょうか? いや、あたしは基本は「ぞめ」と読むべきだと思うのですが、最近の人は文字面をパッと見て「○○はじめ」と読んでしまっているだけなのでしょうか?
別に年寄り臭く「最近の若者の日本語は乱れている」と主張したいわけではありませんが、やはり「ぞめ」と読んだ方が、なんか気持ちいいんですけどね。
どうでしょう?