Rockfield's Diary

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薔薇? バラ?

わが家の庭で、今年もバラが花開きました。

バラというと、あたしの世代では「ベルばら」になってしまいますが、あのイメージのバラは、やはり真っ赤なバラ、それも漢字で薔薇と書きたくなる印象があります。

それに比べると、わが家の庭のバラはピンク色で、こういう色だと漢字の薔薇ではなく、カタカナでバラと書いた方が似合う気がします。

バラというと、やはり真っ赤なイメージが強いですが、個人的には黄色い薔薇も好きです。バラもいろいろな種類がありますから、できればわが家の庭にも、いろいろな種類、そして色のバラを咲かせてみたいものです。

ところで、このバラは、本来ならまだ庭で咲いていないといけないのですが、数日前の強風で折れてしまったので、母が花瓶に挿したものです。

母が重い?

昨日は母の日。テレビでも盛んに取り上げていました。花卉業界がカーネーションを売りつけるために、意図的に仕掛けているのではないかという気もします。バレンタインデーのチョコと同じ構図です。

それはさておき、昨日の朝日新聞に「母の日がつらい私」という記事が載っていました。

12日の母の日に「モヤモヤ」や憂鬱(ゆううつ)を抱える人がいる。母親との関係に悩みを抱え、「感謝するのが当たり前」という空気に、戸惑いを覚えたり、取り残された気分になったり。そんな気持ちを共有するイベントも企画されている。

という書き出しで始まっているこの記事、あたしは幸いにも母に苦しめられるような人生ではなかったので、母の日がつらいという経験はありませんが、こういう気持ちはわかります。

これって、母だけでなく、父に対して似たような思いを抱いている人も多いのでしょうね。ただマスコミの取り上げ方を見ると、父の日は母の日ほど報じられていないので、父にわだかまりのある人のストレスはそこまでではないのかもしれません。

それにしても、母の日って何かしないといけないのでしょうか? わが家の場合、母は4月が誕生日、父は6月が誕生日なので、どちらも誕生日に何かすることはあっても、母の日も父の日もほぼ無視でした。

それにあたしが子供のころって、いまほどは母の日や父の日を報じていなかったと思います。もちろんカーネーションを買うという習慣(誰が仕掛けたのか?)は子供のころにもありましたけど、皆が皆買いに奔るようなことはなかったと記憶しています。

むしろ、あたしが子供のころはお母さんがいない子(お父さんがいない子)も、少数ですがクラスにはいたので、そういう子に気を遣うという空気があったと記憶しています。あるいは親の再婚によって、素直に感謝を伝えられない家庭だってあったと思います。

考えだすと、きりがないですね。

壁に耳あり障子に目あり?

このダイアリーでも、最近は歳をとったこととか、定年後はどうするのか、老後はどんな風な生活を送るのか、そんなことを書くことが多くなりました。やはりどうしても老い先を見つめざるを得ない歳になっているのでしょう。

そんな話題は、このダイアリーだけでなく、母ともよくそんな話をしています。普通に考えれば、母があたしよりも先に亡くなることは当たり前ですが、こういう話題になると、意外にも母はあたしより長生きするつもりなのか、「お前の本をどうするんだ」と言います。必ずというほどその話題になります。

母に言わせれば、外に仕事に出ているあたしが事故に遭って死亡する確率がかなり高く感じられているようです。まあ、自分が事故を起こすよりも、事故をもらってしまう可能性もありますから、何とも言えませんが。

そうなると、本の処分が母にとっては一大事になるみたいです。そうだね、そうしようかね、などとよく話していて、つい数日前にもそんな話をしたばかりなのです。そんな親子の会話をどこかで聞かれたのか、こんなハガキが届きました。

書籍の処分が必要ならご一報ください、というわけですね。神保町にある湘南堂という古書肆からのハガキです。どういうジャンルが得意な古書肆か知りませんが、ご丁寧にも「東洋史・中国史関係全般」と書いてあります。更には「中文・日文古くても傷んでいても、かまいません」とあって、中国発行の書籍も買い入れてくれるみたいです。

うーん、まるっきりわが家の状態を見透かしたようなハガキです。個人的には、近所に中国史や中国古典を勉強しようと思っている高校生はいないかなあ、と願っていて、そういう若者がいたら、是非この蔵書を差し上げたいと思っているのです。いや入りたての大学生でも構いませんけど。

それにしても、このハガキの届いたタイミングが絶妙すぎて、ちょっと怖くなってきます。