できることなら新書か選書で読みたいのです!

中公新書の『コミンテルン』を読了しました。中国近代史を学んでいたときには、コミンテルンとは絶大な力をもっている組織ように感じられましたが、本書を読むとそうでもない事がわかりましたし、ソ連共産党に翻弄され、右往左往していたようにさえ思えてきました。

それはおくとして、ソ連による共産革命によって、共産主義=マルクス主義のように見なされがちですが、たぶんレーニン、そしてスターリンによって作られたものはマルクス主義ではないのでしょう。たぶんマルクスが生きていたら、そう言うのではないかと思います。そうなると共産主義とは何なのか、マルクス主義とは何が異なるのか、ということが気になります。

共産主義の一つの方法としてマルクス主義があるのだとすれば、マルクス主義以外の共産主義にはどのようものがあり、それぞれの違いはどんなところにあるのか、それが非常に気になります。確か、マルクス以前に既に(概念としての?)社会主義や共産主義は存在していたはずですから。

また『コミンテルン』を読んでいると、社会主義も共産主義とはちょっと違うようですし、社会民主主義となると盛って異なるもののように描かれています。言葉が違う以上、その中味も違うのは理解できますが、ならばそれぞれはどう違うのか、そこが知りたくなってきます。

『コミンテルン』を読了して、一番に思ったことはそういうことでした。社会主義と共産主義、社会民主主義、そういったものの違いをコンパクトにまとめている書籍はないものでしょうか。つい先日、書店の人文担当の方とそんな話をしていました。たぶん専門書を渉猟すれば見つかるのでしょうが、そこまで詳し事を求めているわけではありません。新書か、せいぜい選書くらいの手軽さで読めるようなものはないものでしょうか。

ところで、国分寺のクイーンズ伊勢丹で、話題のイチゴ、あまりんが売られていました。噂に違わず美味しいイチゴでした。

いちばん幸せな思い出

《エクス・リブリス》の新刊『ブリス・モンタージュ』は、『断絶』のリン・マーの作品で、短篇集です。『断絶』がコロナの流行を予言したかのような作品として話題になりましたが、本作はそれとはまるで異なるテイストに感じられました。

と言いますか、これらの短篇をどう理解したらよいのか、異世界ものっぽくもあり、SFなのかしら、という感じもしましたし、それぞれの作品が繋がっているようでいて、まるで別次元の話だったり、とにかく一言言い表わすのが難しい短篇集でした。

そんな中、「北京ダック」という作品の中にリディア・デイヴィスの「一番幸せな思い出」という小品が引用されています。このリディア・デイヴィスの作品は、Uブックスの『サミュエル・ジョンソンが怒っている』に収録されていますので、ご興味のある方はこちらも是非手に取っていただけると嬉しいです。

それにしても、この『ブリス・モンタージュ』という作品、異郷に暮らす中国人の居心地の悪さというのがベースにあるものの、それを超えたものを感じます。別に中国人でなくともこういう気分になることを、こういう感情を抱えて生きている人って多いのだろうなあ、と思わせてくれる作品でした。そんな心のモヤモヤが発露されると、SFっぽかったり、異世界譚ぽかったりするのでしょうか。

こういう読み合わせ?

食べ物には「食い合わせ」という言葉があります。これとこれを一緒に食べるとよいとか、よくないとか、そういった昔から言われていることがあります。同じように、本にも読み合わせというのがあるのか否か知りませんが、最近のあたしの通勤読書はこんな感じです。

まず数日前まで読んでいたのが、河出新書の『天皇問答』です。明治以降の天皇という存在、天皇制について奥泉光と原武史(敬称略)が縦横に語る対談本です。

お二人とも、基本的には天皇制反対論者のようですが、だからこそこのまま何も決められずに行けば、近い将来日本から天皇という存在がなくなってしまうことを真剣に考えているようです。ちなみに、あたしはどちらかと言えば天皇には親近感を持っているタイプです。

でも、女系天皇には反対です。ワンポイントの女性天皇は認めるとしても、女系はお断わりしたいです。「そうなると、いずれ天皇制は消滅するよ」と言われても、あたしは「はい、そうなったらそうなったで構いません」という立場です。つまり皇室典範も改正せず、いまどきのジェンダー平等にも与せず、天皇制はあくまで伝統に従っていればよいと思っています。

そして、この『天皇問答』の後に読み始めたのが、中公新書の『コミンテルン』です。右から左へ一気に跳んだ感がありますが、あたしの中では特に矛盾もなければ、自己撞着も起こしていません。興味の赴くままに本を手に取っているだけです。

ちなみに、同じ月の中公新書には『皇室典範』なんていう一冊も発売されていましたね。もちろん購入済みです。いずれ読むつもりです。

話は戻って「コミンテルン」ですが、中国史をやっていた身からすると、初期の中国共産党を取り仕切って無理矢理言うことを聞かせていた、強権的なイメージがあります。しかし、読み始めてみると、なんとも頼りなく、定まらない組織だなあという印象です。まだ読み始めたばかりなので、この後は徐々に強くなっていくのでしょうか。

最後に、最近買った本のご紹介、『影犬は時間の約束を破らない』です。いみじくも『天皇問答』と同じ河出書房新社の本です。著者は韓国の作家パク・ソルメです。実はあたしの勤務先では、これまでパク・ソルメの作品を二冊出しているのです。しかし、どういう大人の事情があったのかわかりませんが、今回の作品は河出書房新社から出ることになりました。まあ、うちが版権を録り損なったということなのでしょう。

タイトルもそうですが、あたしの勤務先から出した二点とは装丁もずいぶんと印象が異なる本ですね。これも読むのが楽しみな一冊です。ちなみに、あたしの勤務先から出ている既刊二点は『もう死んでいる十二人の女たちと』と『未来散歩練習』です。もちろんすべて斎藤真理子さんの翻訳です。

こういう本の買い方は……

すっかり忘れていましたが、先日の関西ツアーでこんな本、否、雑誌を買ったのです。それが一枚目の写真です。

京都の大垣書店が発行している『KYOTOZINE』の第二号です。写真の左が以前買った創刊号で、右側が今回買った第二号です。

雑誌とはいえ、かなり豪華な造りの本です。そして第二号の特集は京都の食でした。ほとんどが行ったことない、食べたことない、買ったことのないものばかりでしたので、いつかは口にする機会を得たいものです。

ところで本を買ったといえば、つい最近、新宿の紀伊國屋書店が買ったのが二枚目の写真です。紀伊國屋書店限定カバーの『与田祐希写真集』と中国小説『城南旧事』の二点です。

しばしばネット書店で「この本を買った人は、こんな本を一緒に買っています」と勧められることがありますが、こういう組み合わせはAI泣かせではないでしょうか。これはリアル書店で買ったので、そういう記録がどこまで残っているのかわかりませんが……

そう言えば、もう十年か二十年前に、アマゾンでアイドルの写真集と一緒に中国古典の学術書を買ったことがあります。しばらくアマゾンでその学術書を見ると一緒に買った本にアイドルの写真集が載っていて、そんな買い方するのは日本国内にあたしくらいしかいないだろうと思われたものです。

似ているような、全然違うような……

最近買ったガイブンが二点。『水曜生まれの子』と『ブリス・モンタージュ』です。

『水曜生まれの子』はイーユン・リー、『ブリス・モンタージュ』はリン・マーの作品です。で、お気づきでしょうか、どちらも中国系米国作家の作品なのです。

イーユン・リーは版元サイトに掲載されている情報によりますと

1972年北京生まれ。北京大学卒業後渡米、アイオワ大学に学ぶ。2005年『千年の祈り』でフランク・オコナー国際短編賞、PEN/ヘミングウェイ賞などを受賞。プリンストン大学で創作を教えている。

とあり、その一方、リン・マーは

1983年、中国福建省三明市に生まれ、幼少期に家族とともに渡米する。シカゴ大学を卒業後、ジャーナリストや編集者の職を経て、コーネル大学の大学院創作科で学ぶ。現在はシカゴ大学英文学科で教職に就いている。

とあります。11歳差ですから一世代違うと言ってよいと思いますが、大学を出てから渡米したイーユン・リーと幼少期に渡米して米国で教育を受けて育ったリン・マーという違いがあります。

中国系米国作家と一括りにしてしまえば似ているように見えますが、この育った環境の違いは二人に大きな影響を及ぼしているのでしょうか。両作品を読んで比べてみるのが一番なのでしょうか。ちなみに、どちらも短篇集という共通点があります。

古きよき……

最近、本屋で見かけて思わず「うぉー」と思ったのがこちらの一冊、『城南旧事』です。「城南旧事」だと「じょーなんきゅーじ」で読み方は合ってる(?)と不安に思われる方も多いかも知れませんが、小さく書いてある「北京の思い出」を見ると「ああ、あれね!」とピンと来た方もいるのではないでしょうか。

と書いているあたしですが、原書の『城南旧事』は読んだことがありませんし、邦訳も未読です。そもそもあたしが学生時代に邦訳が出ていたのか、それすらも記憶が定かではありません。

あたしがこの作品を知ったのは、多くの人と同じように映画を見たからです。映画館で見たわけではなく、たぶんテレビで放送されたのを見たのだと思いますが、その作品がとてもよかったのです。ただ本作の副題には「北京の思い出」と書いてありますが、映画の邦題は「北京の想い出」で、漢字がちょっと違います。

帯にも書いてありますが、戦争前、1920年代の北京が舞台です。辛亥革命が1911年ですから、まだまだ清朝時代の空気が残っている北京です。革命後とはいえ溥儀は紫禁城(故宮)で暮らしているような時代です。テーマ音楽も相俟って、こういう時代の北京を訪れたいと思わずにはいられない映画でした。

小説はこうして邦訳が新しく刊行されたので手に入りますが、映画の方はいまも見られるのでしょうか。ブルーレイやDVDが発売されているのか、Netflixなどのようにネット配信されているのか、あたしは全く知りませんが、機会があれば是非多くの人に見てもらいたいものです。

ちょっと違うけど対にして読んでみたら面白い

春秋社のアジア文芸ライブラリーの一冊、『高雄港の娘』を読了しました。

訳者あとがきによれば、事実をベースにしたフィクションのようです。こんな立志伝中のような女傑が戦後の台湾、そして日本に存在したのですね。不勉強にして知りませんでした。

ところで、本書は日本統治時代の台湾からスタートして、戦後に国民党が台湾に渡ってきた時代、そして弾圧を逃れて日本に拠点を移した時代、民主化され女性大統領が生まれる現代までを描いています。それだけを聞くと波瀾万丈に感じられますが、そういう歴史の表舞台煮立つことのなかった女性が主人公であるために、叙述は非常に淡々としています。男たちの苦労は垣間見えますが、女性の世界はもっとおおらかなものを感じます。

読み終わって、岩波書店から刊行されている『台湾の少年』を思い出しました。「高雄港の娘」というタイトルですが、『台湾の少女』と読み替えて、対になる作品として捉えてみると面白いのではないかと思います。

知らないことだらけ!

イスラエルとパレスチナの停戦がようやく実現しましたが、この和平がどれくらい続くのでしょうか。ハマスのテロ行為は非難されるべきでしょうが、その後のイスラエルのガザ侵攻は過剰正当防衛と言われても仕方のないことではないかと思います。

とはいえ、この数年のことだけを見ていたのでは、中東問題と言いますか、イスラエルと中東諸国との紛争の理解は深まらないでしょう。日本人には遠い国の出来事として馴染みが薄いですが、少しでも理解したいと思って、タイミングよく刊行されたこんな本を読み始めました。

本書冒頭にも書いてあるとおり、確かにユダヤ人に対する日本人の理解は非常に単純化されている気がしますし、果たしてその理解は正しいのか、という疑問はあります。そして、古代パレスチナから追われたユダヤ人が第二次大戦でホロコーストに遭うまでどんな歴史をたどってきたのか、非常に興味があります。

それにしても、こういう手頃なユダヤ人に関する本、あったようでなかったような、そんな気がしますし、中東問題が起きてから現在までに各社の新書でもっと刊行されていてもおかしくはないのに、とも思います。中東問題、パレスチナ問題に関する本は出ていると思いますが、ユダヤ人にスポットを当てたものはなかったのではないでしょうか。

AI泣かせな購入傾向?

そろそろ紙の本ではなく、電子書籍に移行した方がよいのではないか、さすがに自宅で収納に困っているわけですから、と思いつつ、やはり紙の本を買ってしまいます。

最近手に入れたのがこちら。角川新書の『駿甲相三国同盟』です。

日本史、特に戦国時代が好きな人であればすぐに反応できそうなタイトルですが、そうでない人にとってはこの漢字の羅列からしてチンプンカンプンなのかも知れません。贅言を費やしますと、駿(駿河)=静岡、甲(甲斐)=山梨、相(相模)=神奈川の三か国の戦国大名による同盟のことです。副題にもあるとおり、それぞれの国を治める戦国大名は今川家、武田家、北条家です。

織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などとも抗争を繰り広げた大名家ですので、戦国史のメインストリームにちょこっと顔を出してはいます。頻繁に名前を聞く大名と言えるかもしれません。しかし、新書というかたちでこの三か国の関係を扱ったものって過去にあったでしょうか。中公新書なら出していそうなタイトルですが、角川新書も油断なりませんね。

そして、そんな戦国時代からガラッと変わって、もう一つ入手したのが、令和の時代のアイドルの写真集です。

既にグループからの卒業を発表している、日向坂46の二期生、濱岸ひよりの写真集です。ファースト写真集と書いてありますが、卒業後は芸能界を離れるみたいですから、たぶん最初で最後の写真集になるでしょうね。でも、最後に写真集を出せてよかったと思います。

あたしはこの二点をアマゾンで購入したわけではありませんが、こういう風に一緒に購入すると、ネット書店では「この本を購入した方は一緒にこの本も購入しています」という具合に表示されます。あたしはしばしばやってしまうのですが、こういうアイドル関係の本と人文系のお堅い専門書の同時に購入しています。

もう十数年以上も前に、アイドルの写真集とものすごーくニッチな専門書(中国関係)をアマゾンで一緒に買ったことがあります。そして、それからしばらく、たぶん一年近くの間、片方を見るともう一方が「一緒に購入されています」として表示され続けていました。確かに正しい表示ではありますが、あたし以外に誰の参考になる情報でしょう。AIって正直なのか、バカなのか。

どう変わったのでしょうか?

今月、似たような新書が異なる出版社から刊行されました。それが写真の二点です。

朝日新書の『限界の国立大学』と中公新書の『大学改革』です。カバーや帯を見ますと、どちらも「法人化20年」と書かれています。そういうタイミングだから刊行が重なったのですね。ありがちなことです。

それにしても、国立大学の法人化っていったい何だったのでしょう。果たして成功したのか、失敗だったのか、その結果は20年経って既に顕著に現われているのでしょうか。

そう言えば、国立大学ではないですが、あたしの勤務先も2016年に『消えゆく限界大学』という本を刊行しています。子供の数が減っているのはずいぶん前から言われていますし、ますますの東京一極集中で、地方は大学に限らず疲弊していますよね。大学というのはその象徴的な意味合いがあるのかもしれません。