お人形遊び?

Netflixで配信された「泥娃娃 呪いの人形」を視聴しました。

台湾の土俗信仰を背景としながらも、最新のVRゲームなどの要素も取り入れたホラー映画です。確かに、血みどろなシーンはあるものの、ホラーとしての怖さはあまり感じられませんでした。

後半に登場する霊媒師でもなければ道士でもない、ただ呪符などを操ることができる男性が、もう少し活躍するのかと思いきや、いまひとつ詰めが甘いところもあって、ハラハラドキドキが高まります。

最終的に主人公夫婦も、夫が自分を犠牲にして妻と娘を助けたわけですが、意識不明で植物状態なのでしょうか。そんなシーンが最後にありました。また呪いの原因を作った人形師の妹も不敵な微笑みを浮かべ、なにやら真犯人のような感じがします。

そして瀕死の夫の命を救うことができるのか、続編になんとなく続きそうな結末でした。呪いは結局消えることはない、ということを描きたいのでしょうか。それにしても、そもそも人形師はどうして墓地の土で人形を作ろうとしたのでしょうか。既にその時点で悪霊なり、怨霊なりに捕らわれていたのでしょうか。

もう少しなんとかなったのでは?

今日は30度に迫るような気温になった東京ですが、昨日は雨模様の一日でした。そんな雨模様の外回り、なぜか駅から少々離れた書店ばかりを回ってしまいました。こういう日は駅ビル直結の書店を回るのがよいのですが……

そんな雨の中の営業回りで、気持ちだけでも晴れやかにしようと思って、こんな本を買いました。またいつか台湾に行ける日は来るのでしょうか。なんとなく、あたしはもう生きている間に二度と海外へ行くことはないような気がしています、パスポートも期限が切れたままですから。

それはさておき、WOWOWで放映された「きさらぎ駅 Re:」を視聴しました。第一弾の「きさらぎ駅」を見たのは数年前だったと思いますので、細かい部分の記憶はあやふやですが、だいたいの内容は覚えています。そして本作はその後日談となるわけです。

最後の最後、本田望結の不敵な笑み、つまり彼女は最初からネットで好き勝手なことを言っている連中をきさらぎ駅の異世界へ引きずり込もうとしていたわけですよね。なかなか怖い女です。

それにしても、きさらぎ駅で降りないという選択肢って最初から思いつきませんかね。あたしは最初に見たときから、ここで降りなかったら、このまま電車に乗り続けたらどこへ辿り着くのだろうと思っていました。

あと、校庭で光の扉へ向かうために机や椅子を並べるくだり。あれって、最後の椅子や机を前に送って先頭に置き、そうやって光の扉のすぐ目の前まで行くことは可能だと思いますし、誰だって思いつく方法ではないかと思うのですが、どうして誰もひらめかなかったのでしょう。

クスクス笑いながら見てしまいました

Netflixで配信されていた「リバー、流れないでよ」を視聴しました。

人気のヨーロッパ企画の作品です。今回初めて知ったのですが、もう数年前の作品なのですね。京都の貴船が舞台、タイムループ、それもたった2分間だけという作品でした。時間は2分ごとに戻ってしまうし、立ち位置も2分前にいた場所に戻ってしまうわけですが、記憶は保存されているようで、2分ずつの記憶と経験を積み重ね、そこで知った新たな知見を加えて、なんとかこのタイムループから脱出しようとするドラマです。

元乃木坂46の久保ちゃんが出演しているということで見てみようという気になったのですが、久保ちゃんは物語のキーマンというか、トラブルメーカー、タイムループの原因だったわけですね。久保ちゃんとヨーロッパ企画も縁がある関係ですね。ヨーロッパ企画と乃木坂46と言いますと、久保ちゃんにとっては東北の先輩、二期生の鈴木絢音ちゃんも縁がありましたね。

ところで、この作品、京都の奥座敷、貴船が舞台ですけど、出演者の誰一人として京都弁を使っていないところが見終わってから気づきました。そんなところも不思議な作品でしたね。

で、喰らったのか?

Netflixで「火喰鳥を、喰う」を視聴。ホラー作品だということ、山下美月が出ているという二つの理由で視聴した次第。ただ、見終わった感想は、実のところ、よくわかりませんでした(汗)。

これってホラーと言うことらしいですが、怨みとか怨念とかはないですし、殺戮誌まくりのスプラッター作品でもありません。もちろんヒロインの山下美月がいたぶられ、逃げ惑い、悲鳴を上げ、絶叫するというタイプの作品でもありませんでした。

あたしの理解では、異世界ものと言いますか、パラレルワールドなのかな、という感じです。主人公で山下美月の夫の家でおかしなことが起こり始め、それは先の大戦で出征し、南方戦線で戦死したはずの主人公の祖父の兄の日記が届いたことから始まります。

そこから先の展開はまあよしとして、結末がよくわからなかったと言いますか、たぶんSFなんですよね、あたしにはちょっと理解が追いつけない部分がありました。祖父の兄が死んでいなかった世界では、当然戦地から帰国した祖父の兄がいて、その家族も存在します。だったら祖父の弟やその孫の主人公がいてもよさそうなのですが、なぜかその世界ではみな死んでしまうわけです。なぜなのでしょう。

山下美月がもう少しキーマンとなるのかと期待していたのですが、なにやらあっけない最後でした。よくよく公式サイトを見ると、ホラーではなくミステリー作品なのですね。個人的には佐伯日菜子が出ていて、懐かしいなあと感じました。

ある呪われた学校で…

この土日でNetflixで配信されているドラマ「ある呪われた学校で…」を視聴しました。あたしはよく知らずに映画だと思って見始めたのですが、8エピソードからなるドラマでした。また見始めた時は韓国か台湾のホラーだと思っていたのですが。すぐに韓国語でも中国語でもないことに気づき、画面をよく見たらタイ文字が出ていたので、「ああ、タイの映画なのか……」と気づいた次第。

8つのエピソードはそれぞれが独立しています。同じ学校という設定でもなければ。登場人物が共通することもありません。初めの数本はなかなかおどろおどろしさにあふれていて、往年の邦画「学校の階段」をもっとグロテスクにした感じでした。ただ中盤くらいからは、若干のコメディー要素が加わって、そこまで怖いか(?)というストーリーでした。

最近の作品なので、タイの高校生もスマホを使いまくっていて、そのあたりは日本の高校生と変わりありません。そしてネットに振り回されたり、クラスメートとの競争や嫉妬に悩み苦しんでいる様子は外国とは思えません。そして、そういう人間の醜さが一番怖いという、昨今のホラーではありがちなテーマを見せられた8本でした。

ちなみに、あたしは第7話「呪い」で、もし人に対する復讐ではなく、誰かによいこと、人々に幸せをもたらすような願いをかけたら、どういう結末になっていたのかなあ、と思いました。

プロムって何だ?

NETFLIXで配信されていた「フィアー・ストリート:プロムクイーン」を視聴しました。

この作品は「フィアー・ストリート Part 1: 1994」「フィアー・ストリート Part 2: 1978」「フィアー・ストリート Part 3: 1666」という三部作のヒットを受けて更に作られた作品だそうです。三部作はサブタイトルを見てもわかるとおり、歴史を遡っていく構成になっています。

「1994」で謎の殺人鬼に襲われた姉と弟たちが、何とかして殺人鬼から逃れる方法、どうして殺人鬼が生まれたのかという謎に迫っていきます。「1978」は一世代前の時代になり、「1994」の主人公たちが「1978」の生き残りの女性の元を訪れ、生き残るヒントを見つけようと奮闘します。

時代は一気に跳んで、第三作の「1666」は、殺人鬼誕生が魔女として殺された女性の呪いによるものだと突き止めた主人公たちが、当時の経緯を調べていきます。ネタバレをしますと、現代に繋がる連続殺人は魔女として殺された女性の呪いなどではなく、悪魔の儀式を行なっていた男性によるものだと判明します。その男性の子孫が、悪魔の力を使って連続殺人を引き起こしていたというわけです。

「1666」の最後で殺人鬼の正体(原因?)をつかんだ主人公たちは、現代に続いている男性の子孫を倒し、数百年にわたる悪夢を終わらせることに成功します。それに対し今回の「プロムクイーン」は1980年代を舞台にしています。舞台となる街は同じですが、取り立てて「1994」や「1978」と結びつくような人物が出てくるわけではありません。

なにより最初の三部作は、悪魔の儀式によって過去の殺人犯を蘇らせて殺人を行なっているので、この殺人犯は殺しても死にません。悪魔の力を封じないと倒せない相手です。対する「プロムクイーン」の殺人犯はただの人間です。主人公のライバルの家族が犯人です。完全に舞台となる街が同じだけで、この時点では解かれていない魔女の呪いといった要素は皆無です。

そもそも三部作は、魔女の存在の背景となる同性愛に対する嫌悪、そして差別、といったかなり現代的なテーマが描かれています。それが「プロムクイーン」では「スクリーム」などのような、ただのスラッシャー映画になってしまっています。むしろこういう方がわかりやすくて楽しいという方もいるでしょうから、作品の評価はご覧になった方に委ねますが、果たしてこの作品を「フィアー・ストリート」の姉妹作品、スピンオフとしてよいのだろうか、という気がします。

誰是被害者

大河ドラマ「べらぼう」は相変わらず見続けております。そろそろ最終盤に近づいているはずなのに、いまだ写楽が出て来ないのが気になります。この後、どんな風に大団円を迎えるのか、12月初旬で最終回だと思うので、今から楽しみにしております。

それはさておき、この秋のシーズンに見ているドラマ。10月スタートですからだいたい3回くらい放送されたところですね。見ているドラマは以下のとおりです。

まずはたぶん巷の関心ナンバーワンではないかと思われる、TBS系の「じゃあ、あんたが作ってみろよ」です。海老フライならぬ海老カツ、かつおちゃんがハマリ役ですね。特に、あたしも昭和の価値観ど真ん中ですので、共感どころか、まるであたしのことをドラマにされているような気がします。

続いて、こちらも同じくTBS系の「フェイクマミー」です。主役の二人、波瑠と川栄李奈って好きな女優さんなので見始めました。川栄の娘がもっと生意気なタイプかと思いきや、母の立場も理解しているし、波瑠にも打ち解けているし、予想外にいい子なのがあたし的には加点ポイントです。

そしてもう一つ、テレビ東京系の「コーチ」です。これも主演・唐沢寿明の飄々として、とぼけた演技がいい味出していて楽しいです。刑事モノなので一話完結なので見やすいかなと思って見てみたらハマってしまいました。

最後に、今季のドラマではありませんが、この一週間くらいハマってしまったのが、NETFLIXで配信中の台湾ドラマ「誰是被害者」、邦題は「次の被害者」です。もう数年前にシーズン1が、そして二年ほど前にシーズン2が配信されていたらしいのですが、いまさら知って一気に見てしまいました。

各シーズン8話なので決して長いドラマではありません。それでもしっかりと登場人物が作り込まれていて、引き込まれました。シーズン1は自殺がテーマで、そこに主人公の娘が絡んでいるのではないかという疑惑がストーリーのテーマになっています。当然主人公の娘ですから事件の真犯人のわけはないのですが、だからといって全くの潔白というわけではないのが、むしろよい感じでした。

シーズン2は猟奇性がさらに増した連続殺人事件です。ただ親子のすれ違いや誤解が背景になっているので、なかなか切ないものがあります。日本ではこのシーズン2にディーン・フジオカが出ているということが話題になっていたようですが、真犯人はすぐ身近にいたというのが鍵でしょう。

それにしても復讐のためにあそこまでするものなのか、という気がする反面、登場人物の多くが自分の子供や自分を理解してくれる人のために、却って疑心暗鬼になってしまうのが見ていてもツラいところです。

シーズン2のラストシーンは、さらに大きな謎、疑惑があることを示唆して終了します。ただ、いまのところシーズン3が制作中という話はネット上では見つけられません。あのままで終わりということはないと思いますし、制作費が集まらないということもないと思うのですが、どうなのでしょう。

シーズン2のラストもものすごく気になったのですが、シーズン2の真犯人は15年前の家で青年たち、そしてその家での時に友達を殺して自殺したとされた少女の母親でした。この母親が整形手術をして鑑識官になりすますわけですが、あれだけの殺戮方法を駆使するような医療技術や知識はどこで手に入れたものなのでしょう。途中で医者だったというシーンがチラッと出てきましたが、どのくらいの経験者なのか、外科医なのか内科医なのか、それがよくわかりませんでした。

 

イッキ見!

しばしば芸能人などが休みの日にドラマをイッキ見したと言っているのを聞いても、そんなに見続けられるものだろうか、と思っていました。特に海外ドラマですと、数十回にも及ぶドラマが多いですので、一日に果たして何話見られるのか、そうなると全部見終わるのに何日かかるのか、などと計算してしまいがちです。

そんなあたしがこの土日でイッキ見をしてしまいました。それは昨年放送されていた「全領域異常解決室」です。実際に放送されていた当時は見ていませんし、そんなタイトルのドラマがあったような、くらいのおぼろげな記憶しかなかったのです。ただネット配信で暑気払いに背筋も凍えるようなホラー映画を見ようと探していた時にふと目に留まったので第一話を見てみたらはまってしまったという次第です。

もう少しホラーテイストの作品かと思っていましたが、神々の闘いでした。これまでも「SPEC」など異能者を主人公にしたドラマは数多くありました。たいていはいわゆる超能力者の闘いでしたが、このドラマは異なります。上に書いたような神の闘いなのです。

神というのは、日本の八百万の神々のことで、それら神様の魂がいつの時代にも生き続け、人間の姿で人間社会のなかで暮らしている、そうして人間を見守っているという背景があります。そんな現代社会で堕落した人間を葬り去り、新しい世の中を作り直すのだという「ヒルコ」によるテロが始まり、主人公をはじめとする神々が人間とこの社会を守ろうとするわけです。

異能者を日本古来の神に設定したところは面白いと思いましたし、その一方でAIを駆使した情報戦も面白いものでした。続編か映画化がありそうなエンディングでしたが、果たしてそんな話は進んでいるのでしょうか。

個人的に思うことは、天照大神は出て来ないのかなあ、ということや伊勢を中心とした天皇系の神と出雲などをごっちゃにしているのはどうなのだろうか、ということです。それに神々の機関であるならば、国の機関ではなく皇室直属の機関である方がふさわしいと思いますが、さすがにそんな設定はいろいろなところからクレームが入りそうですね。

あと、あたしがイッキ見できたのは、全10回という回数もちょうどよかったのかもしれません。

名前を明かさないのは呪いをかけられないためなのか?

Netflixでホラー映画でも見ようかなと思って探していたところ、橋本環奈主演のコメディー映画「赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。」を見つけたので見てしまいました。

ホラー映画とは真逆の方向ですが、これが見たいなあという作品を見つけられなかったので「まあ、いいか」という感じで視聴を始めました。これって配信映画ですよね。さすがにこれを劇場公開したとしても大ヒットになるとは思えないので(汗)。監督からキャストまで、終始一貫いつものテイストです。

ところで、本来見たかったホラー映画のことなのですが、殺人鬼や悪魔、悪霊目線の作品ってあるのでしょうか。もちろん犯人が主人公などの標的を狙って追いかけてくるようなシーンでは犯人の目線のカメラワークもありますが、作品全体が殺す側の視点の作品という意味です。

まあ、ホラー映画というのは「怖い、怖い」と言いながら、思いながら鑑賞するものですから、殺す側視点だと単なる悪趣味なものになってしまうのでしょうか。でも、悪霊でもどうして自分が悪霊になったのか、どうして見ず知らずの人を手当たり次第に襲ってしまうのか、そういう葛藤とかジレンマとか抱えていないのでしょうか。そういう作品を見てみたいなあと思うのですけど、そんなのあたしだけなのでしょうか。

話は最初に戻って「赤ずきん」です。この作品、主人公の赤ずきんは赤ずきんであって名前が無いのですね。シンデレラにはお姉さんも含めて名前が与えられているし、途中で登場する魔法使いにも名前がありました。よくよく考えると非常に違和感があります。そう言えば、王様も王子様も名前はありませんでしたね。

今にして思うと、赤ずきんが来ているのはフード付のマントであって、あれは頭巾という名前でイメージするものとはずいぶん違う気もします。原作の童話では、森に住むお婆ちゃんも「赤ずきん」と読んでいたはずで、孫の名前を呼んであげないのですね。何が棲んでいるかわからない森の中でうっかり名前を口にするのは悪霊などに取り憑かれかねないから避けているのでしょうか。

あのコはだぁれ? サユリだよ!

録画しておいた映画「サユリ」、「あのコはだぁれ?」と視聴しました。どちらもジャパニーズホラーですね。まずは「サユリ」から。

この作品はホラーとは言いますが、後半からの婆ちゃん覚醒以後はコメディータッチの作品で、楽しく視聴できました。そして主人公のサユリですが、引きこもりになった理由は父親からの性的虐待、そしてそれを見て見ぬふりをする母親。これでは引き籠もりたくもなるし、むしろかわいそうな少女です。

だからといって、何の関係もない住人を呪い殺すことが許されるとは思えませんし、肝心の家族は別の土地でのうのうと暮らしてるのを許しているなんて、「なんだかなあ」という気がしました。サユリの呪力があの家(あの土地?)からは出られないというのがもう少し説明があってもよいかなあと思いました。

続いて「あのコはだぁれ?」です。これは「ミンナのウタ」の続編と言うか姉妹編のような作品で、少し前に「ミンナのウタ」も視聴しましたが、その謎が解けるのかなと期待していました。

確かにこちらの作品を見ると、謎のカセットテープが誕生した経緯が描かれましたが、ややわかりにくいところもありました。親世代の事件の当事者である少女が、普通に現在の補習クラスにいるのに、周りの生徒が疑問も持たずに受け入れているのが疑問でした。補習なので他のクラスの生徒も交じっているから気にしなかったのかな、という気もしましたが、やや不完全燃焼でした。

それに主人公の渋谷凪咲が結局は死んでしまっているのですよね。ただ、それで数十年にわたる呪いが解けたような気もしませんし、そのようにスッキリと描かれているようにも感じません。監督は更に続編を作ろうとしているのかも知れないと感じました。