2010年9月 3日

10月15日なのか......

昨日は丸善&ジュンク堂書店渋谷店のオープンでしたけど、この後も、広島、吉祥寺、郡山とジュンク堂書店は出店ラッシュです。ジュンク堂のウェブサイトでは10月中旬としか書いていませんが、伊勢丹跡地にできる「コピス吉祥寺」のウェブサイトでは、オープンは10月15日と書いてあります。

もちろん、テナントによってはビルのオープン時に開店していない場合もありますが、それは何らかの事情で工事が遅れたとか、手続きが間に合わなかったといった理由があればこそで、ふつうはビルのグランド・オープンに合わせてテナントはオープンしますよね?
ここで、あたしは、上海万博のオープン時に間に合わなかったパビリオンがいくつもあったのを思い出しております(汗)
ということは、ジュンク堂書店も同じ10月15日がオープンということになりますね。前日にプレ・オープンとか、関係者を集めた内覧会などはあるのでしょうか?

それにしてもジュンク堂、池袋、新宿、渋谷に吉祥寺、コラボしている丸善を加えれば丸の内と、東京で本が売れるターミナルをすべて押さえたわけですよね。全国の主要都市にも軒並み出店していますし、書店業界はJの天下の感があります。

業界の発展にとって、それがよいことなのか、どうなのか。

そもそも、日本という国は書店にしろ出版社にしろ、国土面積と人口の割には多すぎるのか、少ないのか、そういうこともあたしにはよくわかりませんが、適正ってのはどのくらいなのでしょう?

2010年9月 2日

書店を愉しむ!

朝、朝日新聞を開いて驚きました。一面(全面)を使った広告。

丸善&ジュンク堂書店 渋谷店、本日オープン。

コンセプトは「書店を楽しめ!」だそうです。ということで、午後イチで見に行ってきました。場所は、言わずもがな、若者の街、渋谷。駅から少し丘を登った東急百貨店本店7階。ワンフロアすべてを使った、1100坪の巨大書店です。

ただ、入ってしまえば、いつもジュンク堂書店です。あたしが担当しているお店から渋谷店に遷った方も大勢いて、忙しい中、ちょこっとずつ歓談させていただきました。

さて、この書店を愉しめるのか?

確かに、これだけの蔵書量があれば、探している本はたいていのものが見つかるでしょう。実際に手に取ってみたかった本が目の前にある、これはアマゾンなどのネット書店にはない魅力です。否、魅力ではなく、醍醐味でしょう。

あと、リアル書店の利点としてよく言われるのは、探している本だけでなく、その隣、あるいは周辺に並んでいる本にも自然と目が行き、手に取ってみたくなる、という効果です。確かに、ネット書店でも、「この本を買った人はこんな本も買っています」という誘導はありますが、やはりリアル書店の棚には負けてしまいます。

だからなのか、ジュンク堂は、新刊本や話題書をお店の入り口付近の棚に置いてはいるものの、お店の大きさの割にはそれほどの分量・スペースではありません。やはり、どんな本も本来の棚でまずは売る、そしてその本だけでなく、各担当者がこれこそその本の隣に並べるべきだと思った本も一緒に見てもらう、手に取ってもらう、という意思表示なのでしょうか?

基本的にジュンク堂も単行本と文庫や新書は棚が分かれていますが、時に単行本の中に文庫や新書が混じって置いてあることもあります。その文庫、あるいは新書は文庫・新書コーナーよりもそこの棚に置かれる方がふさわしいという担当者の判断なのでしょう?

こういう配置が増えてくると、「どうして、この本はここに並んでいるの?」という本に出くわすこともあります。周囲の本を眺め、「ははーん、こういう流れなんだな」「そうか、ここで繋がるのね」といった推理は書店員さんとの虚々実々の駆け引きのようでスリリングでもあります。

しかし、しかし、ふと思います。

そういう棚作りをするときに、1000坪は必要な広さなのだろうか、ということです。300坪の書店では出来ませんか? いや、100坪の書店だって出来なくはないのでは、という気がしないでもありません。

出版社から見ると、中小書店では置いてもくれないような高い本、売れ行きが渋い本も置いてくれる、そして売ってくれるジュンク堂のような大型店は、「広いっていいよね」という感想がまず出てくる書店ではありますが、方や同業の書店員の人は「こんなに広い売り場は必要ないよ」という声をよく聞きます。

どちらも本音であり、正論であると思います。あたしみたいに、出版社営業としても半人前の人間が偉そうなことを言えた義理ではありませんが、1000坪クラス(まあ700坪以上ってところでしょうか)の書店が普通になってきたこのご時世、書店の差別化と言うことを考えると、200坪以下のお店というのは、小さいからこそ書店員の個性に突っ走れるメリットがあります。

むしろ500坪前後クラスのお店というのが、そこまで小さくはないけれど大型店というわけでもない(一昔前なら十分に大型店でした!)中途半端なお店になってしまっている感がありますね。今後、生き残りをかけた熾烈な争いに飲み込まれていくのは、この規模の書店だと、個人的には思います。

ちなみに、本日午後のMJ渋谷店、混んでました。他の東急百貨店のフロアがそうでもなかったのに句rべ、別世界のような混雑でした。2割くらいは業界関係者かなと思われるものの、一般のお客さんが相当入っていました。この週末も相当混むのではないでしょうか?

2010年9月 1日

ラテ欄

記憶の糸をたどってみますと、本で読んだのではなく、テレビで見たと思うのですが、新聞にあるラジオ・テレビ欄、通称ラテ欄についてです。

今あるような新聞は明治時代からだと思いますが、その後、ラジオというマスメディアが登場し、新聞界は相当な危機感を持ったようです。そりゃそうでしょうね。CDを売っていた音樂業界に、突如ネット配信という音楽販売の方法が現われたようなものだと思います。否、当時の新聞人が受けた衝撃としては、それ以上のものだったのではないか、とも思います。

で、あたしがテレビで見たエピソードというのは、ラジオが登場したときに、ライバルである新聞は、確かそれをやったのは読売新聞だと紹介されていたと記憶しているのですが、紙面にラジオ番組表を掲載したのです。

今でこそ、新聞のテレビ・ラジオ欄(←今や主役はラジオではなく、テレビです)は、新聞はそこから見ますという人がいるほど、なくてはならないコーナーになっていますが、当時、突如現われた強力なライバルであるラジオの番組表を掲載するなんて、ものすごい柔軟な発想ではないでしょうか。

で、なにか言いたいかと言いますと、電子書籍が騒がれていますが、紙の書籍はこういう柔軟な発想で電子書籍を迎えることができているのだろうか、ということです。新聞がラテ欄を作ったような柔軟さ、書籍だと何に当たるのでしょうか?

2010年8月25日

お客様って誰?

出版社にとってお客様って誰なのだろう、と時々考えることがあります。

社内でチラシなどを作ったりする場合、売行き良好書のチラシだったり、フェアの案内だったりするわけですが、そういう各種チラシを作るとき、悩むのはキャッチコピーなどです。その本なり、フェアなりのよいところをアピールするわけですが、要はアピールする対象が誰なのかということです。

本の宣伝なんだから、アピールするのは読者だろう、と考えがちですが、たとえば勤務先のウェブサイトならそれでよいのです。でも、あたしたちがふだん作るチラシというのは、読者の手に渡るものではなく、書店で配るもの、書店員さんに渡すものです。なので、読者へ訴えることとは微妙に異なる視点というか立ち位置というか、そういうものが必要になります。

別に書店員だって読者の一人なんだから、読者に訴えかけるものでいいんじゃない(?)、という意見もあるでしょう。でも、書店員はあくまで書店員、あたしたち出版社は書店員さんの手を借りてお客さんに本を買ってもらうわけだから、同じということはあり得ない、という意見もあります。

どのチラシを作るときにもこういう喧々囂々、侃々諤々の議論があるわけではありません。ほとんどのチラシは悩まずに出来上がっていきます。でも、時にふと立ち止まって考え始めてしまうと、このチラシはいったい誰に向けて作っているんだ(?)という堂々巡りにはまってしまいます。

書店員さんとしては、もちろん読んでくれている場合もあるでしょうけど、これだけの本が出版されている現在、すべての本を読むなんて無理な話です。自分でも読んで面白いと思ってくれた本なら、出版社からのチラシなど待たずとも、どんどん仕掛けて売ってくれているはずです。でも、気にはなっているけどまだ読んでない、という書店員さんに読んでもらい、売るための積極的な取り組みをしてもらうのに、こういうチラシが効果的に書店員さんの背中を押してあげることができたら、と思います。

で、結局のところ、まだ読んでいない書店員さんでも自信を持ってその本をお客様に勧められるように、うまーく要所を押さえて内容を紹介し、なおかつそのままポップに使えそうなキャッチコピーをあしらってあるチラシ、そんなのが作れれば「ありがたい」と思われるのでしょうか?


頁/48頁 |次頁最終頁