校則が思い出せません

新聞やテレビでも、都立高校のブラック校則を見直すことになったというニュースを大きく取り上げています。

この「ブラック校則」という言葉、あたしが学生のころには存在しなかった言葉です。こういう事例がなかったとは言いませんが、たぶんあたしたちの時代は「校則が厳しい」と表現していたのだと思います。もちろん、あたしの時代から数十年も経っていますので、あたしの卒業後にますます校則がおかしな方向へ行ってしまったのかも知れませんが。

さて、あたしは都立高校の出身ですが、意識させられるような校則はなかったというのが正直なところです。あたしの通っていた高校は自由な校風で知られ、髪を染めている人やパーマをかけている人もいました。まあ、時代が時代なので、染めると言うよりは脱色しているという方が正しいですが。女子も化粧をしている子がいましたけど、だからといって先生に取り立てて注意されていることはなかったと思います。

制服もなく、みんな自由な服装で登校していました。冬になると寒がりな女子はズボンを穿いてくる子もいたくらいです。ちなみに、私服の高校で、あたしは一時期あえて学生服(詰め襟)を着ていました。それも「チューラン」と呼ばれる、襟が少し高くて、丈もやや長めのものです。別に不良を気取っていたわけではありませんが。

むしろ校則が異様だったのは通っていた公立の中学の方です。いや、校則だったのか今となっては思い出せませんが、制服の既定がおかしかったのです。その公立の中学校、男子は学ランなのですが、女子は全くの私服でした。

どうしてそんなことになったのかわかりませんが、男子だけ学ランを着ているという、かなり異様な光景が日常でした。しかし、だからといって男子から文句が出るようなこともなかったと記憶しています。今はどうなっているのでしょうか?

いずれにせよ、校則を気にすることなく中学高校時代を過ごすことができたのは幸せだったと思います。

たぶん並んでいるはずです

今朝の朝日新聞の社会面です。東京版にしか載っていないのではないかと思われる、ローカルな記事です。

くまざわ書店の八王子店で、地元の創価大学と協力して町興し的な棚を作っているという記事です。それも、なんとシュリーマン! 今年が生誕200年にあたるということもあっての盛り上がりのようです。

そういうわけで、あたしの勤務先でも、しばらく品切れになっていた『シュリーマン』を復刊しましたし、その少し前に『トロイア戦争』なんていう一冊も刊行しております。

たぶん、この二点も八王子店のコーナーにしっかり鎮座していることと思われます。是非お手に取ってみてください。

既定のブラウザ

自宅も勤務先も、PCでインターネットを見るときのブラウザは、この数年来ずーっとMozilla Firefoxでした。

どうしてこのブラウザを使うようになったのか、いまとなってははっきりしたことは覚えていませんが、たぶんその当時のWindowsでメインブラウザであったInternet Explorerが遅かったり、エラーが多かったりしたからだったと思います。それに比べるとFirefoxは実にサクサク動いたという印象がありました。

そんな原体験から数年、いや十数年でしょうか、ずーっとFirefoxをメインブラウザとして使ってきたのですが、このところどうも雲行きが怪しくなってきました。

いろいろなウェブサイトやウェブサービスで、推奨ブラウザにFirefoxが入っていないことが多くなっているのです。では何を推奨しているのかと言えば、Google ChromeやMicrosoft Edgeといったところです。どちらもFirefoxと併用していますが、メインとしては使っておらず、いまでも頑なにFirefoxを既定のブラウザにしています。

しかし、どうやらそれも終わりになりそうな気配です。最近はEdgeが悪くないなあ、などと思ったりしていますし、Googleのサービスを使う場合にはChromeとの親和性が高いなあと感じて、その時々で使い分けています。

そう、用途に応じて使い分ければよいだけの話です。幸い、デスクトップPCはメモリにしてもHDDにしてもまだまだ余裕がありますので、ブラウザを二つ三つインストールしていたとしても何ら問題はありません。

ところで、ブラウザと言えば、少し前まではWindows版もあったSafariって消えてしまいましたね。Mac晩はまだあるのでしょうか? あとSleipnirなんてブラウザも個人的な気に入っていますし、かつてはOperaというブラウザもあったのですが、今もあるのでしょうか?

今日の配本(22/03/15)

今日の不安
さまざまな概念と臨床

ヴァシリス・カプサンベリス 著/阿部又一郎、大島一成 監訳

うまく眠れない、喉が詰まったような感じがする、胃が締め付けられる気がする、息切れする、呼吸が苦しい。不安になるとこうしたさまざまな症状を経験する。著者によれば、不安は「精神生活における交差路であるとともに見張りの役割を担う」。つまり不安は、こころの不快や不調、ときに苦痛を伴う感情の最初の表れであると同時に、それらが解決されていない状態にあると教えてくれているのだ。本書は、フロイトをはじめピエール・ジャネ、ウィニコット、メラニー・クライン、ラカンなどの業績を参照しながら、臨床における不安の症候学、不安のモデル、生物学、精神分析、認知行動科学、いろいろな治療法といった今日の不安の諸相を概説する。臨床経験豊かな著者が、正常から病理まで遍在する不安を震央に位置づけて考察した、病める社会と人間たちに向けたフランス精神分析的思考の処方箋。

梅の香り

そろそろ桜の開花の便りも届きそうな陽気です。東京は今週末が開花予定日ですから、来週にかけて陸続と各地から開花宣言が聞こえてくるでしょう。

昔から「梅は咲いたか、桜はまだかいな」と言われるように、少し前までは梅が盛りでした。テレビなどでも梅の名所からの中継がよく見かけたものです。

そういう時にリポーターがよく口にするのが梅の香りです。

あたし、昔から疑問に思っていたのですが、梅ってそんなに香るものなのでしょうか? 近所に梅林があったわけではないので、昔から梅の香りってどうもピンとこないのです。

ところで先週末、近所のホームセンターへ行った折、その園芸コーナーに梅の鉢植えが置いてあり、今を盛りと梅が咲いていたのです。鼻を近づけてみると、確かに梅が香ります。ああ、こういう香りなのかと、生まれて初めて自覚しました。

以前、ロウバイは近所に咲いていて、香るのは知っていたのですが、いわゆる白梅、紅梅に香りを感じたことがなかったのですが、この歳になってようやく知れました。

制約と感じるか、当たり前と感じるか

先日、勤務先からスマホが支給されました。

コロナ禍で在宅勤務も多くなり、在宅勤務とは休みではありませんから、できれば会社にかかってきた電話を在宅勤務中の社員に回したくなることもあります。

そういった諸々の課題が積み重なり、ここへ来て一気に「スマホで内線を取る」というところまで話が進んだわけです。そもそも仕事でケータイやスマホが必須の世の中になっているのに、これまで支給されていなかったことが不思議と言えば不思議な話です。社員の中には個人のスマホを仕事で使っている者もいましたが、電話代などを会社に請求していたのでしょうか?

それはともかく、支給されたスマホはシャープのAQUOS wishという機種で、ソフトバンクの法人契約となっています。これからはMicosoft Teamsを中心に業務を行なうことになるようです。

基本的な使い方に苦労はありませんが、法人契約のスマホなので、アプリを自由にインストールしたりはできません。会社用のスマホですから、何でもかんでもインストールしたいとは思いませんが、これをインストールできないのは不便だなあと思うものもいくつかありますが、これは我慢しないとならないのでしょう。

これくらいの不便さは制約ではなく、セキュリティとして当然のことなのだと割り切るしかないでしょう。この点については特に不満はなく納得しているのですが、いま一番の要望は以下のようなことです。

実は、そもそもTeamsの使い方に慣れていないので、社員同士で少し使ってみないと、どこがどうなって、どういうことができて、どういうことができないのかがまるでわかりません。こういうことをしたいときにはどうしたらよいのか、そういうこともこれから一つ一つ覚えていかないとなりませんね。

開花宣言? 満開宣言?

妹家族が静岡に住んでいるというのは、このダイアリーでも何度も書いています。静岡と言っても東西に広いですが、妹たちが住んでいるのは行政区画で言えば沼津市になります。

コロナになってからは控えているようですが、それ以前はこの時季になると家族で河津へサクラを見に行っていたそうです。で、自主的なのか母に頼まれたからなのかは知りませんが、以前、河津桜の苗木を買ってきてくれました。

その鉢植えが、それなりの大きさになり、今年も花を咲かせました。まばらですが、何輪も花が咲きました。

全体を撮った一枚目の写真だと花がどこに咲いているのかわかりにくいかも知れませんので、花だけをもう少し大きく撮ってみました。

これから盛りを迎える、サクラの代名詞、ソメイヨシノに比べると河津桜の方が色が濃い、よりピンク色をしていますね。こういう方がサクラっぽいでしょうか。確かに桜の絵を描くとすると、これくらいの色で花を塗りがちですから、いかにも桜らしいのかも知れません。

それにしてももう少しうまく育てれば、もっと花が多く咲くようになるのでしょうか?

なんとか帰宅したのよね

今日、3月11日は東日本大震災の日です。あれから今日で11年、あの日も今年と同じように3月11日は金曜日でした。

何回かこのダイアリーで書いたことがあったと思いますが、今日という日なので改めてあの日のことを書いてみます。別に決して感傷的なものではありませんので、その点はあらかじめ断わっておきます。

当時は、月に一度、在庫補充などのやりとりで桶川にあるトーハンの倉庫へ通っていて、あの日も上司と二人、2時ごろに到着して担当の方と打ち合わせをしていたところでした。そして突然揺れたのです。普段とは異なる場所にいると状況を把握するのが難しいもので、あたしは当初、桶川倉庫へ大型トラックが入ってきたので、そのせいで揺れているのかと思いました。

しかし、それにしては揺れが大きいですし、本も棚から落ちてきて、桶川倉庫の方々の様子が尋常ではありません。大地震だと認識した直後、あたしはまず倉庫の方に打ち合わせ途中までのデータをきちんとパソコンで保存するように訴えたのですが、担当の方が保存してくれたのかは覚えていません。

いずれにせよ、もう商談どころではなくなり、あたしと上司は辞去することになりました。桶川のパートの方々も帰宅指示が出ていたようです。桶川駅まで戻ったあたしたちは、JR線が動いていないので、駅前の居酒屋へ入って時間を潰すことにしました。この時点ではあんなにも大きな地震だとは認識しておらず、一時間か二時間もすればJRも動き出すだろうと高を括っていたのです。しかし、その居酒屋の店内のテレビに映し出された映像は衝撃的なものでした。JR東日本はその日の運転をすべて中止したと伝えているので、あたしたちも帰路をどうするかで俄に慌てふためきました。

桶川駅前から川越へ向かう路線バスが動いていたので、上司と別れたあたしはまずは川越へ向かいました。川越に着いて、できれば西武線が動いていることを期待したのですが動き出す気配はありません。駅前はものすごい人の数でごった返していました。仕方なく、あたしは所沢へ向かう道路を歩き始めました。30分ほど歩いたでしょうか、後ろから路線バスがやってきたのに気づきました。行き先はなんと所沢です。ちょうどバス停があったので、そこで満員のバスになんとか乗り込むことができました。

バスの車内は大混雑でしたが、徐々に人は下車していき、所沢に着くころにはかなり空いてきました。そしてほぼ並行して走る西武線が動き出しているのが見えました。これで帰れる、とあたしは安堵しました。所沢から小平までは動き出した西武線ですぐです。小平駅で降りたらタクシーで自宅までも15分もかかったかな、という感じで、なんと夕方に桶川にいたのに、12時前には自宅へ帰り着くことができたのです。

ある意味、奇跡だったと思います。その後、当時はまだ近所に住んでいた妹の旦那を迎えに、ケータイを握りしめた妹を隣に乗せ、マイカーで出発したのでした。妹の旦那は東陽町に職場があり、とにかく歩き続けて小平へ向かっている途中で、杉並区の松庵あたりで拾うことができました。