中年サラリーマンの常識・非常識

先週の関西ツアー中、京都で書店の方との懇親会がありました。総勢20名ちょっとの和やかな会でした。だいたい5名ずつくらい、つまり一つテーブル単位で話が盛り上がっていましたが、たまたまあたしが輪に入っていたテーブルで話題がAKB48に及びました。

ちなみに、いま「テーブル」と書きましたが、会場は居酒屋で、座敷です。掘りごたつ式になったテーブル、卓袱台でした。

閑話休題。AKBです。

話をしていたメンツは、40代が中心、50代も30代もいました。さすがに20代はいなかったと思いますが、そんな感じの人たちの会話です。誰かが「AKBなんて、3人か4人くらいしかわからない」と言うと、別の者が「一人もわからない」と答えます。そしてほとんどの人がそれに頷いています。たぶん、なんとなくテレビに出ている顔を見て「この子、AKBの子だったはず」と言えるのが片手ほど、せいぜい10人未満といったところのようです。

それに対してあたしです。

その場で「30から40名は言えますよ」と宣言しました。正直なところ、そこまで数えたことはないですが、顔と名前(きちんと姓名を言えなくても、ほぼほぼ合っていれば許してもらうとして)が一致するのはたぶん、それくらいはいると思います。もしかすると、それ以上でも言える気がします。

うーん、自慢できることなのか……(汗)

その時は「お前は別だ」みたいなことを周りから言われましたが、初見の書店員さんの好奇な視線。ちょっと気持ちよかったりして(笑)。

ただし、ここで声を大にして言いたいのは、あたしはAKBよりも乃木坂46の方が好きだということです。

「いや、どっちも秋元康のグループでしょ? 同じじゃん」と言われるかも知れませんが、乃木坂派にとって、AKBと一緒にされることは許しがたいことと考えている原理派もいるくらいなので、もちろんあたしはAKBも好きですから、そこまで目くじらを立てるつもりはありませんが、やはり「違いますよ」ということは指摘しておきたいです(笑)。

しかし、そのテーブルの、あたし以外の人たちにとっては「乃木坂って何?」という程度の認識、知識しかないようで、あたしの主張は一顧だにされませんでした(涙)。

ものすごい光景

とある書店で営業中の時のこと。

馴染みの書店員さんと立ち話をしていると、ごくごくフツーの中年男性がフラッとやってきて、『マルセル・シュオッブ全集』を手に取りレジへ。

と思う間もなく、こんどはもっと若い、大学生くらいの男子3人がやってきて、そのうちの一人が「ああ、これだ、これだ」と言って、やはり『マルセル・シュオッブ全集』を手に取って買おうか買うまいか思案中。見届けませんでしたけど、あの様子ではかなりの高確率で購入したと思われます。少なくとも、その時買わなかったとしても近いうちに買ったでしょう。

この間、わずか10分から15分。

ちょっと待ってください。

本体で15000円もする海外文学が、あれよあれよという間に二冊も売れてしまうって……

ちなみに、あたしも買おうかどうか、悩んでおります。国書刊行会さんも罪作りです。ついでに言えば、「ウィリアム・トレヴァー・コレクション」の『恋と夏』も欲しいんですよね。

「恋と夏」なんて、あたしには縁がないですが、でもこのタイトルだけもキュンキュンしちゃうじゃないですか!

書店イベントあれこれ

このところ書店でのイベントが続いています。これからもまだいくつかあります。

書店イベントと言っても、書店側から持ちかけられたものもあれば、こちらから持ちかけたものもあります。あたしの勤務先の刊行物の発売記念といったわかりやすいものもあれば、たまたま著訳者が縁のある方である場合もあります。

こういったイベント、「たいへんでしょ?」と言われることもありますが、正直に言えば、それなりの準備もあって時間や手間が取られますから大変です。でも、それが少しでも売り上げに繋がるのであれば、そしてそれ以上に読者の方が喜んでくれるのであれば、やった甲斐があったというもので、大変さも軽減されます。

それでも、物理的にイベントが続くと、こんどは体力的に疲れがたまってきます。イベントが土日にあると、当然のことながら休日出勤ですから、休みが一日減ります。どこか別の日に代休を取ることになりますが、イベントが続いたり、イベント以外にも仕事が立て込んでいると、その代休を取るのもままなりません。そして休めないまま疲れがたまっていくという悪循環。

そこへ持ってきて、必ずしも自社の関連イベントではなくとも、興味深いイベントなどがあると、職業柄やはり聞きに行きたくなってしまうものです。あまりにも自社関連のイベントが続いていると、体が持たないので泣く泣く諦めることもありますが、そうでなければ時折はそういうイベントにも足を運びます。

と、なんとなく面倒臭そうなことばかり書いてしまいましたが、基本的にイベントは楽しいものです。やはり、その道の方の話は面白いですし、興味深いものが多いです。そして、いろいろ考えさせられます、とても勉強になります。興味を持ったから出かけて行ったわけですから、面白くないわけがないというものです。

そんな書店イベントですが、時には申し込もうと思ったときには「満員御礼」になっていることもあります。「嗚呼、残念至極」です。ネットで参加した人の書き込みなどを読んで様子をうかがうしかありません。そして「嗚呼、行きたかったな」とますます後悔の念を深めるのです(笑)。

しかし、こういったイベント、やはり東京に集中しがちです。著訳者の多くが東京在住なので、交通費や宿泊費が基本的に発生しないというのが、中小出版社にとっては大きいです。これが東京以外ですと、例えば大阪や名古屋でイベントをやると言っても大阪や名古屋在住の方のイベントであれば交通費や宿泊費がかからないのでよいのですが、東京から行ってもらうとなると、その交通費や場合によっては宿泊費が発生します。もちろん、われわれ出版社の人間も担当編集者かその書店担当の営業が行かざるを得ませんので、その出張費も発生します。やはり、これは中小出版社にはハードルが高いです。

いや、そんな愚痴を書きたいのではありません。そんなことよりも、だからこそ東京以外に住んでいる本好きの方は、「東京っていいなあ」と思っているのでしょうし、「たまには東京以外でやってくれないかな」とも熱望しているのだろうと思うのです。こちらもそういう気持ちにできる限り応えたいとは思います。思ってはいるのですが……

日台作家交流

あたしごときがおこがましいですが、台湾の方のイベントだったという関連から、まずは台湾の娯楽施設での事故にお見舞い申し上げます。

さて、昨晩の下北沢B&Bに引き続き、本日午後は渋谷の丸善&ジュンク堂書店でのイベント《小説家はどう人を描くか――台湾と日本の人間模様、作家模様」》を聴きに行きました。本日の登壇者は呉明益さん、何致和さん、窪美澄さんの三名、それに『歩道橋の魔術師』の訳者・天野健太郎さん。

昨晩の柴崎友香さんとのトークでは「場所」「建物」がテーマでしたが、今日のテーマは「人」でした。以下、感想を交えつつ、自分のメモを拾ってみます。なお、聞き間違っているところがあるかも知れないので、演者の方が必ずしもここに書いたとおりに発言していたとは限りません。あらかじめご了承ください。

日本の作家の作品、特に最近の女性作家の作品に「食べる」シーンが非常に多くなっていると窪さんの話がありました。窪さんなりの解釈では登場人物の造形において、どこで、どんな風に、どんなものを食べるかというのは非常に大事なことであり、それが食事の描写が多くなっている原因の一つではないかと分析されていました。

それに対して何さんは、確かに台湾の文学作品はこれまで食事の描写を重視してこなかったが、それはあまりにもありふれた生活のひとこまであって、物語の中で大事な要素であるとは考えてこなかったからであると解釈され、台湾の作品では食べることではなく、食べている人の感情やその関係の方を重視してきたと答えていました。

話はここから膨らんで、食事と言っても日本の作品では「一人メシ」のシーンも多く、それはさまざまな生活上のストレスの表われでもあるのではないか、強がっているようでいて決して強い女性ばかりとは限らない現代日本女性の現実、そういったものの表現ではないか、といった意見も飛び出しました。

あたし個人としては、窪さんが指摘するような食事の描写というのは、やはり自宅、それもたいていは一人暮らしのアパートなどの一室で一人で食べる情景だったり、せいぜいが恋人と向かい合っての食事という場面を日本の作品では思い出します。そこでの一挙手一投足が主人公や登場人物の感情、内面を端的に表わしていたりすると思います。

それに対して台湾の作品、そんなに読んだわけではありませんが、だから大陸中国も含めてしまいますが、やはり食事というのは家族団らんの象徴、気心の知れた人たちが集ってワイワイと愉しく過ごす時間、そこには笑いはあってもストレスなど微塵も存在しない、そんなイメージです。人情の機微もへったくれもありません。とても主人公の内面を表現するようなシーンになるとは思えません。それに中国の人は自宅ではなく、外で誰かと食べるというイメージもありますから、「一人メシ」なんて文字通りに中国語訳はできたとしても、ニュアンスまで伝えられるのでしょうか、そんな風に思います。いわんや「便所飯」をや。

続いて話題は性描写です。

これは食の描写よりはわかりやすかったかなと思います。呉さんも何さんも指摘していたのは、戒厳令などもあって台湾は長らく言論統制などさまざまな規制があり、共産主義的なもの、正義と認められないもの、エロチックなものが文学以外の各種芸術分野でもかなり厳しく取り締まられていたそうです。

また上述のように食においても、食そのものではなく、それを巡る人びとの関係やつながりを描くのが主になるのと同様、性描写も性描写それ自体ではなく、性行為の前後の感情の揺れや二人の関係性などを描くのが主となる、日台の文学性の違いも原因ではないかと何さんが指摘していました。

しかし、呉さんも何さんも言うように、最近は性描写のある作品も増えているそうで、そういったタブー意識は薄まっているようです。窪さんは、日本の女性作家に性描写が多いのは、男性作家や男性編集者目線が主であったこれまでの文学作品中の性表現に対する異議申し立て、違和感があるとのこと、かつては「女性が姓を描くなんて」という空気が日本にはあったそうです。

さて、『歩道橋の魔術師』は呉さんの本邦初訳の作品。何さんの作品は残念ながらまだ邦訳は一つもありませんが、トークの中で紹介された『マンゴーツリーハウス』は是非読んでみたい作品です。

ところで、今日はこういうイベントだったのでこんなTシャツで参加しました。ユニクロです。

短篇もいけます!

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スイーツに満足できましたか?

関西ツアーが終わりました。また8月上旬に行くことになりそうですが、とりあえずルーチンの夏ツアーはひとまず無事終了です。金曜日に少し雨に降られましたが、それ以外は天気に恵まれ、特に若干曇りがちだったので、それほど「暑い!」という感じもなく(←別に涼しかったわけでもないですが)5日間を乗り切れました。

さて、Instagramには掲載しましたが、今回のツアー中のスイーツのご紹介を……

まずは上掲のスイーツ。堂島ロールで有名なモンシェールの、たぶん夏限定商品と思われるアイスロールです。スポンジは堂島ロールと同じなのでしょうか? 上がプレーン、下がマンゴーのアイスです。やはり暑い夏には冷たいアイスが美味しいですね。他にもいろいろな味があるので(←最近は「味」ではなく「フレーバー」と言うのでしょうか?)、機会があれば他のものも試してみたいです。

お次もモンシェール。こちらはアイスではありません。ココナッツオイルシフォンです。昨今、女子の間ではココナッツオイルが流行っているのでしょうか? あたしの好きな乃木坂46の若月佑美もハマっているとブログで書いていたはずです。それを覚えていたので、「若様のハマってるココナッツオイルなら、あたしも食べてみなくちゃ」と思って、迷わずチョイス! 確かに美味しかったです。

そして最後はデメル(DEMEL)のプリンとトリュフシューです。こういったスイーツはオンラインショップでは取り扱っていないことが多いので、やはりショップで購入する醍醐味だと思います。

また、関西ツアーでよく利用する阪急百貨店うめだ本店は、うめだ本店限定のスイーツも多いので、やはり毎回のチェックは欠かせません。リニューアルオープン当初はかなり混雑していましたが、最近は数量限定販売などでもない限り、大混雑はなく、比較的どこのショップもスムーズに買えるようになったのが嬉しいところです。

さて、今回改めて知ったのですが、モンシェールのアイスロールにこんなのが出ているんですね。

キティちゃんのアイスロール!

これは食べてみたい! 早速お取り寄せですね。いや、現在品切れ中?

そして人身事故

昼過ぎまで大阪市内を営業し。その後京都へ。晩に書店さんとの懇親会があったので、それに飛び入り参加です。

愉しく歓談、痛飲したのは四条通りの大丸の裏手、錦に面した居酒屋でした。さて、梅田に宿のあるあたしは烏丸から阪急電車で西へ。

しかし、なんということでしょう! 夕方に人身事故があってダイヤが乱れているというじゃないですか。幸い、ラッシュ時間でもなく、運転本数も少ない時間帯でしたので、若干の遅れで無事梅田に戻ってきました。

さすがに普段、東京で中央線のダイヤの乱れに慣れているので、これくらいでは慌てません。

ナンタス

古典新訳文庫『オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家』を読んでいます。

ゾラというと『ナナ』や『居酒屋』のような長編がイメージされるのですが、こういう短編もあったのですね。知りませんでした。

  

その中の一編「ナンタス」に非常に気になる一節がありました。

つまり、人生で裏切らないもの、常に確実で、常にそばにあるものは、死だけだということだ。彼は死よりほかに強固なものを知らなかった。確固としたものを探し続けたが、無駄だった。あるゆるものが次々と足元で崩れ落ちていった。ただ死のみが、確かなものとして残ったのだ。

これは真理ですね!

そうそう、あたしの勤務先の『パリ()』もゾラですし、長編でしたね。

メッシの時間、ナンシーの時間

かつてヒットした書籍に『ゾウの時間 ネズミの時間』があります。これは大きなゾウと小さなネズミの時間感覚が異なるということを解いていた本だったと思います。読んでいないのでゴメンナサイ。

で、今回のタイトルはそれをパクったわけですが、実は本日はあたしの誕生日であり、なおかつサッカー界のスーパースター、メッシの誕生日でもあるのです。ちなみに、AKB48、否、こんど新潟にできるNGT48のキャプテンに就任した北原里英の誕生日でもあります。まあ、〈きたりえ〉はどうでもいいですかね?

さて少し前、あたしの勤務先であたしとメッシと誕生日が一緒だという話題になり、「誕生日が同じなのに、この収入の違いはなんだ」という流れになりました。たぶん、メッシの一試合、いや、一蹴りで、あたしの年収の数年分、ひと試合まるまるなら、それこそあたしの生涯獲得賃金何人分になるのか、という話になりました。

そこで出てきたセリフが「メッシの時間、ナンシーの時間」です。

そういえば、かつて矢沢のえーちゃんが「お前の年収、矢沢の二秒」と言ったとか言わないとか、そんな話がありましたが、まさにそれです。

「ナンシーの年収、メッシの一蹴り」でもあるわけですね。