相変わらずアナログ人間?

システム手帳を新しくしました。

左がこれまで使っていたもので、新しく購入したのが右側のシステム手帳です。

システム手帳と言えばバイブルサイズがスタンダードだと思いますし、あたしもかつてはバイブルサイズを使っていましたが、この十数年はずっとこのミニサイズです。

「スマホ全盛のこの時代にまだシステム手帳かよ?」と言われそうですが、確かにそのとおりですね。あたしもそれは重々理解しております。でも、やはり手帳の方が便利だし早いんですよね。

ちなみに、あたしはシステム手帳でスケジュール管理をしているのではありません。あたしのシステム手帳は書店情報の整理に使っています。リフィル一枚に一書店で記入しい、番線コードや各ジャンルごとの担当者名をまとめているのです。

もちろん、元データはエクセル形式で管理していますが、それをスマホで見るよりも、やはりアナログな手帳の方が便利なのです。

いや、便利という表現は語弊があるかも知れません。いまの若い方であれば、こういうデータもすべてスマホで管理し、担当者が変更になったと知れば、すぐにその場でスマホからデータ更新をしてしまうのでしょう。

あたしは、残念ながらそういう世代ではないもので……

AI変換の不思議

直前のダイアリーで『第七師団と戦争の時代』が登場したのですが、このタイトルに間違いはないのに、ハッシュタグを付けたときには、なぜか「師団」が「詩壇」になってしまっていました。

ただ、あたし「詩壇」なんて単語、使うことないんですよ。少なくともここしばらく「詩壇」なんて単語をパソコンで打ったことはありません。それなのに、どうして「しだん」と入力して変換したら「詩壇」と変換されてしまうのでしょう。直前まで「師団」を打っていたわけですから、AI変換なら、まずは「師団」と変換されるべきだと思うのですが、なんででしょう?

かつては使っていたんですよ!

昨日のこのダイアリーで岩浪文庫のブックカバーについて書きましたが、岩浪文庫以外のブックカバーも出て来たのでちょっとご紹介します。

まずは、講談社現代新書・ブルーバックスのブックカバーです。二つ持っていましたが、一つは金文字が消えてしまっていますし、どちらもかなり使い込んでいます。捨てればよいのに、どうして今の今まで取って置いたのでしょう?

続いては、やはりボロボロ、穴だらけになっていますが、徳間文庫のブックカバーです。これは布というよりも、ゴワゴワした紙のような材質です。

現代新書にしても徳間文庫にしても、これらのカバーを使っていたのは高校、大学時代です。当時は本にカバーを掛けて読んでいたのです。昨日のダイアリーでは、ブックカバーは使わないと書きましたが、昔はそうではなかったのです。時が流れると、人って変わるものですね。

三つ目の写真は、マークが付いていますけど、このマークだけで何のレーベルかわかりますでしょうか? 正解は平凡社の東洋文庫です。

「平凡社東洋文庫にカバーなんてあったの?」と聞かれそうですね。確かに東洋文庫は函入りの本ですから、カバーなんて要るの、という疑問も湧くでしょう。あたしもそう思います。

でも函のまま持ち歩くのは面倒ですが、本を傷めたくもない、となるとカバーが必要になるわけですね。

ただし、岩浪文庫が今年のフェアでブックカバーのプレゼントをやっているように、東洋文庫がブックカバープレゼントをやっているという話はあまり聞いたことがありません。

実はこの東洋文庫のブックカバーはアンケートを答えたお礼でもらったものです。四枚目の写真にあるように創刊30周年の記念です。1963年が創刊の年なので、30周年というと1993年です。となると、あたしは既に社会人になっていたのですが、あたしの記憶では、学生時代に手に入れていたはずです。

学生時代、大学生協に東洋文庫のアンケート用紙(ハガキ?)が置いてありまして、復刊のリクエストを募っていたのです。たぶん、創刊30周年記念の復刊だったのでしょうね。となるとアンケートをやっていたのはその1年か2年前になるのでしょうか? それならあたしもまだ辛うじて学生でした。

で、あたしはその当時、既に品切れていた銘柄を書いて(たぶん5点くらい記入できたはずです)応募したのです。そんなアンケートに応募したのも忘れたころに平凡社から封書が届き、このたびはリクエストアンケートに応募いただきありがとうございます、という挨拶状とこのブックカバーが入っていたのです。

残念ながらあたしがリクエストした銘柄は一つも復刊されませんでしたが、応募した人全員にこのような丁寧な対応をされていたのでしょうか? あるいはブックカバー全員プレゼントと書いてあったので応募したのでしょうか。今となっては覚えていませんが、そんな経緯で手に入れたブックカバーです。

ブックカバーって使いますか?

書店の店頭で岩波文庫のフェア「名著・名作再発見! 小さな一冊をたのしもう」をやっていました。

そこで岩波文庫を3冊以上買った人に「岩波文庫特製ブックカバー」プレゼントがあるそうです。象形文字でしょうかね、カバーの表面には薄らと模様があるようです。

これまでもフェアのたびに文庫カバーのプレゼントが行なわれていたのかわかりませんが、ずいぶん長いこと応募もしていません。しかし、岩波文庫のカバープレゼントは昔から行なわれていまして、あたしもご覧のように6枚も持っています。

デザインや材質は同じもののようで、色違いになります。いや、よく見てみますと、テカテカしているか否か、表面の仕上げに若干の違いがあるようです。今回のカバーとどっちの方がお金がかかっているのでしょうかね?

ところで、タイトルにも書きましたが、あたしはブックカバーを使わないタイプです。書店でもカバーを付けてもらいませんし、言われたら断わっています。

もしかしたらレアもの?

キティーちゃんのぬいぐるみをもらいました。

勤務先の後輩(女性)がフラッと寄ってきて、「実家で断捨離していたら出て来たので、あげます」と言ってくれたのです。

なんでも、小さいころ、妹と二人、買ってもらった品のようです。それが数十年ぶりに出て来たのでしょうか?

最近のキティちゃんとはちょっと顔つきが違う気もしますが、やはりキティちゃんも時代に連れ変化しているのでしょう。

しかし、このぬいぐるみは大量生産されたものでしょうか? あるいは実は極めて稀少なぬいぐるみってことはないですよね?

煩悩とちくま新書

またまた、わが家の書架の一部です。

ちくま新書が並んでいる棚を撮りました。

数えてみたら、ちょうど108冊ありました。108って煩悩の数と一緒ですね。

数えたときにちょうど108あるなんて、なにかの予兆か暗示なのでしょうか。

とはいえ、四つの区画に並べているのですが、四つ目の区画があと数冊でいっぱいになってしまいます。そうなったら、また棚の整理、並べ直しをしないといけませんね。

「となりの国」って、やはり韓国ですかね?

亜紀書房の韓国文学シリーズ《となりの国のものがたり》の最新刊『かけがえのない心』をゲットしました。これで9冊目になります。

なんだかんだ言いながら、このシリーズも刊行以来買い続けていまして、ご覧のようにわが家の書架にはきれいに揃っています。

ちなみに、晶文社の《韓国文学のオクリモノ》シリーズも全巻購入、読破しています。続刊も何冊か予定していると聞いていたのですが、その後は一向に刊行されませんね。このシリーズでは最初に出た『ギリシャ語の時間』が話題にもなり、よく売れたようですが、あたしとしては現時点での最終巻『鯨』が圧倒的でした。一番分厚いですが、見た目どおり読みごたえ十分な一冊でした。

話は戻って《となりの国のものがたり》も『小さな心の同好会』まで読み終わっていまして、最新刊が未読です。なにせこの間、中国(大陸)や台湾作品の翻訳も刊行が各社から続いていて、それらにも手を伸ばしているので、韓国文学に向かう時間が取れておりません(汗)。

それにしても、韓国文学のみならず、中国・台湾の作品も数多く翻訳されるようになって、アジア文学好きとしては嬉しい限りです。

はるかなるバルカン?

白水Uブックスの新刊『詐欺師の楽園』を読み終わりました。「一気に読了」と言っては言い過ぎですが、それでも「あっという間に読み終わった」とは言えるほどのスピード感でした。

タイトルどおり詐欺師の話です。どんな詐欺かと言えば、海外の贋作です。小説だからと言ってしまえばそれまでですが、何百年か前の巨匠作品を、そんなに簡単に偽作ってできるものなのでしょうか? 今だったら紙質(紙じゃなくて布、あるいは板の材質?)や絵の具の質などを科学的に調査すれば、当時のものか否かなどすぐにわかりそうなものですが、人間って意外と簡単に騙されてしまうのかも知れませんね。

そして、この贋作騒動の舞台となるのが東欧はバルカン半島にある(あった)という小国です。もちろん架空の国です。実際にはそんな国どころか、豪族の小勢力すら存在していないはずのでっち上げです。

ですから、実を言いますと、地名や人名など、ややもすると非常に取っ付きにくいものになりかねないのですが、ストーリーの面白さと相俟って、ほぼ混乱もなく、すらすらと読み進めることができました。もしかすると、併読している岩波新書『ユーゴスラヴィア現代史 新版』のお陰かも知れません。

ユーゴスラヴィアって、最近の若い人だと「そんな国知らない」と言いそうですが、あたしくらいの世代であれば、どこにあるか正確には言えなくとも名前くらいは知っているものです。もちろん東欧の国であるということをきちんとわかっている人も多いでしょうし、その後分裂してしまったということを承知している方も大勢いると思われます。

あたしもそれなりには理解しているつもりではありましたが、表面的な知識しかないので、本書が出た機会に購入して読んでいるところです。こちらも実にわかりやすい記述です。ボスニアとかコソボとか、ニュースで名称だけは知っているけど、どんな国なのか、何がニュースになっているのか詳しいことは何もわかっていませんでした。内戦と言われても誰と誰が戦っているのかすらチンプンカンプンでした。

そう言えば、数年前に中公新書から『バルカン―「ヨーロッパの火薬庫」の歴史』という一冊が出ていまして、やはりこのあたりの事情に不案内なので読んだ記憶があります。なんとなく、この三冊があたしの頭の中でリンクしていました。

母親にイヤな顔をされます

昨日は秋分の日でお休みでしたが、あたしは本日、在宅勤務でした。

つまり二日続けて家にいたわけです。

もちろん、今日は休みではなく仕事です。あくまで仕事場が自宅になっているというだけのことです。

そして言わずもがなですが、明日、明後日は土日でお休みです。ここまでで都合四日間、在宅しているわけです。基本的に、近所に買い物に出ることはあっても、休みの日に遠出をすることは滅多にないので、在宅と言ったら本当に家にいます。

そしてそして、来週の月曜日も在宅ワークです。つまり五日間も在宅が続くのです。

いい加減、母親がイヤな顔をしています。そんなに家にいなくてもいいのに、という気持ちがアリアリと顔に出ています。

10月以降も在宅ワークは続くので、こんな調子です。祝日との兼ね合いで、今後も数日続けて在宅ということが起こりそうです。

気づくと増えている

先日新たに追加したわが家の書架すう。それほど大きなものではありませんし、もうわが家には大きな書架を並べるようなスペースがありません。

この書架には岩波新書を並べています。別の書架に並べていたものをこちらへ移したので、短期間で一気にこれだけの岩波新書が所蔵されたわけではありません。

とはいえ、やはりじわじわと増えています。書架が大きくはないので、一段に並べられる冊数もそれほど多くはありませんが、すでに四段目の半分以上を占めています。

写真に写っていない下の方にはあと二段しか書架は空いていません。今年は大丈夫でしょうが、来年の年末にはここも埋まってしまうのではないかと思われます。

新書は、通勤だけでなく営業回りの移動中に電車の中で読むので知らず知らずのうちに増えていきます。文庫よりも増えていきます。

岩波新書の次に増えるスピードが速いのは中公新書です。左の写真が、中公新書を並べている書架ですが、別の書架にも並んでいるので、全体ではここに写っている量の二倍までは行かないですが、それなりの分量になっています。

これら以外にも、新書の御三家、講談社現代新書もそれなりに所蔵していますし、文春新書、光文社新書、平凡社新書、新潮新書など学生時代にはまだ存在しなかったようなレーベルが増えたので、それらもそれなりの量が並んでいます。

世代の問題なのか、性格の問題なのか、電子書籍はどうもダメなので、やはり紙の本を買ってしまいます。今後も増えていきそうで、かといってトランクルームを借りたくはないですし……