あたしの学生時代に使えていたら……

明治書院の『新釈漢文大系』は、学生時代に漢文を読むときにまずは参照する現代語訳のシリーズでした。全120巻なのですが、あたしが学生のころはまだ全巻完結しておらず、早く出ないかなあと待っている巻もたくさんありました。

そんな『新釈漢文大系』ですが、函入りの高価なもので、個人で持つなんてなかなかできるものではなく、あたしも専門にやっていた『史記』だけは買い揃えていましたが、それ以外は図書館で閲覧するのが一般的でした。これだけの巻数があると、主立った古典はだいだい収録されていましたので、中国学専攻の学生には重宝がられていたと思います。

数年前に全巻完結したという話は聞いていましたが、それがこのほど有料のデータベースサイト「ジャパンナレッジ」のコンテンツに加わったのです。全巻引き放題、自宅に買い揃える必要もなく、図書館へわざわざ調べに行く必要もありません。自宅にいながらにして全巻を見ることができるのです。大学図書館などであれば、「ジャパンナレッジ」が利用できると思いますので、いまの学生はいくらでも使えるわけですよね。羨ましいかぎりです。

しかし、もちろん紙で引くことの長所もありますので、最初から「ジャパンナレッジ」で利用するのではなく、大学一年生、二年生のうちは図書館で紙の『新釈漢文大系』の頁を丹念に繰ってもらいたいと思います。それが財産となるはずです。

ちなみに、当時は集英社の『全釈漢文大系』とか平凡社の『中国古典文学大系』といった中国古典の大型シリーズがいくつかあり、角川書店や徳間書店からも現代語訳のシリーズが出ていました。またちょっと古いですが、『国訳漢文大成』や冨山房の『漢文大系』なども併用していました。懐かしい時代です。

2022年12月4日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

十一家注

中公新書の『孫子』を読み始めました。

『孫子』は現代日本語訳も何種類かありますし、解説書や入門書もたくさん出ていますが、やはり最新の研究成果を取り入れたものに触れたくなるものです。そう言えば、あたしが学生のころは、「ビジネスに役立つ孫子」といった類いの本が山のように出版されていた時期でもありました。

さて、この『孫子』は三国志の英雄、魏の曹操が定めた魏武注孫子をメインに取り上げていますが、時々「十一家注孫子」という名称も出て来ます。「そう言えば、十一家注孫子は持っていたはず」と思って、自宅の書架を探してみたところ、案の定、出て来ました。学生時代に購入していた『十一家注孫子』です。当時の中国としては珍しく、比較的きれいな造本です。改革開放で景気がよくなっていたのでしょうか?

2022年11月22日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

『韓非子』はいろいろ買ってしまう

昨日のダイアリーで講談社学術文庫の『韓非子』と、その旧版にあたるちくま学芸文庫版、さらにその旧版にあたる筑摩叢書版をご紹介しました。あたしが中国思想に興味を持つきっかけになった古典なので、『韓非子』は条件反射的に買い集めてしまう傾向があります。

ところが、日本語訳の『韓非子』には明治書院版『新釈漢文大系』や集英社版『全釈漢文大系』など大型叢書に収録されているものがありますが、こちらは個人ではなかなか手が出ないので所持しておりません。その代わり、岩波文庫版の『韓非子』ならば、ご覧のように架蔵しております。

ところで本田済訳『韓非子』は底本に『韓非子翼毳』を使用しているとのこと。こちらは冨山房版『漢文大系』に収録されていまして、『漢文大系』は学生時代に古本屋が手に入れることができたので所持しております。二枚目の写真の左側がそれです。

また本田訳は中国で出ている注釈書として『韓非子集解』『韓非子集釋』も参照しているとありますが、こちらも同じく所持しております。

下の写真の一番右が台湾の世界書局版『韓非子集釋』の上下本です。その左側が中華書局版『韓非子集解』ですが、これは『新編諸子集成』の一冊です。この『新編諸子集成』にはもう一種類『韓非子』の注釈書が収録されていまして、それがさらに左側に見える『韓子浅解』です。

このように『韓非子』にかかわるものって、どうしても集めてしまうものです。ちなみに現代語訳をきっちり読もうとは思わないけど、ちょっと触れてみたいというのであれば中公新書の『韓非子』がよいでしょう。また抄訳なら徳間文庫版『韓非子』(現在品切れ?)がよいと思います。

2022年9月24日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

同じ『韓非子』を何度も買ってしまう

講談社学術文庫から『韓非子』の現代語訳が刊行されました。奥付前の断わり書きによりますと

本書は一九六九年刊行の筑摩叢書版にもとづく、一九九六年に刊行されたちくま学芸文庫版『韓非子』(上下巻)を原本とするものです。

とあります。

というわけで、その筑摩叢書版、ちくま学芸文庫版どちらも架蔵しております。そもそもは学生時代に筑摩叢書版を買いまして、社会人になってからちくま学芸文庫版が刊行されたので、さらに購入した次第です。

当時は、筑摩叢書ってもう刊行されていなかったのではないかと記憶しています。筑摩叢書や全集などが続々とちくま学芸文庫になっていったのを覚えています。

ところで、社内で企画会議などをやっていますと、「読者は新装版を買ってくれるのか?」ということが話題になったりします。もともと刊行されていたものが品切れになって久しく、読者からの復刊希望の声が多いものですと十二分にありえますが、まだ品切れになってそれほど時間がたっていない場合はどうなのか、ということです。

出版社側からすると、新装版というのは中味にほとんど手を加えず、装丁だけを少し変えるだけ、価格も以前より少し値上げして、というパターンが多いので、比較的美味しい商売です。もちろん売れなかったら大赤字の可能性だってあります。ですから、既に持っている人はともかく、新しく欲しがる人がどれくらいいるのかを見極めるのが鍵となるのです。

しかし、あたしのように、こうして箱を変えて刊行されると毎回買ってしまうような人間だっているわけですよね。特に中国古典、それも中国古典にはまるきっかけとなった『韓非子』ですから、買わないわけにはいきません。たぶん、こんなあたしは特殊なケースなのだと思いますが。

2022年9月23日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

天工開物

平凡社ライブラリーの『天工開物』を落手しました。中国史を専攻していれば必ず聞いたことのある書籍です。内容紹介を引用しますと

穀物・衣服・染色から製塩・製紙・醸造・兵器に至るまで、あらゆる産業を網羅した中国明代の百科全書。長い歴史のなかで培われてきた知恵と技術を120余点の挿図とともに詳述。

というもので、図版が売りの古典と言えばまずは『三才図会』を思い出すと思いますが、『天工開物』はより生活に密着したものです。

ところで、この『天工開物』は平凡社の東洋文庫で出ていました。ただ、どういうわけか、あたしはそちらを購入していなかったもので、今回ようやく手に入れた次第です。

なんで、買っていなかったのかと考えますと、原書を持っていたから、というのが大きな理由かもしれません。それが左の写真です。中国から刊行されたリプリント、いわゆる影印本というものです。

これは『天工開物』だけでなく、右の写真のように、図版がメインの古典をいくつか集めて一つの叢書としたものでした。上海古籍出版社から出ていたのですね。

三礼図、聖蹟図、列仙全伝などのタイトルが見えると思います。こういう図版がふんだんに入っている書籍は見ているだけで楽しいものです。

ところで上に名前を出した『三才図会』がこのシリーズ全4巻には見当たりませんが、さすがにこれだけ有名な古典になりますと、単独で影印本が刊行されていまして、もちろん、あたしはそれも架蔵しております。『三才図会』はそれだけで全3巻になります。それも同じく、上海古籍出版社から刊行されていたものです。

2022年8月28日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

辞書の話の続きを少々

先日、学生時の英和辞典について、このダイアリーに書きました。

曰く、持って帰るのが面倒なので、同じ辞典の卓上版を自宅用に購入した。曰く、学校指定、先生推薦の辞典は買わない、使わない。

ところで、先日書いたのはあくまで英和辞典の話です。あたしは大学時代に中国思想を専攻していたので、漢和辞典をよく使っていました。そして漢和辞典となると、学校指定の辞典は買わない、といった話ではなくなります。まあ、大学の専門課程ですから、学校指定の辞典なんてありませんけど。

大学でも語学の場合は先生推薦の辞典というのがあるようです。あたしが社会人になったころは、諸外国語の辞典も各社が競って作っていた時代で、勤務先の主力であるフランス語の辞典も主に次の三つの辞典がしのぎを削っていました。

すなわち『ディコ仏和辞典』『クラウン仏和辞典』『プチ・ロワイヤル仏和辞典』の三つです。先生の多くは、「この三つの中のどれかを買いなさい」といった比較的緩い推薦の仕方をするので(三つの辞典の編著者別ですが)、われわれ営業が大学内の書店に自社の仏和辞典をしっかり置いてもらえるように努力をしていたのです。

一般教養でフランス語を選択した学生であれば、確かにこの三つのうちのどれか一つを購入すれば事足りるでしょう。でも、フランス語、フランス文学専攻生であれば、三つとも購入するのが常識ではないかと、あたしなどは思っていました。だって、辞書は引き比べることに意味があるわけですから。

というわけで、上述の漢和辞典です。あたしは中国思想の専攻生でしたから、漢和辞典を何種類も持っていました。もちろん日本語誇る漢和辞典である大週間書店の『大漢和辞典』も架蔵していました。また学生時代に中国で刊行された『漢語大字典』(全8巻)、『漢語大詞典』(全12巻)も架蔵しています。

その他にも、日本で刊行されている中型の漢和辞典、現在では10種類ほどを持っております。そんなに持っていて全部使うの、と聞かれると、やはり日常的によく使うのは一つか二つに絞られます。

ただ、辞書を引いてもいまひとつ納得しなかったときに他の辞書に当たってみるのです。また辞典それぞれに創意工夫がこらされた付録も、いろいろな辞典を買う楽しみでもあります。どんな付録が付いているかで編者のセンスがわかるというものです。

2022年8月27日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

三部作で終わり?

岩波新書の新刊『曾国藩』を落手。

これで、岡本隆司さんの岩波新書『李鴻章』『袁世凱』に続いて三部作が揃いました。あたしが勝手に三部作と言っているので花買う、『曾国藩』のあとがきに書いてありました。

ただ、最初からこの三人で三部作にしようと考えていたのでしょうか? まあ、孫文は既に他の人の著作がありますので除外するとして、清末民初を描くなら他にも取り上げてもらいたい人はたくさんいますが、世間での知名度を考えるとこの三名でしょうかね?

個人的には、左宗棠、林則徐なども読んでみたいですし、西太后、宣統帝なんかも興味あります。ここは三部作で打ち止めなどと言わず、続巻を期待したいところです。

2022年7月22日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

叢書というのは、こういうものです

昨日のダイアリーで、《新編諸子集成》と言われても中国学を専攻していなかった人には意味不明ではないかと書きました。ところが、その同じダイアリーで《二十四史》にも言及していまして、これもわからなさでは同じことではなかったでしょうか?

《二十四史》とは中国の正史、二十四種類を網羅した叢書でして、歴史の国・中国について学ぶのであれば、哲学だろうと文学だろうとまずは参照すべき基本資料になります。それが中華書局から手ごろな形で刊行されているのです。

図書館で閲覧すればよいのかもしれませんが、あたしのような自宅通学生には大学までの距離と時間がそれなりにかかってしまうので、よく使う資料であれば手元に置いておきたくなります。学部時代は古代が専攻だったので前四史と呼ばれる『史記』『漢書』『後漢書』『三国志』くらいしか所蔵していませんでしたが、大学院時代には二十四史を全部揃える羽目になりました。

その《二十四史》は『史記』から『明史』までの二十四種類を指すわけですが、あたしが学生時代に清代を扱う『清史稿』が発売になりました。これで《二十五史》という呼び方もできました。『新元史』を加えて《二十六史》という言い方もあったように記憶しています。

さて『清史稿』というタイトルからもわかるとおり、いずれ正式な『清史』が発売になると思うのですが、あたしが学生時代には発売されず、その後は中国の出版事情を追っていないので、正真正銘の『清史』が出来上がって刊行されたのか、あたしは知りません。

この《二十四史》には、全部にではないのかも知れませんが、人名索引や地名索引が出ているものもあります。あたしも見つけたときには買っておきました。自宅に《二十四史》を所蔵していなくても、索引があれば図書館へ行って調べるときのアタリを付けられますので、これは学部生時代から集めるようにしていました。

昨日ダイアリーでもう一つ挙げていたのが《十三経清人注疏》でしたね。これは《新編諸子集成》が、主に思想家の著作を網羅した叢書だったのに対し、儒教の経典の注釈書、それも清朝考証学の成果とも言える注釈書を集めた叢書です。

《新編諸子集成》が、あたしの記憶では学部時代にはかなり刊行されていたのに対し、《十三経清人注疏》は入学してしばらく経ってから刊行がスタートした叢書です。そのため、いま現在どれだけ刊行されているのかはわかりませんが、あたしが架蔵しているのはご覧のような分量に留まっています。まあ、その代わりと言っては何ですが、当時『皇清経解』正続編が刊行されたので、そちらを買い求めたりしましたが……(汗)

あたしの専攻が古代思想でしたので、主に哲学思想、歴史方面の書籍はかなり買い集めましたが、文学方面はやや手薄です。それでも重要なものは手元に持っていなければと思い集めたのが左の写真です。

これらも叢書として刊行されていましたが、さすがにすべてを揃えようとは思わず、上にも述べたように必要なもの、有名なものだけ買っておきました。

2022年6月13日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

諸子集成とか

先日のダイアリーで《新編諸子集成》という本を取り上げました。ただ、中国学を専攻していなかった人には「それ、何?」という感じだったのではないかと思います。なにせ中国の本ですから。

写真で取り上げたのは『荘子集釋』でしたが、《新編諸子集成》はシリーズの名前です。中国学的に言えば叢書です。「新編」とあるくらいですから、それ以前に《諸子集成》という叢書がありまして、新たに編纂した《諸子集成》なので《新編諸子集成》というわけです。

《諸子集成》というのは、諸子、つまり中国の思想書を集めたシリーズのことです。その代表的な注釈書でシリーズを作ったのが《諸子集成》になります。そして、あたしが学生時代、つまり1980年代に中国の中華書局から新たに刊行がスタートしたのが《新編諸子集成》になります。

以前にもご紹介しましたが、二枚目の写真はわが家の書架の一部で、写っている棚の上二段に並んでいるのが《新編諸子集成》です。春秋戦国の諸子を中心に中国思想では著名な名前が散見されると思います。

学生時代には刊行されるたびに買っていたのですが、全部で何冊(全何巻)なのかはわかりません。途中でラインナップが変更になったりしましたし、当初の予定とは異なる注釈書が加わったりもしています。

中華書局のウェブサイトを見ますと、更に《新編諸子集成続編》というのも載っています。正編を適当なところで打ち切って、それ以降刊行したものを続編と呼ぶようにしたのか、詳しい経緯は知りませんが、続編も出ていますので、全部で何冊になっているのか、ますますわかりません。この続編も既に完結したのか、あるいは刊行途中なのか、それすらあたしにはよくわかりません。

ちなみに中華書局の叢書リストのページを見ますと、懐かしい名前が散見されます。『二十四史』『清史稿』は全巻所蔵していますし、《十三経清人注疏》も学生時代に刊行されていたものは、すべて架蔵しているはずです。よくもまあ、飽きもせず買い集めたものだと思いますね。

2022年6月12日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

「し」でも「じ」でもどうでもよい?

講談社学術文庫の『荘子の哲学』を落手しました。かつて岩波書店から刊行されていたものが、講談社に移って文庫化されたようです。あたしは岩波書店版は架蔵していなかったので今回文庫になったのを機に買い求めました。

その巻頭に、参照した『荘子』は郭慶潘の『荘子集釋』と書いてありますが、それが一枚目の写真に写っている、中華書局の四冊本です。《新編諸子集成》シリーズに収録されています。たぶん学生時代に買っていたものでしょう。このシリーズはずいぶんたくさん所蔵しております。

ところで、この『荘子の哲学』の「荘子」ですが、奥付のルビを見ると「そうし」となっています。あたしが学生時代は「荘子」は「そうじ」と読んでいました。現在の学界ではどうなっているのでしょうかね?

まあ、こういう読み慣れはそもそも日本語での話ですから、気にする必要はないのでしょうが、気にする人は気になるらしいですね。中国語では「Zhuangzi」ですから「し」も「じ」も関係ないですし(笑)。

ちなみに、架蔵している文庫の『荘子』の日本語訳では、岩波文庫版と中公文庫版にはルビがなかったので不明ですが、ちくま学芸文庫版・講談社学術文庫版はともに「そうじ」となっていました。

2022年6月10日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー