四六判とCD

日向坂46の新曲「Am I ready?」と乃木坂46の新曲「おひとりさま天国」が発売となりましたが、その収納で困っています。どちらもCD1枚ではなく、通常盤の他にBlu-ray付のType-AからType-Dの4タイプが発売されていまして、全部で5種類となります。

あたしは握手会やミーグリに参加することはないので、一人で何枚、何十枚、否、何百枚と購入することはせず、全種類を一枚ずつ買うだけです。でもそれだけでも、ここ最近の二枚のシングルで10枚が手元にあるわけです。この収納場所が目下の悩みです。

できることなら、デビュー曲から順番にきれいに並べておきたいところです。もちろんこれまではそうしてきたのですが、既に棚がいっぱいになってしまいました。市販の薄型本箱に蔵書を収めていますが、単行本、文庫、新書と高さが違うので、可動棚をやり繰りしても中途半端に高さが余ってしまい、本棚によってはCDを並べるのに重宝しています。

しかし、その書棚も既にいっぱいで、文庫や新書、単行本を並べ切れていない状況に陥っており、家の都合上、これ以上書棚を増やすことはできないので、壁の空いているスペースに棚を設置して、そこに本を並べるのがここ半年くらいの現状です。本が並べられなくなり、CDも並べられず、もうお手上げです。

文庫や新書の場合、かなり薄い板を買ってくれば済みますが、単行本、いわゆる四六判とCDは意外と奥行きがあるものです。CD本体はともかく、ケースに入れてあると単行本よりも奥行きがあります。そうなると薄い板でははみ出てしまいます。もちろんちょっとはみ出るくらいは問題ないのですが、そんなスペースもほとんどないわが家なので、収納されずに床に積んであるCDや本を眺めながら「さあ、どうしよう」と日夜思案しています。

玄関先で花の競演!

わが家の玄関先の酔芙蓉。少し前に一輪咲いたのですが、その時に蕾がもう一つあり、これももうじき咲くのだろうと思っていました。それが今朝、大きく開いておりました。

酔芙蓉と書きましたが、本当に酔芙蓉で正しいのでしょうか? 不要であることは確かだと思うのですが、酔芙蓉って朝はもう少し白いのではないかと思うのですが、これはそこそこピンに染まっています。朝から酔っ払っているのでしょうか?

そんな玄関先にもう一輪、こちらは百合です。

百合というと高級なイメージがありますが、これはどこにでも咲いていそうな、ありきたりの百合だと母が言っていました。特に植えたわけでもなく、前から生えていて、勝手に咲いたようです。

とはいえ、やはりこうして咲くときれいですし、可憐なものを感じます。そして、この百合はたぶんこのとおり白いまま、夕方になったらピンク色に変化するということはないのでしょう。

それにしても連日の危険な暑さ。昼間の花々は咲いていても、ちょっと可愛そうに見えますね。農家では農作物も暑さにやられて収穫できなくなっている作物も多いようで、やはり何事もほどほどが一番です。

入院しました!?

あらかじめ言っておきますと、これは夢の話です。一昨日に見た夢です。

骨折をしたのか、どこか悪いところがあったのか、とにかくあたしは病院に入院することになったのです。ただ、突然入院するなんて言われても先立つものもなく、後から高額請求されても困るので、病院に対しては「一番安い部屋でいいです、大部屋でお願いします」とお願いしました。

にもかかわらず、通されたのは個室でした。「やばい、個室なんて使ったら、あとでいくら請求されるのだろう?」と不安になりつつ、担当の看護婦さんに「なんで個室なんですか、一番安い部屋でって言ったじゃないですか」と文句を言ったのです。

もちろん、その時点ではあたしが他人を感染させたらいけないような病気にかかっているなんて考えは思いもしません。夢の中なのでそのあたりの細かな設定は素っ飛ばして話は進みますが、看護婦さん曰く、この部屋が一番安いのだそうです。

病院の個室が一番安い部屋だなんて言われたら、それは間違いなく幽霊の出る部屋か、そこに入院した患者は必ず死んでしまうと言う曰く付きの部屋に間違いないでしょう。案の定、あたしが入院することになった病室は悪霊がいるらしく、入院した患者は数日で全員亡くなるという死の病室だったのです。

でも、夢の中のあたしは、以前からそうなのですが、悪霊コレクターなので、悪霊が出る病室なんて願ったり叶ったりです。心配する医者や看護婦さんを尻目に、初日の晩には早々にあたしの前に現われた悪霊を捕まえてしまいました。そうとは知らない看護婦さんたちは、あたしが何事もなく翌朝を迎えたことに驚いている様子でした。

今夜も出さずじまいの手紙、君に綴るよ

書店の文具売り場で、こんなものを買いました。

一見すると、据え置きタイプの風鈴ですが、これ、実はグリーティングカードなのです。ですから、封筒も付いたかたちで売っていました。このように組み立てる前はペチャンコなので、そのまま封筒に入れ、宛名を書いて投函すれば、夏の挨拶に使えるというわけです。

ただ、あたし自身は誰かに出すことを目的として買ったわけではなく、音色が思いのほか涼しげだったので、自宅に飾ろうと思って購入しただけです。クーラーから出る風に揺られて、きれいな音色を奏でています。枠組みが壊れても、真ん中の棒とボールを取っておけば、風鈴としてずーっと使えそうです。

それにしても本来はグリーティングカードなわけですから誰かに出すのが正しい使い方なのでしょうけど、出すあてのない手紙と聞いて思い出されるのは、沢田聖子さんの楽曲「シオン」です。

この曲は、というか沢田聖子はあたしの青春時代そのものです。聴きまくりました。当時のアルバムはいまだに所持しています。この「シオン」は初期の名曲中の名曲で、歌詞の中に「今夜も出さずじまいの手紙、君に綴るよ」というのがあるのです。

この曲自体は、男の子が密かにシオンと名付けた女の子への淡い気持ちを歌った、甘酸っぱい青春の一曲です。何十回聴いただろう、ではすまないくらい聴いた曲です。

夏休みは終わりました(笑)

わが家に遊びに来ていた甥っ子と姪っ子は土曜日に帰りました。あたしもそうですが、80の母には孫の相手をするのは、なかなかの体力勝負だったようです。特にこの暑さの中を出かけたのは疲労困憊ですね。まあ、さすがに甥っ子、姪っ子も疲れた様子でしたが……

さて、勤務先の社休はお盆のころに二日ほどありますが、それ以外にはいまのところ休む予定はありません。あたしの夏休みは早々と終わったような気分です。もちろん勤務先からは、あと一日夏休みを取るようにと言われていますが、いまのところは休む予定はありません。9月に入ってからになりそうです。

ところで、甥っ子と姪っ子はわが家でも学校の宿題をやっていました。もうほとんど終わったのかと聞いたところ、まだまだかなり残っているようです。どれくらいの量の宿題が出ているのかわかりませんが、あたしは計画を立てて、できるだけ早くに宿題を終わらせるようにしていました。中学ともなると、絵日記のような毎日やらなければならないような宿題はなかったと思いますので、ドリルなどもできるだけ早くに終わらせるようにしていました。

これは以前にもこのダイアリーに書いたかもしれませんが、高校の時などは期末試験のあとの試験休みで宿題はほとんど終わらせ、終業式には宿題を学校のロッカーに仕舞って家に帰る、ということもやっていました。夏休みに入るときには夏休みの宿題は終わっているという算段です。

夏休みはまだまだ続く

木曜日に上野の科学博物館へ行ったと書きましたが、金曜日は午後から半休を取って、こんどは池袋、サンシャイン水族館へ行きました。もう何年も前に、馴染みの書店員さんの結婚披露宴がここを貸し切って行なわれたことがありましたが、それ以来の訪問です。

やはり見に来ている人は多いですね。平日とはいえ、子供たちは既に夏休みに入っているので、あとはお父さん、お母さんの都合次第なわけで、やはり子供を連れた人たちが多かったです。

いくつか動画を撮ってみたつもりだったのですが、よくよくスマホを確認したら2本だけでした。

一つはイワシ、なんかとても美味しそうです。新鮮なうちにお刺身でいただきたいものです。そしてもう一本が上掲のペンギンです。個人的には、クラゲが癒されますね。ただ、クラゲはそれなりに人気があって、また水槽がやや小ぶりだったので、動画を撮ることができませんでした、残念。

早々と夏休みです

今週のあたしは、実はろくに働いておりません。水木と休みを取り、更には金曜も午後から半休を取りました。

その理由は、妹のところ甥っ子と姪っ子が遊びに来ていたからです。水曜日に妹の家までマイカーで迎えに行き、木曜日は上野の科学博物館へ行きました。

今年中学一年になった姪っ子が科学博物館へ行きたいと言ったからです。特別展を見たいわけではなく、こういう博物館や美術館へ行ってみたいという素朴な興味だったようです。なので常設展を見学しましたが、これがなかなか見どころの多い、楽しい展示ばかりでした。

ただ、根っからの文系人間であるあたしには、分子がどうの、陽子がどうの、惑星がどうの、と言われてもチンプンカンプン。動物などの展示でようやくホッとできたような状態でした。で、撮影したのがこれらの写真。恐竜の骨格標本です。

映画のジュラシックパーク・シリーズは見たことありませんが、恐竜は少しは知っています。名前と形が一致しない、あまりにも浅い知識ですが、それでも大迫力の骨格標本は見ていて楽しいものでした。甥っ子(中学二年生)も姪っ子も楽しんで展示を見ていました。

ちなみに、常設展の場合、高校生以下と65歳以上は無料なので、入場料が必要だったのはあたし一人きりでした。それも1000円しないわけですから、非常にお得なレジャーですね。

長いこと大切にしていた宝毛がとうとう抜けてしまいました

宝毛と呼ぶのでしょうか、人によっては福毛とも言うそうですが、ご存じでしょうか。体の思いがけないところから一本だけポツンと生えている白あるいは透明の毛のことです。

あたしの場合、昔から、体の二か所にそういう白い毛が生える箇所がありました。片方に生えているときは、もう一方には生えないというのも不思議なもので、ある程度の長さになるまでそれなりの時間がかかっているだろうに、生えていることに気づかないことが多いです。気づくと、数センチの長さになっているのです。

そしてこの数ヶ月、いつも生える場所に白髪(あたしの場合は白髪が生えます)が伸びていて、それが20センチまではないと思うのですが、15センチくらいの長さにまで伸びていたのです。

この宝毛(福毛)は抜いてはいけないそうで、あたしももちろん、昔から自分で抜くようなことはしていませんし、なんなら大事に大事に培養していたくらいです。

それがなんと気づいたらなくなっていたのです。どうしたことでしょう。いったいいつ抜けてしまったのか。宝毛が抜けるとよくないことが起きるなんて、交換では言われたりしているみたいです。そうなるとあたしの宝毛、今回のが何代目になるのかわかりませんが、昔から何度も生えては抜けていますから、何度よくないことが起きたことになるのでしょう。

ちなみに、このタイミングで、松田青子さんの中公文庫を三冊買ってしまいました。すぐには読めないかも知れませんが、ちょっと読みたいと思ってしまったので買ったのですが、この行動と宝毛が抜けたことに因果関係があるのでしょうか?

やはり買い直そうと思っています

少し前に仕事用の新しいリュックを購入し、その使い勝手について書きました。その時に、外側のポケットに本が入らないと書きました。

厳密に言えば、文庫本や新書の一冊くらいは入るのですが、最近のやや厚めの文庫や新書だとちょっとキツいです。出し入れの時にカバーやオビが破れそうになります。ですから単行本を入れるのは全く無理です。職業柄、やはりこれでは話になりません。

この手のポケット、たぶん作り手としてはゴテゴテしているよりも、見た目もスマートに仕上げたかったのではないかと思うのです。そのためにマチがほとんどなく、モノを入れるという点では使い物にならないポケットに成り下がっていると思うのです。

それと、これはあたしが買ったリュックに限らないのですが、スマホを入れるポケットが使えないものが多いです。最近は多くのカバンに、スマホがきれいに収納できますと謳ったポケットがあったりします。しかし、これ、スマホに手帳型のカバーを付けていると入らないことが多いのです。手帳型ケースをやめればよいのでしょうけど、やはりケースをつけたい人だって多いはずです。となると中途半端な大きさの、使い物にならないポケットが余っているという状態になりがちです。

というわけで、愚痴ばかりになってしまいましたが、やはりカバンを買い直そうと考えています。体がつらいので、やはりリュックを探しているのですが、なかなかこれというのがありません。肩掛けだと、洋服の片方だけが痛むのと、自分の肉体にも片方だけに負担がかかりすぎるので、できれば避けたいところです。

学んだことがないのです

岩波新書で刊行されていたシリーズ《歴史総合を学ぶ》の第三巻『世界史とは何か 「歴史実践」のために』が刊行されました。これで全三巻が完結になります。

第一巻『世界史の考え方』の刊行が2022年3月、第二巻『歴史像を伝える 「歴史叙述」と「歴史実践」』の刊行が2022年6月でしたので、この第三巻が出るまでがちょっと時間がかかったわけですね。でもなんとか完結したことをまずは喜びたいところです。

ところで「歴史総合」って何でしょう? どうやら高校の教科の一つらしいですが、日本史や世界史とは何が違うのでしょうか。あたしが学生だったころには存在しなかった教科なのでまるでわかりません。

文科省の指導要領のページを見ますと次のように書いてあります。

社会的事象の歴史的な見方・考え方を働かせ,課題を追究したり解決したりする活動を通して,広い視野に立ち,グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者に必要な公民としての資質・能力を次のとおり育成することを目指す。

これは一番初めに書いてある「目標」です。その後にもいろいろ書いてありますが、ざっと見たところ近現代史を中心に学ぶ教科のようです。それもただ単に明治維新以降の日本史だとか、19世紀後半以降の世界史といった形ではなく、もちろんそれらも踏まえつつ日本史と世界史を繋げ、さらに世界の様々な地域のことも大きな歴史の流れの中に位置付けて学ぶ、とったことのようです。

あたしが受験生だったころにも、日本史の授業は明治維新までしかできなかった、といった声は聞かれていて、高校三年のころに通っていた駿台予備学校では江戸時代までを教える日本史と明治維新以降を教える日本史という、二つの日本史の授業が開かれていました。この「歴史総合」はそんな風に時代を区切るだけでなく、横のつながりも意識しながら近現代史を集中的に学ぶ教科なのでしょう。

ところで、あたしが高校生のころから既に40年くらいたっています。さすがにこの十年、二十年のことは教科書で取り上げていないでしょうけど、あたしが子供のころの時代は既に歴史の教科書に載っているのでしょうね。