2012年4月30日

今週末は...

例によって日曜日の各新聞は、読書欄でたくさんの書籍が紹介されました。あたしの勤務先の書籍も、二紙で紹介をいただきました。

この読書欄への登場は、書籍の売り上げに大きな影響力があるというのは業界では常識で、乗ったか乗らないかでその後の部数が大きく変わります。もちろん、どれもが同じように売れるわけではなく、そのあたり、どの程度の「波」になるのか、毎回毎回悩ましい限りです。

ただ、それは出版社だけではなく書店も同じこと。毎週水曜日の昼過ぎに、朝日新聞が次回の予告を発表していますが、その直後から注文の電話やファクスが殺到するときもあります。読売新聞の場合は紙面で次週の予告を載せていたりしますよね。いずれにせよ、前もって告知があれば書店も準備しておけるというものです。

ただ、朝日の水曜日発表というのは、それから出荷したとしても日曜日に書店店頭に並ぶことはまずあり得ません。現在の出版会の物流事情から言って無理な相談です。日曜日の新聞で見て「読みたいな」と思った読者が書店に行っても置いてない、注文しても一週間から10日くらいかかると言われれば、「じゃあ、要らない」という気持ちにもなるというものです。

でも、そんなことはなく、本当に「読みたい」と思った読者の方なら、書店でそう言われても「別に構いませんよ、待ちますから取り寄せてください」というパターンになることも、これまた多いのです。

それでもまあ、やはり新聞で紹介された直後に置いてあるのが望ましいとは言えますよね。だって、一週間も待ったら、新聞では次の書籍が紹介されているわけですから。

ところで、今週は今日が休みで、火・水と仕事、そして木曜日からまた休みです。次の日曜日の予告が水曜日に発表されても、そもそも出版社からの出荷が週明けになってしまいますよね。うーん、どうなんでしょう? どれくらい注文が来るでしょうか?

って、まだ発表されてもいないのに、そしてあたしの勤務先の書籍が掲載されると決まったわけでもないのに、なにを取らぬ狸の皮算用しているのでしょう(汗)。

で、とりあえず昨日は以下の二点でした。

 

2012年4月29日

プレミアムライブ?

ゴールデンウイークだからと言うわけでもありませんが、めざましテレビなどを見ていますと、芸能コーナーでは歌手やタレントのシークレットライブやプレミアムライブの話題がしばしば取り上げられます。

芸能人なんですからライブ活動は大いにやるべきでしょうし、ファンもそれを見に行く、聞きに行くのは当然の行為でしょう。

でも、こういうニュースで気になるのはマスコミです。

シークレットライブと言いながら、こうやってテレビで放映されているのが不思議です。テレビで流すからには、偶然居合わせてケータイの動画モードで撮ったというのならまだしも、しっかり取材しているのは、いったいどこがシークレットなんだろうと思います。ファン何百人限定のプレミアムライブと言いながら、それなりの数のマスコミが取材に来ているのもどうなんでしょう?

いや、もういい加減大人なんだから、シークレットと言ったって、ほんとうは事務所が動員かけているんだよ、というくらい理解しろよ、と言われそうですが、やはり腑に落ちません。たぶん、シークレットでもプレミアムでも主催者側が観客が集まらなかったときのためにサクラを使っていた程度のことであれば、気にならないと思います。あたしがどうしても引っかかるのは、そこにマスコミが加わっているからだと思います。

シークレットと言っても、いったいどこがシークレットだったんだろうという腑に落ちない気がするのは、きっとある本がなにがしかの賞を受賞したときに、受賞発表の日にそのことが印刷されたオビが巻かれて書店の店頭に並んでいるときの白々しさと通じるのではないかと思います。

2012年4月28日

暦通り

本日よりゴールデンウィーク。

あたしの勤務先は特に大型連休にするわけではなく、全くの暦通りの営業です。もちろん、間に挟まれた1日と2日に有休使って9連休にする人もいるでしょうけど、2日だけ行けば、その前後は連休なんだから、そんなことに有休を使ってしまうのはもったいない気がします。

あたしの場合、昔っから世間の連休時に出かけるということをしないので、わざわざ大型連休にする必要性を感じません。なので、この前半の三連休もほぼ引きこもり状態で過ごす予定です。

少しは本でも読んで過ごすかな、と思ってますが、なまじ時間があって家でダラーッとしていると、本って読まないものなんですよね(笑)。

そうそう、読み始めた『ぼくが逝った日』は基調としては切ない物語なんですが、意外と淡々とストー理は進んで行ってます。不思議な感じの本です。

2012年4月27日

常識と非常識の間?

京都で無免許の未成年の少年が集団登校の列に突っ込んで、という事故、事件がありました。亡くなられた方、怪我を負った方はたいへん気の毒だと思いますし、未成年とはいえ、どうやら常習性がありそうなので、一緒に乗っていた友人ともども厳罰に処するべきだと思います。

ところで加害者の少年は無免許であったとはいえ、取ろうと思えば免許を取れる年齢なわけですよね。免許は取れるのに事故を起こしたときは少年法で守られるというのは、なにか法律の整合性がとれていないような気がします。この事件、果たしてどういう結果になるのでしょうか?

そして、そういうこととは別に、被害者の電話番号を加害者の父親に教えてしまったということで、地元警察署や被害者通っていた学校の教頭が非難されています。個人情報云々という問題は、話がまたややこしくなるので置くとして、加害者の親、あるいは本人が被害者に謝罪したいと思って連絡を取るのは非常識だとして、これほど非難されることなのでしょうか?

十数年前に亡くなったあたしの父も晩年交通事故に遭いました。横断歩道もない道路を渡ろうとした父にも過失はありますが、相手の男性の過失が8割くらいと認定されたのではないかと思います。この事故の時、わが家には加害者男性の弁護士だったか保険会社の人から連絡があり、治療費のことなどの説明を受けました。

ただ、こちらとしては、そんなことよりも、まずは当人が謝りに来るのが筋だろうと思い、そう伝えましたが、代理人はすべてを一任されているので直接連絡を取ることはできません、と言うのです。確かに被害者家族の中には逆上して何をしでかすかわからない、双方頭を冷やすためにも少し時間をおいてからの方よい、という理屈もわかります。でも、そんなことよりも何よりも、まずは相手に謝ることが日本人的な心情というものではないでしょうか?

結局、あたしの父の場合、だいぶたってから加害者本人が菓子折を持ってわが家に謝罪に来てくれましたが、別に菓子折なんか要らないから、すぐに謝罪して欲しかったと今でも思います。警察の人や保険会社の人から「当人も申し訳なかったと思い、深く反省しております」といくら聞かされても、こちらは信用する気にはなれません。もちろん、こちらの前では殊勝な言葉を吐いて、裏では舌を出しているような加害者もいるかもしれませんが、やはりまずは当人の言葉を聞きたいものです。

こういう感覚、あたしがおかしいのでしょうか?

でも、そうとは思えません。多くの人がそう思うのではないでしょうか? もちろんレイプ犯の顔など二度と見たくないという被害者女性、といった事件の場合はまた異なるでしょうけど、今回のような交通事故であれば、当人に謝ってもらいたいと思う気持ちもあるのではないでしょうか?

ましてや今回は加害者本人ではなく、その親です。親の立場からすると、自分の子どもが起こしてしまった事件に対し、とにかくすまなかったと思い、取るものもとりあえず、まずは被害者の方に直接お詫びしたいと思ったとしても、それはおかしくもなんともなく、ごくごく自然な感情だと思います。

なので、こういう行為を自然な感情だと思ってしまうと、被害者の方の連絡先を教えてくれますか、と聞かれたら、もしあたしがこの警察官や教頭の立場であった場合、今回の件と同じように教えてしまったのではないか、という気がします。

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