ただの西部劇ではない?

《エクス・リブリス》の『終わりのない日々』読了。カバー写真どおり、アメリカの西部を舞台にした作品でした。もちろん時代も南北戦争のころで、現代の物語ではありません。

語り手の主人公は、アイルランドからアメリカ大陸に渡ってきた少年で、炭鉱街の酒場で女装して踊るアルバイトをした後、インディアン討伐の軍隊に入り、更には南北戦争にも従軍するという人生を送ります。主人公の語りで進むからなのか、非常にテンポよく、また闘いのシーンも多いのですが、それほど陰惨な印象は受けず、西部の荒野のようにカラッとした印象で物語は進んで行きます。

ところが、後半、インディアンの娘、ウィノナを迎えてから家族の情愛が生まれたからなのか、物語にもウェットな感じを帯びてきます。そして主人公を待ち受ける、どうしようもなく過酷な運命。

と、ここまで書いて、実はこの作品を彩る大辞な設定について触れていないことを思い出しました。乞食同線の少年だった主人公が出会うのが美少年のジョン・コールです。二人は同性愛の関係になるのですが、そこが強く描かれるわけではありません。むしろ同性愛と言うよりも、主人公の心が女性、つまり今で言うところの性同一性障害なのかな、と思いました。そうなると同性愛ではなく主人公からすれば異性愛になるのだと思います。

そして、この作品を読み終わってあたしが一番強く思ったのは、そして「訳者あとがき」にもうれしい情報が書かれていましたが、主人公二人に愛情を注がれて育つウィノナから見た世界を描いたスピンオフ作品が読みたいということです。なんとウィノナを主人公にした物語『A Thousand Moons』は既にアメリカで刊行されているとのこと。早く邦訳が読みたいものです。

この二点はペアで売りたいですね!

少し前に中公新書の『物語チベットの歴史 天空の仏教国の1400年』を読み終えました。中国共産党の弾圧などチベットの状況は、お隣のウイグルと共に悲惨な状況になっているようですが、そんなチベットだからこそ、まずはその歴史を簡便に知りたいと思って手に取りました。

チベット人の名前に少々苦戦しましたが、非常にわかりやすい記述で、チベットのこれまでが少しは理解できたと思います。それにしても、その過半は大国に翻弄された歴史なんですね。それでも民族の誇りと伝統、そして文化を失わずに歩んできた道のりに畏敬の念を覚えます。

とはいえ、中国共産党による、真綿で首を絞めるような弾圧は徐々にチベット固有の文化を奪っていっていると感じます。多少の武力(暴力)を伴いつつも、これぞ共産党が西側に対して使う「和平演変」ではないかと思われます。

そんなチベットの歴史、同書を読んでいて実は一番興味を惹かれたのはダライ・ラマ六世です。一見すると破戒僧のような人のようですが、それでもチベットの人々からは絶大な支持を得ていたようで、チベット文化の不思議さを感じます。と、そんな風に思っていたら岩波文庫から『ダライ・ラマ六世恋愛詩集』なんて本が刊行されているではないですか。

中公新書を読んだ人の多くがこの岩波文庫も買ってしまうのではないでしょうか。逆に岩波文庫を読んだ人なら、改めてチベットの歴史をやダライ・ラマ六世とその周辺のことが知りたくなって、中公新書に手を伸ばすのではないかと思います。

重なりますよね?

このところ、ちくま新書やちくま文庫ばかり買っているような気がしていましたが、今月は中公新書も面白いです。ご覧のように、三冊も買ってしまいました。

こういう新書って、読みたくなる、興味があるタイトルがまとまって出るように感じます。昨日今日そう思ったのではなく、以前からの気持ちです。学生時代にも、こっちの新書からも、あっちの新書からも中国に関するものが刊行され、「どうして今月はこんなに中国ものが多いのか!」と思ったことが何度もあります。

もちろん、時事的なネタですと、どの新書も出そうと考えるからでしょう、各社の新書で似たようなタイトルのものが重なることはよくあります。最近ですとウクライナやロシア、プーチンに関するものとか、習近平や中国に関するものでしょうか。

とはいえ、今回の中公新書の場合は、似たようなタイトルというのではなく、あくまであたしの興味のあるタイトルが重なったというだけのことですが、こういうこともよくありますね。

ちょっと気になるんですけど、お値段が……

講談社現代新書の『ドイツ誕生』を読みました。

この場合の「ドイツ」とは「ドイツという概念」「ドイツ人という意識」といったもので、そういう「ドイツ」というまとまりが出来るきっかけになったのが、神聖ローマ帝国を作ったオットー1世であり、彼の一代記が本書です。

神聖ローマ帝国という名称はもちろん知っていましたけど、その初代が誰であったかなんてすっかり忘れていました。その一方でオットー一世という人物名は頭の片隅にあり、これまではその両者がまったく結びついていなかったわけです。あまりにも不勉強でした。

ところで、このオットー一世は広範囲にヨーロッパを駆け巡っていたようですが、特にイタリア遠征は大きな仕事だったようで、紙幅も多く費やされています。

そんなイタリア遠征の記事になると頻出するのがラヴェンナという都市の名前です。この地名には聞き覚えがあります。先日、勤務先から刊行された『ラヴェンナ』です。『ドイツ誕生』を読んでいると、やはりラヴェンナが気になります。どんなところだったのだろう、どういう役割を持った都市だったのだろう、当時の地政学的な位置というのはどんなものだったのだろう、などといった疑問、興味が次々に沸いてきます。

では『ラヴェンナ』も買って読んでみますかと言いたいところですが、ちょっとお値段が張るのですよね。本体価格8700円、税込だと9570円です。すぐには手が出ません(涙)。ただ、カラー図版も豊富で、頁数もありますから、値段以上の価値がある本であることに間違いはないのですが……

令和の文学全集?

姪っ子に小学館の『小学館世界J文学館』を買ってあげました。姪っ子たちは静岡に住んでいるので、ネットで購入して、姪っ子の家へ配達するように注文しましたので、あたしは現物を見ていません。

やや大型本のようですが、これで100冊以上の世界の名作が収録されているのですから驚きです。現物の本は解題集で、実際の作品は電子書籍の形で配信されているのだそうです。となると、姪っ子だけでなく甥っ子も別々の端末で読むことも可能なのでしょうか? ふりがなの振り方や文字の大きさなどもいろいろ選べる、電子書籍の特長を活かしたものになっているようです。

小学館の特設サイトに収録作品の一覧が載っていましたが、あたしもほとんどの作品を読んだことがありません。情けないことです。姪っ子たちはどれくらい読んでくれるのでしょうか? まあ、タイトルを見て気になったものからランダムに読んでいけばよいのでしょう。

この作品リストの中に見覚えのある作品名がありました。

片目のオオカミ』です。この本、あたしの勤務先から出しています。あたしの勤務先から出ているものは、現在品切れなのですが、訳者は末松氷海子さんです。『世界J文学館』に収録されているのは平岡敦訳となっていますので、うちのとは訳文もずいぶんと異なるのでしょう。

読みたい本がどんどんたまっていきます

月末に配本予定の海外文学の新刊『家の本』と『エバ・ルーナ』の見本が出来てきました。装丁はこんな感じです。

『エバ・ルーナ』はアマゾンなどでも装丁が出ていますが、『家の本』はまだだったと思いますので、一足早くご覧に入れました。如何でしょう?

ところでオーウェルの『動物農園』が新しく刊行されました。吉田健一訳、ヒグチユウコ画という組み合わせです。

動物農場』は早川epi文庫版を持っていますが、他にも多くの文庫に翻訳が入っているようですね。読み比べたら相当違うのでしょうか?

あとわが家の書架にはちくま文庫版の『アニマル・ファーム』もあります。こちらは石ノ森章太郎によるものです。

また書きますけど、知るのが遅すぎた!

写真は、昨日の朝日新聞朝刊です。カントの『人倫の形而上学の基礎づけ』が引かれていますが、その訳者が野田又夫でしたから、中公クラシックス版でしょうか?

あたし、野田又夫って読んだことがあります。岩波文庫の『哲学の三つの伝統 他十二篇』です。内容紹介に中国とあったので、なんとなく興味を持って手に取ったのが最初です。

そのあたりの経緯は、かつてこのダイアリーに書いたことがあるので詳細はそちらに譲りますが、本当にもう少し早くに知っていれば、勤務先で『野田又夫著作集』の復刊を訴えていたかもしれません。野田又夫の名前を見るたびに、そう思ってしまいます。

ところで、この岩波文庫、まだ品切れになっていませんよね。この手の渋い著作って、少し油断しているとすぐに品切れになってしまう傾向にあるので非常に心配です。

ゴーリーの挿絵が入っています!

欅坂46から櫻坂46に改名してどのくらいたったのでしょう? その櫻坂46に、新二期生として加入した守屋麗奈のファースト写真集をゲットしました。

守屋麗奈、ファンの間では「れなぁ」の愛称で親しまれているメンバーです。今回は通常盤カバーと楽天ブックス限定カバーの二冊です。容姿については、人それぞれ好みがあるでしょうけど、まあふつうにカワイイ、きれいだと言われるタイプだと思います。

女子大生らしいですが、きちんと大学に通えているのでしょうか? 見てくれはともかく、身長はちょっと低め、モデルのような抜群のプロポーションというわけではありませんが、愛嬌はバッチリです。坂道ファンの間では「れなぁは櫻坂というよりも、乃木坂タイプではないか?」という意見も聞かれますが、彼女が加入した合同オーディションでは、乃木坂46はスラッとした高身長のメンバーを選んだようなので(例外が数名いますけど)、そのためにれなぁは乃木坂に選ばれなかったのかもしれません。もちろん、本人が三つの坂道グループのどこを志望していたかはわかりませんが……

と、アイドルの写真集についてはさておき、勤務先の新刊のご案内です。

来月初旬に配本予定の海外小説『アーモンドの木』の見本が出来てきました。エドワード・ゴーリーの挿絵があしらわれた一冊になっています。

本書のタイトルは『アーモンドの木』ですが、それで思い出したのが韓国の小説『アーモンド』です。こちらは大ヒットしたガイブンです。

ただ単に「アーモンド」という言葉が共通しているだけで、作品世界に何の関連もありませんが、「海外小説は何を読んだらいいかわからない」とぼやいている人には、こんなタイトル繋がりで次の作品を選んでみるのも面白いのではないでしょうか?

半分ほど読み終えたのですが、非常に切ないです

《エクス・リブリス》の『アイダホ』を読んでいます、ちょうど半分を超えて、3分の1くらいまで読み進んだところです。読了まであと一息です。

主人公夫婦の夫の方がウエイドという名前なのですが、彼が若年性の痴呆を煩っています。ここへ来て症状が進行している様が描かれます。55歳だというのに、かなり進んでいます。

55歳って、今のあたしと同い年なんですよね。幸いにして、今のあたしには、そんな症状はまったくありませんが、あたしの亡父は思い返すと50を過ぎたころから脳梗塞の症状が少しずつ出て来て、50代半ばで勤め先を退職することになり、その後は自宅療養とデイサービス、ショートステイや入院などを繰り返しながら徐々に症状が進み、62歳で亡くなりました。

本書を読んでいると、そんな父を思い出してしまいます。最後はほとんどあたしや母のこともわからなくなっていたみたいですし、あたしもそんな風になってしまうのかな、という恐怖心はあります。

そして、ウエイドの、歳の離れた妻、後妻なんですが、彼女もまた症状が進行する夫を見守りながら、この先の人生について思いを馳せています。わが家にも、80歳目前の母がおりまして、いまのところ元気で、ボケたりもせず、家事もやっていますが、この状況がもう何年も続くとは思えません。

本書の妻の感情を思うと、あたしもこの先、母がどうなってしまうのか、その時あたしはどうしたらよいのか、と途方に暮れてしまいます。

あっ、本書は、そんな内容だけの物語ではないので、念のため。

 

いつか読み比べをしてみたいと思います

光文社の古典新訳文庫で『毛皮を着たヴィーナス』が刊行されました。マゾッホの代表作です。

ただ、情けないことに、あたしはこれまで読んだことがありませんでした。なんたる不覚!

そこで旧訳である河出文庫版の『毛皮を着たヴィーナス』も一緒に購入し、時間を作って読み比べてみたいと思います。

ところで、このように翻訳が複数ある海外文学って、どのくらいあるのでしょう? 海外文学とは呼ばないとは思いますが、あたしが学生時代に専攻していた中国古典ですと『論語』や『老子』、あるいは『史記』などは片手では足りないくらい、たくさんの翻訳が刊行されています。近代ですと魯迅も複数ありますね。

それに比べると、欧米の作品で翻訳が複数あるのって、シェイクスピア、カフカといったところでしょうか? 哲学・思想の著作ですとプラトンやカントなど複数出ていますよね。