11月 2014のアーカイブ
根が深い
ミズーリ州で、黒人を射殺した白人警官が不起訴になった大陪審の決定に異議を唱える黒人が放火などを行なっているそうです。
「そんな、放火とかして、どうしようもな黒人だなあ」という感想をいうのは簡単ですし、理由はともあれ暴力的な手段を行使するのはよくないことだと思います。
でも、この手の問題、アメリカでは何度繰り返されるのでしょう? 「白人警官が黒人に暴力を振るった」、こういう事件を聞くたびに、「またか……」と思います。実際のところ、黒人の方がどれくらい怪しかったのか、反抗的な態度を取っていたのかわかりません。でも、白人警官側にも潜在的な黒人蔑視の感情があったことは間違いないのではないかと思います。自由の国アメリカの白人と黒人の対立、人種差別の問題、根が深いですね。
こういうタイミングを選んだわけではありませんが、あたしの勤務先から今日配本になる新刊『懸け橋(上・下
)』は、そんなアメリカの黒人の歴史を描いた作品です。いまだに人種問題、黒人蔑視の問題が残るアメリカ合衆国、そんな国で黒人のオバマが大統領にまで登りつめる。その歴史を公民権運動と絡めて描いています。
今日が配本なので、書店到着は明日から今週末にかけてになるかと思います。どうぞ、お楽しみに!
今日の配本(14/11/26)
氷雨
久しぶりの出社です。
別にサボっていたわけではなく、先週の火曜から金曜まで出張に行っていて、昨日は振替休日の休みだったので、一週間ぶりの出社ということになるわけです。
机の上には、いろいろと配布物がたまっていました。そして午前中は会議が続いたので、それらの処理も午後にまでずれ込んでしまいました。まだ終わりませんが、一週間留守にしていた都内の書店も回らないとなりませんから、雨だからといって、そうそう会社に腰を落ち着かせているわけにもいきません。
しかし、雨。まさに氷雨です。
昭和期の演歌のヒット曲にありましたね、「氷雨」というのが。たぶん、多くの人はこの曲で氷雨という言葉を知ったはずです。昭和のヒット曲で雨と言ったら、こちらも有名ですよね?
小林麻美の「雨音はショパンの調べ」です。これも、ラジオからしょっちゅう流れていた曲です。
でも個人的には、雨の曲というと、これが好きです。
イルカの「雨の物語」です。それともう一曲。
山本潤子「冷たい雨」、これも素敵な曲です。山本潤子さん、また歌ってくれないでしょうか?
川と河
しつこく京都のことを書きます。
参観した西本願寺や龍谷ミュージアムは堀川通りを挟んで建っています。この堀川通りを通るたびに、あたしは思うのです。堀河天皇は「堀河」と書くのに、通りの名前はどうして「堀川」なのだろうか、と。歴代天皇の名(諡号でしょうか?)はゆかりの地名などが付けられることが多いと思いますが、だったら「堀川天皇」でよさそうなものを、あえて「堀河天皇」としているのはなぜなのでしょうか?
あるいは歴史的には「河」も「川」も通用していたのでしょうか? それとも天皇と同じ文字を使うとは畏れ多いということで、後に地名の方が「堀河」から「堀川」に変更されたのでしょうか? 同じことは「白河天皇」と地名の「北白川」などについても言えると思います。
あたしは平安時代に詳しくないので、このあたりの事情はよくわかりません。ただ、天皇名では「河」を、現在の京都の地名では「川」を使っているというのが、どういう理由なのか、そこにいつも引っかかりを覚えると言いますか、気になって仕方ないのです。
そうそう、西本願寺と言えば、先日のダイアリーで西本願寺の銀杏の写真をアップしました。いま見返してみると、イチョウの葉はまだ青いです。とても紅葉、いや黄葉と言える状態ではありません。しかし、ことりっぷのサイトにある「京都の秋を黄色く染める、イチョウの名所へ」コーナーにも西本願寺のイチョウが掲載されているのですが、こちらはずいぶんと黄葉しています。日付を見ると22日ですから、あたしが訪れた翌日です。一日でここまで黄葉が進むものでしょうか? いやー、驚きです。京都も一気に秋が深まっているのでしょう。
堀川の川つながりで思い出しましたが、京都の鴨川の東側、六波羅のあたりは、六道の辻とか全体的に死者の国のイメージがあります。このあたりは京都の葬送の地だったそうで、だからそういったイメージになっているのでしょう。そこまではわかるのですが、あたしが気になるのは、なんであのあたりが葬送の地に選ばれたのか、ということです。
世界的に見て、川の東側というのは日の昇る地、つまり生者の国、そして川の西側は日の沈む地、つまり死者の国と相場が決まっているのではないでしょうか? エジプトがよい例です。もちろん、鴨川でそれを当てはめたら、京の街はあまりにも狭く、東山の裾野に南北に細長く延びることになってしまい、とても都としての機能を果たせそうにありません。ですから、鴨川の西側に街が開けたのは、都を造営したのは仕方ないことだと思います。
でも、それでも鴨川の東側に葬送の地を設ける感覚、それが腑に落ちないのです。これも、日本史、特に古代史専門の方なら簡単に答えてくださるのでしょうか? あたしは、京都へ行くとこんなことばかり考えています。
Wi-Fiで繋がった!
昨日、繋がらないと騒いでいた「CDRI-W24AI」、いわゆるCDレコですが、本日、改めて設定書通りにやってみたところ、無事に繋がりました。
結局、本製品はルーターを介してスマホと繋ぐわけなんですね。ルーターなしでは繋がらない、繋げられないのでしょうか? そのあたりの検証はおくとして、まずは繋がったのでよしとします。
ネットでは、アニメ系とかインディーズ的なアルバムの情報が取得できないという報告が上がっていますが、それは本製品の瑕疵ではないはず。あくまでCD情報のデータベースの問題でしょう。あたしの場合、所持しているのはごくフツーの音楽CDなんで、データを取得できないことはほぼないです。
いや、それにしても、思った以上にCDのコピーというのでしょうか、取り込みの速度、速いですね!
大相撲を見て興味を持ったなら!
大相撲で白鳳が優勝しました。なんと、土俵上でモンゴル語で語っていたのがテレビでも大きく取り上げられていました。そんな映像を見ていてモンゴル語に興味を持たれた方も多いのでは亡いでしょうか? そういう方にはまずはこちら!
気軽にその言葉のアウトラインを知ることができるシリーズ《言葉のしくみ》の一冊、『モンゴル語のしくみ』です。モンゴル語ってどんな言葉なのかがわかります。
これを読んでモンゴル語の勉強を始めようと思われたかにはこちら!
『ニューエクスプレス モンゴル語』で基礎的な文法事項と基本的な会話が学べます。学習書としてはこれで決まりです。また本書とセットで『ニューエクスプレス モンゴル語単語集
』を使い、さらに語彙力をアップさせましょう。ミニ辞典として、将来モンゴルへ旅行するときにも重宝する一冊です。
ここまでをクリアーしてさらに上を目指すのであればこちらです。
本格的な文法書、『詳しくわかるモンゴル語文法』です。初級や入門の参考書は他社からも出ていますが、こういう中上級者をターゲットとした語学書も出しているのが、語学書出版社としての実績を持つ白水社ならではです。
Wi-Fiで繋がらない!
パソコンいらずで音楽CDからスマホやタブレットに音楽を取り込める、アイオーデータの商品「CDレコWi-Fi CDRI-W24AI」を買いました。なので、早速試してみました。
まずはスマホやタブレットに本製品を認識させます。それはいとも簡単にできました。スマホやタブレットのWi-Fiをふだん使っている家庭内無線LANから本製品に切り換えると、しっかり繋がりました。これで本製品とスマホ、タブレットが無線で接続できているわけです。
次に、本製品のAndroidアプリをダウンロードしてインストール。終わったら、本製品に任意の音楽CDを入れてみます。自動でアプリが起動するので取り込みを行なうと、あとは自動で取り込まれるという寸法。
が、アプリを立ち上げても、「ドライブが接続されていません」というメッセージが出るばかりです。スマホやタブレットからこの機械が見えていないようです。設定は確かに正しく済んでいるはずですし、Wi-Fiで繋がっていることも表示を見ればわかります。なのに機械が見つかりません。
念のため、ウェブサイトの動作確認機種一覧を見ましたが、あたしの所持している機種番号はしっかり明記されています。つまり動作の確認は取れているのです。仕方なく、付属のUSBケーブルで本製品とタブレットを直接繋いでみたところ、タブレット側から本製品を見つけることができ、音楽CDの取り込みもきちんとできました。
それにしても、Wi-Fiで繋がるのが売りだから購入したのに、なんで繋がらないのでしょう? もう一度最初から設定などを見直してみたいと思いますが、まずは備忘録代わりに現状をここに書いておきます。
関連書籍? 併売推奨?
書店回りの店頭で見かけました。
まずは明石書店の『アメリカの黒人保守思想』です。弊社の近刊『懸け橋(上
・下
)』と一緒に並べると相乗効果が期待できそうな本ではないかと思います。
続いては、航思社の『平等の方法』です。これも弊社の『ランシエール
』との併売がお薦めです。訳者の市田良彦さんが両方に関わっています。
そして次は、ナカニシヤ出版の『フランクフルト学派と反ユダヤ主義』です。いま書店での売り上げも好調と聞く、中公新書の『フランクフルト学派
』と並べてみては如何でしょう? 単行本と新書なので、管理上並べにくい書店も多いとは思いますが。
最後に、これも弊社の近刊『獣と主権者Ⅰ』と、筑摩書房の『動物を追う、ゆえに私は〈動物で〉ある
』です。ちなみに、デリダは、今年が没後10年ということで、この他にもたくさんの書籍が今年は刊行されました。ちょっとした《デリダ・フェア》ができるのではないでしょうか。
こうしてみると、一緒に並べたらよさそうな本って、たくさんありますね!
本邦無二の珍建築
さて、龍谷ミュージアムでやっていた「二楽荘と大谷探検隊」展について。
大谷探検隊については、詳しいことまでは知りませんが、明治期に大谷光瑞が派遣したシルクロード探検隊である、ということくらいはしっていました。まあ、世間一般並みの知識ですね。が、恥ずかしながら、二楽荘についてはこの展覧会を見るまで全く知りませんでした。
本願寺宗主・大谷光瑞の建てた別荘だそうです。神戸にあったとのこと。なんで京都ではなく神戸なんでしょう? あのあたり、つまり六甲山麓が別荘地帯だったというのが理由でしょうか? 京都はもう手狭で広大な別荘を作れるような土地がなかったのでしょうか? それともふだんは京都にいるから、別荘で羽を伸ばすには京都を離れたかったのでしょうか? それとも、最初から大谷探検隊の招来物を集め研究するため、港のある神戸に近いところがよいと考えたのでしょうか? よくわかりません。
さて、いま上に書いたように、この二楽荘は大谷探検隊が持ち帰ったシルクロードの文物を調査研究する施設だったようです。それにしてはあまりにも壮麗かつ大規模。研究所という言葉ではとても表現できません。「形から入る」という言葉がありますが、日本とはまるで異なるシルクロードの仏教美術などの研究に従事するには、気持ちからして日常から切り換えないとならないのでしょうか? タイトルにも書きましたが、かの伊東忠太が「本邦無二の珍建築」と称した二楽荘は、残っている写真を見る限り、本当に「珍」ですね。いや、これが実際に六甲に今でも建っていたら、観光名所として大人気だったのではないでしょうか?
と、こういう書き方をしているのでおわかりのように、この二楽荘は現在はありません。光瑞の失脚とともに閉鎖され、その後使われないまま昭和になって不審火で焼失したそうです。探検隊といい、本願寺側にとっては無駄な出費という気持ちも強かったのでしょうから、再建などという話は全く出なかったと思いますが……。
二楽荘以外にも、本願寺の別邸、別荘はあったようで、本展覧会では往時の写真が展示されていましたが、いずれも壮麗、豪壮、平成の現在にあったとしても人目を惹く建築群だったと思います。
ちなみに、この展覧会、学生がたくさん見学に来ていました。たぶん龍谷大学の生徒でしょう。ほとんどの学生が手にレポートのような用紙を持っていて、展示物を見ながら熱心に書き込んでいました。授業の課題なんでしょうかね? でも龍谷大学には特に仏教学部というのはありませんよね? 教養課程の課題なのでしょうか? それとも仏教系、歴史系専攻課程の課題なのでしょうか?