ブックカバーって使いますか?

書店の店頭で岩波文庫のフェア「名著・名作再発見! 小さな一冊をたのしもう」をやっていました。

そこで岩波文庫を3冊以上買った人に「岩波文庫特製ブックカバー」プレゼントがあるそうです。象形文字でしょうかね、カバーの表面には薄らと模様があるようです。

これまでもフェアのたびに文庫カバーのプレゼントが行なわれていたのかわかりませんが、ずいぶん長いこと応募もしていません。しかし、岩波文庫のカバープレゼントは昔から行なわれていまして、あたしもご覧のように6枚も持っています。

デザインや材質は同じもののようで、色違いになります。いや、よく見てみますと、テカテカしているか否か、表面の仕上げに若干の違いがあるようです。今回のカバーとどっちの方がお金がかかっているのでしょうかね?

ところで、タイトルにも書きましたが、あたしはブックカバーを使わないタイプです。書店でもカバーを付けてもらいませんし、言われたら断わっています。

煩悩とちくま新書

またまた、わが家の書架の一部です。

ちくま新書が並んでいる棚を撮りました。

数えてみたら、ちょうど108冊ありました。108って煩悩の数と一緒ですね。

数えたときにちょうど108あるなんて、なにかの予兆か暗示なのでしょうか。

とはいえ、四つの区画に並べているのですが、四つ目の区画があと数冊でいっぱいになってしまいます。そうなったら、また棚の整理、並べ直しをしないといけませんね。

「となりの国」って、やはり韓国ですかね?

亜紀書房の韓国文学シリーズ《となりの国のものがたり》の最新刊『かけがえのない心』をゲットしました。これで9冊目になります。

なんだかんだ言いながら、このシリーズも刊行以来買い続けていまして、ご覧のようにわが家の書架にはきれいに揃っています。

ちなみに、晶文社の《韓国文学のオクリモノ》シリーズも全巻購入、読破しています。続刊も何冊か予定していると聞いていたのですが、その後は一向に刊行されませんね。このシリーズでは最初に出た『ギリシャ語の時間』が話題にもなり、よく売れたようですが、あたしとしては現時点での最終巻『鯨』が圧倒的でした。一番分厚いですが、見た目どおり読みごたえ十分な一冊でした。

話は戻って《となりの国のものがたり》も『小さな心の同好会』まで読み終わっていまして、最新刊が未読です。なにせこの間、中国(大陸)や台湾作品の翻訳も刊行が各社から続いていて、それらにも手を伸ばしているので、韓国文学に向かう時間が取れておりません(汗)。

それにしても、韓国文学のみならず、中国・台湾の作品も数多く翻訳されるようになって、アジア文学好きとしては嬉しい限りです。

はるかなるバルカン?

白水Uブックスの新刊『詐欺師の楽園』を読み終わりました。「一気に読了」と言っては言い過ぎですが、それでも「あっという間に読み終わった」とは言えるほどのスピード感でした。

タイトルどおり詐欺師の話です。どんな詐欺かと言えば、海外の贋作です。小説だからと言ってしまえばそれまでですが、何百年か前の巨匠作品を、そんなに簡単に偽作ってできるものなのでしょうか? 今だったら紙質(紙じゃなくて布、あるいは板の材質?)や絵の具の質などを科学的に調査すれば、当時のものか否かなどすぐにわかりそうなものですが、人間って意外と簡単に騙されてしまうのかも知れませんね。

そして、この贋作騒動の舞台となるのが東欧はバルカン半島にある(あった)という小国です。もちろん架空の国です。実際にはそんな国どころか、豪族の小勢力すら存在していないはずのでっち上げです。

ですから、実を言いますと、地名や人名など、ややもすると非常に取っ付きにくいものになりかねないのですが、ストーリーの面白さと相俟って、ほぼ混乱もなく、すらすらと読み進めることができました。もしかすると、併読している岩波新書『ユーゴスラヴィア現代史 新版』のお陰かも知れません。

ユーゴスラヴィアって、最近の若い人だと「そんな国知らない」と言いそうですが、あたしくらいの世代であれば、どこにあるか正確には言えなくとも名前くらいは知っているものです。もちろん東欧の国であるということをきちんとわかっている人も多いでしょうし、その後分裂してしまったということを承知している方も大勢いると思われます。

あたしもそれなりには理解しているつもりではありましたが、表面的な知識しかないので、本書が出た機会に購入して読んでいるところです。こちらも実にわかりやすい記述です。ボスニアとかコソボとか、ニュースで名称だけは知っているけど、どんな国なのか、何がニュースになっているのか詳しいことは何もわかっていませんでした。内戦と言われても誰と誰が戦っているのかすらチンプンカンプンでした。

そう言えば、数年前に中公新書から『バルカン―「ヨーロッパの火薬庫」の歴史』という一冊が出ていまして、やはりこのあたりの事情に不案内なので読んだ記憶があります。なんとなく、この三冊があたしの頭の中でリンクしていました。

気づくと増えている

先日新たに追加したわが家の書架すう。それほど大きなものではありませんし、もうわが家には大きな書架を並べるようなスペースがありません。

この書架には岩波新書を並べています。別の書架に並べていたものをこちらへ移したので、短期間で一気にこれだけの岩波新書が所蔵されたわけではありません。

とはいえ、やはりじわじわと増えています。書架が大きくはないので、一段に並べられる冊数もそれほど多くはありませんが、すでに四段目の半分以上を占めています。

写真に写っていない下の方にはあと二段しか書架は空いていません。今年は大丈夫でしょうが、来年の年末にはここも埋まってしまうのではないかと思われます。

新書は、通勤だけでなく営業回りの移動中に電車の中で読むので知らず知らずのうちに増えていきます。文庫よりも増えていきます。

岩波新書の次に増えるスピードが速いのは中公新書です。左の写真が、中公新書を並べている書架ですが、別の書架にも並んでいるので、全体ではここに写っている量の二倍までは行かないですが、それなりの分量になっています。

これら以外にも、新書の御三家、講談社現代新書もそれなりに所蔵していますし、文春新書、光文社新書、平凡社新書、新潮新書など学生時代にはまだ存在しなかったようなレーベルが増えたので、それらもそれなりの量が並んでいます。

世代の問題なのか、性格の問題なのか、電子書籍はどうもダメなので、やはり紙の本を買ってしまいます。今後も増えていきそうで、かといってトランクルームを借りたくはないですし……

読み比べてみると面白い

この二冊の新書、両方とも読んだ方はいらっしゃるでしょうか? 光文社新書の『ジェンダーで見るヒットドラマ』と岩波新書の『異文化コミュニケーション学』です。

光文社新書と岩波新書という全く性格の異なるレーベルですし、タイトルからは共通するものは感じられません。しかし岩波新書の方オビを見ますと「50を超える、韓国をはじめ海外のドラマや映画を、〈生きた事例〉として学ぶ」とあります。つまり、どちらも韓流ドラマなどを題材として書かれているものなのです。

読んでみますと、両書で取り上げられているドラマの多くは共通しています。韓流以外も取り上げられていますが、それも同じものがいくつもあります。かたやジェンダーという視点から、かたや異文化コミュニケーションの視点から書かれていますが、ジェンダーギャップというのも異文化交流の一つのかたちです。岩波新書の中にもジェンダーを扱った章があり、それなりの比重を占めています。

そんな、実はよく似た両書なのですが、著者の書きぶりの違いや両書の構成の違いで、ずいぶんと違った印象を与えていると思います。ただ、読後感には共通するものが多くありました。

というわけで、新書は、書店ではレーベルごとに並んでいることが多いですが、この二つは一緒に並べるとよいのではないかと思います。

書架追加

増え続けるわが家の本。

なんとか整理したいのですが、整理するための書架を置くスペースが、もうわが家には見当たりません。書架がなければ、書籍をきれいに整理できません。それでも一箇所、狭いスペースではありますが、書架を置くスペースを見つけました。横幅は40センチもありませんが、180センチの書架を置くことができましたので、これでしばらくはしのげそうです。

少し前にこのダイアリーでご覧いただいた、主に文庫や新書を並べている書架がいっぱいになってしまいまして、ここから岩波新書を新しい書架に異動しました。

新しい書架にもまだ余裕がありますし、文庫・新書メインの書架にも余裕が生まれたので、当面の書籍整理に困ることはなさそうです。

ただ、これも時間の問題です。これくらいの収容量アップでは一年程度しか持たないのではないかという気もします。

文庫・新書はできるだけレーベルごとに並べて置かないとダブって買ったりしてしまうのですが、書架に余裕がなくなると、レーベルごとに並べることができなくなるので、やはり書架に余裕があるか否かは大事です。

ⅡからⅢへ

『三体Ⅱ 黒暗森林(下)』を読了しました。

実は『三体』は刊行からほどなく購入して一気に読み終わり、第二巻も発売されたらすぐに購入しました。そして『三体Ⅱ 黒暗森林(上)』を読み終わったのですが、それからしばらく読むのが止まっていました。

そして、お隣、韓国の作品をいくつか読み耽っていたのです。しかし、そんなことをしている間に第三巻が刊行されてしまったので、慌てて『三体Ⅱ 黒暗森林(下)』に立ち返り、読み終わったというわけです。

もちろん『三体Ⅲ 死神永生(上)』『三体Ⅲ 死神永生(下)』は購入済みですが、またもや韓国文学を読み始めてしまいました。とりあえず、こちらはそれほど時間をかけずに読み終わりそうなので、読み終わったら第三巻に戻ってきたいと思います。

ところで第一巻は、最初から三部作にするつもりだったのか否か、あたしには情報もなくてよくわかりませんが、最後の部分は少し駆け足と言いますか、強引に「第二巻へ続く」展開に持って行った印象を受けました。つまりラストと言いますか、後半に不満を覚える仕上がりでした。

そしてそして気を取り直しての第二巻でしたが、こちらは最初から第三巻ありきの展開でしたね。ですから、最後まで弛むことなく、なおかつしっかりと第三巻へ宿題を残した終わり方でした。どんな展開になるのでしょうか?

早くも三冊目? ようやく三冊目?

亜紀書房の『声をあげます』を購入しました。

これは亜紀書房のシリーズ《チョン・セランの本》の三冊目で、これまでに『保健室のアン・ウニョン先生』と『屋上で会いましょう』が刊行されていまして、どちらも読みましたが独特の世界観を持つ作品でした。

今回の作品はSFとありますので、また著者独特のワールドが展開されるのではないでしょうか? 期待しています。しかし、中国もそうですが、アジア圏は根っからSFが好きなのでしょうか? あるいは現状に対する閉塞感がやや空想的なSFの世界へ逃げ込む原因となっているのでしょうか?

ずっと探していたのです

書店回りの途次、古書ではありますが、
岩波文庫の『百科全書』を手に入れました。

実は、あたし、ずっと探していたのです。ついこの前までは普通に店頭に並んでいたような記憶があったのですが、気づいたらもう品切れになっていたのです。

気づいたのはどういうタイミングかと言いますと、文庫クセジュの『百科全書』が刊行されたタイミングです。文庫クセジュが『百科全書』の概説、入門書だったので、『百科全書』そのものを見てみたくなって探しまわったという次第です。

岩波文庫の『百科全書』が全訳でないことはわかっています。あれだけの大部なものですから、たかだか文庫本一冊に収まるわけがありません。あくまでダイジェスト、エッセンスだけを拾って邦訳したものです。

その岩波文庫の『百科全書』が品切れだったわけですから悲しいではありませんか! いまだに全訳(邦訳)は存在しませんから、これが一番手頃なものではないでしょうか?

本来であれば、上の写真のように書店店頭で二冊並べて展開して欲しかったところです。