2012年2月 4日

同じ発音だけど、字が違う

今宵は、紀伊國屋サザンシアターにてトークイベント

いや、トークイベントがメインイベントではなく、あくまで付録であり、たぶん趣旨から言えばメインイベントは「キノベス」の授賞式だったのでしょうけど、やはり来場者のほとんどはトークイベント目当てだったと思われます。

一般の、純粋にファンという人も大勢来ていたと思いますが、なんとなく会場は業界関係者の臭いがプンプンしてました。別に悪い意味で言っているのではありません。まずは業界が盛り立てて、盛り上がらないとムーブメントは起こりませんから。

で、そのトークイベントの主役は、今回のキノベス第1位、三浦しをんさんと、前回の第1位、岸本佐知子さん。トークイベント前の授賞式で記念の盾をもらった三浦さんに対し、開口一番、岸本さんが「昨年はこんなイベントもなかったし、あたしは盾なんてもらっていない」と。

うーん、これは盾をもらった三浦さんに対し、岸本さんを矛としてキャスティングしたものと思われます。最近の人気テレビ番組「ほこ×たて」を彷彿とさせます。矛と盾、どっちが勝ったかなんて野暮なことは言いません、書きません。そもそも勝ち負けをつけなければならないような「ほこ×たて」ではありませんから。

さてさて、辞書の話、言葉の話がトークの主たるテーマでしたが、やはりこの二人です。真正面からは語りませんね。でも、トークの端々に、言葉に真摯に向き合うお二人の姿勢が見え隠れしてました。

それにしても、三浦しをんさん。本名なんですよね。初めてこの名前を知ったときは驚きました。だって、あたしが中学生の頃から大好きな歌手、沢田聖子さんの代表曲と同じなんですから。曲名は「シオン」で片仮名ですし、「を」ではなく「お」ではありますが......


2012年2月 2日

配本、返品、在庫

本は、委託配本と言って、「売れるかどうかわからないけど、とりあえず置いてみてください」という感じで、刊行から三ヶ月は自由に出版社に返品できるという条件で本屋に並べてもらっています。多くの出版社がそうしています。

ただ、だからといって一方的に大量の本を本屋さんに送りつけることもできませんから、あたしの勤務先ではあらかじめ「こんな本が出ますよ」という新刊案内を書店に送り、書店から「では、何冊ください」という注文(申し込み)を募って、それに基づいて出版物を配本しております。

その時、書店側に「この本は何冊くらい売れそうだな」「この本は売れないだろうなあ」という判断があるように、出版社にも「あの書店ならこの本は何冊売れるだろうな」「この書店はこのジャンルが得意だからたくさんの注文が来るだろうな」という予想が働きます。この予想が、この一、二年狂うようになりました。

「狂う」という表現がおかしければ、予想に違うと言っても構いませんし、「注文が慎重になっている」と言った方がより正しいでしょう。そこに出版社側の気持ちを加味すれば、「書店が弱気になっている」とも言えます。

新聞でもしばしば報道されるように出版業界は不況が長引いていて回復の兆しが見えません。時々話題になって売れる本もありますが、業界全体の悪さをカバーするにははるかに及びません。

出版社は、返品されるかも知れないけどとりあえず出荷すれば売上げが立つのでたくさん作ってたくさん配本しようとします。そのため、出版社からすれば「いっぱい出ていって、いっぱい戻ってくる」、書店にとっては「たくさん仕入れて、たくさん返品する」という悪循環が続いています。当然流通コストはかかっているので、こんな無駄なことはやめた方がよいわけで、その手始めに書店は仕入れを絞るようになったと思われます。

出版社としても、みすみす戻ってくるのを承知で出すのは、巡り巡って自分の首を絞めることになりますから、確実売れる書店に確実売れる部数だけ出したいと考えます。ということで、ここまではよい方向性だと思いますし、それによって少なからぬ出版社、書店の利益率が改善したのではないかと思います。

ただ、こればっかりやっていくと業界が縮小していくばかりで、拡大させることが難しくなります。確かに10冊売るために100冊も並べるような効率の悪い売り方は淘汰されてしかるべきですが、10冊売れればいいところだと思いつつも、あえて100冊仕入れて頑張ってみたら60冊も売れた、ということだってあるはずです。こういう「頑張り」は書店だけの話ではなく出版社の側にも言えることですが、現状では安全策に走りすぎで、こういう「頑張り」は「裏付けのない冒険」としか思われません。

確かに、大量の返品、在庫の山を見ると、なんて無駄の多い業界なんだと思いますが、ちょっとしたきっかけで売れるようになる可能性だってなくはないわけですから、そういう反転攻勢ができるよな心づもりだけは失いたくないと思います。

しかし、今のところは、業界あげて安全策を採りにいっていますよね。書店にしろ出版社にしろ、会社が潰れてしまっては元も子もないわけですから。

2012年1月29日

閉店セール的な......

この年末年始の忘年会、新年会。仕事柄、いくつかの会に出席し、お偉い方々のスピーチと言いますか、演説と言いますか、あいさつを聞きました。

皆さん、もうじき一年を迎える東日本大震災に必ず触れますね。それはそれで至極もっともであり、あたしみたいにほとんど精神的な影響を受けていない薄情な人間の方が稀なわけですから触れることについては異存はありません。そもそも、この業界に限らず、テレビ・新聞で見聞きするほとんどの業界のお偉いさんのあいさつは震災に触れているわけですから。

ただ、出版業界について言えば、長引く出版不況の中で確かに全体としてみれば売り上げは落ち込んでしまってますが、そんな中、震災後の被災地の書店の売り上げは前年比で驚異的なプラスになっているそうです。あいさつに立つ人は、ほとんど例外なくそのことに触れ、「本の力、活字の力はまだまだ健在だ」と訴えています。

この不景気にあって、ますます暗くなるようなことを話すよりは、少しでも前向きになれることを話す方がよいのはわかっています。たとえどんなに不景気でも営業としては、空々しくならない程度に、「売れてますよ、結構調子いいですよ」と口だけは元気なことを言うべきだとも思います。

でも、ここまで聞かされると、ちょっと食傷気味です。

そう、本の宣伝にやたらと書店員のコメントが載っているこの数年来の宣伝手法と同じで、「もういい加減にしてよ」という気になります。

東北の本屋で本が売れたのは、みんな流されてしまったから改めて買わなければならないから当然と言えば当然のことです。いろいろな生活の不便のある中で本が比較的優先順位も高く選ばれたということは、確かに「本の力」と言えるのでしょう。でもパソコンとかゲームとかって、電気代やソフトや機械などが必要で、それだけでは使い物にならない、自己完結していないものですよね。それに比べ本は、とりあえずそれだけで存在できる、使い物になるものです。そして、高額の書籍もありますが、全体としてみれば安い商品です。すべてが流されてしまった被災地で、とりあえず本はそれだけで時間潰しになる、一時でも過酷な現実を忘れられるものだったから、それなりに売れたのだと思います。そして、それは確かに「本の力」なのでしょう。他の娯楽商品に比べたアドバンテージと言ってもいいかもしれません。ウンベルト・エーコも『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』の中で、そのような発言をしています。

ただ、こう言っては不謹慎ですが、こんな大震災が毎年のように地域を変えて起こるでしょうか? 昨年は東北だったから今年は九州、来年は関東、その次は中四国というように。

何が言いたいかと言いますと、いい加減、震災を持ち出して、被災地で本が売れたから、まだまだ本には未来があるんだ、的な話はやめましょうよ、ということです。

今回の被災地での売れ行き、まだ前年比プラスが続いている書店もあるみたいですが、あくまで震災特需ですよね。あたしに言わせれば、売り上げが落ちて営業を続けられなくなったデパートが閉店前の一ヶ月にセールを行なったら、開店以来最高の売り上げを記録したみたいなものです。「ここまでとは言わないけれど、こんな売り上げが続いていれば閉店しないで済んだのに......」というデパートの人の恨み節もしばしば聞かれるものです。でも、もう閉店しちゃうからこその売り上げであって、一時的な現象です。被災地の本屋の好調も、結局は一時的なものであって、書店の経営努力をはじめ、この業界の構造が劇的に変わらない限り、この震災ハイな状態が冷めれば、震災前の状況に戻ってしまうと思うのです。

だから、震災の話ばかりを聞かされると、「結局この業界は、震災にでも遭わないと景気は上向かないの?」と思ってしまうのです。数行前に「毎年のように地域を変えて震災は起こらないのか?」と書いたのはそういう意味です。

もちろん本を読むことによって、折れた心、くじけそうな気持ちを癒す、励ますという効果があるということは重々承知していますが......

2012年1月22日

街の本屋さんは......

今朝の朝日新聞の社説ページ下欄のコラム、ニューヨーク支局長のリポートでしたが、話題はある街の本屋の話。

その街の本屋が廃業してしまった後、住民がやはり本屋がないと困ると言って支援の輪を広げ本屋を復活させたという内容でした。

個人的には感動的な話だと思いますが、果たしてどこまでそれが続くのか。最初に声を上げ、運動を始めた人たちの時代はいいとして、そういう人たちが一線を退いたらどうなるのでしょうか? 子供の世代、孫の世代と支援の輪は繋がっていくのでしょうか?

もちろん、本屋に対する意識が劇的に変わり、リアル書店がネット書店に十分対抗できるような状況になっている可能性もなくはないでしょうけど、果たしてどうなるのでしょうか?

大型スーパーが出店し、昔からあった商店街が寂れたといって、その街の人が商店街を復活させるような運動をしたでしょうか? 商店街と言ってしまえば大きすぎますから、例えば花屋とか八百屋とか、街に唯一あったお店がなくなったら、やはり支援の手を差し伸べたのでしょうか?

本屋の主人は、自分の売っている本よりもネット書店の本の方が値段が安いことに愕然としたとコラムにはありましたが、日本は今のところ再販制で値段については同一となっています。ただ、アマゾンなら中古品が安く買えます(逆に、絶版本だと高い場合もありますが)。また、地方在住の人は街の書店まで行く交通費を考えると送料を負担してもネット書店の方が安いという現実があります。その送料も最近はほとんどサービスされるようになってますから、ますますネットが有利です。

本はネットで画面を見て選ぶものではなく、ぼんやりと書棚を眺めて手に取って、そして選ぶもの、という感覚をあたしなどは持っています。たぶん、アメリカの事例は、そういう感覚をその街の人たちも持っていて、それがかけがえのないものだということに気づいたからこその動きでしょう。

客観的に見て、それが本当にかけがえのないものなのか、あたしには判断できませんが、とにかくこのコラムの書店が5年後にどうなっているのか、そこに興味があります。

ただ、個人的には、「本屋は特別な存在なんだ」という前提、いわゆる「出版は文化だ」といった考え方って、どうも鼻持ちならない気がしてしまいます。

頁/80頁 |次頁最終頁