花火ではなく花日

テレビ朝日で「単身花日」というドラマが放送されるそうです。否、もう第一回は放送されたようです。これはコミックが原作のドラマです。

どんなドラマ(コミック)かと言えば、番組サイトに書いてあるように「単身赴任先で初恋の人と再会」というラブストーリー、ちょっとハラハラ系の作品です。コミックの方はかつて読んだことがありますが、そこまでハマったわけではありません。

で、このドラマを見ているの? と言われると、否と答えるしかないですが、実はちょっと気になる情報があります。このテレビ朝日のドラマ、「単身花日」だけでなく、同じくコミック原作の「上京花日」もドラマ化されるそうなのです。あたしは、こちらが気になっているのです。

「上京花日」は書店を舞台にしたストーリーで、書店の仕事の楽しさを描いていて、やはり本屋っていいなあ、と思いながら、この作品はよく読んでいました。コミックも右の写真のように、全巻架蔵しています。

ただ写真では全七巻が並んでいるのですが、実は未完です。著者・いわしげ孝さんが連載中に急逝してしまい、7巻ではストーリーは完全に中途半端な状態なのですが、これで終わり、ということになっているのです。

ドラマではどこまで描かれるのかわかりませんし、原作が完結していない作品なので、どういう風に結末を付けるのか、非常に興味があります。なんとなく、かつて渡辺麻友主演でドラマ化された「戦う!書店ガール」と同じようなテイストのドラマになるのではないかと予想していますが。

本当に持続可能なのかしら?

東京メトロの溜池山王駅構内に「ほんたす ためいけ」という無人書店がオープンしたことが話題になっています。テレビなどでも紹介されているのを見ましたし、ネットでも取り上げている記事を何本か読みました。そんな中のこの記事

記事のタイトルは「持続可能な新しい書店モデル、完全無人書店「ほんたす ためいけ 溜池山王メトロピア店」がオープン」です。とにかく景気が悪く、閉塞感の漂う出版業界なので、何か新しいことを試みるのは基本的によいことだと思います。いろいろ試してみて、ダメだったら修正する、よかったら更に伸ばす、それを根気よく続けていくしかないのでしょう。

人手不足もありますが、あまりにも利幅の少ない書籍という商品。人件費や家賃(テナント料)が書店にとって大きな負担となっていることは周知のことでしょう。そこで思いきって無人にしたというわけですが、時々は商品の補充に誰かがやって来るのでしょうから、完全に無人というわけでもないでしょう。

記事の中に

現代の人々のライフスタイルに合った本との新たな出会いを提供し、人々のニーズを満たす

という文章がありましたが、無人の書店でライフスタイルに合ったものをどうやって提供するのでしょう? 人のスタイルは十人十色ですから、限られたスペースで展開するには、ある程度こちら側で選別したものを並べることになると思います。そうなると「新たな出会い」とか「人々のニーズ」といったものにどのくらい応えられるのか、なかなか難しいのではないでしょうか。

であるならば、ネット書店の方がはるかに豊富な在庫を取り揃えているので、「ライフスタイルに合った」ものを提供できるでしょうし、出会いの機会も多いと思いますが、そのあたり、ニーズをどうやって判断するのでしょう。売れたものの傾向はデータ収集できると思いますが、お客さんがどんな本を手に取っていたか、どの棚の前に長くいたのか、そういう肌感覚をつかめるのがリアル書店のアドバンテージだと思いますが、無人書店だとそんな肌感覚はどうやって集めるのでしょう。

なにはともあれ、しばらくは推移を見守るしかないでしょうね。

移動の列車内で仕事をしました!

先週の水曜日から金曜日の二泊三日で北陸へ行って来たことは、既に散々書きました。

まだまだいろいろ書くべきことはあると思うのですが、その中で一点、自分がバリバリ仕事をするサラリーマンみたいだなあと思った瞬間をちょっと振り返ってみたいと思います。

それは木曜日のことです。

この日は富山を発って、朝一番で高岡にある書店の本部へ向かいました。そこで小一時間くらい商談をし、その後10時過ぎに書店を訪問し、10時半過ぎに新高岡から北陸新幹線で金沢へ向かうという午前中のスケジュールでした。そして、この日は新刊の部数確認の日でもあったのです。

数年前であれば取次各社へ電話をかけて配本数を確認するところですが、現在はすべてネット上で行ないます。ですからパソコンさえあれば出張先からでも部数確認が可能なのです。ただネット上に配本数が提示されるのは9時半過ぎです。その時間帯はちょうど商談中で、パソコンを開いて部数確認などできません。

結局、新高岡駅に着いて新幹線が来るまでの10分程度、ホームのベンチに腰掛けて部数確認をしました。さらに新幹線に乗り込んで金沢へ着くまでのこれまた10分程度の時間で、会社のパソコンにリモートで接続し、配本伝票を出力するということまでやってのけました。

よく電車の中でパソコンを膝の上に広げて操作している人を見かけます。そこまでしないとならないほど忙しいのかなあ、なんて他人事のように見ていましたが、この時ばかりはあたしもバリバリと働くビジネスマンになったかのような気分になりました。

ちなみに、帰京時の東海道新幹線は、3列シートの真ん中に仕切りがある「S WorkPシート」の車両でした。もちろん、仕事などせず、皆で打ち上げのビールで乾杯していました。

萬歳樂と御所泉とライブラリー

もう飽きられたかも知れませんが、相変わらず、北陸の話題を少々。

数年前の人文会研修旅行で北陸に来たときにも、金沢百番街のみやげ物屋で購入したのですが、やはり金沢に来たら萬歳楽を買いたくなります。今回はあんと内にあった金沢地酒蔵で購入しました。

ザッと店内を見たときには見つけられなかったので、このお店では扱いがないのかと思って、お店の方に「萬歳樂は扱っていますか」と聞いたところ教えてもらったのが写真の萬歳楽です。同店ではこの一種類しか置いていないようだったので、こちらを購入。そしてもう一本、「金沢限定 幻の酒」というラベルに惹かれて買ってみたのが御所泉という日本酒です。

どちらもまだ賞味していませんが、これから呑むのが楽しみです。萬歳楽は過去に何度か呑んでいるのですが、御所泉はお初なのでどんな口あたりなのかとても楽しみです。

そろそろ北陸から離れまして、本日の朝日新聞。左の写真のような記事が載っていました。

平凡社ライブラリーが創刊30周年ということなのですが、それよりもライブラリーサイズのレーベルが現在では平凡社ライブラリーだけなのだそうです。そう言えば、小学館ライブラリーとか岩波の同時代ライブラリーとか、最近見なくなりましたね。シリーズが終了していたとは知りませんでした。

それにしても、わが家も何冊か架蔵していますが、もちろん文庫や新書とはサイズ・判型が少し異なるのはわかっていましたが、書棚に並べるときに、そこまで違うとは思ってもいませんでした。それでも棚はそこまで大きな影響はないと思いますが、カバーについてはサイズがちょっと違うとうまくはめられなくなりますから、書店泣かせでしょうね。

そう言えば、創元社の知の再発見双書ってライブラリー判とは違うのでしょうか。知の再発見双書と平凡社ライブラリーの合同フェアをやっている書店を以前は見かけたものですが、最近はやらないのでしょうか。

どっちが早いの?

二泊三日の北陸ツアーから帰京しました。

改めて行程を記しますと、初日は東京を出て富山泊。二日目は富山を発って金沢泊。そして最終日は金沢を出て福井経由で帰京しました。

福井で最後の仕事を終え、福井から特急で米原へ出て、東海道新幹線に乗り換えて東京へ向かうというルートを選んだのですが、計画段階では福井からまた金沢へ戻るか、あるいは京都へ出て東海道新幹線に乗るかで少し悩みました。

金沢へ戻って北陸新幹線だと時間も旅費も少々高くなります。それに東海道新幹線の方がはるかに運行本数が多いので、選択肢も広がります。ただ、一番安い米原経由ですとのぞみ号が停まらない駅なので、北陸新幹線に比べて本数が多いのか、ちょうどよい時間帯にひかり号があるのか、考えてしまいました。

福井からサンダーバードで京都まで出れば、のぞみを使えますが、そうなると時間も旅費もかなり高くなりそうなので、検討候補からは早々に消えました。来春には北陸新幹線が敦賀まで延伸されますが、そうなると福井からは北陸新幹線で帰京するのが一番になるのでしょうか。

まあ、次に北陸へ行くことがあるとすれば、やはり数年後になると思いますので、そんな機会があればまた考えればよいことでしょう。それに今回は富山・金沢・福井というコースでしたが、福井・金沢・富山という行程だって考えられますので、最終的には、その時の状況次第になるのでしょう。

さあ、これからだ?

北陸旅行の三日目は金沢からスタートです。

午前中に立ち寄ったのが、開館からそれほど日が経っていない石川県立図書館です。駅からですとタクシーで20分から30分くらいの郊外でしょうか。しかし広々とした空間に建つ図書館の中に一歩足を踏み入れると、そこは壮観という言葉がぴったりな、まさに一見の価値ある空間でした。

一枚目と二枚目の写真が館内の様子ですが、地元の学生が団体で見学に来ている姿もありましたが、あたしたちのように県外からも見学に訪れる人が大勢いました。外国の方も盛んに写真を撮っていたのを見かけましたから、海外にも評判が伝わっているのだと思われます。

なんと表現したらよいのでしょう。近未来のようでもあり、居心地のよさも感じられ、あたしたちは時間の都合で40分程度しか滞在できませんでしたが、数時間いても飽きない場所です。

石川県について解説しているコーナーもありました。伝統文化などを写真パネルと関連本で紹介していて、表示に面白かったです。パネルの解説を読みながら、横に置いてある本を手に取って更に深く知ることができます。

そんな賑やかな金沢を後にして向かったのは、来春には新幹線の延伸が決まっている福井です。駅ビルなどは、それに向けて工事中で、なんとなく落ち着かない感じでした、そして駅前も大規模な工事があちこちで行なわれていて、「さあ来い、新幹線」という雰囲気にあふれています。

さて、福井と言えば恐竜。オブジェやイラストが駅のあちこちにありました。そんな一つが最後の写真、トリケラトプスですね。日向坂46の小坂菜緒が見に来たら、ものすごく喜びそうな、ちょっとトリックアートっぽいイラストが駅舎の壁に描かれていました。

金沢あれこれ

既に書きましたが、二泊三日で北陸三県を回ってきました。

東京を発った初日は富山の書店を回って富山泊まり。二日目は富山を発って、途中高岡に立ち寄って金沢に入りました。富山や高岡と比べると、金沢は格段の賑わいです。京都ほどではないですが、若干オーバーツーリズムになっているように感じられましたが、金沢市民はどう思っているのでしょう?

そんな鹿沢で立ち寄った書店の一つが、写真のオヨヨ書林です。金沢市内に二店舗を構える古本屋さんですが、立ち寄ったのは香林坊からも程近いせせらぎ通り店です。間口は狭いのですが、奥はかなり広い空間があって、そこにビッシリと本が並んでいるというか、積まれているというか、誇りっぽい本の匂いがどこか懐かしいお店でした。

そんな金沢市内ですが、オヨヨ書林の近所に目に付いた道路標識がちょっと気になりました。写真のようなデザインで、歩行者の表示はなんとなく「ボーッと突っ立っている」だけに見えますし。自転車は前にカゴのあるママさんチャリのように見えます。

東京の道路標識だともっとデザイン重視で、よりアイコンっぽいものが描かれていたように記憶していますが、こういう道路標識のデザインって、県や市によって独自に定めているのでしょうか。だとすると、他の地区へ行けば、もっと独特なデザインの標識を見ることができるのでしょうか。

そんな二日目は金沢泊まり。ホテルは金沢駅前だったので、夕食も必然的に金沢駅のショッピングセンター「金沢百番街」で取ることになりました。ただ、先程も書いたようにややオーバーツーリズム気味なのか、お店はどこも人があふれていて、30分や1時間は待たないと入れないような状況でした。

それが百番街のあんとの飲食街で、仕方なくRintoの方に向かって見つけたのが魚がし食堂でした。見かけはどこにでもある居酒屋チェーンのようだったのですが、とにかく料理が安くて美味しかったです。あたしが食べたのが写真の定食で、刺身に煮魚、フライ(たぶんアジ)、そして焼き魚(ホッケ)、ご飯に味噌汁、小さめの茶碗蒸し。お刺身とトロホッケ定食1500円は十二分に満足できる内容でした。

あと、後ろ髪を引かれる思いだったのは、上述のオヨヨ書林の店の筋向かいにあった「伽羅」というお香のお店です。次に機会があれば、もっとじっくり見てみたいお店でした。

北陸で気になること

昨日から北陸を回っています。人文会のグループ訪問という研修旅行で、四社で北陸三県を回っているのです。昨日は富山を回って富山泊まり、本日は高岡を経由して金沢に入り、金沢泊まり。明日は金沢を発って福井に入り、米原経由で帰京します。

そんな行程ですが、あたしは以前からちょっと気になっていることがあります。それは富山です。

富山の何が気になるかと言いますと、富山って「とやま」と読みます。でも「富」は「とむ」ですから、その「と」だけを取って「とやま」と読むのに若干の抵抗があるのです。かといって「ふさん・ふざん」と読むと日本の地名らしくありません。「ふやま」だと音読みと訓読みが混じっていて、やはりよくないということなのでしょう。でもやはり「富」は「ふ」と読むことが多く、一文字だけで「と」と読ませるのには抵抗を感じるのです。

和歌山は「わかやま」で音読み、音読み、訓読みという組み合わせですから、富山を「ふやま」と読んでも可笑しくはないと思うのですけど、どうしてなのかと、前からなんとなく気になっていたのです。

そして、この「富山」よりももっと気になっているのは石川の加賀です。

旧国名では京都に近い方が前・上、遠い方が後・下と名付けられています。備前・備後、上野・下野などです。北陸も越前・越中・越後と京都に近い方から国名が付いています。ところがその間になぜか加賀という国が挟まれているのです。

どうして旧国名の法則に反して、加賀が挟み込まれているのか、以前からとても不思議に思っていて、腑に落ちません。たぶん歴史学の事典とか論著を紐解けば、ちゃんとした説明をしてくれているものがあるのだと思うのですが、あたしはいまだそれに巡り会っておりません。

ただ、もし石川県が越中になると、富山が越後になるのでしょうか。そうなると新潟は何と呼ばれていたのでしょう。そんなことも気になってしまいますし、妄想が広がります。