哀れ?歌姫!

珍しく地上波の映画を鑑賞。ラテ欄で懐かしい名前を見つけたので、平日の昼間という、いかにもB級臭がプンプンするアメリカ映画です。

その作品とは「メガ・パイソンVSギガント・ゲイター」です。主演はティファニーとデビー・ギブソン。

とは言っても、80年代、90年代の洋楽世代でないと、この名前にピンと来ませんよね?

映画の予告編はこちら(↑)です。二人も映っていますが、「えっ、どれ?」という感じではないでしょうか? 二人を知らなければ、B級アメリカ映画でお馴染みの、ちょっぴりカワイイ若手女優も出てこないし、なんか変なおばさんが喚いているだけ、という印象しか残らないと思います。

はい、この喚いているおばさん二人がデビー・ギブソンとティファニーなんです。まずはティファニー。

日本でヒットしたのは、あたしはこの曲(↑)くらいしか印象がないのですが、いかにもアメリカの元気な女の子という感じで、当時は結構人気だったと思います。日本的なアイドル路線という印象もあって、アメリカでは珍しいなあとも思ったものです。このティファニーが、あんなおばさんになっているとは、歳月、時の流れは残酷です。

デビー・ギブソンの方は、その後、デボラ・ギブソンという表記にもなりましたが、この映画の中でもまだ当時の面影を残している気がします。そのデビー・ギブソンは当時いくつか売れた曲がありまして、一番売れたのは「Shake your Love」でしょうか?

それとも「Electric Youth」でしょうか?

でも、あたしとしては

とか

などのバラードが好きでした。デビー・ギブソンの方が才能はあったし歌もうまかったと思うのですが、当時の日本男子の人気としてはティファニーに軍配が上がっていたような気がします。確かに当時のビジュアルではティファニーの方がカワイイと思えますので。

それが月日がたつと、二人ともこんな風になっちゃうんですね。哀しいです。これだから同窓会なんかには行くもんじゃない、と思います。まあ、あたしの場合、同窓会の招待状が来たことなんて一回もないんですけど!

袁世凱

岩波新書『袁世凱』読了。

 

以前に、やはり同著者の岩波新書『李鴻章』を読んでいたので、その後を継いだ袁世凱にもたいへん興味があります。著者はこれまでの袁世凱像を改めたいという思いがあるようですが、幸か不幸か、あたし自身はそれほど袁世凱に対して悪い印象を持ってはいませんでした。もちろん康有為らの戊戌の変法を潰し、孫文らの革命の果実を横取りしたといった世間並みの感想がないわけではありませんが、康有為や光緒帝、孫文ら革命派の稚拙さも感じるところであったので、袁世凱の方が彼らより一枚も二枚も上手だったなと思っていました。

さて、本書を読んでそんな袁世凱像が変わったのかと言われると、ちょっと意外な感じがしたのは、もっとギラギラとした権力欲の強い人かと思っていましたが、読んだ限りではそれほどでもなく、決して権謀術数の限りを尽くして政敵を葬ったりといった暗い感じは受けませんでした。とにかく、その時その時で相対的によい選択をしていっただけ、そんな気さえします。

最も肝心な、彼が清朝についてどう思っていたのかとなると、基本は立憲君主制であり、あくまで清朝皇帝を戴いた国家運営を望んでいたのだと思います。溥儀をはじめとした皇族に対してかなりの優待条件を付けたのも、あわよくば復辟も考えていたのかなと個人的には思います。もちろん内憂外患、多難な中国の現状を考えると、なによりも肝心なのは国を滅ぼさないこと、列強の侵略をなんとか最小限でしのぎつつ、その列強の支持を得て国を立て直すのが最大の目標であって、そのために清朝皇帝が使い物になるのか否か、そこを冷静に判断したのではないかと思います。

最終的な疑問である、なんでみずから皇帝になろうとしたのか? これについては著者も書いているように、まだまだ当時の中国では「国の真ん中には皇帝がいる」という意識が抜けきっていない、皇帝が存在しない共和政、民主制というものがどんなものなのか、たぶん袁世凱自身も実感としては感じられていなかったのが大きいのではないかと思いました。

さて、袁世凱、皇帝即位が失敗に終わり失意のうちに逝去、と一般には言われています。確かにそういう「気落ち」はあったのでしょうが、それでもその後の中国で続く混迷を考えると、あまりにも早い人生ではないでしょうか。孫文にもそう感じるのですが、あと10年か15年壮健で活躍していたら、その後の中国はずいぶんと変わったものになっていたのではないかと思います。

 

この続きは、同じく岩波新書の「シリーズ 中国近現代史」などに進んでいただくのがよいかも知れませんが、この後の軍閥混戦のありさまは『覇王と革命 中国軍閥史1915-28』がとてもダイナミックで面白いと思います。

それにしても、あれだけ外国に蹂躙されていても、まだ地域ごとの利権で争っている中国近代。清朝がそもそも地方分権的な政権だったということがあったにしても、もう少しなんとかならなかったのかという気もします。が、それでも決してヨーロッパのような分裂国家には至らず、しっかり中国としてまとまって一つ国家に収斂していくところはすごいと思います。

2015年3月14日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー