曼珠沙華の開花と共に

今日は秋分の日。お彼岸です。

この季節に咲くから「彼岸花」と呼ばれる曼珠沙華、わが家の玄関先でも咲き始めました、それも赤ではなく白い曼珠沙華が。ちなみに、あたしは彼岸花という呼び方よりも曼珠沙華と呼ぶ方が個人的に気に入っています。文字面が格好よいなあと、昔から思っているだけの理由ですが……

ところで、彼岸花と言うとたいていは赤い花をイメージするのではないでしょうか? この時季に墓参りに行くと墓地で真っ赤な彼岸花が咲き誇っているので、縁起が悪いと思う方もいるようですが、あの花の姿はとてもきれいだと思います。

で、そんな赤い花のイメージが強い彼岸花ですが、赤だけでなく白や黄色の彼岸花もあるのは以前から知っていました。そしてわが家にはご覧のように白い彼岸花がありまして、それが今年も細々とではありますが、秋分の日にようやく花開いたというわけです。本当は一輪ではなく群生しているともっと美しいのでしょうが、狭い個人宅では仕方ありません。

そんな秋分の日、曼珠沙華の開花と共に届いたのが、日向坂46のファーストアルバム「ひなたざか」です。

Type-A、Type-B、そして通常盤の3タイプでの発売となり、もちろん全タイプ購入です。収録されている新譜も既にラジオなどでオンエアされていますが、改めて聞き込みたいと思います。

そして最大の愉しみは、Type-AとType-Bの特典ディスク、Blu-rayに収録されたデビューカウントダウンライブの模様です。けやき坂46時台から知っているとはいえ、日向坂46のスタートはこのライブです。スカパー!などでもオンエアされていなかった映像ですので、非常に楽しみです。今となっては、ずいぶんと初々しい日向坂46のメンバーが見られるのではないでしょうか?

ちなみに、パソコンのモニターの前で撮ったので、壁紙の模様と重なって見にくいかもしれませんが、手前が通常盤、後列左がType-B、後列右がType-Aになります。Type-Aだけ通常のCDのサイズではなく、ちょっと大きめのケースになっています。

文庫本が刊行されていると親しみやすい?

前のダイアリーで、今日がショーペンハウアーの没後160年にあたると書きました。そして架蔵している『ショーペンハウアー全集』をご紹介しました。

でも、あたしが最初にショーペンハウアーと出会ったのは学生時代に岩波文庫です。『読書について 他二篇』『自殺について 他四篇』『知性について 他四篇』の、比較的薄めの岩波文庫を買って読んだのが最初です。薄いので取っ付きやすいと思ったのも理由の一つですが、この三冊のタイトルに惹かれたのが一番の理由です。その伝記と言いますか、生涯についても実はほとんど知りません。

当時、すべてを読んで理解できたかと問われると自信を持って「はい」とは言えません。いや、いまだに理解できているとは思えませんし、そもそもショーペンハウアーの思想がどんなものなのか、思想史・哲学史での位置もわかっていません。

多くの人が、あたしと同じように思っているわけではないと思いますが、ショーペンハウアーってそれなりに人気があるのでしょうか? 岩波文庫と比べると比較的最近になって古典新訳文庫から『読書について』『幸福について』が刊行されました。

やはり薄めですので、手に取りやすく読みやすい分量だと思います。難解な哲学の本と思われていても、比較的分量が少なければ「読んでみよう」と思う人がそれなりにいるはずです。短ければ簡単で長ければ難しいというものではありませんが、それでも最初のハードルが低いのは普及には重要なポイントだと思います。

何はともあれ、手に取ってもらわなくては読んでもらうこともできません。読んでもらえなければ、その思想がどんなものなのかも理解されません。こういう分量で文庫が出せるというのは、ショーペンハウアーのアドバンテージではないでしょうか?

本日は没後160年

本日、9月21日は、ショーペンハウアーの没後160年になります。

学生時代に図書館で蔵書目録を調べるときは「ショーペンハウアー」以外に、「ショウペンハウアー」「ショウペンハウエル」と言った呼び方、読み方でも検索しないといけなかったのを思い出します。最近のネットですと、「ショーペンハウアー」だけで検索しても他の二つの検索結果まで表示してくれるものが多いので非常に助かります。

そんなショーペンハウアー、あたしも勤務先から刊行されている全集、ずいぶん前に購入しておりまして、ご覧のようにわが書架の一画に鎮座しております。輸送ケースのまま置いてあり、全集の上には線装本、右側と左側には中国古典が並んでいるところなど、いかにもあたしの書架という感じが濃厚に現われています(汗)。

年とって、退職したら、のんびりと読むとしますかね……(笑)

キリ番ゲットは難しい

日向坂46のファーストアルバムのリード曲「アザトカワイイ」のMVが公開中です。

最初にMVが公開されてしばらく経ってから、こんどはリハーサル映像が「ひなリハ」として公開されました。定点カメラでフルコーラス踊るメンバーの様子がわかり、これはこれでファンの間では非常に人気が高い動画となりました。

YouTubeにアップされているこういった動画、PCで作業をしながらBGMっぽく聞いているのですが、今朝も見に行きましたら、何と再生数がもうすぐ200万回に届きそうな数字でした。「これは、なんとか200万回目ぴったりをゲットしたい!」と思い。ひとしきりPCで作業を続けていました。

そして、20分か30分ほど後に改めて「ひなリハ」を見に行ったのですが、なんと200万回を少しだけ超えていました。

いや~、惜しい。本当にもうちょっとだったのに、200万のキリ番をゲットできませんでしてた。

しかし、この短時間でこれだけ再生数が伸びるとは驚きです。夜中だと多くの人がネットに接続していそうですが、朝の早い時間にも見ている人っているのですね。そちらにも驚きでした。

日向坂46の人気が恐るべしです。

本日は没後35年

本日、9月19日はイタロ・カルヴィーノの没後35年にあたります。

あたしの勤務先からは『冬の夜ひとりの旅人が』、そして《我々の祖先》三部作の『不在の騎士』『木のぼり男爵』が刊行されています。《我々の祖先》三部作の三つめ、『まっぷたつの子爵』は新訳で10月下旬刊行予定です。旧訳は「岩波文庫」から出ています。

その他にも、カルヴィーノは各社から翻訳が出ていますので、ご興味がある方はぜひ本屋で探してみてください。

いよいよ本日から!

映画「マーティン・エデン」、本日から公開です。

とはいえ、映画の場合、地域によって公開時期に差が出ることはしばしばで、よほどの大作でない限り「全国一斉」とはいかないものです。本作もひとまず東京を中心にスタートし、来月や年内に公開になる映画館、地域もあるようです。

原作『マーティン・イーデン』は、ジャック・ロンドンの自伝的小説と言われているように、舞台はアメリカです。なかなかの長篇でしたが、非常に素晴らしい作品でしたし、あのラストは印象的であり、哀しくもあり、心に強く残るものでした。

そんな作品が、イタリアを舞台として映画化されたわけです。アメリカとイタリアとではお国柄も異なりますし、主人公の性格とか周囲の人の人柄などすべてが異なるはずです。原作のあの泥臭さと目映いばかりの期待感、そして力強さが、果たしてどんな風に描かれているのでしょうか。非常に気になります。

そんな公開初日ということで、朝日新聞夕刊に主演俳優のインタビュー記事が載っていました。主要紙には数日前から同じようなインタビュー記事が載り始めていたので、いよいよ公開という気分の盛り上げに一役も二役も買ってくれています。ありがたいことです。

ずいぶん前に書店に対しても映画に合わせて原作本を置いて欲しいと、ファクスで案内を送ったのですが、反応は上々でした。しっかりとフェア展開してくれている書店も少なくありません。

ジャック・ロンドンは、あたしの勤務先からは原作本と『赤死病』くらいですが、他社からも文庫本がいくつか出ていますので、それらを並べて映画公開記念、ジャック・ロンドン祭りです。今回は『マーティン・イーデン』ですが、昨年(?)は「野性の呼び声」もハリソン・フォード主演で映画化されていましたね。

いろいろと複雑なようです

LGBTとハラスメント』を読みました。好奇心もありますが、やはりできるだけ正確な情報を知っておきたいという思いもあって手に取ったわけですが、あたしの場合、「知っているけど理解できていない」という状態だと思いました。

こういう書き方は不謹慎と言いますか、かえって差別やハラスメントを助長させることになるのかも知れませんが、やはり考えてしまうのは同性愛者の人に告白されたら、という下世話なことです。森茉莉の作品ではありませんが、男性の同性愛の場合、文学作品などでは美少年が登場することが多いですが、実際にはそうとは限らないでしょう。やはり現実問題として、わが身に置き換えて考えてみた場合、自分はどう対応するだろうかを考えてしまいます。

ただ、よくよく考えれば、異性から告白されようが、異性を好きになるときだって、やはり好みというのはあるわけで、異性だからといって誰でもよいわけではないのは万人共通のことだと思います。そう考えると、異性か同性かを問わず自分の好みのタイプであるか否かを基準にすればよいだけのことなのかも知れません。

でも、あたしは、自覚的には異性愛者だと思うので、同性を好きになることはないですし、告白されたとしても断わるしかないと思います。そう思っていたのですが、この本を読みながらふとこんなことも考えました。

乃木坂46の白石麻衣のような子がトランスジェンダー、つまり性自認が実は男性で、なおかつ同性愛者であった場合です。ついでに服装は異性装だとします。つまり、見た目は頭の先から足の先までテレビや雑誌で目にする白石麻衣です。特に性別適合手術を受けるわけでもなければ、まるっきりテレビで見ているそのまま、美人の中の美人と呼ばれる白石麻衣その人です。

こうなると、「あたしは異性愛なので…」という気持ちも揺らがないとは限りません。だって、相手が白石麻衣なんですから。

ちょっとくだらない横道にそれすぎました。しかし、LGBTって、この四文字で代表されていますけど実に複雑なんだということは知っています。第三者から見たら理想的なカップルに見える男女が、性自認や性対象を確認してみると実は同性愛者だったという場合もあるかも知れないのです。結局、読み通してみて、マイノリティーの人たちの生きづらさや苦労などについては、どうしてあげられるのかわかりませんが、少なくとも誰が好きだって(誰を好きになったって)いいじゃないか、という気持ちにはなりました、それが異性だろうと同性だろうと。