妹のところの姪っ子が、今日と明日、高校入試です。
ついこの前生まれたとばかり思っていたのに、もう高校入試とは、月日の流れるのは早く、あたしもと年をとるわけです。
静岡にいる妹家族とは、コロナ期間中行き来がなかったので、姪っ子の中学時代をあたしも母も知りません。そんな家族や親戚、全国にたくさんいるのでしょうね。
無事合格した暁の高校生活は、マスクも外して、少しでもコロナ以前に近い学校生活が送れるのでしょうか?
他のカテゴリーに収まらないことについて
午前中にオンラインで会議があり、その後は外回りに出かけようと考えていたのですが、会議の時間がずれてしまい、外回りに出るタイミングを逸してしまいました。
お陰様で、この年末年始、新刊の売行きが好調で、なんと初日から3点も重版が決まりました。海外文学の『話の終わり』、社会思想の『市民的抵抗』、そして語学書の『ニューエクスプレスプラス タタール語』です。
なので、これらの注文を取りに、御用聞きよろしく、書店へ顔を出さなければならないのですが、機会を逃してしまいました。ちょっと残念です。
重版がが決まったくらいですので、注文の電話やファクスがたくさん届いています。新年から非常に嬉しい状況です。
いずれも刊行前からSNSで話題になっていて、それがそのまま売り上げに繋がっている状況です。特に『市民的抵抗』はこの後、いろいろな媒体で紹介も出るのではないかと期待しています。
また『話の終わり』は同じ著者の作品が今月、来月も続いて刊行になりますので、しばらくは話題が続くことでしょう。
昨晩のテレビのニュース・情報番組では「多くの企業が今日から仕事始め……」などと報じていましたが、あたしの勤務先は昨日ではなく、今日から仕事始めです。テレビでは「多くの企業」と言っていましたが、実際のところ、4日と5日、仕事始めを迎える企業はどちらの方が多いのでしょうね?
それはともかく、仕事始めの書店回りで、こんな冊子を手に入れました。国書刊行会の創業50周年記念冊子です。新書サイズで、かなり豪華な冊子です。これを無料で配布しているのですから、太っ腹です。
さてさて仕事始めということで、本日のいでたちは左の写真のとおりです。
ウサギさんのブラウスです。丸の中にウサギが一羽ずつ描かれています。そうそう、ウサギは一羽、二羽と数えるのでしたね。
ネクタイは、右端に写っていますが、鳥獣戯画です。カエルが多いですが、よく見るとウサギも描かれているはずです。
一応、卯年なので、それを意識したコーディネートにしてみました。
あまりに日当たりがよくないので申し訳ありませんが、わが家の二階の廊下です。壁面のほぼ前面が書棚になっています。
一番手前は音楽CDが並んでいますが、それ以外は新書と文庫、そして単行本を並べています。新書と文庫はできるだけレーベルごとに並べるようにしていますので、棚がいっぱいになると移動させたりして、できるだけ同じレーベルは近くに置けるようにしています。
とはいえ、日々増えていく書籍のために書棚はすぐにいっぱいになってしまいますが、新に書棚を置くようなスペースが、わが家にはもう残っていません。
そこで窮余の策として、この二階の廊下の反対側の壁にも書棚を設置知ることにしました。ただし、床から壁面前面を埋めるような書棚を置いてしまうと、廊下として歩くスペースが確保できなくなります。
なので、二枚目の写真のように、天井に近いところに棚を設けまして、そこに本を並べるようにしてみました。上の二段はかなり眺めに棚を設置していますが、三段目はやや短めの棚板になっています。これ以上低い場所に棚を設置すると、歩く邪魔になりそうです。
ちなみに、左側の一番奥、階段なので右側の書棚がないため、左側に天井までの書棚を置いている、というわけです。左側を棚にしているのは、廊下をあまり狭くできないという理由もありますが、奥行きの薄い書棚は既製品ではほとんどないからでもあります。既製品の薄型書棚ですと最低でも16cm程度の奥行きがありますが、ホームセンターで板を買ってくれば、12cm程度のものが手に入ります。本って、意外と薄いもので書棚に奥行きってそれほど必要ないんですよね。
新年が明けましたが、あたしは相変わらずです。
昨夜もいつもどおり、いや、いつもよりも早々と布団に入ってしまいまして、寝床で少し本を読んだのですが、たぶん7時半くらいには寝てしまっていたでしょう。もちろん紅白なんて見ていません。
そして、今朝も4時前には起床。これまたいつもどおり、トーストとミルクティーで朝食です。取り立てて正月らしいことはいたしません。除夜の鐘を聞くこともなければ、初詣に行くこともなく、これはこの数十年変わっていませんね。そしてこの三年くらいは年賀状もやめてしまいました。
そんな歳の始まりですが、今朝は非常に夢見が悪かったです。麻布だか六本木だが、場所はわかりませんが、ちょっとおしゃれなカフェへ行ったのです。はい、あくまで夢の話です。
ドトールやスタバのような雰囲気ではありますが、もうちょっと高そうで、ずっとおしゃれな感じのお店でした。前面ガラス張りの窓から陽光が差し込んで、とても明るいお店でした。そんなお店であたしはランチをすることなって入店したのです。
ワンプレートにサンドイッチとミニサラダが付いたようなメニューで、ドリンクは珈琲か紅茶が選べます。もちろん、コーヒーが飲めないあたしは紅茶をチョイスしまして、好きにサンドイッチなどが運ばれてきました。
ところがここでケータイに連絡が来て、あたしは急いで別の場所へ向かわなければならなくなり、サンドイッチを慌てて頬張ると、ドリンクは持ち帰りにしてもらおうとレジへ向かいました。こういうお店ですから、持ち帰りの客も多く、持ち帰り用のカップに紅茶を入れてくれれば簡単だろうと思っていたのですが、レジですました顔の店員(優男風のすました若造)はそれは出来ないと言います。
店内飲食で準備したので、持ち帰りたければ紅茶を改めて買う必要があるというのです。こっちはまだ紅茶がテーブルに運ばれてきてもいなかったので、それを持ち帰り用のカップに入れてくれればいいではないかと主張したのですが、それは出来ないの一点張りです。
レジのあんちゃんは、次のお客さんも並んでいるので、お前はさっさとどけ、と言わんばかりの態度で、こちらも頭にきたので一歩も退かず、紅茶を持ち帰らせろと言い続け、しまいには、この店は非常識で接客態度もなっていないとSNSに書き込むぞと威したりしましたが、怯むことなく、すました顔で出来ませんを繰り返すばかりです。
急がなければならないのに、30分近く押し問答をして、ついにレジのあんちゃんは、僕は休憩なのでそれでは、と言って去ってしまったではないですか。おいおい、ちょっと待てよ、と言う暇もなく、あたしが取り残されて目が覚めました。
少し前から、否、だいぶ前からなのですが、あたしの左手がおかしいです。
握力が極端に落ちたというわけではないと思うのですが、モノをつかみにくいときがあります。滑りやすい材質のモノですと、持つのがちょっと怖くなります。
洗顔の時も、右手に比べて左手は動きが遅い、弱い、そんな感じがします。右手にシャワーヘッドを持ってお湯をかけながら、左手で髪を洗うときも、うまく動かせません。
着替えの時、ズボンやパンツを上げる際にも、なんとなく左側はうまくできていない感じもします。
右利きなので、左手の方が動きが不自由であったり、やや動作が緩慢になるのはあるかと思いますが、ここしばらく、それが特にひどくなったような気がします。
痺れるような感じはありませんが、左手が利かない、そんな感触はあります。脳溢血で倒れた後、半身不随になって片手がうまく動かせなくなった親戚のおじさんがいましたが、そんな半紙不随のかなり手前、初期症状なのではないか、という感じです。
もちろん、あたしは脳溢血で倒れたりしたことなどありません。そのあたりは至って健康です。ただ、やはり寄る年波というやつなのでしょうか?
今し方、新型コロナウイルスのワクチンを打ってきました。今回はファイザー製でした。
これで5回目、オミクロン株対応のワクチンでした。
4回目からちょうど3か月が経過し、5回目が打てる期日になったので、さっさと打ってきたわけです。
もういい加減、新型コロナもインフルエンザ程度の対応に変えてもよいのではないかと内心では思うものの、わが家には80歳近い老いた母がいますので、ひとまずお金をかけずに防疫できるのであれば、やっておくに越したことはないとの判断です。
今回は近所の掛かりつけの医院ではなく、市が設置した集団設置会場へ行きました。駐車場がないというので歩いて行くしかありませんが、あたしの足で20分ほどでした。晴れていたので、ちょうどよい散歩みたいなものでした。
それにしも接種会場、どうしてあんなにスタッフが大勢いるのでしょう。あの人たちって市の職員ですか、それとも厚生労働省の職員ですか。
それとも全くのアルバイトなのでしょうか。だとしたらバイト代って、あたしたちの税金から払われているわけですよね。あの人数はちょっと多すぎると思います。無駄に大勢いて、だから雑談しているような風景も見受けられました。
そりゃ、大勢の接種希望者が来て、そこで万が一何かあったら大変ですが、でもそういう場合、たぶんあの人たちでは役に立たないのでは無いかと思います。国政選挙の時もそうなのですが、無駄に人員を動員しすぎですね。
先日このダイアリーに書きましたように、先週の後半は毎朝4時半前に家を出て、5時半過ぎに勤務先に出社するという生活を三日間送っていました。
それというのも、最寄り駅までのバスがコロナ禍で平日ダイヤを土曜ダイヤに変更して運行していたためです。いつもより30分近く遅くなるのは、あたしにはとても許せることではありません。
というわけで、朝まだ夜も明けないうち、真っ暗な中、駅へと徒歩で向かっていたのです。
しかし、そのバス便、本日から無事に平日ダイヤに戻りました。ですので、今朝はいつもどおりの時間に家を出て勤務先へ向かいました。とはいえ、勤務先に着くのはだいたい朝の7時ですが……
ただし、本日は中央線がちょっと遅れていて、お茶の水には4分ほど遅れて到着しました。何があったのかはよくわかりません。アナウンスはしていたみたいですが、大きな遅れではなかったので聞き流していました。
まあ、とりあえずはいつもの日常が戻ってきたことに安堵しています。
このダイアリーでも時々話題に出している、あたしの妹家族、そこの長女、つまりあたしの姪っ子にあたるわけですが、その子はいま中学三年生なので、年が明けると受験です。そこで金曜日、午後から人文会の例会があったのですが、そこへ向かう前に湯島天神へ寄ってお守りを買ってきました。
それが右の写真です。湯島天神のサイトを見ますと、郵送での購入も受け付けているのですね。それもで効果のほどは同じなのでしょうか? あたしは古い人間なので、きちんと現場へ買いに行かないとダメなのではないかと思ってしまいます。
サイトに出ているお守りを見ますと、学業のお守りは800円と1200円のものがあるようです。ちょうど財布に1000円入っていたので、800円のお守りは買って、200円をお賽銭にしてお祈りしてこようと考えていました。
しかし、いざ売り場へ行ってみると1200円の方が立派に見えたと、財布の中には100円玉もちょうど2枚入っていたので、1200円の方を買ってしまいました。財布の中には10円玉が1枚しか残っていません。
仕方ないので、その10円玉を賽銭箱に投げ入れ、姪っ子の合格祈願、それとその下に中1の甥っ子、小六の姪っ子もいるので、この子たちの学業、それから妹家族の健康、そしてもう一つ、母がこれ以上ボケませんようにとお祈りしてきました。
さすがに10円でこれだけのお願いは図々しいかもしれませんが、お守りに1200円使っているので、道真公としては問題ないでしょう。そもそも金額の多寡で願いを聞き届ける、聞き届けないなんてこと、神さまがするわけありません。
ちなみに、勤務先から湯島天神へ向かう途中には、湯島聖堂があります。こちらは萬世の師表・孔子を祀っているところです。菅原道真と孔子だったら、孔子の方がはるかに優秀で格上の存在ではないかと思うのですが、やはり日本人には日本人の神さまがよいのでしょうか?
今日は、午前中に、勤務先の近所にある健保で、インフルエンザの予防接種を受けてきました。まずはひと安心です。母も先日近所の病院で打っているので、わが家は安心安全になったと思われます。
さて、今日まで三日間、あたしは朝の5時半過ぎに出社しています。JRのお茶の水駅に降り立っても、まだ真っ暗です。注意して見ると、東の空が少しだけ明るくなっている気がしますが、ほぼ夜と一緒です。
そんな時間に出社するのは何故かと言いますと、最寄り駅までのバスが、今週から土曜ダイヤでの運行に変わってしまったからです。平日ダイヤの始発に乗っているのですが、土曜ダイヤですと、それが30分ほど遅くなります。それは嫌なので駅まで歩いているわけです。コロナが流行し始めた2020年もそんなことがありましたが、それ以来のことです。徒歩だと駅まで約30分かかるので、ちょっとした運動不足解消になればと思います。
それにしても、徒歩になったからと言ってそんなに早い時間にしなくても、と言われそうですが、いつもの時間ですと車の量も多くなるので、避けたいところです。ですので、家を出るのがいつもより1時間半ほど早くなり、4時半前に門を出て来ます。
で、こんな生活がいつまで続くのかと内心危惧していたのですが、来週からは平日ダイヤに戻るそうなので、週明けからはいつもの生活に戻る予定です。