売れるものなのでしょうか?

わが家の書架の一部です。あたしがパソコンに向かっている椅子の背後にある書架です。たぶん高校の頃に購入したスライド式の書架です。これが二台並んでいます。

ご覧のように、所蔵しているのは中国史の本です。それも中国で発行されたものです。われわれ中国学専攻の人間は、、日本で発行されている書籍を和書と呼ぶのに対し、「中文書(ちゅうぶんしょ)」と呼んでいる書籍です。

写真の右半分を占める、薄い緑色の本は中華書局から発行されている中国の正史、『二十四史』です。『二十四史』だけでなく『清史稿』まで揃っていますし、いくつかの史書では、人名作品や地名索引も持っています。左上二段を占める黄色い本は『資治通鑑』で、その下の段には『通鑑記事本末』とか『読通鑑論』、さらに下の段には『史通』『国語』『戦国策』といった歴史関係の中文書が並んでいます。

それとは別の書架が左の写真です。こちらは『新編諸子集成』を並べています。下の方には、ちょっと違う色の本が並んでいますが、この書架には主に思想分野の中文書を収蔵しています。

とまあ、そんな書架の紹介はおくとして、わが家にはこのように中文書を並べている書架が全部で6本ほどあります。ですから、所蔵している中文書の量もそれなりのボリュームになります。

で気になるのは、これらの中文書って、もしあたしが死んだりしたら、古本屋は買ってくれるのでしょうか? ブックオフのサイトを見たところ洋書も買ってくれると書いてありましたが、中文書はどうなのでしょうか? 洋書と同じように買ってくれるのでしょうか?

ただ、いまのところ突発的な事故にでも遭わない限り死ぬ兆候もありませんし、そもそも所蔵している中文書を処分しようという気持ちもないので、取り越し苦労ではありますが、そう遠くない未来には、これらの本をどうにかしなければならない現実が訪れるわけです。あたしが死んでしまったら、残された人が勝手に処分してくれて構わないのですが、量が量だけに残された方も大変だろうなあと考えてしまうわけです。

2021年11月28日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

中華圏も頑張っている!

書店でこんな小冊子が配布されていました。

表紙からわかるように台湾の書籍の紹介冊子です。台湾文化センターが製作したもののようです。

世は挙げて韓国文学のブームだと盛り上がっていますが、実は中国関係の翻訳も最近はじわじわと増えています。

もちろん中国と言っても、中国大陸の作品、台湾の作品、香港の作品、そして東南アジア華僑の作品といったいくつかの種類があります。欧米で執筆している作家もいますが、ひとまず中国語で書いているという前提で中国の作品と呼んでいますが、それが確実に増えているのです。

『三体』の大ブームに見られるように、韓国のフェミニズムに対して、中国はSFといった印象が強いと思います。それはそれで間違いではありませんし、日本で紹介される作品もSFがそれなりのウェイトを占めています。

どうしてでしょうかね? 政治批判にならないために科学的なもの、空想的なものをテーマとせざるを得ないのでしょうか? そういう面も確かに一理あるとは思いますが、たぶんそれだけではないのでしょう。

そして、そんな中国語文学(という呼び方がよいのかわかりませんが……)、あたしも知らず知らずに買っていまして、わが家の書架の上に、ご覧のように並んでいるのがそれです。

台湾も大陸もごちゃ混ぜに並んでいるのはご容赦ください。あと、李琴峰さんのが数冊並んでいるのはご愛嬌ということで……

いずれにせよ、中国と言えば古典ばかりが受容されてきた日本で、魯迅以来、ようやくオンタイムの作品が普通に紹介されるようになったのは嬉しいことです。

2021年11月18日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

一か月ほど刊行が早かったらよかったのに? それともあえて?

岩波文庫から『楚辞』が刊行されました。

写真の一番右側です。カバーだけ見ると、ちょっと岩波文庫には見えませんが、紛れもなく岩波文庫です(笑)。

ところで『楚辞』と聞いても、中国古典に詳しくないと何のことだかわからないでしょうし、そもそも「楚辞」を「そじ」と読むことも難しいかも知れません。かつての日本人であれば、「離騒」や「屈原」の名前は一般教養の範疇だったと思うのですが、残念です。

そんな愚痴はともかく、岩波文庫ではかつても『楚辞』を刊行していましたが、あたしが学生時代には品切れ状態で、その当時、古書肆で見つけて買ったのが一番左の『楚辞』です。1935年刊行の橋本循訳注のもので、あたしが買ったのは「1984年4月5日第11刷」でした。

その後、1997年にリクエスト復刊が行なわれ、既に社会人になっていましたが、改めて買い直したのが真ん中のものです。奥付には「第12刷」とあります。

今回は訳者が代わって小南一郎さんになっています。橋本訳はもう役割を終えたということでしょう。岩波版の古典新訳ですね。

ちなみに、二枚目の写真は、中華書局版の『楚辞集注』です。あたしが学生時代の演習で読んでいたテキストです。懐かしく、わが家の書架から引っ張り出してきました。

ところで、今回の岩波文庫は6月の刊行ですが、『楚辞』の作者・屈原は5月5日が命日だと言われています。ちまきの由来にもなっています。ですから、刊行も5月5日だったらよかったのになあ、と密かに思ってしまいました。ただ屈原の命日なんて伝説ですし、そもそも古代の話ですから旧暦でしょう。となると、奥付にある「6月15日」はほぼ旧暦の5月5日ですから(今年は6月14日が旧暦の5月5日)、岩波書店としてはそれを狙っていたのかも知れませんね。

2021年6月20日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

学術書が生き延びる道?

今朝の朝日新聞の読書欄に、小さいですけどこんな記事が載っていました。2020年に廃業した創文社の学術書を講談社がオンデマンドで発行し続けるという情報です。

学術書の出版で知られていた創文社が廃業したのは、学生時代にお世話になっていた身からするとショックでしたが、長引く出版不況の中では致し方なかったのかも知れません。

そして、創文社の資産を講談社が受け継ぐというニュースも、少し前に業界で話題になりました。それが改めて朝日の紙上で紹介されたということなのでしょう。

ところで、「学生時代にお世話になった」と書きましたが、わが家の書架にはこんな一角があります。

創文社の書籍です。あたしが学生のころ(だったと思います)に刊行が始まった「中国学芸叢書」です。官公署に感じた印象は、中国学術の王道と言うよりは、ちょっとニッチなテーマ、主題の書籍が目に付くなあ、というものでした。

不定期で刊行され、これで全部なのか、買い洩らしているものが他にももっとあるのか、そのあたりまでは追っていませんが、わが家には十冊以上は所蔵していました。しかし、既に創文社からは入手できなくなってしまったのですよね。

講談社のオンデマンドで、これらのタイトルが復活することはあるのか否か、今後に期待です。

2021年6月19日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

よりパワーアップ!

近刊『マオとミカド』の「マオ」とは毛沢東、「ミカド」とは天皇ことです。

著者の城山さんには『中国共産党「天皇工作」秘録』という前著がありますが、そこから更にパワーアップした一冊です。ぜひ併読していただきたいです。もちろん前著を読まれた方は必買、必読の新刊です。

ちなみに『マオとミカド』は、月末31日配本ですので、来月初めには書店店頭に並び始めると思いますので、いましばらくお待ちください。

2021年5月28日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

まずは第二巻を攻略しないと!

かつてこれほど中国の文学作品が話題になったことがあっただろうかと考えますと、三国志ブームはこんなものではなかった、という結論に行き着きますが、時代を超えて愛される三国志を引き合いに出すのはちょっと卑怯かも知れませんね。

となると、この『三体』は久々のヒット作かも知れません。その前ですと、ノーベル賞を受賞した莫言にまで遡ることになるでしょうか?

『三体』の第三巻が発売されたので入手しました。第一巻こそ一冊本でしたが、第二巻、第三巻は上下本という大作です。あたしはまだ第二巻の上巻までしか読んでいなくて、早いところ第二巻を片付けないとなりませんね。

2021年5月26日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

やはり買ってしまうのです……

刊行後それほど時間をおかずに買って読んだ『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』ですが、このほど角川新書から『八九六四[完全版] 「天安門事件」から香港デモへ』として刊行されました。

角川新書版は「2019年香港デモと八九六四の連関を描く新章を収録」ということなので、単なる単行本の文庫化とは異なります。となれば、やはり新書版の方も買わざるを得ません。そういうものです。

それにしても、六四もまもなくですね。当時、あたしはまだ学生でした。86年入学なので、大学四年生になって数ヶ月というところでした。大学二年から三年になる春休みに、一か月の短期語学研修で北京へ行っていたので、その北京であんなことが起きるなんて、衝撃以上に驚きでした。

あたしが訪中したころは、まだまだ古きよき北京の面影が街中に残っていて、日本に比べて数十年は遅れているという印象を受けました。ただ、改革開放の世になり、人々のエネルギーは日本をはるかに上回り、誰もが未来は明るいという希望を持っていたように感じられました。

それからわずか一年ほどであんなことになってしまったわけですから、まさに中国の現代史はものすごいスピードで流れていたのだと思います。

2021年5月16日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

確かに戦いは続いていた

後期日中戦争 太平洋戦争下の中国戦線』読了。

刊行前にネット情報などで「後期日中戦争」というタイトルだけを見た時は、日中戦争に前期も後期もあったっけ、と感じたのが正直なところです。いわゆる満洲事変や盧溝橋事件を経て泥沼の日中戦争にはまり込んだということまでは多くの日本人も知っている歴史でしょう。

ただ、著者も書いているように、太平洋戦争が始まるとフォーカスはそちらへ移ってしまい、太平洋や東南アジアでの戦いが語られることばかりで、その間、中国ではどんな戦いになっていたのか、きちんと説明できる人は少ないでしょう。かくいうあたしも、その後も日中戦争は続いていて、武器弾薬や糧食の補給もままならず、中国軍の術中にハマって奥地へ奥地へと引きずり込まれていた、という漠然としたことしか知りませんでした。

まあ、その知識に誤りはないのですが、こうして改めて戦いの模様をたどってもらうと、やはり日本軍のバカさ加減が痛感されます。兵たちには申し訳ないけれど、どうしてこんな事に命を捧げたのか、無駄に命を捨てることになったのか、そんな気持ちにさせられますし、そのとばっちりを受けた中国の民衆は本当に気の毒です。やはり戦争は悲劇でしかありませんね。

2021年4月16日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

革命尚未成功

昨日のうちにダイアリーを更新できなくて、ちょっと忸怩たるものがあるのですが……

はい、昨日、3月12日は中国革命の父、孫文の命日です。96年前のことです。つまり、あと4年すると、孫文没後100年になるわけですか。日本でもいろいろと関連書籍が出版されるのでしょうか?

孫文は、大陸でも台湾でもどちらも尊敬されている革命の父ですから、どちらも4年後は盛り上がるのではないでしょうか? ちなみに5年後は生誕160年ですから二年続けてのアニバーサリーですね。

そんな孫文、わが家で孫文関連の書籍を探してみましたら、まずは岩波文庫が見つかりました。『三民主義』と『孫文革命文集』です。この二点はまだ新刊で入手可能なのでしょうか? ちなみに写真では上巻のみですが『三民主義』は上下本です。

続きましては、同じく岩波書店の『孫文伝』です。

この本は、あたしが学生のころ既に入手不可で、古本屋で買いました。なぜか二冊持っています。古本屋を丹念に探せば、今でも手に入れることはできるのではないでしょうか? 岩波書店ではオンデマンドで販売しているようですが……

そして最後に、またまた岩波新書、『孫文』です。これが一番入手が容易な一冊ではないでしょうか?

そして清水新書の『孫文と中国の革命運動』、陳舜臣の『孫文』です。これはどっちも古本屋に行かないと手に入らないのではないでしょうかね?

清水書院の新書は、現在は判型が大きくなった「人と歴史」シリーズとしてリニューアルしたのですが、この孫文の巻は出ていないようです。残念です。同じく「人と思想」シリーズには『孫文』という一冊があります。

陳舜臣さんも中国史をテーマにした小説やノンフィクションをたくさん書かれていますが、果たして現在手に入る文庫はどれくらい残っているのでしょうか?

2021年3月13日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

孔子はそんなこと思ってもいないことでしょう

今朝の朝日新聞です。

日本にある孔子廟に土地を無償で提供しているのは政教分離違反なのか否かを争う裁判が行なわれているようです。

この数年、日本国内の反中、嫌中感情が高まっていて、国内の孔子学院は中国共産党のスパイ養成機関だ、といった声を受け各地で反対運動も起きているようです。なんとなく孔子廟問題にもそんなバックボーンが影響しているのではないかという気もします。

裁判のゆくえはともかく、儒教が宗教なのかと問われると難しいですね。まず思い出されるのは、刊行当時も賛否両論渦巻きましたが、『儒教とは何か』です。あたしはちょうど中国思想を学ぶ大学生でしたが、研究室でも大いに話題になったのを覚えています。

同書で著者は儒教は宗教だと主張していたはずですが、その他にも「儒仏道三教」という言葉あるように、この三つを宗教と捉えている見方はあるみたいです。ただ、その場合の宗教の定義ってなんなのでしょう?

裁判で争われるのは、恐らく宗教法人としての宗教の定義に当てはまるか否かだと思うのですが、そうなると孔子廟ってどうなのでしょう? 各地の孔子廟では漢文講座などが開かれていますけど、そこに学びに来ている人が信徒だとも思えませんし、宗教行為を行なっているような感じもしないんですけどね。

そもそも孔子自身は、自分の教えを思想だとも宗教だとも考えていなかったでしょうね。なにせ、その当時にあっては宗教なんて言葉は存在しなかったはずですから。

2021年2月21日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー