今年は「うんち」なのだと京都大学が言っています!

昨日のダイアリーに写真を載せていたのですが、書いていた内容がそれなりの分量になってしまい、写真に触れる機会がないままダイアリーを終らせてしまいました。これではいけないと思いましたので、リベンジです。

性懲りもなくまた載せますが、右の画像が問題の写真です。見ておわかりのようにスマホとスマートウォッチです。既にこのダイアリーでご紹介していますが、スマホは Google Pixel 10a で、スマートウォッチは Pixel Watch 4 です。

どちらも最近次世代がリリースされましたね。この手のデバイスは半年や一年もすれば次のモデルが発売されるので買いたいと思ったときが買い時なのでしょう。今回は藤色で揃えております。

さてタイトルの話題です。数日前に京都大学の11月祭のテーマが「うんち」に決まったというニュースを読みました。なかなか思いきったテーマ設定ですね。そうなると、京都へ行くたびにお世話になっている京都大学生協でも関連フェアなどやらないのでしょうか。

さすがに大学生協なので『うんこドリル』は並ばないかもしれませんが、あたしの勤務先の『アジア・トイレ紀行』とか、作品社の『うんこの博物学』などはテーマに合った書籍ではないかと思うのですが如何でしょう。

お陰様です

昨日のダイアリーで、日向坂46の藤嶌果歩のファースト写真集、紀伊國屋書店限定カバー版を新宿の紀伊國屋書店で購入したと書きました。その紀伊國屋書店新宿本店ですが、いろいろな場所でこんな展開をしてくれています。

まずは演劇書コーナーです。先日亡くなられた小田島雄志さんの追悼コーナーが出来ていました。ちょうどあたしの勤務先から『半自伝 このままでいいのか、いけないのか』が復刊されたところで、そちらを中心に並べていただいております。

本来であれば、小田島さんの畢生の業績、シェイクスピア全集をもっと並べるべきなのでしょうが、品切れになっている巻が多く、全巻揃わない状況で申し訳ないところです。

続いては、その小田島さん追悼コーナーのすぐそばで展開されていたこんな並び。真ん中には発売されたばかりの月刊誌『新潮』が置かれています。『新潮』の特集が「令和演劇ニューウェーブ」で、その旗手として今年度の岸田賞受賞の二点、『ロマンス』と『よだれ観覧車』が脇を固めています。

もちろん『新潮』本誌に蓮見翔さん、大石恵美さんも登場されています。昨今の演劇界を知る上で、『新潮』の最新号は興味がある方にもない方にも必読の一冊です。

続いてはフロアも変わって文庫・新書コーナーです。その一角に《人文知への扉》が並んでいます。その上の段には《文庫クセジュ》も見えています。

「人文学の名著が手に取りやすいサイズで登場」という手書きポップも効いています。人文や社会の各ジャンルに振り分けるのではなく、このように教養新書のコーナーに並べていただけるとありがたく、この夏には棚用プレートも出来上がる予定です。

最後は文芸の海外文学コーナーです。『赤死病』と『マーティン・イーデン』が面陳されています。どうしてなのかという種明かしは貼ってあるポップを読めばわかります。

はい、この両書の著者はジャック・ロンドンです。今年2026年はジャック・ロンドンの生誕150年であり、没後110年でもあります。ジャック・ロンドンの邦訳は他社からも出ていますが、文庫なので単行本中心の文芸コーナーではこの二点だけが並んでいるわけです。

こんな風に紀伊國屋書店新宿本店では、お店のあちこちであたしの勤務先の刊行物が目立つように並べていただいております。本当にありがたいことです。

涙腺が緩みます

先日、シェイクスピアの翻訳(個人全訳)で知られる小田島雄志さんが亡くなられました。シェイクスピアの翻訳以外にも『半自伝 このままでいいのか、いけないのか』という自伝も刊行しています。ただ亡くなられたときに同書は品切れになっていて、読者や書店からの問い合せにも対応できず申し訳ないことをしました。

そこで急遽、復刊を決めましたが、それが来月6日に配本になります。今回の復刊に当たってはプラスアルファがありまして、お孫さんである小田島創志さんのエッセイが巻末に付いているのです。

あたしも納品された見本で読んだのですが、ちょっと泣きそうになりました。年をとると涙腺が緩むものですね。小田島さんの本文、あとがきと併せて、この創志さんのエッセイもぜひ読んでいただきたいです。

ちなみに『半自伝』、判型こそ異なるものの背は新書版の「シェイクスピア全集」を意識したデザインになっています。現在「シェイクスピア全集」は品切れの巻が多くて全巻揃わないのですが、もしお持ちであれば今回の新刊も並べてみてほしいものです。

奴隷はキラーコンテンツ?

つい先日、『神のゴーストライター』という本が刊行になりました。タイトルだけ見たのでは、どんな本なのか、そもそもどんなジャンルの本なのかわかりづらいかも知れませんが、サブタイトルの「聖書を作った古代ローマの奴隷たち」を見ていただければ、おおよその内容が掴めるのではないでしょうか。

ところで、「奴隷」をキーワードに検索してみますと、多くのコミックやラノベがヒットします。内容やタイトルに奴隷を含む作品がそんなにも量産されているとは知りませんでした。もちろん人文の歴史ジャンルに並ぶような書籍もありますが、コミックには圧倒されてしまいます。

ただ歴史ジャンルで刊行される奴隷の本も、古代ロマーマの奴隷から奴隷貿易まで、かなり幅広いものが出されています。それだけ内外で研究が進んでいるのでしょうし、研究が進むということはジャンルとして注目されているのでしょう。

現在はさすがに奴隷など存在しないはずでしょうが、奴隷のように搾取されている立場の人はまだまだたくさんいるのではないでしょうか、だからこそフェアトレードという言葉がよく聞かれるのだと思います。

ところで、コミックやゲームなどで取り上げられることが多いテーマだと、歴史などの専門書にもその波及効果が生まれることがしばしばあります。これだけ奴隷を扱ったコミックがあるのであれば、『神のゴーストライター』がそういうコミックの愛読者のアンテナに引っかかるかもしれませんね。

この歳になって林檎派へ?

このところ乃木坂46の口パクがネットを賑わせているようです。「いまさら?」という気もしますが、歌番組で「生歌」を披露するアイドルグループが増えてきたということなのでしょうか。とはいえ、あたしが子供のころの歌手はみんな生歌だったはずです。キャンディーズもピンクレディも、松田聖子や田原俊彦だって生歌でパフォーマンスしていたはずです。

いつからでしょうね、口パクが主流になったのは。でもハロプロ系のグループは生歌だったはずですから、ジャニーズや秋元系が口パクを流行らせた張本人かもしれません。その是非はさておき、ここへ来て乃木坂46が槍玉に挙がっているのはどうしてでしょう。

ここ最近出演した歌番組でのパフォーマンスを見てて、あたしなりに気づいたのは、最新シングル「是非に及ばず」の曲調が口パクに合っていないのではないか、ということです。これまでの乃木坂46の楽曲なら口パクもそれほど違和感がなく見られたのに、今回の曲だとどうしても違和感を感じてしまうのです。

そして曲調と歌詞がこれまでの楽曲とはガラッと変わっているので、メンバーの口パクが下手に見えます。いかにも歌っていない、聞こえる歌詞と口の動きが合っていない、ダンスのせいなのか歌っているときにマイクが口元にない、そういったのが目立ちます。だから余計に言われてしまうのではないでしょうか。

さて話は変わって本題です。「林檎派」と言っても、椎名林檎のファンになったわけではありません。スマホの話です。

これまで勤務先から支給されていた社用スマホはAndroidでした。AQUOS Wish で、画像の右側がそれです。それがこんどは、なんと iPhone に変わる(変わった)のです。数日前に渡されて環境移行を行ない、ようやくひととおり終わったところです。週明けには Android スマホを勤務先に返却する予定です。ちなみに画像左側が iPhone ですが、調べてみると iPhone SE なのだそうです(更に調べると第3世代と呼ばれているものだと判明しました)。

あたしは、パソコンはずーっと Windows を使っていて、スマホも Android でした。仕事でちょっとマックを使ったこともありますが、使うというよりも触ったと言う程度です。そして iPhone に至ってはほぼ触ったことが無い状態でした。それがいきなり iPhone を使うことになるとは。なんとか設定を終えましたが、すべてが慣れません。いや、慣れていかないとダメなのでしょうが、苦難の道のりが待っているのでしょう。

話は戻って乃木坂46の口パクですが、一部のファンから声も上がっていますが、それなりに歌えるメンバーを選抜してシングルを出してみたらどうでしょうね。とはいえ、歌ウマメンバーの歌唱力を活かせるような楽曲を秋元康や運営側が用意できるのかという問題がありますが。

一等地に並んでいます!

お陰様で売れに売れている『ビールと古本のプラハ』ですが、中公文庫『プラハの古本屋』に引っ張ってもらっている部分が大きいです。

画像は、紀伊國屋書店横浜店です。入り口すぐのワゴンで、その中公文庫と一緒に並べていただいております。同じ本や繋がりということで、文春文庫『本屋さんのある街で』もご一緒しています。

入り口すぐのワゴンと書きましたが、本当に入ったところにあるワゴンですので、店内の一等地といってよい場所です。こんなよい場所に置いてもらってよいのだろうかとちょっと不安になるくらいの僥倖です。

でも、こうして3点並べていただけると、やはり本屋好きな読書の方なら三つとも買いたくなってしまいますよね。そういう効果も狙っての展開だと思います。中公文庫は既に持っている、読んだという方も多いと思いますので、その隣に並んでいる『ビールと古本のプラハ』や『本屋さんのある街で』と出逢ってくれる人が一人でも増えると嬉しいです。

全5巻がトレンド?

数日前にこのダイアリーで取り上げた、河出書房新社の「韓国文学クラシックス」ですが、これは全5巻なのですね。多ければ多いほどよいわけではないでしょうが、かといって少なすぎては網羅性が犠牲になります。そのあたりの塩梅が難しいところです。

個人的に韓国文学については、女性作家の作品ばかりが翻訳され、男性作家はいないのか、もっと男性作家の作品も読みたいと思っていたので、このシリーズには男性作家の作品も多数収録されるようで、とても楽しみです。

もちろん、これまでにも『カステラ』や『ピンポン』のパク・ミンギュ、『マテニ10号』のファン・ソギョンなどが翻訳されていますが、女性作家の圧倒的な翻訳料に比べると微々たるものだという気がします。

さて、あたしの学生時代は中国学を専攻してきたわけですので、韓国文学のことばかりを語っているわけにはいきません。そこでもう一つ気になるのが集英社から刊行予定の「中国現代文学ギャラリー」です。これも全5巻のようです。やはり、それくらいの分量がちょうどよいのでしょうか。興味を持っている読者も、全10巻、20巻などと言われると怯んでしまいますが、5巻くらいですと毎回発売されたら買い揃えようという意欲も湧くものだと思います。

そんな目で眺めると、このたび刊行がスタートした《ハン・ガン コレクション》も今のところは全5巻の予定です。ただし、このコレクションはハン・ガンさんの新刊が刊行された場合、それもコレクションに加えていく予定ですので、最終的に6巻になるのか、7巻になるのか、現時点では未定です。

それにしても、こうして韓国や中国の現代文学シリーズが相継いで刊行されるようになるとは、時代が変わったものだと思います。あたしが学生の頃にも中国文学のシリーズは出版されていましたが、古典文学がほとんどでした。魯迅などは既に古典の域に入りそうでしたので、今まさに流行っている文学作品をまとめて紹介するような叢書はほとんどありませんでした。よい時代になったものです。

これは書籍の姿を借りた凶器かもしれない

月末に配本になる新刊『ハイデガー伝』の見本が出来てきました。A5判の上製、なかなかの迫力です。ハイデガー伝の決定版と言ってもよいのではないでしょうか。

これだけのボリュームですから、お値段はちょっと高めですが、これは買っておかなければ、という一冊になるでしょう。いまから配本が楽しみです。

ところで、写真だとわかりにくいかも知れませんが、この画像を見て、過去に刊行されたある本を思い出した方もいるのではないでしょうか。その「過去に刊行されたある本」とは『デリダ伝』です。

『ハイデガー伝』と『デリダ伝』を並べてみましたが、こうして見ると色とタイトルが異なるだけで、姉妹編のように見える二冊ではないでしょうか。店頭でもぜひ二冊並べてみてもらいたいですし、『デリダ伝』を買われた方は、是非『ハイデガー伝』もお買い上げいただけると嬉しいです。

で、よく似た二冊と書きましたが、その厚さはどうなのかと言いますと、ほぼ同じような厚みです。並べてみると、三枚目の画像のような感じになります。

遠近法の関係で『デリダ伝』の方がちょっと厚く見えるでしょうか。あるいは赤は大きく見えるのでしょうか。書誌情報を確認してみますと、『デリダ伝』は848頁、『ハイデガー伝』は750頁です。約100頁違うのですが、逆にそこまでの違いは感じられません。使っている用紙が違うのかもしれません。

本を寝かせて厚みを比べてみますと、ご覧のようにほとんど変わりがありません。そして『デリダ伝』は本体10000円、『ハイデガー伝』は本体8800円です。頁数分の価格差はあるようです。

さあ、月末には店頭に並ぶと思いますので(比較的人文書が揃っている大型店に限られますが)、ぜひ実物をご覧になってください。

待ってました?

本日は、『チボー家の人々』第一巻の配本日です。これまでと同じUブックスではありますが、装丁を一新し、本文も新組となっております。そして旧版が全13巻だったのに対し、今回スタートした新組版は全10巻となります。

ここ数年、旧版の全13巻は歯抜けになっていて、そうなると読者の方も買う意欲がなくなるでしょうし、揃わないのであれば書店も書棚に置こう、並べよう、在庫しておこうという気にはならなかったと思います。しかし、このたび久しぶりに全巻が揃うことになるのです。

それも写真を見ておわかりのように黄色い本として復活です。高野文子さんの『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』を思い出された方も多いでしょうし、同作を読んで『チボー家の人々』を読んでみたくなった人も多いのではないでしょうか。

ところで先週は『真珠の耳飾りの少女』の配本に合わせて、同柄のネクタイを締めていましたが、さすがにチボー家のネクタイなどないので、せめて色だけでも合わせようと考え、黄色い本ならぬ、黄色いネクタイを締めております。

絶賛販促中!

たまには、否、いつも一生懸命販売促進に勤しんでおりますが、今日はもう一段ギアを上げてみました。どういうことかと言いますと、こういうことです。

本日は『真珠の耳飾りの少女』の配本日です。なので、あたしも真珠の耳飾りの少女のネクタイを締めて、営業しておりました。ある書店では「気合いが入っているね」と言われました。情熱が伝わっているのであれば重畳です。

ちなみに今日はあくまで配本日であって、発売日ではないので、書店の店頭に並ぶのは都内の大型店で今日の夕方、たぶん明日か週明けには書店に並ぶと思いますので、いましばらくお待ちください。

そしてフェルメールのこの絵、この夏に日本に来るのですよね。大阪中之島美術館で展覧会が予定されています。

さて、もう一つ販促の話題を。

光文社新書で『シモーヌ・ヴェイユ思想入門』が発売になりました。そこで同じ新書サイズの文庫クセジュの『シモーヌ・ヴェイユ』を是非とも併売してほしいのです。

ヴェイユは哲学・思想好きな人であれば名前は知っている人物ですが、一般の知名度はまだまだのところがあると思います。ただ、本はそれなりに刊行されています。今回紹介しているような入門書、概説書だけでなく、ヴェイユの著作の翻訳も刊行されています。特にアニバーサリーな年ではないですが、ヴェイユフェアなど、よいかも知れません。