文庫も新書も

岩波文庫と岩波新書を買いました。岩波文庫は『白蛇の妖恋』、岩波新書は『アガサ・クリスティのイギリス』です。

『白蛇の妖恋』はその前に『花魁と油売り』が刊行されていて、前者は「明代怪異小説集」、後者は「明代人情小説集」という、どちらも中国明代の作品を集めたものになります。この調子で「明代○○小説集」が今後も刊行されるのでしょうか。だとしたら、とても愉しみです。

岩波文庫は、実は中国古典作品の邦訳では相当な実績のあるレーベルですから、『論語』や『老子』『三国志』などのメジャーどころに比べると知名度は落ちますが、これからも出し続けて欲しいと思います。

岩波新書にはイギリス史に関するものが多いように感じるのはあたしだけでしょうか。架蔵しているものでも、ご覧のように『イギリス史10講』『イギリス帝国』『アガサ・クリスティのイギリス』といったタイトルが目に留まります。

ただ、これは岩波新書にイギリス史ものが多いというよりも、あたしが好んでイギリス史を買っているというのが原因ではないかという気もします。『アガサ・クリスティのイギリス』なんて出したのですから、次は『ジェイン・オースティンのイギリス』なんてどうでしょう。

最近のオススメ

久しぶりに、最近読んで面白かった本を二冊、ご紹介をします。いずれも他社本、そして翻訳作品です。

まずは、亜紀書房の『だれか、わたしを助けて』です。エリカ・クラウスの前作は読んでいなかったので、今回初めて読んだ作家となります。なにせオビで推薦の言葉を寄せているのが、いつもお世話になっている書店員さんだらけだったので、読まないわけにはいきません。

短篇12作が収められた作品集ですが、そのカラーの違いがすごいです。12人の作家の作品を集めたアンソロジーと言っても通じるくらい、作品ごとに雰囲気が異なります。

海外文学は取っ付きにくいという方には、まずは「立っている男」をお読みいただきたいです。東京の郊外、小田急線の狛江が舞台の作品ですから、とても親しみやすいです。著者は、少女の頃に四年間東京に住んでいたということなので、日本を舞台とした作品もお手の物なのでしょう。

続いては、春秋社の『どうせ死ぬなら、最後にミーアヤム』です。こちらは春秋社の《アジア文芸ライブラリー》の一冊で、インドネシアの作品です。

不勉強で、ミーアヤムを知らなかったのですが、屋台で食べられる庶民の味なのですね。最初の四分の一くらい、劣等感の塊で、自殺を決めた主人公のいまの生活や過去の想い出、どれも共感してしまいます。もちろん、あたしはあそこまでは嫌われたり、避けられたりはしていないと思うのですが、主人公の気持ちは非常によくわかります。

ところが、とあることから死に損なった主人公のその後の人生は目まぐるしいものです。全体的な流れはありがちな立ち直り物語と言えるかもしれませんが、主人公が出会う様々な人たちとのエピソードがどれも劇的ではないのに、スーッと心に染みこんできて、凍った気持ちが徐々に解けていく感じです。

と、ご紹介した上掲二冊、どちらももっともっと多くの人に読んでもらいたいなあと思います。あたしなんかがこうして紹介しても蟷螂の斧ですが、ささやかなガイブン応援です。

さて、最後に今月購入した中公新書はこの三点です。まず『中国近現代史』は買うのは当たり前、あたしを知る人なら、あたしが買うことは予想がついていたのではないでしょうか。

『民衆宗教』はタイトルだけではちょっとわかりにくいかも知れませんが、近代日本の新興宗教を扱った一冊ですね。あまり詳しくないジャンルですが興味があるので買ってみた次第です。

最後は、数冊目になりそうな小栗ものです。次の大河ドラマの主人公ですから、当然のことながら中公新書も出してますよね。参考文献には、あたしの勤務先の刊行物、『敗北の外交官ロッシュ』も載っていました。

皇室典範が見え隠れ?

ニュースでは「皇室典範改正」と言われることが多いですが、少なからぬ人々が「改正」ではなく「改悪」だと呼んでいるようです。あたしも改正とは言えない杜撰なものだったと思っている一人です。まあ、あたしの場合、皇室典範を変える必要はないと思っているので……

さて、ここへ来て日本の古代史への注目が高まっているように感じます。先日も飛鳥・藤原の宮都が世界遺産に登録されましたけど、日本人ってもともと古代史や考古学が好きな国民性ですよね。

そんな中、出版界では「継体天皇」に関する本が続けざまに刊行されました。それも新書ですから、一般の方にも手に取りやすく、取っ付きやすいものです。かくいう、あたしも買って読んだ一人です。

継体天皇って、直前の天皇とはずいぶん離れた、かなり傍系の人物で、それが天皇の位を継いだわけですから、資料の少ない古代史でも最大の謎の一つです。ただ、いま継体天皇に注目が集まるのは、今般の皇室典範でかなり離れた旧皇族をまた皇族に戻そうという方針が、この継体天皇の事例を思い起こさせるからなのではないでしょうか。ちょっと穿った見方でしょうか。

ところで、新書と言いますと、あたしの勤務先からまもなく『チボー家の人々』の第三巻が刊行になります。第三巻は第一巻、第二に巻に比べるとちょっと厚いです。そのためお値段もちょっと高くなっています。

だからというわけなのですが、今回の第三巻には特製のしおりが挟み込まれています。ちょっとだけお見せすると二枚目の画像になります。

どんな図柄なのかは、実際の書籍を手に取ってご確認ください。別にシュリンクなどしていませんので、書店店頭でパラパラとめくっていただければ確認できます。

ちなみに、挟み込まれていると言えば、新レーベル《外国語のポケット》もミニ冊子が挟み込まれていますので、こちらもお愉しみください。

やはり事実、史実だったのですね

少し前に新潮クレスト・ブックスの『名前のないカフェ』を読み終わりました。特に大きな事件が起きるわけでもなく、淡々と主人公の晩年の一時期の様子が描かれている小説です。

主人公が事故で指を失うことすら、日常の些細な出来事のように描かれているのには驚きました。登場人物の何人かには私生活の上でちょっとした問題、ゴタゴタが起きたりするのですが、それらもサラッと描かれて終わりです。なんとも言えぬ味わいです。

さて、そんな本書の最後の方に舞台となっているウイーンのライヒス橋が崩落するという事故が描かれます。あたしはもちろんウイーンに行ったこともないですし、ライヒス橋という橋を見たこともありません。これは小説家の創造なのかと思ってネットを検索してみました。

するとどうでしょう、1976年8月1日に確かに事故で崩落しているではありませんか。さすがにこれだけの事故を、小説の中だけとはいえでっち上げるなんてできませんよね。小説の時代設定ともピッタリ符合します。

ネットを検索すると橋の画像だけでなく、事故のことについても詳しく書いてあるページもありました。あたしがドイツ語に堪能であれば、もっといろいろな情報を集められるのでしょうが残念です。

ちくま新書、今月は豊作?

ネットで映画が紹介されていたのを見て興味を持ち、調べてみると邦訳が出ているのがわかりました。しかし、その邦訳は版元品切れで、新刊では手に入らないこともわかりました。

でも、今のご時世、ネットを探せば見つかるものです。古書店に出品されているのを見つけました。なので、買ってしまいました。届きましたが、比較的きれいな一冊でした。

取り寄せまでしてみましたが、これって児童書なのですよね。ただ、映画紹介で見たストーリーはかなり重いものでした。完全に大人向けの映画だと思いましたが、本書はどうなのでしょうか。

そんな古書を買った一方、今月はちくま新書を三冊買ってしまいました。それがにまいめのがぞう

買った三点は『フォークランド戦争』『科学否定論はなぜ人をひきつけるのか』『兵庫県知事問題 失敗の本質』で、ずいぶんとジャンルもバラバラです。

フォークランド戦争とありますが、あたしが中学くらいのニュースで、当時はフォークランド紛争と言っていたような記憶があります。懐かしいですね。他の2点は比較的最近ホットなテーマですね。特に兵庫県知事問題では人の命が失われているという事実を忘れてはいけないと思います。

以前から気になっていた人の一人です

ここへ来て皇室の請来に関する議論がまた活発になってきているのでしょうか、新聞やテレビのニュースでも目にする機会が増えているような気がします。高市政権と言いますか、政府・与党はどうしたいと考えているのでしょうね。

日本の皇室と言えば、万世一系というのが世界に誇れる特徴らしく、特にそれは男系で百代以上連綿と続いていることが誇りのようです。

そんな皇室、歴史好きですから以前から関心は持っていまして、その中でも継体天皇というのは注目の一人でした。他にも気になる天皇はたくさんいますが、最近、中公新書から『継体天皇』という、そのまんまのタイトルの新刊が刊行されたので早速手に入れました。

継体天皇に関する本は何冊も出ていますが、新書のような手頃なものはあまりなくて、文春新書から出ている『継体天皇と朝鮮半島の謎』という一冊があったくらいではないでしょうか。継体天皇というのはそれ以前の天皇とは全く関係なく、朝鮮半島からの渡来人ではないか、というのが専門家でもないあたしが、聞きかじり程度で知っている知識です。

果たして斯界では、継体天皇に関する研究はどのくらい進んでいるのでしょうか。そんなことも知れるのではないかと思って買った次第です。これから読むのが愉しみです。

ちなみに、最初に戻って現在の皇室ですが、あたしは男系のみの相続とし、女性天皇は認めない、という立場です。現在の価値観はともかく、それが天皇制の伝統だったわけですから、それに従うべきだと思うのです。でもそれで天皇家が絶えることになったら、という意見があると思います。その場合、あたしは仕方ないと思っています。それも伝統として受け入れるつもりです。

それにしても、江戸時代を舞台とした時代劇を見ていても、武家の世界では娘に婿を取って家督を継がせたり、親戚の男子を養子にしたり、時には全く関係のないところから養子を取って家を継がせているシーンがよくあります。武家は意外と融通無碍なんだなあと思います。

わたしの勤務先?

あたしの勤務先がやっているキャンペーン、「わたしの……」、どれくらいのバズっているのでしょうか? あたしも昨日、中国語の学参について書きました。

そこで本日は、一番最初に買った勤務先の本について書きたいと思います。それが最初の画像です。

何の本かわかるでしょうか、ってタイトルが書いてありますよね。『世界の思想史』上下巻です。あたしが買ったものは函入りのものです。

上巻の奥付を見ますと1984年刊行の第11刷です。初版はあたしが生まれた1967年でした。よく売れていたのですね。

あたしが買ったのは高校生の頃だったと思います。高校生の頃は哲学に興味があり、いろいろな本が欲しくなっていた年頃でした。ただお小遣いは限られていますし、こういう学術的な本はお値段もちょっと高いので、高校生ではとても手が出なかったのを覚えています。

そして下巻の奥付です。1983年の第10刷です。やはり上下巻だと上巻の方がまず売れますよね。でもこの下巻も時期に重版になったのではないでしょうか。初版を見ると上巻と下巻とで刊行に二か月の差があります。当時は上下巻を同時刊行していなかったようです。

さて、あたしがなけなしの小遣いをはたいて本書を買ったのは、上に述べたような哲学に興味があったという理由もありますが、本書には東洋思想にも頁が割かれていたからです。多くの哲学思想史の本が出ていましたが、ほとんどが西洋哲学ばかり、インドや中国は別に中国思想やインド哲学の概論書で扱われていることがほとんどでした。そんな中、本書はインドや中国の思想についても書かれていたので、世界の思想を学ぶにはちょうどよいと思ったのです。

そんな本書に載っていた広告です。当時のあたしは哲学思想に興味があり、心の中では中国思想に興味が湧いていたのですが、西洋哲学にも興味津々で、大学でどちらを専攻しようか悩んでいた時期でした。こういう広告の書目を眺めては、いつか手に入れたいなあ、こういう分野の勉強をしたいなあと思ったものでした。

あたしが入社してからは、時代の流れもあるのでしょうか、勤務先でも哲学思想の刊行は減っていました。個人的には残念だなあと思うものの、こればかりは致し方ありません。ただ、最近になって、新しく《思想の地平線》という新シリーズの刊行が始まり、まだまだ哲学思想ジャンルを諦めたわけではない、そんな気概を感じながら営業活動に勤しんでおります。

それにしても、ルソーやデカルト、ショーペンハウアーにキルケゴールなどの著作集、全集を出していた時代もあったのですよね、それも函入りで。この奥付裏広告に書いてあるような全集をズラリと並べたら壮観でしょうね。

つまり一つ10円なのね

通勤の電車内だけでなく、営業回りの電車内でもスマホを見るよりは、本を読んでいることが多いです。たまに車内で自分以外に本を読んでいる人を見つけるととても嬉しくなります。

ところが、前にこのダイアリーに書いたことがあると思うのですが、カバン(リュック)には本を入れるのにちょうどよいポケットがありません。スリムを目指しているので、ポケットにマチがないことが多いのです。

そうするとどうなるか。本のカバーがこすれるのはまだ許すとして、帯やカバーが破れるのが困りものです。だったらブックカバーを掛ければいいじゃない、と言われそうですが、これも前に書いた気がするのですが、あたしはブックカバーをしない派なのです。その理由は、自分が面白く読んでいる本は一人でも多くの人に読んでもらいたいじゃないですか。なので、電車内とかでああしが何の本を読んでいるのか、周囲の人に知ってもらいたいのでカバーを掛けたくないのです。

でも、そうすると上記のようなことになります。同じように考えている人が多いのか、たまたまネットで見つけた記事に透明のブックカバーを使うという方法がありました。それも百均で売られているそうなのです。少し前に買ってみました。百均のもの、それも10枚入りですから、一回使っただけでビリビリに破れ、使い物にならないのではないかと思っていましたが、意外と丈夫です。ここ一週間くらい、調子よく使っています。最初の一枚で二冊目の新書に入っていますが、まだまだ使えそうです。これはよい買い物をしました。

あたしが見つけられないだけなのかしら?

中公新書の『戦国北条氏』を読みました。著者が書いているように、北条五代をこのようにコンパクトにまとめたものはこれまでなかったのではないでしょうか。あたしも興味は持ちつつも知らないことだらけだった後北条氏について、多少の知識を得ることができました。

ところで、同書を読んでいますと、巻頭に割拠する中小の勢力がたくさん登場します。そして更にそれを大きく取り巻くように、越後の上杉謙信、甲斐の武田信玄、駿河の今川義元といった戦国大名が登場します。今回、戦国北条氏の新書を読んだので、武田信玄や上杉謙信についてもコンパクトにまとめた新書のようなものは出ていないかと捜してみたのですが、意外と見つからないものです。

中公新書に限らず、他の新書でも探してみたのですが、これといったものが見つかりません。アマゾンであれば版元品切れのものも中古品として出品されていることもあるのですが、やはりヒットしません。武田信玄については数種類見つかりましたが、上杉謙信については本当に見つかりません。どうしてなのでしょうか。

上杉謙信について資料が不足しているのでしょうか。あるいは適当な執筆者が見つからないのでしょうか。専門家ではないので、そのあたりの事情はわかりませんが、上杉謙信は地盤が母の故郷なので、個人的にも非常に興味があるので、是非とも出してほしいものです。

ちなみに中公新書3月の新刊には『アフリカ―「経済大陸」の行動原理と地政学』『日本社会と外国人』という興味深いタイトルがあります。どうして興味深いかと言いますと、前者はあたしの勤務先の新刊『アフリカの国家建設』と、後者は同じく『移民/難民の法哲学』と親和性が高そうだと感じたからです。

新書と単行本という違いはあれど、似たようなテーマの本が続けざまに複数の出版社から刊行されるなんて、なんという偶然でしょう。

三つ揃えて……

昔から「三」というのは、他の数字とは異なる意味が与えられているようです。「いっぽん」「にほん」と数える時、「三」だけは「ぽん」でも「ほん」でもなく「ぼん」ですし、バランスを取る上でも鼎の脚は三本です。

多くの日本人に人気の『三国志』も三つの国が天下を争う乱世の話であると同時に、三国で一時的な均衡が生まれた時代の話でもあります。まさに「さんすくみ」です。

「さんすくみ」と言えばヘビ、カエル、ナメクジですし、じゃんけんも「さんすくみ」ですよね。そんな三をフィーチャーしたいわけではないのですが、ちょうど三作揃った作品をご紹介します。

それがこちら、楊双子さんの作品です。『台湾漫遊鉄道のふたり』が話題になり、続いて『四維街一号に暮らす五人』が刊行されました。この二作は中央公論新社から出ています。そしてこのたび刊行された三作目、『オールド台中食べ歩き』は日経ナショナルジオグラフィック社から刊行されています。前の二作が小説だったのに対し、今回の三作目はエッセイということで、出版社が変わったのでしょうか?

いずれにせよ、買ってはあるものの、まだ読めていないので読書時間を捻出しなければなりませんね。