最近また頭痛に悩まされるようになりました

このダイアリーでも書いていたと思いますが、あたしは頭痛持ちです。一時期は毎日のように頭痛に悩まされていたのですが、ここ数年は比較的安定していて、頭痛も頻繁には起こらなくなっていました。

とはいえ、体調が悪くなると、あたしの場合、まず頭痛として症状に現われるので頭痛薬は必需品で、わが家にはご覧のように「ノーシン」が置いてあります。ノーシンにもいくつか種類があると思いますが、たぶんこれはごくごく一般的なタイプだと思います。ごくごく軽めの症状の時は、これを服用しています。

しかし、根が頭痛持ちなので、頭痛薬が一種類だけというのは安心できません。ですから、わが家の薬箱には「ノーシン」の他に「バファリン」と「ロキソニン」が常に置いてあります。

「バファリン」は、たぶん効き目の一番強いやつではないでしょうか、「バファリン プレミアム」で、「ロキソニン」も「ロキソニンSプレミアム」です。頭痛があまりにもひどい時はこのどちらかを服用しています。

で、最近なのですが、仕事が終わって自宅へ帰り、風呂にも入って食事も済ませ、でもなんとなく体に疲労がたまっているなあ、という感じで布団に入ります。そして夜中に目を覚ました時に、頭がガンガン痛んでいることがしばしばあるのです。ふつうは、頭が痛いから早く寝たら頭痛も治まってすっきりした、となるものだと思うのですが、最近のあたしの場合、寝る前よりも寝てからの方が頭痛がひどくなることが多々あります。

十数年前でしょうか、やはりしょっちゅう頭痛に悩まされていたころ、近所の頭痛専門のクリニックで処方してもらった「マクサルト」という薬が非常によく効きました。ただし、これは医師の処方がないと手に入れることが出来ないようなので、「バファリン」でも「ロキソニン」でもダメな時、最後の最後の手段として取っておこうと思っています。

席替え

今日は午後から勤務先で席替えがありました。

営業部内でちょっとした気分転換と言いますと軽すぎますが、業務の効率化や風通しをよくするとか、たぶん何らかの意図があると思いますが、はっきりしたところはわかりません。

考えてみますと、学生時代、大学は別ですが、高校までは学期ごとに、あるいは定期試験後とに席替えというのがありました。いま考えてみると、学生時代の席替えって何のためにやっていたのでしょうね? うるさい人が隣り合わないようにする、前の方と後ろの方、廊下側と窓側で偏りがないように、クラス全員がそれなりに満遍なく配置換えできるように、だったのでしょうか?

学生側としては、やはり好きな人と近くになれるかというドキドキが席替えに醍醐味だったのだと思いますが、学校側からしたら何のためにやっていたのか、いまだによく理解できません。

さて、職場の席替えですが、こんどからあたしは入り口に一番近い席になりました。昔ほど来客が多いわけではありませんが、宅配便や郵便などもあれば、取次の集品もありますので、そういう人たちに向けた「看板娘」のポジションです。これは責任重大ですね!

今を盛りと咲くよりも、桜はやはり散り際が美しい

今日は休暇を取りました。

実は少し前、母に用事を頼まれて出かけるはずだったのですが、そのお出かけが急遽キャンセルとなり、なのでのんびりと自宅で寛ぐ休暇となりました。

この写真は、わが家の近所に咲いている桜です。なかなかに立派なもので、太い幹には「保存樹木」というプレートがかかっています。ただし、立派なことは立派なのですが、かなり疲れているのも事実です。人間で言えばずいぶんと高齢の木だと思います。それでもこれだけきれいに咲いてくれています。

青い空と新緑が鮮やかな、何の木なのかはわかりませんが、それをバックにした桜です。コントラストがきれいだったので撮ってみました。こういう写真一つでも、電線が写り込まないように、人や車が通っていない時に、バックに無粋な建物が入らないように、などと考え始めるととてもシャッターを切ることができません。諦め、妥協の産物です。

それにしても、そろそろ桜も散り始め、葉が伸びてきています。まだまだ寒い日もあるとは思いますが、徐々に暑くなっていくのでしょう。そろそろ日焼け止めも必要になってきますね。

やはり英語なのでしょうか?

新書を三つ。

  

左から昨年の12月に発売された岩波新書『英語独習法』、今年の1月に発売された中公新書『英文法再入門』、そして3月にでばかりのNHK出版新書『「超」英語独学法』です。

英語の本なんてしょっちゅう出ていますが、新書タイプでこんなに続けざまに、それも社会人がもう一度勉強する的なものが出るなんて……

世はグローバル時代、中国語なども人気ですが、基本はまず英語ができた上で更にもう一か国語、二か国語ということなのでしょう。

自白すると……

ヘンな夢を見るのはいつものことですが、今日はこれまで一度も見たことのない夢を見ました。

そういう意味では“初夢”です。

どんな夢かと言いますと、細かな部分は覚えていないのですが、あたしが人を殺してしまった夢です。消して殺そうと思って殺したのではなく、過失致死のような感じです。

殺した相手が誰であったのかは覚えていません。というよりも夢の中でもはっきりしていなかったと思います。

ドラマや映画の中で登場人物が誤って人を死なせてしまって、すぐに警察に届ければよいものを、周囲の人間に唆されたり、その時の自分の社会的立場などを考えて殺人を隠蔽してしまうシーンってよくあると思います。そのために主人公は嘘の上塗りを繰り返し、結局は自分が追い詰められていって最悪の結末を招くようなストーリーです。

夢の中であたしは、あくまで過失なのだからすぐに警察に届けよう、いや、救急車を呼べばまだ蘇生可能かも知れないと思っているのですが、周囲の連中(誰がいたのかは覚えていません)は警察に行けば刑務所に入れられて一生を台無しにするぞ、などとあたしに訴えて殺人を隠蔽しようとさせるのです。

上述のようなドラマや映画を見るたびに、最初の選択肢を間違えるから却って悪い結果を招くと思っていたあたしは、夢の中でもそういった周囲の「悪魔の囁き」をはねのけ、警察に連絡しようとするところで目が覚めました。

果たして、この夢は何のお告げなのでしょうか?

縦貫と横断

長野県の道路地図を見ていて、ふと違和感を感じました。

まだ全線開通していませんが、長野県の真ん中あたりに「中部横断自動車道」という高速道路があります。上信越道の佐久小諸から小海線沿いに北杜市まで南下し、中央自動車道を経由して身延山の麓を通って静岡県の清水で東名と交わる路線です。

地図や地理に詳しい人であれば、この高速道路が南北に長野県を貫いていることに気づくと思いますが、その南北に走る高速道路の名称が「横断」というのに、あたしは違和感を感じたのです。

地図において何も断わりがなければ北が上というのは常識です。そうすると「横断」というのは南北ではなく東西に延びるものを指して使う言葉ではないかと思うのです。

この名称と関係するのかわかりませんが、長野県にはもう一つ、「中部縦貫自動車道」という道路があります。これは長野県の松本から岐阜県を貫いて福井まで延びる道路なのですが、こちらは地図見ると南北というよりも東西に延びていると呼んだ方がふさわしい路線です。東西なのに「縦貫」という名称に、こちらも違和感を感じてしまうのです。

なんでこんなことになったのでしょう?

ワクチンの効力

ワクチンと言っても、いま話題のコロナウイルスのワクチンではなく、ごくごく一般的なインフルエンザのワクチンのことです。

あたしは昨年、何十年ぶりかでインフルエンザの予防接種を受けました。12月初旬のことです。ですから、接種を受けて2か月が経過したのですが、このワクチンの効果ってどれくらい持続するものなのでしょう?

そもそも人によっては毎年打つくらいですから、一年は持続しないわけですよね。昨年の予防接種シーズンが始まる前にテレビのニュースで「あまり早く打ってしまうと、大流行の頃に効果が薄れてしまっているので、それはそれでよくない」というような専門家の話を聞きました。つまりせいぜい2、3か月しか持たないということなのでしょうか?

インフルエンザのピークは3月いっぱいだと言いますので、そろそろあたしも効果が薄れてくるのか、それとも今年のピーク時までは効果が持続してくれるのか、そのあたりがとても気になるところです。

幸い、今年は予防接種をしているからなのか、至って元気で風邪もインフルエンザも引きそうな気配がなく、ここまで過ごしてこられました。しかし、昨日今日と頭痛がちょっと酷くて、軽い風邪なのかな、と疑っています。なので、予防接種の効果の持続期間が気になる今日この頃なのです。

もちろん、インフルエンザの予防接種を受けたからと言って、100パーセント、インフルエンザにかからないというわけではないことは承知していますし、あくまでインフルエンザの予防接種なので、一般的な風邪を引くことはあるということも知っています。

それでも、やはり気になってしまうわけです。

ハチのムサシは死んだのか?

わが家は表通りからちょっと路地を入った、奥まったところにあるのですが、その路地の生け垣に写真のような蜂の巣がありました。

今日までまるで気づかずに、毎日のようにそのすぐそばを歩いていたのですが、いま思うとちょっと怖い状態でした。

しかし、この蜂の巣、この季節だからなのか、まるでハチが住んでいません。ハチはどこへ行ってしまったのでしょう? それに蜂の巣としてこの大きさはどうなのでしょう。大きさとしてはソフトボールよりは少し大きく、バレーボールよりは小さいもので、たぶんハンドボールくらいではないかと思われます。

ハチも住んでいないようなので、枝と繋がっているところをはさみで切って、ビニール袋の回収して週明けにゴミに出すつもりです。ハチがいなくて本当によかったです。

しかし去年の夏から秋にかけても、この生け垣のあたりをハチがたくさん飛んでいるような気配はなかったのですが、いつの間に巣作りをしたのでしょう?

ところで詳しい人なら、この巣を見ただけでハチの種類もわかるのでしょうね!

イヴが生まれる?

あばら骨の痛み、今朝は少しよくなってきたような気がします。とはいえ、まだ痛みは残っているので、前に屈んだり、無理な体勢になるとズキンと痛んだりしていますが……

ところで、ふと思ったのですが、もしかしてあたしのあばら骨、取れてしまうのではないでしょうか? そして、その取れたあばら骨からイヴが生まれるとか?

だって、そんな伝説(神話?)があるじゃないですか! でも、そうなると、あたしはアダムってことになるのかしら?

公子・重耳を思い出しました

昨日書いたあばら骨の痛み、相変わらずです。

折れているのかいないのか、病院へ行けばよいのでしょうが、結局さらしを巻くくらいしか療法はなさそうなので、無理をせず安静に努めたいと思います。

ところで、あばら骨で思い出したのは、中国の春秋戦国時代の人物、公子・重耳です。彼はあばら骨が「一枚あばら」だったと言われています。「一枚あばら」って何かと言えば、あたしも詳しいわけではありませんが、決してあばら骨が繋がっているわけではなく、ましてや板状になっているわけではなく、実際のところはあばら骨の一本一本が太いため、すき間が少なく、まるであばら骨が繋がって一枚になっているようなことから言われているそうです。

そんな人っているのかなあ、と思いますが、「一枚あばら」で検索すると、この重耳ではなく伝説の関取、雷電為右衛門の名前が出て来ます。どうやら彼も一枚あばらの持ち主だったようです。たぶん、日本人にとっては、一枚あばらと聞けば雷電を思い出すのでしょう。あたしのように公子・重耳を思い出すのは中国史かぶれの人ばかりでしょう。

ちなみに、公子・重耳は後の晋の文公で、春秋五覇の一人です。長い流浪生活の後に即位して国をよく治めた人として中国古代史では有名な人物です。斉の桓公と共に斉桓晋文などとも呼ばれています。