ハチのムサシは死んだのか?

わが家は表通りからちょっと路地を入った、奥まったところにあるのですが、その路地の生け垣に写真のような蜂の巣がありました。

今日までまるで気づかずに、毎日のようにそのすぐそばを歩いていたのですが、いま思うとちょっと怖い状態でした。

しかし、この蜂の巣、この季節だからなのか、まるでハチが住んでいません。ハチはどこへ行ってしまったのでしょう? それに蜂の巣としてこの大きさはどうなのでしょう。大きさとしてはソフトボールよりは少し大きく、バレーボールよりは小さいもので、たぶんハンドボールくらいではないかと思われます。

ハチも住んでいないようなので、枝と繋がっているところをはさみで切って、ビニール袋の回収して週明けにゴミに出すつもりです。ハチがいなくて本当によかったです。

しかし去年の夏から秋にかけても、この生け垣のあたりをハチがたくさん飛んでいるような気配はなかったのですが、いつの間に巣作りをしたのでしょう?

ところで詳しい人なら、この巣を見ただけでハチの種類もわかるのでしょうね!

コラボ、できそう?

集英社インターナショナルの「インターナショナル新書」で『今こそ読みたいガルブレイス』という新刊が発売されました。著者は根井雅弘さん。

同書の内容を公式サイトから拾ってみますと

1970年代、アメリカの経済学者、ジョン・ケネス・ガルブレイス(1908~2006年)の著書『不確実性の時代』が世界的なベストセラーになった。とりわけ日本で大きな人気を博したこの本は、恐慌、冷戦、大企業・多国籍企業による支配、貧困、環境破壊など現代に通じる難問を取り上げていた。同様の性格をもつ『満足の文化』『ゆたかな社会』『新しい産業国家』など他の著書をも丹念に読み解き、現代の難問へのヒントを見つける。

というものです。いま改めて読み直すべき価値あるものとしてガルブレイスの著作を取り上げているようです。

そして、この公式ページには関連リンクとして「根井ゼミ 1日1文 経済学の名言」がありますが、このリンク先は、なんと「webふらんす」内のコーナーになっています。もちろん、根井さんと言えば、あたしの勤務先から『ガルブレイス 異端派経済学者の肖像』という著書もあります。

本書は単行本なので、書店ではインターナショナル新書と同じ棚には並んでいないかも知れませんが、同じ根井雅弘さん、同じガルブレイスですから、併売しない手はないでしょう。そして、一方を手に取った読者の方も、もう一方にも興味を持っていただければ幸いです。どちらが先でも構いません。

ちなみにインターナショナル新書の目次は以下の通りです。

序章 ガルブレイスはなぜあれほど人気があったのか?
第1章 揺らぐ「拮抗力」
第2章 誤解された『ゆたかな社会』
第3章 大企業体制の光と影
第4章 「公共国家」は実現しうるか
第5章 軍産複合体の脅威
第6章 「満足の文化」への警鐘
第7章 『バブルの物語』の教訓
終章 甦るガルブレイス

また単行本『ガルブレイス』の目次は以下の通りです。

序章
第一章 価格皇帝見習
一 ケインズ経済学のアメリカ上陸
二 価格統制をめぐって
三 アメリカ資本主義への関心
第二章 異端の経済学
一 正統と異端
二 依存効果と社会的アンバランス
三 ケネディ政権の内と外
第三章 大企業体制の光と影
一 「テクノストラクチュア」の台頭
二 「新しい産業国家」論争
三 計画化体制と市場体制
第四章 リベラリズムと批判精神
一 保守主義の復活に抗して
二 「満足の文化」への警告
三 経済学史の中のガルブレイス
終章

どちらかだけ買えばいい(読めばいい)ではなく、両方とも読みたく(買いたく)なったのではないでしょうか? 両方買っても本体価格2800円ですから!

イヴが生まれる?

あばら骨の痛み、今朝は少しよくなってきたような気がします。とはいえ、まだ痛みは残っているので、前に屈んだり、無理な体勢になるとズキンと痛んだりしていますが……

ところで、ふと思ったのですが、もしかしてあたしのあばら骨、取れてしまうのではないでしょうか? そして、その取れたあばら骨からイヴが生まれるとか?

だって、そんな伝説(神話?)があるじゃないですか! でも、そうなると、あたしはアダムってことになるのかしら?

今月のおすすめ本[2021年2月]

毎月恒例、「今月のおすすめ本」のご案内です。

 

今月は語学書篇も作りました。昨年12月と今年1月のベストテンと、その間に重版が出来上がってきた商品のご案内になります。また今月は語学書の新刊が4点もありますので、それも合わせて語あんなしています。

一般書の方は、先月のベストテンに、来月には10年を迎える東日本大震災関係の書籍を集めてみました。

公子・重耳を思い出しました

昨日書いたあばら骨の痛み、相変わらずです。

折れているのかいないのか、病院へ行けばよいのでしょうが、結局さらしを巻くくらいしか療法はなさそうなので、無理をせず安静に努めたいと思います。

ところで、あばら骨で思い出したのは、中国の春秋戦国時代の人物、公子・重耳です。彼はあばら骨が「一枚あばら」だったと言われています。「一枚あばら」って何かと言えば、あたしも詳しいわけではありませんが、決してあばら骨が繋がっているわけではなく、ましてや板状になっているわけではなく、実際のところはあばら骨の一本一本が太いため、すき間が少なく、まるであばら骨が繋がって一枚になっているようなことから言われているそうです。

そんな人っているのかなあ、と思いますが、「一枚あばら」で検索すると、この重耳ではなく伝説の関取、雷電為右衛門の名前が出て来ます。どうやら彼も一枚あばらの持ち主だったようです。たぶん、日本人にとっては、一枚あばらと聞けば雷電を思い出すのでしょう。あたしのように公子・重耳を思い出すのは中国史かぶれの人ばかりでしょう。

ちなみに、公子・重耳は後の晋の文公で、春秋五覇の一人です。長い流浪生活の後に即位して国をよく治めた人として中国古代史では有名な人物です。斉の桓公と共に斉桓晋文などとも呼ばれています。

あばら骨は折れやすい

昨日から、右のあばら骨の下の方が痛みます。

体を前屈みにすると圧迫されてとても痛いです。

あばら骨が折れているのでしょうか?

いや、折れていたら、とてもこんな日常生活は送れないのではないでしょうか?

しかし、あばら骨は折れやすいとも聞きます。咳き込んだ時に折れてしまうこともあるとか。そう言えば、何年も前、風邪っぽい症状が喉に来て咳が止まらなくなった時があり、あまりにも咳をしていたら腹筋も痛くなったのですが、それと同時にあばら骨も痛くなったことがありました。あれは骨も折れていたのでしょうか?

そうだとすると、あばら骨って簡単に折れて、なおかつ簡単にくっつくものなんですね。いや、本当にくっついたのでしょうか?

晩年に枯れていない?

このところ通勤電車の中で読んでいるのがこちら、『晩年のカント 』です。

著者も書いているように、カントと聞くと道学者然とした、非常に几帳面な人物をイメージしてしまいますが、どうもそうではなく、もっと人間臭いところがたくさんあるようなのです。それでも、毎日時間通りに散歩していたといった、几帳面なところはその通りだったようです。とはいえ、喜怒哀楽もかなりあって、本当に興味深い人です。

で、読み始めてみまして、非常に面白いです。グイグイ読んでいけます。カント哲学の小難しい世界に入っていくわけではないので、スラスラ読めます。半分ほど読んだところなのですが、後半も楽しみです。

そんな晩年のカントを読んでいて思い出したのがこちらの本、『純粋理性批判殺人事件』です。角川文庫の上下本です。

この本は、推理ものはあまり好んで読むわけではないあたしがタイトルに惹かれてつい買ってしまったものです。基本的には哲学が好きなんですよね、別に詳しいわけでも特異なわけでもないのですが……。

タイトルや帯の惹句を読むと、さもカントが名探偵として難事件を解決するのかと思いきや、カントはほとんど出て来なかったはずです、もう記憶がやや曖昧なのですが(汗)。謎解きをするのもカントではなく、別の登場人物だったはずです。カントの言葉が事件解決のヒントになっていたかな、くらいの記憶はありますが、「名探偵カント」は登場しませんので悪しからず。

なおかつ、本書は既に品切れになっているようですね。興味を持たれた方は図書館で借りるか、古本屋を探してみてください。