今回もBlu-rayが付いているType-AからType-DとCDのみの通常盤、全部で5種類です。
事前にほぼ情報漏れになってしまいましたが、二期生の寺田蘭世がこのシングルをもって卒業ですね。一期生・高山の卒業よりも悲しいです。
とりあえず、Blu-rayに収録されたドキュメンタリーを堪能します。
なおかつ満月なのだそうですが、中秋の名月が満月にあたるのは8年ぶりなのだそうです。
月と言えば、あたしの勤務先から『月 人との豊かなかかわりの歴史』という本が刊行されています。言うなれば月の文化史です。
今日だけは、こんな本を繙いてみるのもよいのではないでしょうか?
今日は母方の祖母の命日です。
あれ、少し前に父親の命日だと言ってなかった(?)と聞かれそうですが、はい、そうです。
実を言いますと、父が亡くなって二週間も経たないうち母方の祖母が亡くなったのです。同じ年のことでした。
母方の祖母は、それまでもう何年も寝たきりで病院に入っていまして、正直なところ、父よりもはるか以前に亡くなっていてもおかしくはなかったのですが、痴呆の年寄りは具体的な病気があるわけでもないので、一進一退を繰り返しながら思った以上に長生きするのです。母曰く、うちの父が連れて行ったのではないかと。
もう二十年以上前の話ですが、その年の9月は通夜葬式の連続で、何日忌引きを使ったが覚えていません。もちろん翌年も父そして祖母の一周忌がありましたからバタバタした時間を過ごしました。今となっては懐かしい想い出です。
昼過ぎに勤務先のコンビニ二軒を回ったのですが見つけることができず、帰宅時に近所のセブンイレブンで手に入れることができました。ちなみに、その近所のコンビニではあたしが買った後もまだ2部くらいは残っていたように思います。
今回の乃木坂46新聞は「結成10周年記念号」で、この夏の全国ツアーを振り返ると共に、これまでの歩みを振り返る構成にもなっていました。生ちゃんとみなみ、二人による過去の写真の振り返りではななみんのことにも触れていて、読んでいるこちらもグッとくるものがありました。
そして、この新聞を手に入れて味わっているときに、蘭世卒業のニュースが飛び込んできました。ショックです。
蘭世は、たぶんファンの間でも好き嫌いが分かれるタイプかも知れないですし、誤解されやすいメンバーだったのではないかな、とも思います。ただ、個人的には「ブランコ」や「滑走路」などを見ても聴いても、センターが似合うメンバーの一人だと思っていましたし、いつかは選抜のセンターでパフォーマンスをするだろうと期待していました。そんな蘭世が見たかったです。
発表が昨日だったので、もちろん紙面には蘭世の卒業は何も触れられていませんが、単独インタビューとかがあってもよかったかな、とも思います。なにせ今回、アンダーのセンターですから。
アンダーライブの最終日は、蘭世の卒業セレモニーになるのでしょうね。
昨年もこのダイアリーでご紹介したと思いますが、わが家の玄関先の曼珠沙華です。
世間的には彼岸花という呼び方の方が膾炙していると思いますが、あたしは文字面や発音から、曼珠沙華という呼び方の方が好きです。
そして、この曼珠沙華は赤い花が一般的だと思いますが、わが家にはこのように白い曼珠沙華が咲いています。珍しいものなのか、それほどでもないのか、あたしはよく知りませんが、真っ白というよりもちょっと黄色がかった、クリーム色という感じでしょうか。
ちなみに、わが家の庭には赤い曼珠沙華もあると母は言いますが、どこに植わっているのか、あたしにはわかりません(汗)。
そしてこちらの写真は、ちょっとわかりにくいかも知れませんが、手前にあるのがギンモクセイ、奥に見えているのがキンモクセイです。
手前のギンモクセイは、わが家の庭に鉢植えで咲いているものですが、キンモクセイは隣の家の庭に植わっているものです。この時期に、どちらも揃って咲き始めました。
キンモクセイはトイレの匂いとしてよく知られていますが、ギンモクセイというのもあるのですね。漢字で書けば金木犀と銀木犀、なにやらスポーツ競技のメダルのようです。まさか銅木犀(ドウモクセイ)なんてないですよね?
キンモクセイも、金というよりはオレンジ色の花が咲き誇っているわけですが、ギンモクセイも決して銀色というわけではありません。
最後の写真がギンモクセイのアップですが、銀ではなく白っぽい色ですね。あえて言えば、最初に挙げた白い曼珠沙華と似たような色合いです。
まあ実際問題、鉱物の金と銀を除けば自然界に金色や銀色なんてそうそうあるものではありませんし、ましてや花の色で銀色なんて呼べるようなものは存在しないでしょう。
金閣・銀閣と同じで、地味な方が金に対して銀と呼ばれがちなのでしょう。いぶし銀ってところでしょうか?
今日は夏休みを取りました。
というのも、あたしの勤務先は、8月のお盆の時に土日くっつけて二日間の社休が夏休みとしてありましたが、更にもう一日、各自自由に取りなさい、ということになっていたので、その一日を消化したわけです。
自由に取りなさいと言っても、さすがに10月や11月にまで延ばすわけにはいかず、勤務先からはできるだけ9月中に、ということになっています。
とはいえ、社内の業務や会議の日程などを勘案しますと、本当に好き勝手に取れるものでもありません。カレンダーと、そこに書いてあるスケジュールを何度も見返して今日という日を選びました。
かといって、どこかへ出かけるようなご時世でもありませんし、コロナでなくとも休日だからといって出かけるという習慣や発想がないので、自宅でいつものリモートワークの時のように過ごしました。さすがに勤務先にメールを出したりはしませんでしたが。
なので、日向坂46の新曲「ってか」のMVを何度も見て一日を送ってしまいました。
ワニブックスの一冊、『少女期』です。著者は沢田聖子、中学高校時代のあたしが夢中になっていた歌手です。
この《青春ベストセラーズ》というシリーズで、ヤングアイドルの本(奥付裏広告より)がたくさん出ていました。奥付裏広告には田原俊彦、松田聖子ら当時の人気アイドルの本がたくさん並んでいます。本当に本人が書いたのかどうか、それは定かではありませんが、とにかくたくさん並んでいます。
そんな中の沢田聖子『少女期』です。これはたぶん沢田聖子本人が書いたのではないかと、あたしは信じています。奥付では1982年11月5日初版発行とあり、架蔵しているのは1983年7月1日の8版です。もうはるか以前に絶版になっていることでしょう。
8版とありますが、あたしの勤務先的に言えば第8刷のことでしょう。とはいえ、そんなに売れたのでしょうか?
ところで、この「少女期」というのは、当時沢田聖子が発売したベストアルバムのタイトルです。このアルバムももちろん所持しております。サブタイトルには「同じ季節を走って下さい」とありますが、「走って下さい」も彼女の曲のタイトルです。
昨日は9月11日で、テレビのニュースや新聞でもアメリカ同時多発テロについて報じていました。
この日が訪れるとこの曲が聴きたくなります。沢田聖子の「息子からの伝言」です。同時多発テロに遭って亡くなった人を歌った一曲で、壮大なメロディーが印象的です。
沢田聖子は、あたしが中学生のころから歌っていて、中学・高校時代はよく聴いていましたが、当時のアルバムはすべてLP盤ですべて持っています。それくらい好きでした。
彼女も文章で書いていましたが、当時は人気絶頂の松田聖子とよく勘違いされたようです。松田聖子はアイドル歌手で、沢田聖子はイルカのお弟子さんで、当時の用語を使うならニューミュージックというジャンルの歌手でした。そしてなにより、松田聖子は「せいこ」ですが、沢田聖子は「しょうこ」と読み、芸名ではなく本名なのです。
この沢田聖子のファーストアルバムのタイトルが「坂道の少女」と言いまして、このアルバムの中にも同名の曲が入っています。
坂道だからではないですが、この曲、あらためて乃木坂46か、日向坂46か櫻坂46で歌ってくれないかなあ、と思うのです。坂道グループが「坂道の少女」をあ歌うなんて、ちょっとできすぎではありますし、ダジャレっぽくもありますが、よい曲なので是非歌ってもらいたいと思うのです。
そろそろ秋元康の歌詞から卒業してもよいのでは、とも思いますし。
この年、正月早々に周恩来が亡くなり、天安門事件が起こり、恐らくそんな事件が起こったのも、その時点で毛沢東の健康もかなり悪く、明日をも知れない状態だったからではないでしょうか?
そして半年以上が過ぎ、ようやく巨星、毛沢東も旅立ったというわけです。これで十年の動乱、プロレタリア文化大革命がようやく収束したのです。
当時の中国のことは、日本ではほとんど情報が入ってこなかったと言われていますが、その当時小学生だったあたしはまだ世間のこともよくわかっておらず、ましてや中国に興味など持っていなかったので、さっぱりわかりません。ただ、その後しばらくは世界地理の授業で中国の人民公社について学びましたけど、既に人民公社はほぼ解体されていましたよね。もちろん、文革についても学校の授業では何も習っておりません。そういう世代です。
ところで、今日は毛沢東の命日だけでなく、ジャック・ラカンの命日でもあります。こちらは毛沢東の死に後れること5年、1981年のことです。
そしてそして、毎年書いている気もしますが、今日はわが父の命日です。二十数年前の出来事です。そしてこれも書いたことがあると思いますが、父方の祖母の命日でもあります。つまりあたしの父親は自分の母親と同じ日に亡くなったのです。
あの世から母親に呼ばれたのでしょうかね?
本日は「カウントダウン」を視聴。ザ・B級ホラーという感じの作品でした。
自分の余命がわかるスマホアプリ、それを面白半分でインストールしてみたら、あと数時間、あと数日と表示されてしまったから、さあ大変、というお話です。ジャパニーズホラーでも似たようなものありませんでしたっけ? それにスマホアプリではないものの、寿命がわかってしまうというモチーフは過去にもあったような……
それはさておき、本作ではなかなかファンキーな神父が解決の鍵を握っています。神父と書いてしまったので若干のネタバレをしますと、このアプリはやはり誰か、現実の人間が作ったものではなく、悪魔の生み出したもののようです。ただ、余命って別に悪魔が決めるものではなく、運命論者的に言えば誰だって決まっているのだろうと思います。こんなアプリを入れなくたって、明日死ぬことになっている人もいれば、二十年後に死ぬ予定の人もいるというのが世の中だと思います。
だとするなら、このアプリは何がしたいのか、悪魔は何のために出てくるの、という見も蓋もないオチになりますが、やはり運命に抗おうとする人間にはあらかじめ決まっていた運命が容赦なく襲いかかってくる、ということを悪魔の姿を通じてわからせようとしたのではないか、という気もします。
となると、このアプリは呪いでも何でもない、実は極めて客観的な、誰の作為も入り込めないアプリだったのではないでしょうか? そして主人公がやったみたいに決められた運命を変えてしまうと、いつかどこかに歪みが生じて、更にヤバいことになるのではないか、そんな気がします。
それにしても主人公の女優さん、かわいかったですね。