自粛警察が暗躍していたのでしょうか?

あたしは、言わずと知れた乃木坂46ファンです。もちろん、坂道グループ全般が好きです。

その坂道グループのメンバーブログがここ数日全く更新されていません。ファンによると個別メンバーのメールも止まっているそうです。何が起きているのか。わかりますよね、熊本の地震を受けて自粛しているようなのです。

そりゃ確かに被災して困難な状況に置かれている人たちが大勢いるのを尻目に脳天気な、明るいブログなどもってのほか、という意見もわからなくはないです。でも、普段のブログを読んでいても、そこまで脳天気な、空気を読んでいないような内容はありません。

むしろファンからすれば、推しの一言に勇気をもらえる、元気づけてもらえるのではないでしょうか。いくらなんでも、一斉にブログを休止にするのはやりすぎなのではないかと思います。

たぶん、ブログなんかを書いていたらファンでもないヒトから「不謹慎だ」「こういう状況を理解しているのか」というクレームが来るかも知れないのを先手を打って防いだのでしょう。でも、それってちょっと行き過ぎではないでしょうか。そこまでやらなくてもよいと思うのです。いつからこの社会はこんなにギスギスした世になってしまったのでしょう。

ちなみに、インスタ画境から復活していますが、みんな運営側が用意したようなお見舞いメッセージのオンパレードです。これはこれでどうなのでしょうか?

男系か、女系か、そんなことより国旗損壊

終盤国会で重要な法案が次々にろくな審議もせずに決まっていきました。会期の延長もされたので、この後もこういった事態が続くのでしょう。日本の国会、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。

トランプ大統領を選んだアメリカ人の民度を云々している日本人も多いと思いますが、日本人の民度も似たようなものですね。本来は食料品の消費税ゼロや景気対策を期待して高市総理、そして自民党に東京した国民が多かったはずですが、そういう期待はどこへやら、変な保守の主張ばかりが目立つ国会となってしまいました。

ところで新聞でも連日大きく報じられている皇室典範改正、いや、改悪なのだと思いますが、これについてはあたしはそれほどどうこう思っていないのです。側室を認めない限り、男系男子継承はいずれ行き詰まることは目に見えています。側室がいた江戸時代ですら、将軍家を始め多くの家で跡取りが途絶えているわけです。

一夫一婦制では早晩断絶という未来が待っていることでしょう。旧宮家を養子にしたところで、十数人が養子になって男子が十名近く生まれるということでもない限り、全く安泰とは言えないと思います。では女系を認めるのかと言えば、あたし個人は男系を維持したいという考えです。

宮内庁のサイトにある天皇系図を見ると、バカな国会議員が言っている2600年は嘘だとしても、歴史的に確実な聖徳太子くらいからは確かに男系で繋がっています。途中、直系が絶えて傍系へ移ったこともありますが、それでも三代か四代くらい前の枝分かれです。現在取り沙汰されている300年か400年前に分かれたという旧宮家よりははるかに近しい関係だったはずです。やはり今回の旧宮家は異常な措置だと思います。

となると、天皇家はどうなるのか。あたしはこのまま皇室典範を変更せず、なるように任せればよいと思っています。このまま秋篠宮、悠仁親王と皇位が受け継がれ、そこで絶えるのであれば仕方ないと思っています。天皇家だけは側室を持ってもいいよ、くらいの気持ちはありますが、先に側室から男子が生まれ、その後に正室から男子が生まれたらどちらを優先するのか、また議論を呼びそうですが。

あたしは、今回の皇室典範の変更ではいずれ同じ結果になると思っているので、実はそこまで深刻に考えていなくて、むしろ国旗損壊罪の方がこれからの日本にとってものすごく大きな変更なのではないかと思っています。

他の国にもこういう法律があるとか、外国国旗と自国国旗の扱いを同じにすべきだとかいろいろ理屈をこねくり回していますが、多くの法律家が指摘しているように、そもそもどうしてこのような法律がいま必要なのかが理解できません。

雨、雨、雨……そして台風

火曜から関西ツアーに来ています。そして三日間の営業回りを終え、今日は名古屋を少し回って帰京する予定です。

が、朝から雨です。昨日も雨だったのですが、今日はもっと強い雨になりそうです。朝起きてからテレビを付けていますが、ずっと気象情報が速報で流れています。関西各地で危険な状態になっていることを伝えています。

未明には雷も鳴っていた大阪中心部ですが、現在はそれほど風は強くないようですし、ホテルの窓に雨が強く吹き付けるということもありません。ニュースを見ている限りでは、電車も平常運行しているようです。

ひとまず名古屋までは予定どおり移動できるのではないかと思っていますし、それを期待しています。しかし、夕方に名古屋から東京へ向かう予定ですが、果たしてその時、新幹線は動いているのでしょうか。早めに切り上げて帰京するという方法もありますが、この天気ですから、スムーズに切符の買い直しができるのでしょうか。

いろいろと不安を抱えた関西ツアーの最終日です。

天皇訪欧とニューエクスプレスプラス

天皇皇后両陛下がオランダとベルギーへ向けて出発されました。ニュースではもう現地に到着しているようですね。そこで訪問先の言葉に興味を持たれた方のために《ニューエクスプレスプラス》シリーズから該当書籍をご紹介します。

まずはオランダの公用語、オランダ語です。そしてお隣のベルギーの公用語はオランダ語とフランス語、ドイツ語になります。このうちドイツ語は、7月上旬に音声ダウンロード版が刊行になりますので、少々お待ちください。

ところでオランダと言えば、現在の日本で関心を持たれているのは、この夏に公開されるフェルメールの絵画、「真珠の耳飾りの少女」ではないでしょうか。十数年ぶりの来日公開だそうですね。チケットは既に販売が始まっていますが、果たしてどれくらいの混雑になるのでしょうか。

そんな名画の製作過程を描いたのが、トレイシー・シュヴァリエの『真珠の耳飾りの少女』です。小説ですからもちろんフィクションです。でも、その当時の雰囲気が巧みに表現されていて、本当にこういう経緯でこの名画が誕生したのではないかと思わせる物語です。

オランダと言えば、フェルメールの他に有名なのはゴッホ、ミッフィー、スピノザといったところでしょうか。ああ、この人ってオランダ出身だったのか、という有名人、まだまだ他にもいそうですが。

いま4世紀が熱いのか?

たまたま書店の雑誌売り場で見かけたのですが、昭文社から刊行されることになった『歴史人』7月号の特集が「空白の4世紀と古代天皇の謎」でした。そして、その隣に並んでいたのが朝日新聞出版の『歴史道』Vol.45で、その特集が「古代「空白の4世紀」の謎を解く!」です。

どうして相前後して刊行された歴史雑誌(ムック?)の特集が日本の古代史、それも4世紀でかぶるのでしょう。いくらなんでも偶然にしてはできすぎのような気がします。それとも学界では4世紀がホットなのでしょうか。

つい最近、中公新書の『継体天皇』を読みましたが、これはもう少し後の時代です。とはいえ、広く日本史を捉えてみると似たような時代を扱っていると言えなくもありません。ましてや、世界遺産に飛鳥・藤原が決まりかけているここ数日のニュースを見ていますと、日本古代がにわかに脚光を浴びはじめたように感じるのはあたしだけでしょうか。

終活を考える?

今日の朝日新聞夕刊にこんな記事が載っていました。「青森過疎の町 数十年ぶり本屋」です。いまや本屋のない自治体が多くなっているわけですから、本屋ができたと言うだけでニュースになるのですね。

青森ですから、そもそも本屋だけでなく、いろいろなものがなかったり、少なかったりしているのではないかと予想できます。そんな中でも本屋というのはやはりニュースバリューが高いのでしょうか。しばしばテレビや新聞で取り上げられますね。

こんな記事を読んでいて、ふと思いました。この本屋、ブックオフが運営しているようです。であるならば、わが家にある蔵書を売って、こういう街の本屋に送ることはできないだろうか、と。

とはいえ、あたしの蔵書はかなり偏りがありますので、街の人にもあまり喜ばれないかもしれません。であるならば、こういう過疎の町に移住して、私設図書館なんかを開くのもよいかなあ、なんて思ったりもしました。まあ、それではあたしの生活はどうするんだ、という問題が生じてしまいますが。

話は変わって、左の写真は新宿の紀伊國屋書店の演劇書売り場です。今年の岸田國士戯曲賞を受賞した『ロマンス』と『よだれ観覧車』が並んでいるのは当たり前として、その間に雑誌の『すばる』が置かれています。

演劇書売り場に『すばる』とは、と思われる方が多いかもしれませんが、この『すばる』には『ロマンス』の著者・蓮見翔さん、『よだれ観覧車』の著者・大石恵美さんの対談が掲載されているのです。いわば岸田賞特集号です。だから両書の間に『すばる』が置かれているということなのでしょう。

五月病

大型連休、つまりゴールデンウイークが終わりました。いや、人によっては今日と明日も休みを取って、まだ連休中という人もいるかも知れません。日本人は働き過ぎと言われますから、それもアリでしょう。

とはいえ、世間的にはやはり大型連休は終わったという認識なのでしょう。昨日あたりから五月病という単語をネットやテレビで目にすることが多くなりました。例年これほど五月病を取り上げていたかなあ、という気もします。今年は特に目に付くように感じられるのですが、いかがでしょう。

あたしは、もう社会人になって30年以上ですから、いまさら五月病になることはないですが、五月病って中高年でもかかるものなのでしょうか。職業や職場を変えた人であれば、いくつになってありうるのかもしれませんね。

五月病を取り上げているニュースの中で、ゴールデンウイークが終わると夏休みまで祝日などの休みがないことも要因の一つだと指摘している専門家がいました。確かに子供のころも、ゴールデンウイークが終わると夏休みまで休みがないなあと思いました。

ただ学生時代って、運動会や遠足などいろいろな行事があって、慌ただしく過ごしているうちに5月、6月はあっという間に過ぎて、気づけば夏休み目前になっていたような気もします。

社会人になってからは、出張などが定期的にあるので、そういう日々の業務とは異なる勤務形態が挟まると、気分転換になるものです。毎月いろいろなイベントや業務があるものです。既に秋のフェアなどの仕込みも始まっていますから、一年などあっという間で、気づけば定年を迎えているのでしょう。

ちなみに、五月病は「ごがつびょう」と読みますが、「五月」は「さつき」とも読みますよね。「さつき」と読む時に「五月」ではなく「皐月」と表記するのがなんとなくお気に入りです、巧くは書けないのですが(汗)。でも最近は乃木坂46五期生メンバーの影響で、「さつき」と言えば「咲月」と書きたくなる自分がいます。

護憲とか、改憲とか……

今日は五・四運動の記念日です。中国ではどのくらい報道されているのでしょうか。

それはさておき、日本では昨日が憲法記念日でした。昨日といい、今日といい、新聞やテレビ、ネットでも憲法について触れている記事が多かったです。今年は特に高市政権が改憲に前のめりということも関係しているのでしょう。

個人的にあたしは、どちらかと言えば護憲派と言うことになりますが、決して改憲はダメだとも思いません。ただ改憲というのが事実上イコール九条の変更になっているのが疑問なのです。

憲法には、修正した方がよいところ、追加した方がよい条項があると思います。しかし憲法改正の議論になると九条だけが話題に上るので前へ進まないのだと思います。憲法を改正するのであれば、国会の議決も一括で決を採るのではなく、一つ一つ決を採るべきだと思います。

そして、もう一つ気になるのはその先の国民投票です。正確にどういう決まりになっているのかわかりませんが、少なくとも国民投票には最低投票率を設けるべきだと思います。そして投票総数の過半数とか3分の2ではなく、全有権者の過半数や3分の2の賛成が必要とすべきだと思っています。

そして最大の疑問は、憲法というのは権力を縛るために存在するのに、権力者の側から憲法改正を言い出すことの正統性です。特に自民党の改正案は制限を緩め権力をより強くしようという方向性に見えますので、おかしいと感じるのです。

満開の桜の木の下で

毎年、この時季になるとこのダイアリーでもご紹介している、わが家の近所の桜のトンネル。都心の方とほとんどタイムラグもなく、あたしの見立てではたぶん満開になりました。

昨日の午後、ちょっと見に行った時には、絶好の天気にも恵まれ、スマホやカメラを持った多くの人が見に来ていましたし、シャッターを押していました。

そんな昨日は、人が多すぎたので、あたしは写真を撮りませんでした。でもそれでは寂しいので、今朝、まだ人が出ていない頃合いを見計らって、写真を撮りに行って来ました。

朝の七時前です。日は昇っていましたが、まだ朝の時間帯なので、昼間よりは青空の色もちょっと薄い感じがしました。でも、写真を取りに来ている人も数名だったので、朝の清々しい空気を感じられました。

肝心の咲き具合、先に満開と書きましたが、この写真を見ていただければ、満開と言って差し支えないですよね。しかし、この桜のトンネル、少し前にずいぶんと枝を伐採してしまったので、いつもより花が少ないような、隙間だらけのような気がするのは気のせいでしょうか。

枝だけでなく、根元のあたりから切ってしまった株もいくつかありまして。昨年までよりも数本減っているのは確かです。ちょっと寂しさを感じます。

桜を愛でる側としては、枝を伐採するにしても開花の時期が終わってから切ればよいのにと思います。でも、この時季に風の強い日があって、もし花を見に集まってきた人たちの頭上に倒れてきたらと考えると、シーズン前に老木は切り倒しておこうと行政側は考えたのでしょう。

致し方ないところですね。全部の桜が切り倒されたわけではなく、まだまだたくさんの株が残っていますので、このように今年も見ごろを迎えることができました。

しかし、今年は数本を切り倒し、ほとんどの株で枝の伐採を行なったわけですが、来年以降も切り倒しは続くのでしょうか。また一本切り倒したら、将来のために一本苗木を植えないといけないと思うのですが、特に植樹をしている場所はありません。

枝はいずれまた伸びてくるでしょうけど、根元から切ってしまった桜が復活するとは思えません。新しい苗木を植えないのかしら、と思いますが、切り倒した株の根っこが残っているんですよね。

根元と根っこは、たぶんそれを掘り返すと周辺広範囲にアスファルトを剥がすことになってしまうので、そのせいでできなかったのでしょう。

扱いが軽すぎるのでは

いまさらなのですが、WBCは残念な結果に終わってしまいましたね。決勝で敗れるなら「よく頑張った」と言いたくもなりますが、準々決勝敗退では不完全燃焼な日本人も多いことでしょう。

そして、やはりアメリカが勝てなかったので、またアメリカやメジャーが有利になるようなルール改正が行なわれるのでしょうか。アメリカってそういう国ですよね。スポーツの世界だけでなく、政治の世界でも独りよがりになっていますけど、これから国際社会はどうなってしまうのでしょうか。

それはともかく、この野球の話題を目にしたり耳にしたりする時に、ほぼ100パーセントの確率で出て来るのが大谷翔平です。もっと大事なニュースがあるだろうに、大谷が自主練習を始めた、大谷が初めてブルペンに入った、今日はキャンプインして初の休養日といった大谷のニュースを最初に持ってくる情報番組が多くてちょっと閉口します。

この現象、既に数年続いていて、この大谷の扱いに嫌気がさしている人も多いようです。あたしも若干そういう風に感じています。大谷がすることはすべて素晴らしい、大谷の語る言葉はすべて正論、そんな空気にあふれた報道は見ていて気持ち悪くなります。こんな風に大谷の話題が出て来るとイヤになってしまうことを、世間では「大谷鬱」と呼ぶそうです。

そして先の衆院選でピークを迎えたとような、高市早苗ブームにも同じような現象が起きていて、高市早苗がニュースなどで取り上げられると気分が下がる現象を「高市鬱」「早苗鬱」と呼ぶのだそうです。

こういう命名、巧いなあと感じるものの、「鬱」って言葉をそんな風に使ってよいのだろうか、という気持ちもあります。幸いにも、あたしも、そして周囲にも鬱を患っている人はいないようです。あたしが気づいていないだけかも知れませんが、後から噂で耳にしたこともないので、たぶんいないのではないかと思います。

ですから、問題の深刻さを本当に理解しているとは言えませんが、聞きかじりや読みかじりの知識で想像するに、鬱とは相当深刻な症状だと思います。当事者はもちろん、周囲の人もかなり疲弊することになるようです。とても冗談で語れるようなことではないと思います。

そんな「鬱」という言葉を、こういう風に使い捨てられる流行語のように消費してしまったよいのだろうか、いささか不安に感じております。もちろん大谷や高市を見て、本当に具合が悪くなっている人、鬱と呼ぶのが相応しい症状を発症している人もいらっしゃるのでしょうが……