うつ病と背伸び
光文社新書の『一億総ガキ社会
』を読んでいます。
読んでいると、あたしは実は軽いうつ病なのではないかと思わされました。かつての「うつ」は多くの人がイメージするように暗く沈んでいる元気がない様子でしたが、昨今は明るい「うつ」というのもあるようです。明るい「うつ」という言い方はちょっと乱暴で、もう少し正確に言うならば、ちょっとしたことで機嫌がよくなったり悪くなったり、元気になったり沈み込んだりしてしまう状態です。
ですから、楽しいこと嬉しいことがあると、ものすごーくハイな状態になり、逆にイヤなこと辛いことがあると、いまにも自殺しそうなくらいに落ち込むようになるのです。
あたしは、そこまで極端ではないのですが、この数年、若干そういう傾向が強まっているのではないかという気がします。以前のあたしは、そういった感情の起伏が大嫌いで、ほとんど感情の起伏がないようにしていることが理想でした。
それは、自分の感情で周囲の人に気を遣わせるのがイヤだという理由なのですが、それはそのまま、あたしが周囲に気を遣わずに(昨今の言い方をするならKYでしょうか?)生きてきたことの裏返しでもあるのです。
さすがに、「イライラ」状態というのはあたし自身の性格的な問題もあって、ほとんど生じませんが、明るくポジティブになっている時期と、暗くネガティブになっている時期が、かなりあからさまにあたしに訪れているような気がします。明るいときは何をやっても楽しく、何でもやれそうな気になるのに、暗いときはすべてのことが面倒臭くなり、生きていることすら面倒になります。そう、「イヤになる」という気持ちもあるのですが、むしろ「面倒臭い」という状態になります。
このあたりの状態を自分なりに分析してみますと、あたし、この歳になってどうも背伸びをしている自分に気づいたのです。
ふつう「背伸び」と言いますと、思春期の若者が早く大人になりたくて、大人のふりを真似てみる、といったことが想像されますが、あたしの場合も似たようなものです。
この歳になると、「経験も知識も豊富で、生き方に余裕があって、頼りになる」そんな風に世間では思われがちです。もちろん、全体的な傾向であって、実際にそう思うかどうか(思われるかどうか)は個々人の資質などによるのでしょう。そういう意味で、あたしが周囲の人から「経験や知識が豊富で、頼りになる」人と見られているのかどうかはわかりません。
でも、「もういい歳なんだから」「社会人になって20年近いんでしょ」という客観的事実からは、そのように見られてもおかしくはない状況証拠が揃っています。
でも、現実のあたしは、編集部でもほとんど本を作ってませんでした。担当した本はほぼすべて他の人が企画したものが編集実務だけ回ってきたものです。それすら片手で数えられるほどの数しかやってません。もちろん、あたし自身が作りたいと思って企画した本はないと言っても過言ではありません。編集としては実に中途半端どころか、スタートラインに立ったまま、ピストルが鳴っても走り出さなかったようなものです。
営業に遷って、もう7年目くらいでしょうか? この年数が長いのか短いのか、何とも言えません。ただ、十年の編集部暮らしの後なので、同じような年齢の営業一筋の人と比べるとほぼ十年のキャリア不足です。それに世の読書家の方々ほど本を読むわけでもないですし、業界にアンテナを張り巡らしているわけでもありません。
好きで読むジャンルの本も、多くの人とは異なるので、少ないなりのあたし読書体験が他の人の役に立つということもほとんどなく、仕事の上でメリットになっているわけでもなければ、付加価値を生み出せているわけでもありません。このような自分のやっていることが「仕事の役に立っていない」という感覚は、かなりあたしの心の奥底にドグマのようにわだかまっています。
でも、毎日仕事はしなければなりません。書店へ行って、百戦錬磨の書店員さんたちと渡り合わなければなりません。決してバカにされないようにとか、見下されないようにとかって思っているのではなく、上に書いたようにこの歳だから期待される平均像に少しでも近づけるべく、背伸びをしている自分がいる、そのことに最近気がついたのです。
背伸びですから、一生懸命つま先立ちで歩いています。つま先立ちなので不安定です。走るなんてもってのほか、前へ進むのがやっとです。時にはふらふらと一歩、二歩と後ろへ戻ってしまうこともあります。
そんなふわふわ感を感じながら仕事をしているのが、この数年のあたしです。やはり、軽い「うつ」でしょうか?
読んでいると、あたしは実は軽いうつ病なのではないかと思わされました。かつての「うつ」は多くの人がイメージするように暗く沈んでいる元気がない様子でしたが、昨今は明るい「うつ」というのもあるようです。明るい「うつ」という言い方はちょっと乱暴で、もう少し正確に言うならば、ちょっとしたことで機嫌がよくなったり悪くなったり、元気になったり沈み込んだりしてしまう状態です。
ですから、楽しいこと嬉しいことがあると、ものすごーくハイな状態になり、逆にイヤなこと辛いことがあると、いまにも自殺しそうなくらいに落ち込むようになるのです。
あたしは、そこまで極端ではないのですが、この数年、若干そういう傾向が強まっているのではないかという気がします。以前のあたしは、そういった感情の起伏が大嫌いで、ほとんど感情の起伏がないようにしていることが理想でした。
それは、自分の感情で周囲の人に気を遣わせるのがイヤだという理由なのですが、それはそのまま、あたしが周囲に気を遣わずに(昨今の言い方をするならKYでしょうか?)生きてきたことの裏返しでもあるのです。
さすがに、「イライラ」状態というのはあたし自身の性格的な問題もあって、ほとんど生じませんが、明るくポジティブになっている時期と、暗くネガティブになっている時期が、かなりあからさまにあたしに訪れているような気がします。明るいときは何をやっても楽しく、何でもやれそうな気になるのに、暗いときはすべてのことが面倒臭くなり、生きていることすら面倒になります。そう、「イヤになる」という気持ちもあるのですが、むしろ「面倒臭い」という状態になります。
このあたりの状態を自分なりに分析してみますと、あたし、この歳になってどうも背伸びをしている自分に気づいたのです。
ふつう「背伸び」と言いますと、思春期の若者が早く大人になりたくて、大人のふりを真似てみる、といったことが想像されますが、あたしの場合も似たようなものです。
この歳になると、「経験も知識も豊富で、生き方に余裕があって、頼りになる」そんな風に世間では思われがちです。もちろん、全体的な傾向であって、実際にそう思うかどうか(思われるかどうか)は個々人の資質などによるのでしょう。そういう意味で、あたしが周囲の人から「経験や知識が豊富で、頼りになる」人と見られているのかどうかはわかりません。
でも、「もういい歳なんだから」「社会人になって20年近いんでしょ」という客観的事実からは、そのように見られてもおかしくはない状況証拠が揃っています。
でも、現実のあたしは、編集部でもほとんど本を作ってませんでした。担当した本はほぼすべて他の人が企画したものが編集実務だけ回ってきたものです。それすら片手で数えられるほどの数しかやってません。もちろん、あたし自身が作りたいと思って企画した本はないと言っても過言ではありません。編集としては実に中途半端どころか、スタートラインに立ったまま、ピストルが鳴っても走り出さなかったようなものです。
営業に遷って、もう7年目くらいでしょうか? この年数が長いのか短いのか、何とも言えません。ただ、十年の編集部暮らしの後なので、同じような年齢の営業一筋の人と比べるとほぼ十年のキャリア不足です。それに世の読書家の方々ほど本を読むわけでもないですし、業界にアンテナを張り巡らしているわけでもありません。
好きで読むジャンルの本も、多くの人とは異なるので、少ないなりのあたし読書体験が他の人の役に立つということもほとんどなく、仕事の上でメリットになっているわけでもなければ、付加価値を生み出せているわけでもありません。このような自分のやっていることが「仕事の役に立っていない」という感覚は、かなりあたしの心の奥底にドグマのようにわだかまっています。
でも、毎日仕事はしなければなりません。書店へ行って、百戦錬磨の書店員さんたちと渡り合わなければなりません。決してバカにされないようにとか、見下されないようにとかって思っているのではなく、上に書いたようにこの歳だから期待される平均像に少しでも近づけるべく、背伸びをしている自分がいる、そのことに最近気がついたのです。
背伸びですから、一生懸命つま先立ちで歩いています。つま先立ちなので不安定です。走るなんてもってのほか、前へ進むのがやっとです。時にはふらふらと一歩、二歩と後ろへ戻ってしまうこともあります。
そんなふわふわ感を感じながら仕事をしているのが、この数年のあたしです。やはり、軽い「うつ」でしょうか?






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