今朝の朝日新聞です。岡田利規さんのインタビュー記事が載っていました。
文中にある『三月の5日間』『未練の幽霊と怪物 挫波/敦賀』はあたしの勤務先から刊行されています。ご興味のある方は是非どうぞ。
今回、三島由紀夫賞を受賞した『ブロッコリー・レボリューション』は単行本未刊なのですね。
白水社刊行物の書評、紹介など
今朝の朝日新聞です。岡田利規さんのインタビュー記事が載っていました。
文中にある『三月の5日間』『未練の幽霊と怪物 挫波/敦賀』はあたしの勤務先から刊行されています。ご興味のある方は是非どうぞ。
今回、三島由紀夫賞を受賞した『ブロッコリー・レボリューション』は単行本未刊なのですね。
予告どおり、朝日新聞読書欄で『一九三九年 誰も望まなかった戦争』が紹介されました。
揚げ足を取るつもりはありませんが、望んで始める戦争ってあるのですかね? 為政者にとっては自分の野望を実現するために戦争を起こす、ということはあるのでしょうけど、庶民から見たら、そんな人はいないのではないでしょうか?
でも、政府のプロパガンダに乗せられて「生意気なあの国を懲らしめろ」と国民が激昂するのは、日本でも数十年前にありましたから、やはり望んで始める戦争ってあるのかもしれません。
ロシアのウクライナ侵略に関して言えば、被害者を強調していますが、やはりプーチンが望んだ戦争なんでしょうね。そう感じます。
さて、今朝の朝日新聞にはもう一つご紹介したい、ご紹介しなければならないところがありまして、それが左の写真です。
斎藤幸平さんが登場していますね。そして、この記事の中にセルジュ・ラトゥーシュの名前が出て来ます。
ラトゥーシュと言えば、文庫クセジュの『脱成長』です。お陰様で、ベストセラーかつロングセラーになっている一冊です。斎藤幸平さんも刊行直後にご自身のTwitterで触れてくれました。
「脱成長」も昨年来、現代社会を分析する際のキーワードですね。本書の後にも脱成長をテーマとした書籍がたくさん刊行されていますから。こうして記事になっているところを見ると、一過性ではなく、いまも必須の話題、テーマなんですね。
昨日の朝日新聞読書欄で『「その他の外国文学」の翻訳者』を取り上げていただきました。
お陰様で、同書は刊行前からSNSで話題になり、刊行後も非常に好調な売行きです。
知らない言語を知るというのは、その言葉や、その言葉を使う人たちに対する興味、関心、愛着があるということだと思います。外国語を学ぶということは異文化理解、他者理解の第一歩だと思います。
もちろん、その言語を自分では習得できなかったとしても、翻訳者によって邦訳された文学作品を読むことで理解が進むところはありますので、これはこれで大事なことだと思っています。
そんな考え方の延長にあるのだと思いますが、『ニューエクスプレスプラス ウクライナ語』も売れています。ロシアのウクライナ侵攻によって、ウクライナという国への関心が高まっているのでしょう。それはそのまま侵略側であるロシアに対する関心にも繋がっているようで、『ニューエクスプレスプラス ロシア語』も売れているのです。
というように、戦火を被っていない日本では素朴に両国に対する関心もあって語学書が売れているわけで、他者理解の第一歩なのだと考えられます。ただロシアとウクライナの現状を見ていますと、言葉を知ったからといって理解が進むのか、という疑問も湧いてきます。
親戚や家族が両国に別れて暮らしていた人も多かったように、そして侵略以前は両国の人々が素朴に感じていたように、ロシアとウクライナは兄弟のような国であり、お互いの言葉もほぼ理解できる間柄だったと思います。言葉を理解するのが相手を理解することの第一歩なのだとしたら、どうしてロシアとウクライナは戦争をしているのでしょう?
理解が進むと、こんどは近親憎悪が生まれるのでしょうか? あるいはあまりにも近くなると共通点ではなく相違点に目が向くようになるからでしょうか? 似ているからこそ、同じだと思い込みやすく、ちょっとした違いが許せなくなるのでしょうか?
トップの特集は、やはりウクライナ情勢関連です。核についての記事の中に『チェルノブイリ 「平和の原子力」の闇』が取り上げられていました。
本書は、ちょうどロシアのウクライナ侵略が始まったタイミングで刊行されたのですが、それは全くの偶然で、1986年ですから今から36年も前の原発事故を検証したノンフィクションがどれくらい日本で受け入れられるのか、正直なところ多少の不安を抱いていました。
ところが、この一か月、二か月でこそウクライナやクリミア半島の歴史、プーチンに関する書籍が奔流のように刊行されましたが、当初はこれといった関連書籍も少なく、本書が〈ウクライナ情勢を読み解く〉的な書店のフェア台で存在感を示していました。
それでもあたしなどは「今回のロシアによる侵略とチェルノブイリ事故は関係ないんだけど……」と思っていたのですが、ロシア軍によるチェルノブイリも含めた原発への攻撃が行なわれ、俄然注目の一冊となってしまったわけです。皮肉なものです。しかし、欧米というのは、数十年経っても、丹念に資料を博捜し、こうした骨太な検証本を刊行する姿勢が羨ましいです。日本人って、やはり熱しやすく冷めやすい国民性だと感じます。
さて、ここまで読書欄は全国の朝日新聞で同じ紙面だと思いますが、次の記事はどうでしょう、「多摩版」とあるので、たぶん「東京23区」の紙面にも載っていると思いますが、神奈川や埼玉、千葉の版だと載っていないのではないかと思います。
何かと言いますと、東京外国語大学がウクライナ語の講座をオンラインで開いたという記事です。日本にも多くの避難民がやって来ていますから、日本側でも少しはウクライナ語ができるようになると、来日した人も安心するのではないかと思います。
記事の中でコメントを述べている中澤英彦さんは、あたしの勤務先から出ている『ニューエクスプレスプラス ウクライナ語』の著者です。ウクライナ語の学習書は、それほど多くはないので、本書もこの数ヶ月注文が殺到しているところです。
こういう事態で本が売れるというのは、なんとも言えない気持ちになります。本が売れることは出版社の人間として嬉しいことですし、ウクライナ語に興味を持ってくれる人が増えることも、語学の出版社としては喜ばしいことではあります。しかしその一方、毎日毎日たくさんの人が亡くなっている現実を思うと心が重くなります。
今朝の朝日新聞には、あたしの勤務先に縁のある方の訃報が2件も載っていました。
まずは彭明敏さん。と言われても、ご存じない方も多いと思いますが、あたしの勤務先では『彭明敏 蒋介石と闘った台湾人』という評伝を出しているのです。彭明敏さんについて知りたければ、日本語で読める文献は、たぶんこれだけになりますので、ご興味をお持ちの方は是非手に取ってみてください。
続いては、菊地信義さん。菊地さんは有名ですからご存じの方も多いでしょう。朝日新聞の記事では『装丁談義』の名前が挙げられていますが、あたしの勤務先からは『新・装丁談義』を出しています。
ただ、この『新・装丁談義』も現在、在庫僅少なんですよね。他にも菊地さんの著作は何冊かありますので、それらをお楽しみいただければと思います。それに他社からもたくさん本は出ていますし。
そして最後は、在庫僅少どころではなく、品切れの本が今日の読書欄で紹介されていました。『遠方より無へ』です。
この本は品切れですが、今日の読書欄のテーマから言えば、青柳いづみこさんの『翼のはえた指 評伝安川加壽子』『アンリ・バルダ 神秘のピアニスト』などは合うのではないかと思うのですが、どうでしょう?
秋田県の雄物川図書館が載っていました。
それがどうしたの? と問われそうですし、そもそも「雄物川」って読めますか?
実はこの図書館、秋田県にあるのですが、あたしの勤務先の創業者の故郷でありまして、こちらの図書館にはあたしの勤務先の刊行物が常設で展示されているのです。
数年前に社員旅行で訪れたことがありますが、その時にはこんなハイテク機器は導入されていなかったはずです。ちょっと記事を読んで驚かされてしまいました。
BSプレミアムで本日午後、映画「トロイ」が放送されます。ブラッド・ピット主演の歴史超大作です。
昼下がりの映画ですが、たぶん先月、シュリーマンの生誕200年だったということが放映の理由としてあるのではないでしょうか? なにせトロイと言えばシュリーマンですから。
本来なら、生誕200年の当日に放送したかったのかも知れませんが、なにせシュリーマンの誕生日は1月6日、正月の特番などが目白押しの時期でしょうから、この映画を差し込むことが難しかったのではないかと勝手に想像しています(笑)。
そのシュリーマンの評伝、この機会にあたしの勤務先から復刊されました。それが、そのものズバリ『シュリーマン トロイア発掘者の生涯』です。既に書店店頭に並んでいますので、ご興味のある方はお近くの本屋さんで手に取ってご覧ください。
そしてトロイア戦争に知りたいのであれば、『トロイア戦争 歴史・文学・考古学』です。考古学、歴史学の最新成果を取り込んだ一冊になっています。
映画を観て、トロイア戦争の時代に興味を持たれた方は、是非こちらの書籍も手に取っていただけると嬉しいです。できれば買っていただけるともっと嬉しいですが、図書館で借りるのでも構いません。図書館になければ購入リクエストを出してくだされば、と思います。
テレビ放送を観てから本を読むか、本を読んでから映画を観るか、どちらでもお好きな方をお楽しみください。
つい先日も『忘却の野に春を想う』が引用されていたのですが、今朝は『新「ことば」の課外授業』からの引用です。
ふと思ったのですが、こういう掲載のされ方の場合、「掲載」と言うべきなのか、それとも「引用」と呼ぶべきなのか、どちらがふさわしいのでしょう?
先に何気なく「引用」と書いてしまいましたが、「掲載」でも不自然には感じられませんし、「折々のことばに載った」という言い方は普通に言ってしまいそうです。
もちろん「折々のことばで紹介された」「折々のことばで取り上げられた」とも言いますので、やはり引用よりは掲載の方が、この場合にはよいのですかね?
その見出しに「中国ファクター」という単語がありますが、この言葉、ご存じでしょうか? なかなか聞き慣れない言葉だと思いますが、中国問題、特に中台関係を語る上でいまや外せない言葉の一つと言ってもよいでしょう。
ただ、日本ではまだ耳慣れない言葉だというのも事実です。しかしご安心ください。あたしの勤務先から『中国ファクターの政治社会学 台湾への影響力の浸透』という本が出ています。恐らく「中国ファクター」をタイトルに使っている書籍は日本で唯一だと思います。
また朝日新聞の記事中に名前のある呉介民氏が編著者の一人に名を連ねていますから、まさに朝日新聞の記事をさらに深く理解するには欠かせない一冊だと言えるでしょう。
ちなみに、同書の「中国ファクター」は「チャイナファクター」と読みます。